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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
4章 黒き炎が身を焦がす
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第二編・その1 狙われた男




 妙に騒がしいリビングダイニングのドアを開けると、そこには


「ああああああああああああ!!」


 発狂して身悶える氷上ハレトの姿があった。

 ハレトはマイの帰宅にも全く気づかず、メタリックな焦げ茶色の肘掛けソファをひたすら叩きまくっている。

 その異様な様子に隻眼となった左目で視線を向けつつも、マイは予定通り買い物袋に詰まった食料を冷蔵庫にしまってから、両手をお腹の前に揃えてハレトの元ににじり寄った。


「あの、私の留守中に何かありました?」


 臆せず尋ねると、ハレトは奇声を発するのを止め


「契約解除されちゃったぁぁ」


 と、ざっくらばんに現状の問題を報告した。


「ええ、もうですか……」


 マイはハレトが言う契約解除が、出かけがけに契約を結んだ魔法少女との契約解除だと瞬時に理解すると、思わず柱時計の時刻を確認していた。

 時計の針は16時半を刺している。確か出かけたのは今日の正午頃だった。

 流石に5時間にも満たないスピード破棄はさしものマイでも予期できる事では無かったらしく、ハレトには寛大である彼女も呆れた表情を隠し切れなかった。


「何があったのか、詳しく話してくださいますか」


 マイが詳細を求めると、ハレトは分かりづらいながらも彼女が不在時に起きたことを語った。


「せっかく佐野ヒカルを捕まえるのは成功したのに、テツリの野郎が……あの野郎が全部ぶち壊しにしやがったんだ」


 という愚痴で締めくくって、ハレトはわざとらしく腕で涙を拭う仕草をした。


「またですか。それは困ったもんですね」


 その時の攻防を実際に見ていたわけではないマイはなんとも呑気な返答だったが、ハレトはソファに顔をうずめてため息をついた。


「しかも瞬殺だった」


「……テツリがですか?」


「そう。霊獣30体くらいごと、ものの数分でやられた。なんか変な鎧も着けてやがったし」


「ほぉあのテツリがね……。やはり復讐心は恐ろしいですねぇ」


「うーーっ、お前も他人事じゃねぇだろぉ」


 ハレトが嘆きの声を上げた。

 何しろテツリが苛烈な復讐心を向けているのは、他ならぬ自分なのだから気が気でない。もはやこうなってくると、佐野ヒカルを捕らえるよりも上里テツリを殺す方が、優先順位が上になってくる。だってテツリとヒカル、どっちの方が危険度が高いと聞かれたら、殺しに来ない分ヒカルの方がまだマシだ。


「てか佐野ヒカルがここの住所教えたら絶対ヤバいよな? 佐野ヒカルには協力者もいるし、ソイツも見つけねーとなのに。なんで上里テツリまでマズいことになってくるんだよぉぉ」


 愚痴と不安を吐露し続けるハレトであったが、ふと返答がないことが気になってソファから顔を上げた。

 てっきりマイは話を聞いているものだと思っていたのだが、いつの間にか彼女はその場から姿を消していた。

 82平米のリビングダイニングに1人ポツンと残されたハレトは、「お、おい!! マイ! どこに行った!?」と、声を張り上げてマイを呼んだ。

 すると上の階で慌ただしく足音がする。それから程なくして、マイは何も無かったように戻ってきたのに、ハレトは無性に安堵した。


「お前黙って勝手にどこ行ってんだ!」


 そんな自分に対する嫌悪感でハレトは怒鳴った。それをものともしないマイの右目には、さっきまでの白い眼帯と違う、固定がしっかり出来るタイプの黒い眼帯がつけられていた。


