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物語はどこまでも!  作者: 青々
二章、魔法使いとシンデレラによる駆け落ち事件
5/23

(2ー4)

 通算五着目のドレスで、ようやっと舞踏会に行く許可を得られた。


「あー、いやだいやだ」


 こんなドレスと、肌の露出を最低限にするためストールを羽織っているが、それでも体のラインがくっきり出てしまうため恥ずかしさで死にそう。早く終われと思いつつも、今はやっとお城についたところだった。ネズミの御者が運転するかぼちゃの馬車に初めて乗れた感動も、このドレスのせいで台無しだ。早く終われ。


「シンデレラ、分かってはいると思いますが、12時までには帰ってくるんですよ」


「あ、はい」


 お決まりの台詞には頷いておく。これを本来やるべきはずだったシンデレラは、今頃魔法使いと駆け落ちしていることだろう。彼女たちのためにも、きちんと物語を進めなければ。よしっと、気合いを入れ直し、お城へ向かう。


「歩きにくい……」


 幼い頃はガラスの靴に憧れてはいたものの、実際履いてみれば、割れないだろうかとかヒールが思ったよりも高いとか、そんな不安で歩調がおぼつかなくなる。ぎこちない歩き方に、お城へと続く庭園にいる兵隊さんや、貴婦人、公爵の皆様方が皆こぞってひそひそと。やっぱりおかしいですよね、はい。似合ってないのは百も承知ですから、責めないで下さい。


「穴があったら入りたい……」


 そうしてセルフ埋葬するんだ。ダメだ、入れた気合いが抜けてしまっている。頑張れ頑張れと、自分に渇を入れて、豆の木の巨人が入れそうな扉を前に「たのもおおぉ!」をするまでもなく、勝手に開いた。


 舞踏会。オーケストラが奏でる伴奏に合わせ、様々な人たちが可憐に凛々しく踊る素敵な場所がそこに広がってーーいなかった。


「……はあ?」


 オーケストラが奏でるのは、パパパパーンとどこかでよく聞く定番ソングで、室内なのに白鳩と、桃色の花びらが舞い、踊る人はおらず、赤いバージンロードを挟んでみんな綺麗に整列していた。しかもか、今し方来た私に向かって「おめでとう」と拍手を送ってくる。


 いきなりの場面の変化にも動じない。何せーー


「待ちくたびれたよ、俺の花嫁!」


 バージンロードの先で、満面の笑みで私を迎える白タキシード姿をした彼がいたのだから。


「物語、改竄……」


 舞踏会を結婚式に変えやがったよ、あの人はあああぁ!いつの間にか、あれほど時間をかけて選んだドレスがウェディングドレスに変わっているし、真っ白なブーケまで受け取ってしまった。これを彼の顔面に投擲しろと察します。しかして、場の雰囲気というものがある。参列者の皆様が涙ぐみながら、おめでとうおめでとうと言うものだから、この空気を壊しにくい。笑顔を引きつらせつつ、彼のもとまで歩き。


「さあ、花嫁。俺たちに誓いの言葉なんか必要ない。もう既に俺たちの愛は永劫証明されているのだから、とりあえず口付けを交わして、二人っきりになろうーーがっ」


 皆様の見えないところで、彼の足を踏んだ。ヒールで、親指をピンポイントに。 


「どういうことですかーっ」


 耳打ち際でひっそりと訴えてみるも、彼の笑顔は変わらない。


「どうって結婚式だよ」


「改竄能力をこんな風に使うだなんて、物語が崩壊しますよ!」


「しないよ。どうせシンデレラは遅かれ早かれ王子様と結婚するんだから、先に結婚式を初めてもいいじゃないか」


「良くない良くないです!」


 とは言っても崩壊の片鱗はまったくないので、セーフということか。改竄の限界基準は相当緩いらしい……


「私がシンデレラになるって言った時、絶対あなたに反対されると思っていましたが」


 賛成されて、彼もまた私の頑張りを応援してくれるんだと嬉しささえも芽生えたのに。


「反対に決まっているだろう?君が他の男と踊ったり、ましてや求婚までされる事態を黙って見るつもりはない。俺の愛する人を狙う奴はみんな自殺志願者だよねぇ。お望み以上に酷く殺してやる」


