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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
4章 黒き炎が身を焦がす
104/116

第一編・その1 アイツに限って、そんな……

新章突入です。




 生きていく上で別れというものは、時にどうにも避けられないこともある。

 1人、1つの人生を歩いて行けば、その道が交わることもあるだろうが、永遠に一本道が続くことはないだろう。

 そのことは佐野ヒカルだって、別れというものが何れ訪れるものであること自体は重々承知していた。されど、それが何時訪れるかまでは分からない。

 そしてその夜、ヒカルが迎えた1つの別れは、あまりにも寂しい別れだった。





 テツリが、復讐に身を堕としてしまった……。

 その事実に打ちひしがれたヒカルは肩を落とし、引きずるような重い足取りで、ツバサが待つミウの亡骸のある場所まで戻ってきた。

 それから程なくして、誰が通報したのか分からない救急車がやって来て、一応第一発見者ということからヒカルとツバサは警察署に連れて行かれ、そこで事情聴取を受けてと、気持ちを置いてきぼりに時間は慌ただしく流れた。そうして彼らが解放された時にはもう朝5時を回っており、朝日の天辺が照っていた。

 けれど警察署を後にするその時まで、ヒカルの顔は下を向いていた。


「ああそうだ」


 けれどしばらく歩いてから、ヒカルは何か思い出したように裏返った声と、顔を上げ、何となくついてきていたツバサの方を向いた。


「ありがとうな、力を貸してくれて」


 ヒカルがそう言うと、ツバサはムスッとした顔を向けた後、「……何だそんなことか」と、真っ正面に向き直ってどこか投げやりに返した。


「そんなことってこたぁないだろ。俺なんかよりよっぽど体張ったんだし。すっげぇ感謝してるんだぜ」


「別に、大したことないさ」


「またお前、素直じゃねぇよな……」


 ヒカルは呆れて肩をすくめた。いっそ素直に一言ありがとうって言った方がよっぽど面倒くさくないだろうにと思いつつ、ヒカルは何度ついたか分からないため息をついた。

 少し気を逸らしてみても、またすぐ同じ所に戻ってしまう……。ヒカルは暗い顔で口を開く。


「……なぁどうするのが正解だったんだろうな」


「……さぁな、俺にも分からない」


 尋ねるヒカルも、答えたツバサも、お互いがお互いの顔を見ようとしなかった。


「少なくとも俺たちは、やれるだけのことはやった。そうだろう?」


「……ああ、できるだけのことはやったさ」


「それで駄目だったんだ。俺たちが弱かったか、天が俺たちを選ばなかった、そういうことだ」


「…………」


 しばらく沈黙が続く。ヒカルは何か考え込んでいるようで、それから口を開いた。


「……俺が甘いから、こんなことになったのかな」


「はぁ? 何言ってんだお前……」


 言葉に若干の怒気を孕んでツバサは言う。


「今思えば、俺はアイツらの、ハレトたちの居所は知ってた。けど俺は守ることばっか考えて、乗り込もうなんてちっとも考えもしなかった……」


 もし先手を打って、ハレトらを……したなら、と落ち込むヒカルを、ツバサは睨んで「今更何言ってんだ!」と一喝した。その剣幕に思わずヒカルはビクッとして足を止め、ツバサも倣った。


「そんな出来もしない後悔、して何になるんだ! 悩むにせよ、もっとマシに頭つかえ」


 ツバサの真っ直ぐな視線にヒカルは息を呑んだ。


「……人間性まで捨てたら、お前の取り柄ってなんだ? ただ馬鹿が残るだけだぞ」


「馬鹿……」


「そうだお前は馬鹿だ。だから余計なこと考えずに、真っ直ぐ生きれば良いんだよ」


 呆気にとられるヒカルを余所に、ツバサは肩を揺らし歩き始める。

 ヒカルはしばらくポカンとその場で動けなかったが、ふとハッとなると早足でその後を追いかけた。


「お前、俺のことそうな風に思ってたんだな」


「なんだ不服か?」


「いやめっちゃ嬉しい。俺のこと、良いやつだって思ってくれてたんだな……」


「そんなことは言ってないだろ! やっぱ馬鹿だな」


 と言って、ツバサは歩調を速めるが、それで振り切られるヒカルではなく、一定の距離を保ったままその後ろについて回ったが、やがてツバサが「あーーもう!!」と憤る。


「なんで俺についてくるんだ! それとも俺がお前の行くところに先回りしてるのか?!」


「いや、行くとこないから」


「だからってついてくるな、お前はカルガモか?!」


 両手を広げての抗議に、ヒカルは「……今日くらい良いじゃんかよ」と口を尖らせたものの、ツバサが目をピキつかせ、剣呑な雰囲気で踵を返したので、仕方なしにその背中を見送ることにした。


