(4ー1)
休日でも、私の起床時間は仕事時のものと変わらない。図書館『フォレスト』のスタッフは通いか住み込みか選択出きるが、大概の人は住み込みを選ぶ。出勤の利便性はもとより、古城をモチーフにした建物だけあって、部屋の内装もまた然り。『訪問』によって、様々な絵本の世界に行って見慣れてはいるものの、こうした貴族が住むような場所で実際寝泊まり出きるのは魅力的な話だ。
一般利用者のための宿泊施設もまたバロック様式を基本とした内装だが、職員寮に関しては『住む』ことが前提のため八畳のワンルームに、バス・トイレ、キッチンもついている。
部屋数に限りがあるため、相部屋となることも少なくなく、本来ならば一人部屋を貰えるまで最低三年はかかるというのに。思わぬ昇進により、この部屋を与えられた。自身に不相応な役割だと嘆く一方でこんな特典に喜びも感じる現金な自分を噛み締めつつ、カーテンを開けた。
窓を開けずとも清々しさが感じられる青空は、天候操作の聖霊のおかげか。しばらくは晴天にしてくれると天気予報で言っていた。時折、聖霊のいたずらで『にわか雨』なるもののあるけど、図書館『フォレスト』を担当する聖霊たちは真面目な子たちが多いのでそれほど心配することもない。窓を解放すれば、心地良い風と共にーー
「オハヨー」
「オハヨーゴザマー」
「ゴザイマスー」
もふもふの真っ白い綿毛たちが部屋に飛び込んできた。
私が休日でも、惰眠を貪らないのはこのためだ。何せ、こんなにも可愛い子たちが私の目覚めを毎日待っていてくれるのだから!
「はいはい、おはようございます。今日はチョコレートですよー」
お皿にゲノゲさんたちが食べやすいよう砕いておいたチョコレートを盛り付ければ、わーいわーいと喜び頬張る愛らしい聖霊さん。これが母性本能というものかとしみじみ思うほどに癒される光景だった。
最初は三匹だったゲノゲさんも、チョコレートの匂いにつられたのかあれよあれよと増えていく。追加でチョコレートを足しつつ、ふと、『リーディングルーム』に目が行った。
五階の窓から眺める景色の大半を占めるドーム状の建物に、図書館のスタッフたちが向かっていく。一般利用者が『訪問』する前の点検がため、早くに出勤するスタッフたち。引き締まりがないような顔をしているのは、今までこの点検に何の問題もなかったからだろう。
絵本に『訪問』出来た、『退出』出来た。異常なし。たったこれだけの作業に問題が起こるわけもなく、上位聖霊『ブック』の奇跡による賜物は変わることなく存在している。
念のためにこしたことはない点検だと司書長自らが言っていたため、毎日欠かしたことのない日課にーーそういえば、明日の早番(点検作業)は私だったかと何とも複雑な思いに駆られてしまう。
「ゴチソウサマー」
「サマー」
チョコレートを食べ終えたゲノゲさんが、ぴとりと私の体にくっついてくる。撫でていれば、別の子がまたぴとり、ぴとりと、これは全て懇切丁寧に撫でなければならないということだと察します。
「順番ですよー、順番に撫でますよー」
もうこのまま、羽毛布団めいたゲノゲさんたちにくるまれたまま天国にでも行けそうな気分だったけどーーガチャンッ、と唐突な音に驚いたゲノゲさんたちが散ってしまった。何だと見れば、部屋の片隅でわなわなと焦ったようなゲノゲさんが一匹。
「ゴ、ゴメンナサイィ」
床にしおしおと落ちているゲノゲさんの周りにはお菓子の缶、小さな小物の山。棚に置いてあったお菓子の缶をひっくり返してしまったらしい。
ゲノゲさん肥満増加傾向ニュースを見てから与えるお菓子の量を減らしてしまったせいだろう。ついつい目に入ったお菓子の缶に近づいたら誤って落としてしまったところか。
「大丈夫ですよ。お菓子じゃなくてびっくりしたね。どこか怪我してませんか?」
クレヨンや、キーホルダー、どこかで拾った貝殻に、折りたたんだ紙に、写真。缶の表面に記載されている外装とまったく異なる中身たちの名称はさしずめ『たからもの』と言ったところか。
「懐かしい」
思わず呟き、微笑むほど、しばらく見ていなかった『たからもの』だ。いつ拾って、何の意図を持ってここに入れたのか分からないほど幼き日のことだけど、これら全てが大切なものだったことは間違いない。
だからこそずっと捨てられずに置いといていたものだ。こうしたこともなければ、わざわざ開けて見ることもない『たからもの』たちだけど、私はきっとこれからも捨てることはないだろう。
興味ありげなゲノゲさんと共にそれらを見て、またしまう。ーーと、折り畳まれた紙が気になった。
白い紙が黄色みがかるほど変色し、広げるにも破けそうなほど古い紙だった。これもまた、幼いころに『たからもの』として取っておいたものだ。紙に書かれた内容は変わらずにーー
『むかーし、むかし。
あるところに、ーーーーがいました。
ーーは、さびーーやです。
だから、わたしがーーす。
ーーりはバーーしましたが、
すぐにーーました。
なので、ーーでしあわせにくらーーたとさ。
めでたしめでーー。』
クレヨンで書いたためか、ところどころの文字がかすれて読めない。自分で書いた創作の話に違いないけど、これのどこが『たからもの』と思えたのか、今となっては時の忘却の彼方に呑まれている。
この紙を捨てずに取っているのは単に、『たからばこ』の中に入っているからに過ぎないものだ。
「だけど……」
大切なものなんだと、心のどこかで思ってしまう。そうしてまた、破れないよう丁寧に折り畳み、もとの場所にしまうんだ。