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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
4章 黒き炎が身を焦がす
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第二編・その2 会いたかった




 翌日。昼頃に警視庁の職員駐車場から黒いクラウンが出庫していった。

 搭乗者は鳴賀、ただ1人である。

 早朝に出勤してきた彼は署内での職務を程々にこなした後、抱えている事件の参考人と面談を行うべく、今は愛車で青山通りを西に走っている。

 1度の左折を挟んでしばらくすると左手に公園が、それから程なく右手に参考人が待っているマンションが見えてきた。

 近くの駐車場に車を止め、いざ参考人の下ヘ。そんな心構えで車を降りた鳴賀は降りた途端、ドアも閉め終わらないうちに「はじめまして」と声をかけられた。

 男女の2人組、女の方はメイド服を着ていた。『もしや、これがあのハレトとマイか?』と鳴賀は身構えた。


「あなたが鳴賀刑事で間違いありませんか?」


 返答次第で、この後の身の振り方は間違いなく変わる。そう思った鳴賀は返答内容を考え一瞬口ごもったが


「正直に答えた方がいいですよ。いざとなれば、こちらにはいくらでもあなたの身元を明らかにする手立てがある」


 というマイの言葉と、少し前にヒカルが拷問にかけられたことを思い出し、色々と天秤にかけた結果


「ええ、私が鳴賀ですよ」


 と冷静を装い淡々と答えた。もっとも内心、冷や汗をかいていた。今は完全に丸腰だ。


「やっぱアンタが鳴賀か。会いたかったぜ、ずっと探してたんだ」


 得意げな様子でハレトが言った。

 そしてマイは鳴賀の目を見つめ催眠をかけ、前置きも入れずに聞く。


「佐野ヒカル、【この名前、知ってますか】?」


「【ええ】。……!!」


 鳴賀の口は勝手に開いていた。その答えにハレトとマイは顔を見合わせ、したり顔だ。


「一応確認ですが、その佐野ヒカルは【ヒーローに変身する佐野ヒカルですか】?」


「……ええ。ッ!」


 抗おうにもダメだった。心を強く持ってみても、喉の奥で一瞬つっかえるだけ。簡単に口を開いてしまう。

 この状況で拷問まで喰らって、自身の名を漏らさなかったヒカルには驚愕と感謝しか無かったが、この状況は非常にマズい……。

 鳴賀の冷や汗は、既に額に帯をなしている。


「そうですか。では残念ですが、死んでいただきましょう」


 そして”佐野ヒカルの協力者”=”鳴賀”の図式を成立させた以上、彼らが鳴賀を生かしておくメリットは無い。

 早々にマイがホウキに仕込んだ長刀を持ち出す。

 瞬間、鳴賀の動きは俊敏だった。彼は愛車の背を滑るようにして車を乗り越え、ハレトらとの距離を取る。

 運良くそのまま真っ直ぐ走り抜ければ駐車場の外に出られる位置関係だ。

 迷うこと無く鳴賀は脱兎の如く勢いで走り出す。

 だが鳴賀がチラと後ろを見ると、2人は追って来ていなかった。

 何か嫌な予感が鳴賀にはあった。わざわざ追ってこないのは、もはや追う必要が無いからではないか、と……。

 されどこの状況、逃げ出す以外生き残る選択肢のない鳴賀は、不安を抱えながらも体力が尽きるまで走る。

 果たしてこれが彼らの策略なのか……。

 気づけば鳴賀は、向かいの公園に逃げ込んでいた。




⭐︎




 木の陰に隠れた鳴賀はスマホの連絡先から名前を探す。

 焦って通り過ぎて、巻き戻したところで見つけた『佐野ヒカル』の名前をタップすると、デフォルト設定のコール音が鳴る。3コールも鳴らないうちに通話は繋がった。そして繋がるなり鳴賀はしゃべり出した。