「…………あ」


 と、踏み出すツバサの足が、ピタリと止まる。視線はもう一度、後ろにいるヒカルの方に注がれて、ヒカルも視線を返した。


「……お前も覚悟しておいた方がいいかもな!」


「? どういう意味だよ?」


 唐突な忠告にヒカルが尋ね返すと、ツバサは腰に手を当て、気だるげに続ける。


「アイツ、言ってただろ。邪魔をするものは全部斬るって。結局お前、アイツが氷上ハレトを殺すのを黙って見ていられないだろう」


「…………」


 その問いにヒカルは沈黙で返す。ぐうの音も出ない……。それが答えだ。


「だからお前がテツリを止めるなら、テツリはお前だろうが容赦しない。最悪、お前アイツに殺されるかもしれない」


「そんな……テツリに限って、そんな……」


 ヒカルは否定しようとするも、しどろもどろになっていた。正直もう、テツリのことが分からなかったのだ。


「まぁ覚悟はしておけよ。今のアイツは怒りと復讐心に支配されている。姿だけが変わったならまだ何とかならなくもないが、心まで変わったらもう、アイツはお前が良く知るアイツとは別人だ。昨日までのように戻れるとは思わないことだ」


 そんな忠告を言い残し、ツバサはコートをはためかした。小さくなっていくその後ろ姿をヒカルは名残惜しみながらずっと見送っていた。




⭐︎




 保護壁とシートに囲まれる工事現場では、新しいビルを建てるための作業が盛んに行われており、鉄筋を溶接する音や金属を叩く音がやかましく響き渡っていた。

 時刻が13時を超えた頃。

 ある作業員の、そろそろお昼にしましょうという一声に皆は異論なく、少し遅れながらの休憩を取るため、少々の騒がしさと共にゾロゾロと降りてきた。

 今日は早朝から続く青空が、今も続いている。風もなく過ごしやすい日だ。

 けれど穏やかな時間は終わりを告げる。

 突如として灰色の巨大な竜巻が、砂埃を巻き上げ立ち昇った。

 作業員らはその竜巻を見上げ呆ける。

 だが収まりかけた竜巻から飛んでくる、人の形に収めたハエ型の霊獣の大群によって、悲鳴と狂乱の宴が開演した。

 そしてこのことは、遠く離れた地にいるヒカルにも虫の知らせ的に伝達される。


「この頭痛……霊獣か……」


 霊獣出現を察知して、ヒカルは人目につかない路地裏に隠れると金色のブリリアンに変身し、空間転移(ワープ)する。次に駆け出した時には、工事現場の保護壁もひとっ飛び跳び越えて、中に突入した。


「!? これは!?」


 忍者のように着地を決めたヒカルは、(うごめ)く霊獣の数の多さに圧倒された。

 彼らが震わせる羽音が、どこかしこからもさざめき、不愉快な重低音を奏でている。

 そして……既に食い散らかされ、血を流す死体も多数……。


「うぁぁあああ!!」


「?!」


 切り裂くような悲鳴が新たに生まれた。

 見れば霊獣が作業員の1人に組み付き、彼の眼前で大口を裂かんばかりに広げている。


「させるかぁぁああ!!」


 輝く右の拳を引き絞りヒカルは走る。


 ダゴォッッ!!