「ああ失礼。敵がいつ現れるか分からないなら、こっちの方が便利だと思いましてね」


 眼帯に指を添えてマイは言った。


「……痛むのか」


「いや大丈夫です。まぁ問題があるとすれば、私の催眠は目がトリガーでしたから、片目で果たして今まで通りの効力を発揮できるのかってことですね」


「…………」


 ハレトは神妙な面持ちとなった。そんな彼の様子に、マイは「心配して下さるのですか?!」とイタズラっぽく笑いながら言った。


「……別にそんなんじゃないし。ただお前の催眠が使えないと、色々不便だなって思っただけだ」


 と、ハレトは唇を尖らせて言ってみるものの、マイは口角をますます上げた。


「チッ……」


 ハレトはバツが悪そうに顔を背けた。内心を見透かしたつもりでいられるのは、なんというかこっぱずかしかった……。


「……まぁいいや。そんなことより今から出かけるぞ、準備しろ」


「? 何用で?」


「今4枠、契約の空きがあるだろ。埋めとくにこしたことは無いだろ」


「まぁそれは違いないですけど……良いんですか? 外に出たら上里テツリに見つかるかもしれませんよ?」


 と、マイはさっきまで散々頭を悩ませていた事象を出してみたが、それさえハレトは蝿を払うかのように払いのけた。


「大丈夫だって。よくよく考えたらここがバレてたらとっくに乗り込まれてるだろ。それが無いってことは、まだバレてないってことさ。だったら今のうちに人員を補充しておいたほうが良いだろ?」


「えぇ私晩ご飯の準備したいんですけど……」


 と、気乗りしないマイであったが、


「ほれ、出かけるのは決まったんだ。さっさと準備しろ」


 ハレトが強硬な態度を崩しそうもない。

 こうなったらもう言っても聞かない。仕方ないがここは、主の提案に乗っかるしかなさそうだ。そう決めたマイは、それならそれでと別プランを瞬時に考えついた。


「ではついでではありますが、私も寄りたい所がありますのでお付き合いいただけますか?」


「なんで買い物か?」


「それはさっき終わらせてきたでしょう」


「じゃあ寄りたいとこってどこだよ?」


 マイが寄りつきそうな所が全く思いつきもしなかったハレトが尋ねると、マイは首を傾げ、媚びるような仕草で一言だけ言った。


「警視庁」




⭐︎




 とりあえず4人の魔法少女の補充を終えたハレトとマイは、とりあえず派手な格好で悪目立ちする彼女らは邸宅に帰らせておいて、自分らはマイの希望通り警視庁に向かっていた。


「それにしても相変わらずお前の情報網は凄いのな」


 ハレトは主でありながら、メイドのマイの半歩後ろに付き従っている。

 佐野ヒカルの協力者の名前に、その所属まで解き明かした手腕には舌を巻くばかりだ。できればどんな手を使っているのか聞いてみたいものであるが、それに関しては「ヒ・ミ・ツ」と意味深なのかそうでないのかよく分からない返答しか得られなかった。


「さてさて、問題はここからなんですよね」


 長方形のビルに、ロウソクでも刺さっているかのような独特なフォルム。気づけばもう警視庁はすぐそこだ。

 マイは顎に手を当て、しばし反対側の歩道から、建物の出入りを見て考え込む。


「このまま乗り込むのも、まぁ面白そうではありますが」


「おいおい止めておけよ。ボクたちが用があるのは鳴賀って刑事だけだろ。とっととソイツだけ殺って帰ろうぜ」


 ハレトは信じられないものを見る目でマイのことを見て、言った。


「冗談ですよ。ご心配なさらず」


 マイは当然分かっている、ハレトが言っていることの方が正しいことを。わざわざ事を荒立てる必要性が皆無なことを。それは彼女のイタズラな笑みが証明している。

 今、マイが考えている問題は、誰が尋問相手に相応しいか、だ。

 実はまだ、彼女も鳴賀という名前を知るだけで、その姿形特徴までは把握できていない。だからまずは鳴賀の性別や髪型、背格好など、個人の特定に繋がる特徴を知りたいのだが、それを尋ねる相手を探している。


「うん、あの人にしてみますか」


 一旦決めたら、マイはハレトを置いて、真っ直ぐ迷いなく目星をつけた男のところに歩いて行く。視線の先にいるのは歩道を歩く、すらりとした初老の男だ。黒いスーツの上のベージュのコートはくたびれているが、革靴は磨き抜かれピカピカだ。見た目の老け具合に反して、腰が軽く反っているシルエットは若々しい。