「もしもし佐野さん、今すぐ芝原公園まで来られますか? 至急来ていただきたいのですが」


 分かりやすいよう、冷静に努めたのだが、通話口のヒカルはいつもと違う鳴賀の様子に首を傾げた。


「芝原? 最寄り駅は?」


「六本木ですね」


「それなら多分10分もあれば行けますよ。昔ナルミと1度六本木に遊びに行ったことあるので」


「それは良かった。では今すぐ来ていただけますか?」


「ええもちろん……何かマズいことが起きたんですね?」


 何となく通話口からの様子から、鳴賀が置かれている状況が悪いことまでは理解していたヒカルだったが、


「それが、氷上ハレトたちに私のことがバレたようです」


 と、聞かされるのは予想外で、「ええ!?」と声を上げた。


「一体どこから見つけ出したのか……非常に不味いことになったのは違いないですね」


「と、とにかくすぐ行きます」


「詳しい場所は公園内の池のほとり、橋の架かった場所の近く、ヒルズが真っ正面に見えます。念のため、通話は繋げておいて下さい」


 思いつく限りの情報は伝えた。鳴賀はスマホを胸ポケットに仕舞い、ホッと息をついた。


「電話は終わりましたか?」


 その声が聞こえた途端、木にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。

 鳴賀の血も、揺れる木の葉のようにザザザと引いた。

 振り向けばそこには、ハレトたちが立っていたのだから。しかも今度は、4人の魔法少女を従えて。


「今の電話、佐野ヒカルとでしたね。フフ、わざわざ呼んでいただけるなんて、手間が省けました」


「……なるほど、危機に追い込めば私が佐野さんを呼ぶと踏んで、あえて逃がしたのですね……」


「せーいかーい」


 憎らしくハレトが答えた。


「しかしもし私が佐野さんでなく、例えば本庁にかけたとしたら……」


 言葉を言い終える前に、胸元から聞こえてくるツーツーという通話終了音。鳴賀は何も操作していないのにもかかわらず、通話が切断された。


「その時はもう、電話なんてさせる間もなく、殺しますよ」


 そう語るマイの背後で、魔法少女の1人は剣先を地面に突き刺している。

 通話を切断したのはこの剣だ。

 この剣は強力な妨害電波を発する”電波刀”。これに魔法少女――名はクルルが魔力を流し込めば、半径200メートルの範囲にある電子機器を使用不可にする厄介な代物だ。

 つまりもう、助けは望めない。


「さてと、もう黙っててもヒカルは来るだろ?」


「通話が切られたとなれば、きっと血相変えて来ますよ」


「じゃあササッとやっちまおうぜ、今のうちに」


 すると残る3人の魔法少女はホウキから剣を抜く。

 これはいよいよ不味い。鳴賀は何とかこの窮地から脱する名案を考えようと、仕舞ってある知識を総動員させたが、導き出された答えは「不可能」であった。

 この状況から頭脳だけで逃げ切るなんて誰だろうが無理。そう判断した鳴賀だったが、まだ命を諦めてはいない。とりあえず今できることは、話を膨らませて時間を稼ぐこと。


「良いのですか? 今まではバレずにやりおおせたのでしょうけど、流石に私を殺せば事が大きくなりますよ」


「今更そんなこと気にしてられるか。それに、お前を生かす必要が無い」


「そして無駄話で、時間を稼がせる必要も……無いですね」


 マイの介入により、会話で時間を稼ぎヒカルを間に合わせる作戦も不発に終わった。

 じわりじわりと、彼らはにじり寄ってくる。

 もはやこれまでか。奇跡でも起こらない限り、助かることはないだろう……。

 追い詰められた人間が天を仰ぐことがしばしあるが、鳴賀も今、彼らと同じ気持ちで天を仰ぐ。

 だが、奇跡はそこにあった。


「危ない!!」


 鳴賀がソレに気づいたのと同時に、空を見上げたマイもギリギリで気づいて叫び、ハレトのことを突き飛ばした。

 直後――


 ズドォォンッッッ!!


 投下された黒炎が爆発を起こした。


「むぅ……」


 爆風に吹っ飛ばされながらも、運良く鳴賀は意識を保っていた。


「くそ、熱ぃ」


「何とも…………間の……悪い」


 ハレトと、彼を庇ったマイも背中に焼けるような痛みを覚えているものの意識は無事だ。

 けれど魔法少女たちは地面に伏せている。幸いにして、彼女たちに目立つ外傷は無い。


「これは……一体」


 何が起きたのか。それを知るために鳴賀はあたりの様子を見渡した。

 するとさっきまではいなかった人影があり、鳴賀は眉をひそめる。

 煙の中で人影は立ち上がったようだ。

 腕を払うと風圧で煙も晴れ、黒い鎧を纏ったその姿は露わとなった。


「やっと会えたな、氷上ハレト。会いたかったぞ……待ち焦がれた……」


 怨嗟の込められた声であった。鎧による聞こえづらさもあるが、もはやその声は別人のよう、鳴賀もこれがテツリだとは気づけなかった。


「ひっ!」


 ハレトが恐怖から息を漏らす。

 今1番会いたくない男に、よりによって見つかってしまった。

 鎧を纏ったテツリの姿は物々しく、強大で、そして顔も、生身の部位も何も見えない。見えないが、殺意を抱いていることはありありと分かる。でなければ、黙って剣を構え、剣身に黒炎を点らせたりしないだろう……。