 弾き出されたその拳が、霊獣の顔面を打ち砕いて吹き飛ばす。爆音と共に、霊獣は木っ端微塵に。だが――


「ぐっ!?」


 ヒカルは呻く。痛みを堪え振り向けば、背後からまた別の霊獣が左腕に噛みついていた。


「ッ、テヤッッッ!!」


 霊獣を蹴り飛ばすと火花が散った。

 そこから1度、2度、そして3度。反撃する間も与えず、ヒカルは流れるままに爪先で霊獣の頭部を蹴り倒した。

 しかし、まだ無数の霊獣が飛び交っている。次から次へと、霊獣はそこにいる人たちに襲いかかる。そのたびにヒカルも霊獣を打ち倒していくが、1人ではとてもこの数を相手にしきることはできない。


「キリがねぇ……」


 とっくに両手で収まらない数は倒したはずが、未だ生き残りの数は視界内に捉えきることができない。おそらく最低でも30は下らない。

 多勢に無勢。このままではジリ貧だ。

 けれどヒカルに逃げるという選択肢は考えるに及ばない。

 ならばこの耳障りな羽音に耐え、沈黙させるまで戦う他ない!


「うらぁぁああッッッ!!」


 ヒカルは闘志を燃やし、全身全霊で霊獣に立ち向かう。

 しかし全身全霊を尽くぜば、勝てるという話でも無い――

 やがてヒカルは肩で息をし始め、膝に手をついた。

 その無防備な背中に、霊獣が迫る。


「しまっ――」


 咄嗟に顔を両腕で守るヒカル。

 しかし来るはずの衝撃も、痛みもなく、代わりにゴンッと鈍い音が聞こえ、ヒカルは腕をどかす。

 霊獣は大の字になって倒れている。

 何だこりゃ? ヒカルは何が起きたか良く分からず、首を傾げる。

 だがよくよく目を凝らすと、何となく何が起こったかは察することができた。


「……ガラス?」


 何の気なしに伸ばした手が透明な固形物に触れた。ノックすると、コンコンと軽い音がする。

 だがその障壁は、人間離れしたパワーを持つヒカルが力を込め、踏ん張ってみても、ビクともしない。強度に関しては強化ガラスのソレをも遙かに上回っている。

 しかもそれは前面だけでなく、ヒカルを円柱で囲うようにして、上下も蓋がされているという完全密閉っぷりであった。

 閉じ込められた――

 透明なカプセルは、ヒカルがどこを叩いてもヒビ1つ入らない。

 ピンチを救われたと思ったのは幻想、その実ヒカルは別な脅威に囚われていたのだ。

 そしてその脅威は、上空から黒い尾を引く帚星となって舞い降りると、その姿を現す。

 正体は赤、青、黒のレースをふんだんにあしらったゴスロリ衣装を纏った、魔法少女であった。


「誰だ!?」


 ヒカルが叫ぶ。


「我ガ名ハ、イオ……。オ前ヲ迎エニ来タ。私ト共ニ、我ラガ主ハレト様ノ下ヘ行クノダ……」


 魔法少女は原稿を読むように、無機質な名乗りを読み上げたが、ここでもカプセルの密閉っぷりが発揮され、魔法少女の声はヒカルに届いていなかった。

 そして霊獣が襲う作業員らの悲鳴も、同じように聞こえない……。

 彼らは無声映画のように、けれどそんな劇的でなく、ただ淡々と傷つき、倒れていく。ヒカルは何もできず、そんな彼らの最期を――


「やめろ!! おい! 出せ!! 出してくれ!!」


 ヒカルは仮面の下に鬼気迫る表情を浮かべ、必死に懇願するもその声もまた彼女には聞こえなかった。

 見るに堪えない……けれどこのカプセルを壊すことができない。

 『絶対に壊れない』という概念が働いている。

 このままただ、霊獣が作業員を喰らい尽くすのを見ていることしかできないのか……。

 ヒカルがそう思い始めた頃、思わぬ事態を迎えることになった。


 ピカッッッッ!!


 眩い光が、一帯を照らした。


「なんだ?!」


 思わずヒカルは上を向く。魔法少女も無感情な顔で同じようにそうした。

 その光の発生源から放たれる、4発の黒いカッター光線は魔法少女の足下に着弾すると、爆風で華奢な彼女のことを無慈悲に吹き飛ばした。


「!?」


 突然のことに驚き、そして俄に信じがたかったヒカルが唖然としていると、光を収束させながら降りて来た……黒き鎧を纏ったテツリが。




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