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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
4章 黒き炎が身を焦がす
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第一編・その2 黒い太陽




 吹き飛ばされた魔法少女は、どうやら地面に頭を打ち付けたショックで気絶してしまったらしい。おかげで囲いとなっていた透明なカプセルも消え、ヒカルは解放されたけれど、仮面の下の、眉間に皺を寄せた深刻な表情は何一つ変わっていなかった。

 そんな表情で、黒き鎧を纏い、ミウの形見の剣を手にするテツリのことを見つめている。

 と、その時、不気味な羽音を響かせる霊獣がテツリの背後に飛来した。「危ない!」がヒカルの口から飛び出しかけた矢先――


 ズダッッッ!!


 振り向き様にテツリは剣を一閃させた。

 天地(てんち)開闢(かいびゃく)――

 霊獣は真っ二つに両断され、2つの爆炎を上げる。その炎に薄紅に照らされるテツリの姿は、もはやヒカルが知るテツリが醸し出す雰囲気と違い過ぎて、思わず緊張で喉が鳴る。

 そんな張り詰めたヒカルを、つんざくような悲鳴が正気に戻した。

 だがそれが聞こえるや否や、テツリが先に剣から三日月状のスラッシュ光線を飛ばし、2体がかりで作業員を押し倒していた霊獣をまとめて切り裂く。

 さらにテツリは飛び、黒炎で刃渡りを10メートルにも伸ばした。剣を水平に一振りしてやると、射線内の霊獣は爆発を連鎖させ、なぎ倒された。

 すると霊獣は恐れをなしたのか、生き残った数体が一団となって空に向かって垂直に飛んだ。

 それも逃さない――

 テツリは一団の真下に着地した。

 一体何を……。不安な心持ちのヒカルが見守る中、テツリは地面に剣を突き刺した。


「ハァァァァァァ…………」


 気合いのこもったくぐもり声を発すると、突き刺した剣を中心に地面に亀裂が走る。


「ウォォァァアアアアッ!!」


 テツリが雄叫びと共に、両手を振り上げると、地面から黒い火焔が天高く湧き上がった。

 照射された火柱は霊獣を飲み込む。そして噴出が収まった時、霊獣の姿はもうどこにもない。1体残らず、消し炭にされたのだ。


「あ、圧倒的じゃないか……」


 立ちすくんでいる間に、霊獣はテツリの手で全滅してしまった。

 本当に、この鎧騎士?はテツリなのか……? 少し見ない間(一晩)に、いくらなんでも強くなりすぎじゃないか……と、この星の空気と一体化した心地でヒカルは伺っていたが、やがて無言の内に目が合ったことに気づき、「よ、よおテツリ」と、昨日までのように語りかけた。


「…………」


 だがテツリは何も言葉を返さない。ただ黙ってずっとヒカルのことを、仮面の下からおそらく凝視している。


「な、なんだよそんな見つめて。照れるじゃねーか」


 ヒカルが茶化すような声で、後頭部を撫でる。

 するとテツリは相も変わらず何も言わなかったが、視線を送るのを止めた。代わりに歩き出して、向かったのは地面に横たわる魔法少女の下であった。


「う……う……」


 と、彼女は呻き声を上げていた。そんな彼女の懐にテツリは手を伸ばそうと、身をかがめる。


「おい何を……」


 ヒカルが問いかけた。


「…………」


 もっとも返答も無ければ、一瞥もない。

 テツリの指先が、魔法少女の体に触れかけた……その途端――

 彼女はカッと目を見開き、右手のひらに置かれていた剣の柄を握りしめ、大振りに振った。

 だがテツリは飛び退いて、彼女が振るった剣先は土で跳ねる。


「……君に聞く、氷上ハレトはどこにいる」


 やっとテツリが言葉を発した。その声は底冷えのする、怒りを押し殺したものだった。


「…………?」


 魔法少女は左手の見やる。その手は震えていた……。

 理由は恐怖――

 感情が奪われたはずなのに、彼女の体は恐怖に震えていたのだ。


「話す気は無いとみた。……まったく不毛だ」


 そう言うとテツリは剣を構える。震える彼女も遅れて、中腰に剣を構えた。

 睨み合う2人によって、空気が凍り付いている。

 そんな中、テツリが猛然と駆け出した。


 ガッッッ!!


 テツリが右手一本で投げるように振り下ろした攻めの剣と、魔法少女の守りの剣がぶつかり合って火花を散らした。彼女は両手で構えていたのに、力の差で簡単によろける。

 さらにテツリはそのまま突きを。魔法少女はそれをなりふり構わず身を投げ出して避けた。そして彼女は瞬時に立ち上がるが、テツリの方が早かった。



 バキィィンッッッ



 身を捻って弾き出すように振るわれたテツリの剣は、魔法少女の剣を他愛なくへし折った。

 得物を失い、彼女は体を強張らせた。その胸をテツリは峰打ちした。


「うぐっ!」


 峰打ちとは言え、金属の棒で叩かれて痛くないはずがない。骨が軋んだ感覚も相まって、彼女はうずくまったが、テツリがそれを許さず、胸ぐらを掴んで無理やり彼女を立たせた。


「おいテツリ! 止めてやれよ!!」


 いつの間にか時間切れで変身が解けていたヒカルが、魔法少女を締め上げるテツリの腕に生身の体で縋りついた。


「この子を痛めつけたって、どうにもならないだろう!!」


「…………何も知らないなら、邪魔しないで下さいよ」


 テツリがそう言った途端、ヒカルは腹部に吐くような痛みを覚えた。

 テツリの膝が、見事にクリーンヒットしたのだ。そうしてヒカルを退けたテツリは、剣を投げ捨て空いた手で、彼女の懐から宝石で装飾されたコンパクトを抜きとった。


「忌々しい……」


 怒りのままにテツリはそのコンパクトを握り潰した。

 それで魔法は解けた――

 力を失った彼女は、元の彼女自身へ戻り、膝から崩れ落ちた。テツリはそれを受け止めると、そっと横たわらせた……。


「テツリ……お前な……」


 四つん這いのヒカルが恨みがましい表情でテツリを見上げている。


「一言言ってくれればいいじゃんかよ。そしたら俺なら手を貸すぜ……」


「そんな余裕なかった」


 テツリが悪びれることも無くそう答えると、ヒカルは「……まぁそうかもしれないけどさぁ」と言いつつ、どうにも釈然とせず、肩をすくめた。

 と、テツリはそれ以上多くを語ろうとはせず、拾い上げた剣を空に掲げる。


「……もう行くのか?」


「僕には時間が無い。早く氷上ハレトを見つけ出さなければ、もっと多くの犠牲が出る。早く、奴を滅ぼさなければ……」


 そう言うなり、テツリは飛び去ってしまった。

 現場には静寂が訪れる。あたりにはまだ、生き残った作業員らがいる。

 ひとまずは彼らに然るべき治療を受けさせるのが先決だろう。少なくとも体は無事なテツリを追うより、そちらの優先順位の方が高い。

 それにしても、ヒカルにしてみれば胸が痛い話だ。


『心まで変わったらもう、アイツはお前が良く知るアイツとは別人だ』


 今朝のツバサの忠告はまさにその通りだった。

 このまま本当に、優しさと思いやりに満ちていたテツリが帰ってこないのだろうか……。

 悩めるヒカルは大きなため息をつき、助けを呼ぶため現場を離れていった。




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