「消えろッ!!」


 そのかけ声でテツリは三日月状の黒い炎刃をハレトめがけて飛ばした。


「うわぁぁ!!」


 死の恐怖におののき悲鳴を上げ、腕で顔を隠した。

 だが感じる熱はあれど痛みは無い。

 マイが長刀で黒い炎刃を斬り飛ばしたのだ。流れ弾で池の水が飛沫を上げる。


「ハレト様、お気を確かに」


「あ、ああ……」


 ガクガク震えるハレトがマイの足下に縋り付く。震えは決して被った水霧のせいではない。

 けれどそんな姿を見てもテツリの溜飲は全く下がることが無く、次なる一撃を構えていた。

 だがハレトを狙う彼もまた、狙われている。


「フフフ。やれ、リーム!」


 マイが目を見開き叫んだ。

 すると何やら轟音が……。テツリは振り向いたが、そこに怒濤の水流が押し寄せ、為す術無く流し去られた。


「ッ……しょっぱい?」


 鳴賀が唇の周りを舐めると、えずきそうなほど塩味が強かった。


「これは、海水ですか……」


 しかしどうして、ここから海は割と遠い……。鳴賀は訝しんだ。

 一方テツリはと言うと、既に立ち上がっている。

 この体から滴る水が、海水だろうと淡水だろうと、例え血だろうと構わない。氷上ハレトを抹殺さえできれば……。

 だがテツリが立ち上がった時にはハレトたちの姿は無かった。見上げれば、既に彼らは遙か彼方に逃げ去っている。

 逃がすか! 瞬時に思い至り、テツリは飛び立つため足に力を込めた。が――


 ドドドン!!


 水の塊が3発、降り注ぎ、1発が脇腹を撃った。

 ただの水と侮るなかれ、高速で打ち付けられたソレは、もはや砲弾と変わりない。

 水気を含んでグチャグチャの地面をテツリが転げる。

 そして剣を握りしめる魔法少女が1人、そこには立っていた。彼女こそが、マイが呼んだリームだ。


「……邪魔を――」


 するなと言いかけ、立ち上がろうとしたところで、リームが剣を振るう。その軌跡から水が噴き出し、テツリを押し流した。

 彼女に発現した能力は、”剣で空間を切断し、そこに任意の空間を繋げる能力”。つまり空間と空間を繋ぐ力、ワームホール。

 初め、彼女の能力を知ったハレトは、移動が楽になる程度に考えていたが、マイは全く別の使い方を構想していた。それが今やっている、”深海と空間を繋げ、水圧で弾き出される水を攻撃に利用する”だった。

 これにより彼女の能力は破格の攻撃力を得た。残念ながら繋げられる空間は地球上に限定されているらしく、宇宙に敵を放逐する試みは失敗に終わったが、今の海水を使うだけでも十分な戦力だ。