 何となく階級が高く見えたのが決め手だった。

 と、マイが行く手を遮るように身を滑らせると、その初老の男は一瞬たじろいだものの


「どちら様ですか?」


 と、丁寧に尋ねたので、マイも慣れたもので深々とお辞儀する。

 さて、尋問開始です。そう心の中で開戦を宣言し、マイは初老の男の目を凝視した。


「な、何か私に用でも?」


「突然申し訳ありませんが、これからいくつか質問させていただきます。知っている限りで構いませんので、【私の質問に正直に答えて下さい】」


 催眠発動――

 男の目がトロンと蕩けたのを確信し、マイは情報を引き出しにかかる。


「ではまず一応確認ですが、【鳴賀という刑事が所属しているかどうか、お教え下さいな】」


「……ハイ、イラッシャイマスヨ」


 想定通りの返答に、マイは口端を上げた。


「【知り合いですか?】」


「エエ」


「ほぅ。ちなみに【今、お会いすることは可能で?】」


「ソレハ不可能デス……。本日ハ、欠課シテイマス……」


「そうですか。では【明日はいらっしゃいますかね?】」


「エエ、何モナケレバ……」


「なるほど。では最後に、【鳴賀刑事の身体的な特徴等をお願いします】」


「……身長173センチ、年齢53歳、痩セ型、白髪混ジリノ短髪、太眉、目尻ニ2ツアル黒子」


 それだけ聞ければ判別は可能だ。


「有益な情報、ありがとうございました。【今日の私とのことについては、忘れて下さいね】」


 果たして片目の催眠でどれだけ記憶に干渉できますかねぇ。そんな懸念はあったものの、引き出した当座の情報に関しては申し分ない。


「どうだった?」


 期待の眼差しで見つめてくるハレトには「ビンゴ」と答え、とりあえず聞き出した情報の中から『今日は会えない』ということを伝えると、とりあえず今日の所は出直す方向で意見は一致した。


「当座の問題は、今日の晩ご飯をどこで食べるかですかね。私お腹ペコペコです」


 今から帰って食事の準備をすることを諦めたマイは辺りを見回している。


「にしても魔法少女の方は外れだったな」


 唐突にハレトはため息交じりに口にした。

 ハレトは今日、契約を結んだ4人の魔法少女に発現した能力に不満があった。


「そうですか? 私は結構面白いと思いましたけどね。特に”空間を切ってと別の空間を繋ぐ能力”なんて、大いに化けますよ」


「まぁ使いようはあるだろうが、狙ってた能力とは違うんだよな」


 再度ため息をついた。


「……何を狙ってるんです?」


 マイは尋ねた。『狙ってた能力』なんて聞いたら、それが気になるのは当然の摂理だ。

 けれどハレトは「ヤベッ」と言いたげな表情になる。うっかり口を滑らせた。

 ここで顔まで見られたら、いよいよ言い逃れできないと思ったハレトは露骨に顔を逸らし


「どうせなら強い方が良いだろ、強い方が」


 とごまかした。いやごまかせてはないのだが、こうな風に言っておけばマイは深く追求してこないことを知っている。

 案の定、マイは「そうですね」と納得したことにしてくれた。


「ところで何食べます?」


「……逆にお前は何を食べたいんだ?」


「私ですか? ハレト様が食べたいもので構いませんが……」


「面倒だからお前が決めろ。何にしようが文句は言わん」


「本当に私の希望で良いんですか?」


 マイは戸惑っていた。珍しいこともあるものだと思いつつ、それならば「じゃあラーメンで」と言う。


「意外!」


「え? 意外ですか?」


「いや意外と庶民的なものが好きなんだなって」


 けれど別に異論があったわけでもない。


「まぁいいや。行こうぜ」


 2人は繁華街の雑踏に吸い込まれていった。

 その様子はカップル……というよりかは、まるで仲の良い姉弟のようだった。




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