表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
100/116

第九篇・その5 我ながら忌々しい




 やけに外が騒がしいなと、ミウは密かに思っていた。

 一体何が起きているんだろう……?

 それをこの目で確かめに行こうとウズウズする気持ちこそあったが、この騒ぎが自身の身柄を狙って起こされたものだとよく知っていた彼女は疼きをグッと堪え、じっと時が過ぎるのを待っていた。こうして身を潜めることが、今の自分にできる最大の貢献だと信じて。

 隠れ場所は関係者以外立ち入り禁止の備品室、の段ボールの中。ティッシュペーパーの納品に用いられるサイズのものを水平に3つ繋いだ、彼女専用の手作り隠れ家である。

 頑張れば寝返りが打てなくはない、それくらいの手狭さであったが、隠れ始めてから2時間が経ち、もはや思考の上では狭いとは思わなくなっていた。

 ただ生きた人間が、棺の中の遺体が如く直立姿勢で居続けたものだからやはり疲労は大きく、ミウの身じろぎはここ数十分で次第に大きくなっていた。

 と、ミウの後頭部は微かな振動を感じ取った。振動はまるでどこか遠くで花火が打ち上がった時のようであった。


「みんな、無事だよね……」


 ミウはため息つくように呟く。

 離れていては、生を実感できない。自分が知らないところで、自分のために誰かが死ぬなんて、絶対にイヤだ……。

 見つめるダンボールにテツリの笑顔を思い描き、ミウは祈るように手を握った。


「ちゃんとライブ、観に来てくれるよね……」


 作戦決行前、ミウとテツリ、とヒカルは約束していた。もし2人が生きて帰ることができたら、その時は必ずライブに招待すると。その誘いに、テツリもヒカルも笑顔を返してくれた。

 救ってくれた2人に、恩返しをする。

 その方法がミウにとっては『ライブ』だった。けれど歌を聞いてくれる人がいなければ、ライブはできない……。


「大丈夫……きっと大丈夫……」


 言い聞かせるようにミウは言った。

 あの2人の強さは良く知っている。事、何かを守るに当たっては、信じられないパワーを発揮する。

 だからきっと今回も帰ってくると、ミウは信じなきゃだ。

 そしてしばらく静寂が続いた。いつまで続くか分からない不穏な静けさは、微かな声によって打ち消された。


「……さーん」


 最初は「声がする……」

 その程度の明瞭であった。それがだんだんと、だんだんと大きくなるにつれ、はっきりと個性を持ち出す。近づいているのだ。


「ミウさん……! ミウさーん!」


 そして最後には、その声が自分を呼んでいることにミウは気づいた。


「この声……、テツリさんの」


 自己紹介は今日だったが、ずっと昔から聞き慣れた声だ。部屋の壁とダンボールと、二重の障壁で若干くぐもっているが、まず間違いなかった。

 そして迎えに来たのなら、自分も同じようにそうすべきだと、ミウは起き上がって、そっと扉を開けて隙間から廊下の様子を覗う。

 見えた――


「テツリさん!」


 そう言いながらミウは駆け寄っていった。


「ミウさん!?」


 驚いた顔でテツリが振り返った。その顔には傷1つなく、体も別れた時と同じように整っていた。


「一体どこに隠れてたんですか?! 探しましたよ」


 テツリは咎めるような口調でミウに詰め寄った。


「ヘへ、実は鳴賀さんがお医者さんから特別に許可をもらってくれて、備品室のダンボールの中に隠れてたんです」


 ミウはさっきまで隠れていた備品室を指さしながら、クシャクシャの笑顔で言った。するとテツリは鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべる。


「ダンボール? アイドルがダンボールの中に丸まってたんですか? でもそんなこと、僕もヒカル君も聞いてませんが」


「そうなんだ? てっきり伝えたものかと思ってた。あと私、別に丸まってはないよ。流石に長時間丸まって入るのはちょっとって言ったら鳴賀さん、なんかデッカいダンボール3つ繋げてくれたんだ。おかげで以外と快適だったよ」


「ほうほう……鳴賀さん?」


 テツリ(?)は顎に手を当てて、思考を巡らせた。


「へぇ……。なぁるほどそうだったんですか……アッハッハ!!」


「テ、テツリ……さん?」


 突如大笑いし始めたテツリ。

 そんな、喉ちんこ見せて笑うほど面白いか?