「ッ……うっ!!」


 事実テツリは無尽蔵に撃たれ、そして広範囲を侵食する水弾と水流に苦戦した。

 まともに近づくどころか、立ち上がることも矢継ぎ早に繰り出される水撃が許さない。

 これではハレトを追うとかそういう話でない。

 仕方ない……。そう思ったテツリはフゥと息をついた。

 本気を出す合図だ。もう容赦できない。


「フレアヴェール」


 押し寄せる水流に、テツリは黒い灼熱のカーテンを張って防御を。

 しかし水と火では相性が悪すぎた。一瞬で黒炎のカーテンは端から削り取られてしまう。

 だが一瞬で良い。その一瞬があれば、体勢を立て直せる。

 テツリは飛び上がった。地上から撃たれる水弾を次々かわし、魔法少女の背後を取る位置に降り立つと、一気に間合いを詰めにかかる。

 迫る大波は跳び越え、テツリは両手で持った剣を突き出し、黒炎を全身に纏い突撃した。


「変身ッッ!!」


 その時、やっと到着したヒカルが叫んだ。

 ヒカルはテツリと魔法少女の間に割り込んで、変身の際に生じる光の壁で、テツリを跳ね飛ばした。


「スタンハンド!」


 ヒカルは振り向き、魔法少女の鼻先で手を叩く。いわゆるねこだましであるが、それに閃光も加えることでヒカルは彼女の意識を飛ばすのに成功した。


「…………」


 魔法少女の背に手を回し、倒れないよう抱えると、ヒカルは黙って地面に片手と膝をつくテツリを見やった。

 言いたいことはあるが、先にやるべき事がある。そう思うヒカルは魔法少女リームの服をまさぐる。


「……これか」


 見つけ出したコンパクト。握りしめたソレを砕いてやると、魔法少女の装束が消え、ヒカルの腕で眠るのはどこにでもいる、制服姿の女学生であった。

 彼女を乾いた地面の、木の幹にもたれかかるようにそっとおいて、いよいよヒカルはテツリのことを仮面の下から睨み付けた。


「テツリ、お前、何考えてんだ」


 落ち着いた口調であるが、むしろ怒りは露わとなっている。


「俺が割り込まなきゃ、お前、あのままあの子に突っ込んでたよな? そうしたらあの子がどうなったか、分かるだろ?! おい!」


「…………」


 威圧感を出し詰め寄るも、テツリは何も答えない……どころか背を向けて立ち去ろうとまで……。

 当然許せず、ヒカルは肩に掴みかかる。


「答えろテツリ!!」


「…………離せ」


「お前、本気で自分がやってることが正しいと思ってるのか?! ……ミウちゃんが死んで、悲しい気持ちは分かるよ、氷上ハレトが憎い気持ちも。でもその悲しい気持ちと憎い気持ちを、まき散らすのが本当に正しいのか?! 関係ない子まで巻き込んで!!」


「離せって言ってるだろ!!」


 半ば殴るように、テツリはヒカルを押しのけた。


「うるさいんだよ綺麗事ばっかり!! 正しい正しいって、じゃあ氷上ハレトが生きて、ミウさんが死ぬのは正しいことなのか?! 違う、違う違う違う!! アイツは殺されるべきなんだ」


「じゃあこの子は!!」


「僕がアイツを殺すのを邪魔したッ!! 邪魔する者も同罪だ!!」


「間違ってる! テツリ、お前は間違ってる……」


 ヒカルはテツリを諭したかった。けれどそれがかえってテツリに火をつけた。


「じゃあ今すぐミウさんを僕の前に連れて来い!! そしたら考え直してやる!!」


「……」


 激昂するテツリに気圧され、ヒカルは言葉を発せない。


「出来ないでしょう!! もうミウさんは帰ってこないんです! あんな良い子だったのに……アイツのせいで人生ぶっ壊されたんですよ!! それなのに元凶のアイツを殺すのが間違ってる? どうかしてますよ、ヒカル君」


 と怒りをぶちまけ続けた。

 肩で息するテツリが、1度その肩を大きく沈ませる。

 そして再び背を向けたので、ヒカルは「待てって!」の声で懲りずに肩を掴む。そしてテツリが剣呑な振る舞いで顔を向ける。


「僕、言いましたよね? この復讐を阻む奴も容赦はしないって」


 そう言ってテツリは剣を右手で持ち、切っ先を天に向け構える。


「僕に干渉するな、邪魔をするなら……容赦はしないッ!!」


 途端、テツリは剣を振り乱し、ヒカルに襲いかかった。

 荒れ狂う剣が風切り音を奏でる。

 本気だった……。復讐心に取り付かれたテツリは、本気でヒカルのことを斬ろうとしている!!


「もう止めてくれ! 昔のお前を思い出してくれ!」


 突きをかわし、蛇のように腕と腕とを絡め、手首を掴んでテツリを押さえつけようとするヒカルがそう言うと、


「そんな奴もういないッ!! 殺したんだ! この復讐の、手始めに!」


 テツリはそう答え、拘束を力尽くで振りほどくと流れるままにヒカルを斬りつけた。

 散る火花、跳ねる泥粒。

 手痛い一撃を胸に浴びせられたヒカルは背中から倒れこんだ。

 そんなヒカルのことを見下ろし、テツリは口を開く。


「さようなら……。もうお前なんて友達じゃない」


「!? 待っ……」


 手を伸ばすが届かない。テツリは飛び去ってしまった。

 ヒカルは痛む胸を押さえる。その痛みの理由は決して、物理的な要因だけではなかっただろう。




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