「本物の王子様は?」


「城の敷地にある時計台の短針に吊しておいた。今はまだ12時になるところだけど、1時2時3時と時が進むにつれて、短針は下がり、4時からズルズルと針の先端まで紐は下がっていき、日の出を迎える頃には地面に真っ逆さま。落下地点に割れたガラスを敷き詰めてもおいたよ!」


「王子様が物凄く不憫なので早く下ろしてあげて下さい!」


 謂われない罪で罰せられる王子様の安否が気になるも、彼はこの結婚式が終わるまで助けに行かないようだ。


「どうしてこんなことに……」


「大きなお城で結婚式に挙げたいって言うのは、君の夢だったろう?」


「誰もそんな夢は見ていませんよ」


「……、そうか。でも、俺は嬉しいよ。君とこうして結婚式を挙げられることが」


 あくまでも物語上のふりですからねっ。と出かけの言葉を呑み込んだのは、嬉しいと言う彼の顔が曇っていたからだった。口元は薄く笑っているのに、何だか、今にもーー


「雪木?」


「あなたが、何を考えているのかまったく分からない」


 心を読み取れないから手を繋ぐ。こうすれば、彼は必ず喜んでくれるから。


「雪木のことしか考えていないよ。ずっと、ずっと。俺には君しかいなかった」


「あなたには、物語の中でたくさんのお友達がいるじゃないですか」


 おめでとうおめでとう。その言葉の行く先は、私というよりは彼に向けたものだった。改竄能力が住人の心にまで影響したと言えばそれまでだけど、私は目にしている。『良かったね』そう彼に言葉を投げかける住人たちを。


「でも、結局俺は“部外者”なんだよ。どこにも俺の居場所はない。だからこそ、どこにでも行けて顔見知りが多くなっただけの話だ」


「こんなにもみんなから愛されているのに、贅沢な人ですね」


「そうだね。ワガママだから、俺。雪木の唯一になりたいと思っている。君が俺にとっての唯一であるように」


 キスされると思ったけど、彼は額を合わせるだけだった。


「ずっとずっと、君だけのことを考えていたんだ」


 握った手に強さがこもる。もう離したくないと言わんばかりに。前から、疑問だったんだ。彼がどうして、ここまで私を愛するのか。最初はからかわれているのかと思った。恋愛なんてと、彼を何度も突き放した。今だって、彼の想いに応えていない。なのに、今もこうして彼は私を愛してくれている。好きでもない人に言い寄られたところで嫌な気持ちしかない。ーーはずなのに、どうしてか握ったこの手を私も離したくはなかった。自分のことのはずが、まったく分からない。本当の私とやらを知っている彼なら、分かるのだろうか。


「ーー、あぁ」


 だから、こうして寄り添ってくれているのかと私は目を閉じた。彼の息遣いが額から鼻筋、そうして口元に感じられ、やがて。


 12時を告げる鐘が鳴った。


 互いにガクンと体から力が抜けた。緊張していたつもりはなかったけど、その実、手足が痛むほど力を入れていたらしい。慣れないヒールで倒れそうになったところを支えられる。


「この物語を崩壊させてもいいから、続きをしたいなぁ」


「思ってもないことを言わないように」


「そうだね。人に見せられるほど抑える自信はないから」


 何をする気だったんだ……。よっ、と立たせてくれた彼にお礼を言い、走り去る。


「どこまでも逃げるといいよ、俺の花嫁。何度でも追いかけて、捕まえよう!例え、地獄の果てに行こうとも俺は幾万の人間を殺して君に会いに行くから!」


「そんなおっかない台詞を言う王子様はいませんよ!」


 とんでもないアドリブを入れる彼に叫びつつ、撤退。途中、兵士たちが待ちなさいと私の行く手を遮るが、話の都合上、ここでシンデレラは捕まえられない。脇を通るだけで抜けられた。