 と、ミウは若干身を引いた。身を引かせたのは彼女の本能だったかもしれない。


「まさかそんなところに隠れていたなんて。流石に関係者以外立ち入れないところには、あなたの性分では入れないと踏んでいたのですが、許可を取ってましたか」


「え?」


 ミウは狼狽する。

 顔と、その顔から発される声が一致せず混乱した。脳がバグるとは、まさに今この瞬間のことであった。

 ミウは口をパクパクさせるばかりで声が出なかった。

 そして答え合わせに、纏った鏡像は砕かれる。


「?!」


 纏った鏡像が砕け散ると、姿は露わとなる。そしてその姿を見て取った途端に、ミウは後ずさりした。


「こんばんわ。お迎えに上がりました、フラム……」


 変装を解いたマイが胸に手を当て、会釈する。


「な、なんで……」


「私も驚きです。こんな簡単に引っかかるなんて」


 マイが喉をいじくると、発される声はテツリの声と非常に酷似したものであった。

 これにはミウは心底驚いた。


「見た目と声が同じでも、同じ人間とは限らないんですねぇ、これが。アイドル、つまり声のプロのあなたには見破られるかもと危惧していましたが、全然大丈夫でしたね」


 マイはミウを馬鹿にするよう薄ら笑いした。そして――


「さぁ一緒に、ハレト様のところに帰りましょう」


 と、丁寧に言いつつ腕を伸ばす。


「い、イヤ…………イヤッ……」


 逃れようとしたミウだったが2歩も走らないうちに首に腕を回され、そのまま背中から抱き寄せられた。


「違います。あなたはハイと答えれば良いんですよ」


 マイはミウの耳元で息を吹き付けるよう(ささや)く。片手をミウの体の上で滑らせてやると、彼女は甘い声を発した。


「ンッ……やめッ……やめて!」


「聞き分けのない子。逃げられる訳がないでしょう。あなたは私の手に落ちた。もはや運命は、決まったのです」


「は、離してッ……誰か、助s――」


 ミウは助けを呼ぶ口を、手で塞がれた。


「助けなんて誰も来ませんよ……。残念ながら上里テツリも佐野ヒカルも、2人とも助けに来れる状態じゃない……。どういう意味か、察しはつきますよね?」


「?!」


 ミウが涙を溜める目を見開く。そしてマイが締め上げる力を緩めると、ミウは力なく崩れ落ちた。


「そ、そんな……ウソだ。テツリさんと、ヒカルさんが死ぬなんて……」


「残念です。あなたが潔くハレト様に素直になれば、こんなことにはならなかったのに……。可哀想に」


 と、マイは吐息が激しいミウの背中をさすりながら、露悪的に、悲劇を演じて言った。

 もはや……ミウの心はポッキリと折れた。抵抗もできない。

 これでようやく手元に戻る……。

 マイが安堵した……その刹那――


 ヒュルリヒュルリラ


 風が舞う。風が駆け上がる。

 気づいて振り向いた時には、もう通り過ぎている。

 マイは突如として脇腹を切り裂かれ、鈍痛が襲った。


「ふぇ?」


 ミウは顔を上げる。

 ここは本当に、病院の廊下なのだろうか?

 そう疑いたくなる光景であった。

 鳥だ。大きな鳥が、翼を広げ飛んでいた。

 翼を折りたたみ、降り立ったその鳥は、人間の姿になって駆けた。

 自らが落とした羽根を踏みしめてと、マイの頬を蹴り飛ばした。

 生まれたての雛のような目で一連の光景を見ていたミウは、自分を助けてくれた人を見上げた。


「お前だな、助けが必要なのは」


 怒ってるみたいなツリ目を覗かせて、その男は尋ねた。


「あ、あ……」


 急展開についていけないミウは口ごもった。そんな彼女をよそに


「あなた……なぜここに来た?!」


 と、マイが血混じりの唾を吐き捨て尋ねる。

 その問いに彼は……藤川ツバサは鼻を鳴らして答えた。


「なぜ……か。強いて言うなら、馬鹿で、お人好しな、甘ちゃんに丸め込まれたからだ……我ながら忌々しいがな」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