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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
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第九篇・その6 俺の意思




「下がってろ」


 ぶっきらぼうにそう言うと、ツバサは有無も言わさず、ミウのことを少々手荒に、目線もやらずに背後へ押しやった。


()っ……」


 むりやり手首を引っ張り上げられ、ミウは痛がった。

 そして羽織るコートから靴まで全身真っ黒コーデ男は何者なのか……。どこかで会ったことがあるような、不思議な感覚こそあったが、思い出せそうで思い出せない。

 けれど助けてくれるのは確かな事実だったので


「あ、あの、助けてくれてありがとうございます」


 そう言って、ミウは邪魔にならないよう後ずさりし、距離を置いた。


「……」


 ツバサは礼を言われても一瞥もしなかった。というか、する余裕がなかった。

 たった二撃で、目の前のマイという女の実力を見破っていた。

 普通ならその二撃で片がつくはずなのだ。少なくとも頭部を蹴り飛ばされては脳が揺れ、まともに立つこともできないはずだった。

 けれど今、マイは背筋を伸ばし、シャンとしている。

 コイツはただ者ではないと、ツバサは元から悪い目つきをますます鋭くさせる。

 もっともそれは、マイから見たツバサも同じで、彼女はツバサとの戦いを望んではいなかった。だから彼女は少々困ったような表情を浮かべ、口を開く。


「忌々しいと思うなら、この場は黙って見逃してもらえませんかねぇ。私もできるだけ、穏便に事を済ませたいのですよ」


「断る」


 ツバサは一言、間髪入れずに迷いなく言い切る。


「……これまた随分と、えらく強く言い切りましたね。なんです、今更人助けに興味でも湧きましたか?」


「人助けなんて興味ない。それに下らん土下座なんて別に無視してくれてやっても一向に構わなかった……。だが、あいにく今回は、俺自身思うところがある……」


 ツバサは自身の能力を発動させる。体を動物に変身させる能力を行使し、ヒグマの爪を手の甲から生やし、臨戦態勢に入る。


「だから悪いな、お前たちの望みは叶えてやれそうにない。あくまで俺の意思で、この子を守らせてもらう」


「……何があなたを焚きつけるのかは分かりませんが。一応忠告は致しましたので、ここから先、何があっても自己責任だと思って下さいね」


 マイは長刀を抜いた。


「まさかあなたまで邪魔しに来るとはねぇ」


 ため息をついたかと思うやいなや、マイは一瞬で間合いに入り、突きを繰り出した。

 ツバサは片手の鋭爪で剣を受け止めると、もう片方の爪を剣に(から)める。両手の鋭爪を絡めれば、剣は押さえ込める。

 両手の鋭爪を巧みに振るい、マイを押さえ込んだところで、ツバサはミウに言った。


「おい、下の4階に行け。そこでヒカルとテツリに保護してもらえ」


「え?」


「早く行け!! ボサッとするな!!」


 ツバサは聞き返すことを許さず怒鳴った。


「は、はい!」


 気圧されたミウは言われたとおりそそくさと走り出し、2人の脇を抜けた。

 廊下の角を曲がる時、ミウの顔には笑顔が浮かび上がっていた。


「そっか……2人とも生きてるんだ」


 再会できる喜びに打ち震え、ミウは軽やかな足音を残し階下へ向かった。

 そして残されたツバサとマイは、まずは両者が手にする得物で語り合う。

 鳴り響く耳に痛い金属音、飛び散る火花、2人の語らいは休む間もなく矢継ぎ早に繰り出され続けたが、一旦間合いが取られると、マイはフゥと息をついた。


「この残酷なリーチ差でよくやりますね」


 マイは自身が持つ長刀と、ツバサが両手に形成した鋭爪を見比べて言った。

 リーチは優に3倍は差がある。通常、得物で戦うにあたって、この差は戦う者同士の差と言って差し支えない。なのに2人は互角だ。


「まったく、あなたの参戦ばかりはこの私の目をもってしても予測できませんよ」


