第6話 分子間力
香子は夢を見ていた。
それはとてもリアルな夢だった。
その夢の中で、香子は服を触っていたのだ。
でも、夢だからか全く自分じゃないなにかが自分の体を動かしているような感じた。
ただ、なぜか懐かしいとも感じた。
夢の中の香子の左目にはその服の美しい姿が見えていた。
その服からこうなりたいと主張するような感じがした。
そして、右目には服が何か実験の動画で数万倍にしました!時のようにめちゃくちゃ細部まで見えていた。
左目と右目に見える物が丸で違うためか、ものすごい気持ち悪い。
その気持ち悪さをなくすためか、夢の中の香子は動き出す。
まずは黒尽くめの男が落としていたナイフを手にする。
そして、手にしている服を、左目に見えている状態にするために不要な部分を一瞬で切った。
それを黒尽くめの男が触ったすべての服に繰り返す。
その後、切れた部分を右目で確認し、線一本一本を近づけた。
そしたらほら不思議、魔法のように物がくっついた。
(なんで…?)
夢だけど、リアルすぎる感触から疑問が湧いてくる。
そして、その答えが脳内から聞こえてくる。
(ものって、近づけたら、くっつくんだよ!)
頭の中の優しい声に少し驚く。
(そうなんだ)
そして、なにかやり遂げた達成感で意識はまだ消えていく。
「何が…起きたの…?」
その場所にいるみんなはパニックになっていた。
特に、腕を傷つき泣き叫んでいた香子の母、あかりはハンマーで頭を殴られたかのような衝撃を受けていた。
衝撃的すぎることが連続で起きすぎたのだ。
まず初めに、黒尽くめの男、西園寺の襲撃。
西園寺が暴れに、ショーのメインの衣装がすべて傷ついた。
このままだと、今日のショーはすべてのショーは中止になるはずだった。
すべてを捧げたショーだったのに…
だからこそ、西園寺は警備員たちに捕まえられた時、笑っていた。
西園寺は夫、藤原松陰の母の父違いの息子。
色々あって、恨まれていていたことはわかっていた。
でもここまで人前で直接な手を打って来るとはおもってなかった。
悔しい…
そんな絶望の中、それはおきた。
自分の娘である香子がいきなり西園寺が台無しにした服のところに行ったのだ。
「なんだあれは…」
その娘の左目は紫色になっていた。
娘は見たことないいびつな笑顔をしていた。
「悪魔の眼…」
昔娘に買ってあげた童話に出てくる悪魔のようなその紫の目は不吉すぎた。
娘は、衣装のところに行き、周りの衣装を確認して、周りに落ちてあった西園寺のナイフを拾った。
そして…
衣装をすべて、一瞬に切り落とした。
切る時のその動きは、自然すぎた。
それはまるで、人間国宝が着物を切る時を思い出させる。
こんなことがありえるのだろうか…
その後、その小さい手で切り落とした服を見ながら、なでおろす。
そうするとなぜかその服がくっついていたのだ。
私を含めて、ここにいる人達はあまりに現実味のない現実に驚いて、身動きすらできなかった。
今、一体何が起きているのか…?
たしかに、以前、物と物を接着剤を使わずにくっつける方法を調べたことがある。
確かに方法はあった。
物と物を分子単位で近づけば、電気的な力が働き、くっつく。
しかし、2つの理由で、切れた服をくっつけるような方法ではない。
まず、分子単位で物を動かすことができない。
そして、切れ面は分子単位で見ると凹凸があるので、全然くっつけられないのだ。
ただ、娘がいじった服を確認したところ、完璧だった。
そう西園寺による傷跡はまったく感じられない。
いや、むしろ、服の細部は私がイメージした物以上の出来になっていた。
これで、ショーはできる。
ただ、頭のどこかにうっすら不安が残って消えない。
そして、娘を見ると天使のような笑顔をして、眠っていた。
いつもどおりの娘だ。
先見たのが夢のようだった。
でも、周りの服と場の雰囲気は今の状況が現実であることを知らせる。
一体、この娘に何があったと言うのか…
何もかもがわからない…
不安いっぱいの中、私と夫は娘を見つめた。