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第10章 恐るべき遭遇

 二階に戻った私たちは、トイレを済ませて飛原(とびはら)の部屋に集まった。ちなみにトイレにも窓はあるが、大人は出入り出来ないほどの小さなもので、それに加えてやはり、ご丁寧に鉄格子もはまっている。これは一階のトイレも同じ構造だった。


「すみません、飛原さん、村茂(むらしげ)さん。僕の一存で力仕事をさせることになってしまって」


 乱場(らんば)が詫びたが、当の二人は涼しい顔で、


「いや、俺は好機だと思ったよ。少なくとも、その間だけ火櫛(ひぐし)さんを確実に監視かつ足止め出来る」

「飛原の言うとおりだ。その間に、他のメンバーが作戦を実行に移すというわけだな」

「それでも」と汐見(しおみ)が、「村茂さんを出したのはまずかったんじゃないか? 下山チームの大きな戦力だったのに」

「いえ、あの場で村茂さんの名前を挙げないのは、かえって不自然になってしまったと僕は思います」


 乱場が答えると、朝霧(あさぎり)が、


「力仕事を頼んでいるのに、どうしてこの中で一番の力持ちキャラである村茂さんを寄越さないのか? と変な勘ぐりをされてしまうというわけですね」

「なるほどな」


 汐見も納得したようだ。


「そうなると、役割分担はどうするの?」


 河野(こうの)が私たちを見回す。そうですね、と乱場も同じようにメンバーを見て、


「下山ルートを見るのは、汐見先輩、朝霧先輩、石上(いしがみ)先輩の三人にお願いします」


 名を連ねられた私たち高校生三人は、そろって了解した。朝霧も昨夜の会議のとおり、下半身は汐見から借りたデニムパンツを装着している。


「でも、あくまで様子を見るだけに留めて下さい。あまり山に深入りしてしまうのは危険ですから」

「そうだね、十一時半に昼食もあることだしね」


 私が答えると、はい、と乱場は、


「本来であれば、汐見さんと村茂さんの最強タッグで、あわよくば一気に下山してもらえるという可能性も考えていたのですが、汐見さんひとりで山に入ってもらうのは危険ですし、であれば、人数を増やして観察の目を増したほうがいいかなと思いまして。そもそも、この霧を計算に入れていませんでした」

「あくまで偵察部隊ということだね。三人も目があれば、霧の中でも獣道的なルートの発見も早まるかもしれない」

「そうです。で、残る、僕、高井戸さん、河野さんの三人で館内の捜索に行きます」

「火櫛さんが監督と村茂さんと一緒に仕事に出ているから、こっちは逆にがっつり捜索できそうだね」

「電話と橋のスイッチを探すのよね」


 高井戸と河野は頷いて答えた。


「よし、そうと決まれば、行くか」


 村茂が腕時計を見た。一階で火櫛と倉庫整理の手伝いをする約束をしてから十分程度経過している。そろそろ下りて行かないと怪しまれるかもしれない。


「では、全員で行って変に勘ぐられても悪いので、まず飛原さんと村茂さんで予定どおりロビーに下りて下さい。僕たちはそれから五分くらいしてから行動を起こすことにしましょう。あと、一応部屋には鍵は掛けておいたほうがいいと思います。一旦全員自分の部屋に戻りましょう」


 乱場の指示で、全員が集まっていた飛原の部屋を出る。飛原はドアに鍵を掛けると、自分の部屋にも施錠をした村茂と一緒に階段を下りていった。

 自室に戻って待機していた私は、窓の外に火櫛、飛原、村茂の三人の姿を見た。早朝より薄くなっているとはいえ、未だ周囲は白い霧に包まれているが、館裏に向かって歩いて行く三人の背中は確認できた。と、その最後尾を歩いている村茂が振り返った。二階の窓を順に確認して見ているようで、そのうちに私のことを見つけたらしい。彼は右手を握り、手首を何度か捻る動作をして、両腕を掲げて小さくバツ印を作った。ジェスチャーだろうか。何を伝えようとしているのだろう? そうしているうちに、村茂の姿は前を歩く飛原、火櫛同様、霧の中に霞んで見えなくなってしまった。腕時計に目を落とす。自室に戻ってから五分が経っていた。頃合いだ。

 廊下に出ると、すでに私以外の全員の姿がそろっていた。私は先ほど窓から目撃した光景を皆に、特に乱場に向かって告げる。考え込むような顔をしていた乱場は、あっ、と小さく叫ぶと、


「もしかして……」

「村茂さんのジェスチャーの意味が分かったのかい?」

「館を出るときに、火櫛さんが玄関に施錠をしたのでは? 村茂さんはそのことを伝えたかったのかもしれません」

「握った右手を捻るのは、鍵を掛けたことを表してるのか。で、バツ印を作って、駄目だ、と」

「だとしても、別に関係ないだろ。内側から鍵を開けてしまえばいいじゃんか」


 汐見が事も無げに口にした。確かにそうだ。私は胸をなで下ろした。が、同時に嫌な胸騒ぎもする。何かを見落としているのでは?