「……お前、何者だ?」


 ツバサがマイのことを見回しながら尋ねる。


「さっきの蹴られた時の受け身といい、その剣裁きといい、一般人じゃあないだろう」


「私はただのメイドですよ、ちょっと器用なだけの」


 そう言ったマイはとてもそうは見えない身のこなしでツバサの不意を突く。だがガギッと重苦しい金属音が鳴った。


「一般人が普通、人の命を躊躇なく殺りにいけるか?」


 首元に突き刺さりかけた剣を、ツバサはすんでの所で爪でガードした。


「それが守りたい人のためなら、何だってできますが?」


「……」


 その反論にツバサは押し黙った。

 確かに一理ある。それに関してはツバサも全く同じ考えだ。

 が、ツバサには目の前のマイと自分が、同じようには見えなかった。というか、見たくない。

 ツバサは苛立ち紛れにマイを蹴り飛ばした。図らずも、ちょうどさっき切り裂かれた脇腹を蹴られた彼女は呻き声を上げた。


「……こんな風に怪我人に容赦なくなるんですよ、ヨヨヨ」


 と、マイは大仰に悲しんで見せた。そしてツバサは白い目でそれを見ている。


「あんまり手応えがありませんね? まぁつまらない冗談はさておき、そろそろお暇させていただきましょうか」


 脇腹をさすりながらマイが言った。


「逃げるつもりか」


「ええ、そうさせていただきます」


 マイは長刀をホウキに仕舞い、両手のひらをツバサに向ける。

 戦う気が無いのなら、ツバサも追い打ちまでする気は無く、変身を解いた。


「ただ……手ぶらでは帰りませんけどね」


 そう告げたマイに、ツバサがどういうつもりだと詰めようとした瞬間――


「ぃやぁぁぁッ!!」


 階下からつんざくような甲高い悲鳴が反響してきた。


「……今度こそ捕まえた」


 するとマイはツバサに背を向け、階段へ脱兎の如く駆け出した。


「ちょっと待て!!」


 素早くツバサが回り込んで、逃げ道を潰す。が


「【動くな】!!」


 と、マイが両目を見開き、ツバサの目を凝視しながら念じると、ツバサは体に杭を打ち込まれたかのように身動きができなくなった。

 けれど動けなくする以上のことはせず、マイは走り去っていった。




⭐︎




 やけに煙っぽい廊下は、青白い電流が格子状に貼られ、2つのエリアに隔てられている。その格子で遮断された向こう側にはヒカルとテツリが痙攣しながら倒れ、こちら側には絶えずヒカルらを見張り、整然と気絶するミウを腕に収めた、透き通る淡黄色の髪をした魔法少女が立っていた。

 遡ること、少し前……。

 ミウはツバサに言われたとおり4階へ向かった後、テツリとヒカルのことを探していた。


「ヒカルさん!」


 そうして廊下の角を曲がり、ヒカルの背中姿を見つけたミウが嬉しそうな声で呼び、走り寄ると


「!? ミウちゃん!」


 と、ヒカルは驚いた顔しつつも、すぐにホッとしたように目尻を緩ませた。


「良かった、本当に無事だったんですね」


 ミウはちゃんとヒカルに足がついていることを確認し、彼の両腕の感触を確かめるように叩きながら言った。


「ああなんとかな。そっちは」


「私も何とか……」


 そう言いつつ、ミウはあたりをキョロキョロと、何か探すように首をしきりに振っていた。


「あの、テツリさんは?」


 てっきりヒカルと一緒なものだと思い尋ねるも、ヒカルはなんのこっちゃと首を傾げる。


「僕はここです」


 だがすぐにテツリはミウの背後から現れた。

 服もボロボロになって、顔も黒く煤に塗れて、片足も引きずっているが、間違いなくテツリその人である。


「大丈夫ですか」


 ミウとヒカルの意見は一致していたが、


「ちょっと、いや、だいぶ手こずりましたけど。なんとか大丈夫です……」


 そう言ってテツリは2人の元へ合流を果たした。


「一応必要ないとは思いますけど……。今度は本物ですよね?」


「? そうですけど……」


「良かった」


 その反応からホッと胸を撫で下ろすミウ。そんな彼女の様子にテツリは「どういうことでしょう?」と言いたげな視線をヒカルに送る。それに対するヒカルの答えは苦笑いであった。


