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物語はどこまでも!  作者: 青々
四章、???による世界改竄事件
8/23

(ーー)

 揺らぐ水面が水面の月を崩していく。決まった間隔で、さながらピアノのタイプでもするようにポチャン、ポチャンと音を立てて揺らいでいる。それに合わせて、青年は笛を奏でていた。夜の湖畔に似つかわしい冷たく物静かなメロディ。子守歌に近い音楽は安らぎを与えるそれであるが、青年の心は安らぎとはほど遠い場所にあった。


 演奏が乱れる。しかして、なおも吹き続けていたのは、水面の揺らめきが止まらなかったから。


 ポチャン、ポチャン。一拍、一拍、間を置いた音。出所は湖に飛び込む鼠から。

 鼠が行儀良く列をなし、躊躇いもせずに湖へ飛び込んでいく。過程ーー青年の足元に体をすり合わせて。一匹、一匹。青年の顔を見上げて小さな体を力強く当てては、前へーー湖に飛び込んでいく。鼠たちがこんな行動をするのはいつからだったか。そう考えるほどに途方もなく前で、最初は言葉もついていた。


『痛くはない』『眠るだけ』『また会える』『始めるために終わろう』


 様々な言葉は総じて、『“だから”、気に病むな』としたものばかり。鼠たちにそう言わせてしまうほどーーいつからか、言葉すらも傷つけてしまうと分かってしまうほど、青年は泣いていた。


 笛を吹きながら、泣いていた。物悲しいメロディに謝罪を込めて、メロディに留まりきらなかった想いが涙となって、今日も青年は鼠たちを湖に落としていく。


 最後の一匹が、青年の足元に擦りよう。


「キミは、悪くない」


 そう話した鼠。端的にはっきりと、ただそれだけの事実しかないんだと、最後の一匹が湖に飛び込んだ。

 演奏が終わる。残されたのは平面の湖と、冷たい夜風。涙が凍るほどの気温ではないはずなのに、眼球から凍てつくようだった。


「『悪くない』だって?君たちを殺したあと、子供たちを誘拐するような奴のどこが……」


 定められたストーリーがある。

 永久的に紡がれる物語がある。

 青年は、舞台上の演者である。

 青年は、不可欠な存在である。


「これなら、酷く罵ってくれた方がいいのに……。君たちが優しい過ぎるから、より後悔しーー“何が何でも”と思ってしまう」


 涙を拭う。腫らした目で、後方を振り向けば、一人の男がいた。水面の月に相応しい顔つきをした男は、ただただ黙って青年を見ている。その相変わらずのさまに青年は、笑ってみせた。目に涙を浮かべて、笑って見せた。


「なあ、セーレ。これは“あんまり”だと思わないかい?」


 問われた男ーーセーレは、ひたすらに黙っていた。


「物語は常にハッピーエンドであるべきなんだ。だって、創作だろう?現実離れな世界なんだ、どんな屁理屈も曲げて幸せにすることが出来る。理不尽なほど幸せなおとぎ話にせず、どうしてこんな誰も救われないおとぎ話が出来ていくのか。ーーなんで、おとぎ話の中でずっと泣き続けなきゃいけないのだろう?」


 セーレからの返答はない。今となっては、“慣れた”と青年は水面の月を眺めた。沈んだネズミは上がってこない。次にまた“酷いこと”をしなければ、彼らは浮かんで来ないだろう。水の中に片腕を伸ばす。前屈になったところで、もう片方の腕を掴まれた。止めろと、力強く。


「君は、いつもそうだ。何もしてくれないくせに、助けようとする」


 腕を掴むセーレの引きに抗わず、青年は湖から離れた。

 いつも、そうだった。セーレがこの場所に来るのはもう何度目か。最近、より顕著となっていたのは。


「もう、駄目なんだ……」


 何がとは聞かずとも、ここに足繁く通うセーレには分かっている。もう、青年が“限界”であるということも。膝をつき、心をかきむしるように身を丸めて、嗚咽をもらす。それをセーレは見つめ続けた。


「セーレ、頼むからーー終わらせてくれ……!」


 そんな願いは、聞き遂げられず、セーレはただただ。


「終わりたいなら、続けろ」


 残酷に“生きろ”と言ってくるんだ。



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