「いえ、違います」が乱場はシリアスな表情を変えないまま、「昨夜、石上先輩と村茂さんが話していましたよね、一階西館の突き当たりに勝手口らしいドアがありましたが、そこは施錠されていて、内側にも鍵穴があったと」

「あっ!」


 そうなのだ、思い出した。勝手口がそうなのであれば、恐らく……。


「玄関扉も、そういう構造になっていると?」


 高井戸の言葉に乱場は頷いた。


「そうよ、十分あり得るわ」と河野も、「全部の窓に鉄格子があることも考えれば、むしろ玄関を開けっ放しにしておくのはかえって不自然よ」

「鉄格子の意味が無くなりますものね」


 朝霧も不安そうな顔になった。


「そうなんです。迂闊でした……」乱場は痛恨の表情をしたが、「とにかく、確かめてみましょう」


 階段に向かい、私たちもあとに続いた。


「やっぱりだ。見て下さい、この扉にはサムターンのような解錠装置はなくて、代わりに鍵穴があります」


 乱場の言ったとおりだった。両開きの玄関扉には、ノブの上に鍵穴が空いている。一度施錠されてしまえば、屋内外関係なく鍵がなければ開けられないということだ。迂闊だったのは私も同じだ。昨夜、勝手口のドアの異様な構造を見たときに、この玄関扉も確認すべきだったのだ。言い訳ではないが、その直後に笛有(ふえあり)(かすみ)とのファーストコンタクトを果たしてしまった衝撃で、そんな考えには及ぶべくもなかった。


「昨日、石上先輩から勝手口のことを聞いたときに気が付くべきでした。もしくは、初めてここに入ったときに、よく確認していれば」


 乱場は唇を噛んだが、彼を、いや、誰を責めることも出来ないだろう。玄関扉が鍵が無ければ内側から解錠できないようになっているなど、普通は考えない。


「くそ、ここまできて」汐見が悔しそうにノブを掴んで、「――あれ?」


 そのまま片側の扉を押し開けてしまった。


「汐見さん!」朝霧は口元を押さえて、「ちょっと押しただけで鍵を破壊してしまうなんて、凄い馬鹿力……」

「違うって! 鍵は掛かってなかったんだよ!」

「施錠されていない?」


 乱場ももう片方のノブに飛び付いて扉を押すと、やはり開くことに成功してしまった。


「どういうことなんだ?」


 高井戸は解放された玄関を見やる。


「火櫛さんは施錠しなかったということ?」


 河野は訊いたが、だったら村茂のあのジェスチャーの意味は何だったというのか。


「いえ、火櫛さんの今までの僕たちに対する言動からして、玄関に施錠は絶対にするでしょうし、失念するということも考えられません。だいいち、火櫛さんがここに鍵を掛けたからこそ、村茂さんは石上先輩を見つけたとき、そのことを伝えたのでしょうから」

「じゃあ、実際にここが解錠されているのは、どうして?」


 河野の質問に、乱場は少しの間沈黙してから、


「可能性としては……火櫛さんは確実にここを施錠した。でも、そのあとから誰かが解錠した」

「そんなことが出来るのって……」

「はい。笛有家の誰かでしょう」

「この館には、火櫛さんと霞さん、父親の庸一郎さんの三人で住んでいると言っていたわね。ということは、霞さんか庸一郎さんのどちらか?」

「そういうことになりますね」

「どっちが? 何の目的で?」

「分かりません」

「それを考えるのは後回しにしないか。今は時間が惜しい」


 高井戸が自分の受け持ちである館内捜索のため、右翼側廊下に足を踏み出した、が、


「ちょっと待って」河野がそれを引き留め、「ここに誰かひとり残しておいたほうがよくない?」

「どうしてですか?」


 汐見が訊くと、


「だって、私たちがここを離れたあと、また誰かがこの扉を施錠してしまったら、石上くんたちが中に入れなくなってしまうわよ」

「なるほど」と汐見は顎に手を当てて、「飛原さんたちが早くに帰ってきて、火櫛さんが鍵をかけてしまうということも考えられますね」

「この扉に施錠させないよう、誰か見張りについたほうがいいということだな?」


 高井戸も扉の前に戻ってきた。


「どうですか? 乱場さん」


 朝霧が乱場に判断を仰ぐ。少しの間、黙考してから乱場は、


「いえ、その必要はないでしょう」

「なぜ?」


 河野が訊く。


「事実、この扉が施錠されていないからです。もし、僕たちが探索を始めて早くに扉が施錠されてしまったとしても、石上先輩たちが外に出ているから入れてやってくれ、と頼めばいいだけです」