「おっと、靴靴!」


 階段にてガラスの靴を脱いでおく。あれ、右と左どちらだったけ。片方だけ脱いでは走りにくいから両方でもいいかと脱ぎ。


「雪木ー!続きはいつどこでしようかー!」


 するわけないでしょ!の意味を込めて、ガラスの靴を投擲しておく。王子様ー!という悲鳴が上がったあたり、ナイスヒット。やった。


「シンデレラ、早くお乗りなさい!」


「はいはいっ、乗ります!」


 かぼちゃの馬車に乗り込む。馬がいななき、急ぐようにしてお城を後にした。12時の鐘と共に、「たすけてー」という断末魔も聞こえたようなないような。ともかく。


「ふぅ、一段落」


 文字通りだ。場面が移り変わる。この本の場合、12時になり、シンデレラが逃げた次のページは。


『翌日』


 気付けば私は、屋根裏部屋にいた。本だからこそ場面の急な展開は当たり前にあるが、あまりの目まぐるしい変化についていけるようになったのはここ最近だ。今では何とか迅速な状況把握に努められる。


 今頃、王子様がガラスの靴の持ち主を探していることだろう。ここで待っていれば、王子様が来て、私にガラスの靴を履かせ、昨日の女性はあなただったかと王子様は気づき、晴れて王子様と結ばれ、めでたしめでたし。


「おおー、こんなところにいたか、俺の花嫁!さあ、この指輪を君の左手薬指にはめよう!この指輪が合う者こそ、俺の花嫁にして、俺の愛する君だ!」


「話を改竄しない!」


 王子様風のお芝居をしても、彼は(残念)だった。


「指輪ではなく、ガラスの靴ですよ。私にぴったりなガラスの靴を見て、初めてシンデレラと分かるのです!」


「そうは言っても、靴のサイズが同じの奴なんて腐るほどいるじゃないか。指輪の方が確実だ」


「指輪だって、同じサイズの人がいますよ」


「甘いよ、雪木。この指輪は、間違いなく君の物だ」


「はい?なにをーーって、指輪の裏に私とあなたの名前が彫られている!?」


 確かにこれなら、世界に二つとない私の指輪となるけど。


「だからそもそも、お話しを改竄しない!」


「手厳しいな。多少の齟齬はなかったことにされるよ。君がガラスの靴を両方落としていったぐらい、些細なことだ」


「……、右足でしたか?」


「片方だけで良かったんだ。本来ならば、意地悪な継母たちによってシンデレラは靴を履くことも出来なかったのだけど、何かの拍子にシンデレラのポケットからもう片方のガラスの靴が落ちた。それを見た王子様がシンデレラにもガラスの靴を履くよう進め、そこで初めてーーってな話しもあるけど、内容はそれぞれだからね。その本の内容にあった大まかな流れだけを進めれば問題ない。だから、指輪も」


 それは別問題だろうと、断っておく。彼の言うとおり、物語は本の数だけ内容が断る。著者が違えば、同じシンデレラでもまったく違う内容になることもある。魔法使いはおらず、白鳩が出てきたり。そもそもガラスの靴ではなく、皮の靴だったというお話もある。今回のシンデレラは、児童書にもなっているシンデレラのため、難しい内容はまるでない。だからこそ、体験版の『訪問』も出来る本となっている。


「あ、本物の王子様はどうしましたか!」


 まさかそのままにしていませんよね!と聞けば、彼は部屋の隅を指差した。


「シンデレラぁ、シンデレラぁ!ま、魔法使いと駆け落ちするだなんて、ボクと愛を誓った仲じゃないかあぁ!」


 ガラスの靴を抱きながら、涙を流す、王子様だった。私が魔法使いとの駆け落ちを進めてしまったことで、今度は王子様に心の傷を作ってしまったか。軽率な行動だったと、謝罪を口にすれば、王子様が首を横に振る。