「まぁ何はともあれ、3人でこうやってまた会えて良かったですね」


「間違いないですね」


 ミウの言葉にテツリも同調する。と、何気なく、さも当然のようにテツリが口にする。


「今回ばかりは、今回ばかりもですけど……危なかった。ツバサ君が助けてくれなかったら」


「ツバサが?」


 思わずヒカルが聞き返すと、テツリは頷く。


「ツバサって言う人はひょっとして、黒いコートを着た?」


 ミウも尋ねた。

 確かに、ツバサはいつも暑そうなコートを身に纏っている。そしてその情報をミウが知っているということが、ツバサが本当に来てくれたことの裏付けだった。


「そうか、アイツ、なんやかんや来てくれたのか」


 ヒカルの顔はすっかり緩んでいた。


「それで今、アイツは?」


 その顔のまま尋ねると、


「私を逃がすために、マイと戦ってくれてます」


 と、上の階を指さしながらミウは言った。


「……そうか、なら今のうちに逃げよう」


 ヒカルが神妙な面持ちになってそう言うと、ミウは少々意外だという顔でヒカルとテツリの顔を交互に見やった。


「どうした? そんな顔して」


「いや、てっきり助けに行くものかと思って……。大丈夫なんですか、そのツバサさん……。正直、マイは相当強いですよ」


「大丈夫だ。アイツが負けるはずがない。俺はツバサを信じてる」


 心配そうな顔をするミウに、ヒカルは力強く、迷う素振りもなく言い切った。

 テツリも同意する。少なくとも、簡単に負けるようなヤワではないことについては特に。


「こうなったらもうここに長居は無用です。早いところ逃げましょう」


 そう言うとテツリはミウの背中に手を触れて、動くよう促す。

 2人がここまで大丈夫だろうと言ったので、ミウも1度、階上を見上げると頷いた。


「行こう」


 3人は、テツリとヒカルが、ミウを前と後で挟んで守り、歩き出す。

 窓から夜景が見えた。今日の夜景は、駆けつけてきたパトカーのサイレンでやけに赤かった。

 白い廊下、黒い空、赤い大地。

 だが突如、それらの色を塗りつぶすよう青白い閃光弾けた。

 強烈な閃光は、一行も思わず足を止めてしまうほどの威力を発揮した。

 何が起きたのか、3人は分からなかった。

 だが、まだ残光が目に残る中、突如ヒカルは心臓を抑え、悶えながら転んだ。


「ヒカルさん?!」


 倒れる音に気づき、慌ててミウとテツリは振り向く。

 ミウが倒れたヒカルの体に縋り付く。その体からは焦げたような異臭が漂い、匂いに違わず髪の毛先が灰色に焦げていた。

 そしてテツリは、一旦はヒカルのことを案じ視線を落とすも、ハッとなって顔を上げた。

 だが亜光速の不意打ちから身を守るには、あまりにも反応が遅すぎた。

 また青白い閃光が、今度は空気切り裂く雷音が再び轟き、テツリは胸を打たれた。

 一億ボルトの電撃に一閃され、テツリは顔面から崩れ落ちてしまった。そして……


「テツリさん?!」


 思わず手を伸ばしかけ、背後に気配を感じたミウは振り向いた……瞬間に腹部に何か硬い棒のようなものを押し当てられていた。


「うっ?!」


 その棒から発された電撃を打たれたミウは呻き声を上げ、魔法少女の腕に収められた。


「う……ミウ……さん」


 掠れる視界の中、テツリは這ってでもミウの元に向かおうとした。

 このままおめおめとミウをやる訳にはいかなかったのだ。

 だが魔法少女が張った格子状の電撃がそれを阻んだ。格子に触れただけでテツリの体中を末端まで電流が迸り、はね除けられてしまう。伸ばしたその手は、何も掴めやしなかった。




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