「でも」と汐見が、「この館の人たちは、私らをここに閉じ込めようとしてるわけだろ。どういうわけだか鍵は開けられていたけれど、村茂さんのジェスチャーと火櫛さんのこれまでの言動からして、この扉は間違いなく施錠されていたはずだ。それなのに私らが外に出てしまったら、何か文句を言われないか? 報復とかされるかも」

「それは僕たちの勝手な推論に過ぎません。僕たちは誰からも、この館から出てはいけないと言質を取られたわけじゃないんですから、鍵のかかっていない玄関から外に出ようが自由のはずです。火櫛さんが外に出るときに施錠していようが、それを誰かが開けていようが、僕たちの与り知るところでは一切ありません。朝食後の散歩に出ただけだ、と言えば何の問題もありませんよ。村茂さんのジェスチャーだって、石上先輩が目撃できたのは偶然なんですから。そのことがなければ、この扉に施錠がされていないことに、僕たちは何の疑いも持たなかったでしょう」


 それを聞くと、朝霧が、


「そうかもしれませんね。窓に鉄格子まではめて外に出るのを阻止しているのに、肝心の玄関は開けっ放しなんて間抜けだな、くらいにしか思わなかったかもしれません」

「そうです。それに、この館の人たちの目的が、基本、僕たちを邸内に幽閉しておきたいというものであれば、この中の誰かが外に出たままという状態は避けたいはずです。中から出してくれというのは却下されるでしょうが、外から入れてくれという申し出を断られる道理はありません」

「なるほど」

「もっとも、今回石上先輩たちが外に出ていたことによって、あとで改めて火櫛さんか誰かから『館の外には出るな』という通達がくるかもしれませんが、そうなったら対策はまた考えましょう」


 筋は通っているように思う。私以外の全員も同じ考えのようだ。誰からも異論は出なかった。乱場は皆を見回して、


「それじゃあ、決まりですね。作戦開始と行きましょう」

「集合時間はどうする?」


 私が訊くと、


「十一時には二階に戻ることにしましょう」

「了解だ」


 腕時計を見ると、現在時刻は八時過ぎ。三時間近く捜索時間が与えられたことになる。乱場、高井戸、河野は東館の廊下へ進み、私、朝霧、汐見の三人は玄関から外に出る。山の草木と霧で、視界は緑と白の斑模様に染め上げられているため、暗鬱とした館内から屋外に出たという開放感は得られなかった。



「とりあえず、どう進む?」

「森との境界沿いを歩いて、入り込めそうな獣道がないか探しましょう」

「それがいいね」


 汐見が先頭を買って出てくれ、間に朝霧を挟み、私が殿(しんがり)を務める布陣で捜索を開始した。霧のため視界が効く範囲は十メートルもないだろう。通常であれば、一気に館周囲の平地と森との境界部分を見渡すことが出来るのだが、この状況では、朝霧の提案どおり境界沿いを歩いて確認していくしかない。


「二人とも、ちなみに携帯の電波は?」


 私は、圏外表示のままの携帯電話ディスプレイを見ながら訊いたが、


「……来てません」

「同じく」


 二人も自分の携帯電話を確認して答えた。やはりか。だが、進むたびに逐一確認する価値はあるだろう。一旦私は携帯電話を懐にしまった。



「ここから行けそうだぞ」


 汐見が立ち止まった。なるほど、彼女の言うとおり、平地と森との境界に草の背が低くなった、人が入り込んでいけるような空間が見て取れる。


「まず、私が偵察してくる」

「汐見さん、気をつけて。もし熊さんが出てきたら頼みますよ」

「バカ言え、本当に熊と遭遇したら、私が真っ先に逃げるわ」


 汐見が草を掻き分けて、獣道と思しき空間に身を入れた。


「……大丈夫そうだ」


 汐見の声がして、隊列の順序は崩さないまま、朝霧と私は汐見のあとに続いた。彼女が先に分け入ってくれたおかげで、草が踏み倒されており、幾分か歩きやすくなっているのは助かる。こうして三人もの人間で草を踏み倒しながら進んでいけば、それが目印になるため帰り道を見失うということもない。

 森に入って十分も経過した頃、


「……汐見さん、何かありましたか?」


 朝霧が停止した。ということは、先頭を歩く汐見も足を止めたということになる。朝霧越しに汐見の背中が見える。確かに彼女はその場に立ち止まり、まさに微動だにしていないように思えた。


「汐見さん?」


 不審に思い私も声を掛けた。が、依然汐見からの返事はない。振り返った朝霧と目が合い、彼女は首を傾げた。


「ちょっと、汐見さん」正面に向き直った朝霧は、「どうしたっていうんですか? まさか、本当に熊でも出たんですか?」

「……出た」


 ようやく返ってきた汐見の声には震えが混じっていた。

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