「いいんだ、図書館の人。か、悲しいけど、彼女は魔法使いを、選んで、それが彼女の、幸せなら、ずびっ、えぐっ、シンデレラあぁ!」


 許しの言葉は貰ったが涙は止まらない。その……おたふく顔がふやけるほどの涙を流す王子様に何と慰めの言葉をかければいいことか。


「愛する者に捨てられたなら、自殺でもすればいいのに」


「それを言えば、あなたは命がいくつあっても足りませんね……」


 彼の言葉に首吊りロープを所望する王子様。鎖ならある、と取り出す彼をたしなめていれば、バンッと床の扉が開いた。


「ちょっと、王子いる!?」


 誰かと思えば、シンデレラ。昨日とは違い、召使い用の薄汚れた服に、灰かぶりに相応しい煤けた顔。しかして根の綺麗さは失われない彼女は、王子を見つけるなりずかずかと詰め寄って。


「私が間違っていたわ!私の運命の相手は王子、あなたよ!」


 告白をした。あまりにも早い心変わりに驚きを通り越して、呆気に取られる。どうしたことで?と聞く前に、涙目の魔法使いがシンデレラを追ってやってきた。


「シンデレラ、ひ、酷いじゃないっすか。魔法が切れた途端、『話が違う!』って怒るだなんて。ぼ、僕の魔法は12時になったら消えるって言ったっすよ」


「それは物語上の話でしょ!王子の城に負けないほど大きくかつ、空を飛び下々の者たちを見下せる白亜のお城も!百人以上はいる男前な召使いたちも!古今東西あらゆる料理人に作らせた贅沢の限りを尽くした食事も!一生をかけても着ることが出来ない星々よりも眩いドレスたちも!12時になったら消えるって、どういうことよー!私を愛しているなら、12時の制限なんて関係ないでしょ!」


 逆にそこまで出せる魔法が凄いのですが!?


「そ、そう言われても。僕の魔法は何でも出来るけど、シンデレラが舞踏会に行く夜だけで、12時を過ぎたらなくなるのはお話上仕方がないことっすから」


 それを何とかしなさいよーと、発狂するシンデレラ。ひとしきり叫び、息を整えたあと。


「やはり、真実の愛はあなたに捧げるべきでしたわ、王子。悪魔の誘惑に負けた私を、どうかお許しになって」


「い、いや、シンデレラ。どうも話を聞く限り、魔法使いの方が贅沢させてくれると思ったけど、当てが外れたから、い、今まで通り確実に贅沢させてくれるボクを選んだとしかーー」


「きゃー、まだ悪魔の誘惑が聞こえますわ。体の奥底に眠ってますの!どうか、王子の清らかな手で私を浄化して下さい。隅々まで、直接、お好きなだけ」


「し、シンデレラ!もう騙されないぞ!そう言って、君は何度か他のーーって、な、どこに口付けようとっ!」


「……、『何度か』?」


 独り言に近いことだけど、魔法使いがうんうん泣きながら頷いた。


「し、シンデレラは恋多き女性っすから……。でも、あんな風におねだりされたらどんなワガママも仕方がないと言うか、シンデレラ、スタイル抜群っすから」


「男って……」


 と思いつつ、私も昨日、シンデレラの涙に騙された一人だ。魔性という言葉が当てはまるのか、あれよあれよの間に王子様まで陥落していた。ベッドに伏す王子様からガラスの靴を奪い、履く。私より身長があるためかサイズは合わずとも、無理に足を詰め込んでいた。


「さあ、私が本物のシンデレラですわ!誰も文句はないわね!」


「……」


「シンデレラの話で、足のサイズが大きくてガラスの靴が履けなかった者は自身のつま先を切り落としたそうだよ。どうせ、王子様に嫁げば、もう歩くこともない贅沢な生活を送れると。やる?」


「いいですよ。そこまで怒っていませんから」


 本物のシンデレラが物語をきちんと進めてくれるならば構わないし。


「あなたも怒っていませんよね」


「君と結婚式を挙げられたから、こういった徒労も悪くないよ」


 めでたしめでたし。としておきましょうか。



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