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物語はどこまでも!  作者: 青々
彼と彼女のプロローグ
22/23

(0ー5)

 それからというものの、彼は女の子を連れて絵本の中を巡る。女の子が興味を持った絵本に片っ端から入り、共に多くの時間を過ごした。

 絵本の住人たちが「良かったね」と祝福してくれるほど、女の子と過ごす彼の日々は幸せに満ちていた。このまま続けばいい、ずっとここにいてほしい。そうは思えど、彼は決して口にはしなかった。


 口にした瞬間、“叶えられてしまいそう”で。


『言ったじゃないですか。プレゼントだって』


 膝上で眠りについた女の子をあやしながら、いつぞやの本を目にする。


『その子も一人ぼっちの子なのですよ。お互いにこの世界で仲良くすればいいじゃないですか』


「この子の両親は何でいないんだ?」


『亡くなりました』


「かの方の力で何とかならないのか?」


『なります。“なるからこそ、しないなのです”。死者の蘇生はかの方自らが封じられました。それでは“生の意味”が失われてしまうからと。全てのものに幸福な人生をというかの方の願いそのものを壊してしまう恐れがありますからね。生も死もないサイクルで生き続けてきたあなたなら、よくお分かりでしょう?』


「ああ……。永遠に続かないと分かっているからこそ、今の幸せが大切に思えるんだ」


 どうしようもないほどに。


「この子をもとの世界に返してくれ。俺との記憶をなくした状態で」


『予想はしていましたけど、いいのですか?今度はいつ会えるか分かりませんよ?というか、記憶までなくす必要あります?本当に?』


「くどい、さっさとしろ」


『あれほど幸福だったのに拒むだなんて、あなたは相変わらず間違った選択をするのねー』


「救いようがないからな、俺は。でも、この子はまだ救いようがあるだろう」


 今でも、『おとうさん、おかあさん』と涙を伝わせながらここにはいない家族に思い馳せる子。


「いくら、どの世界にもいなかったとしてもあちらにはこの子の家がある。大好きな家族の思い出がある。俺しかいないこんなところよりは、よっぽどいいだろう」


『選択を間違っているって言うよりは、貧乏クジを引くタイプだわねー。あ、いえ、タイプですね。でも責められない想いです。自身の幸せを投げうってでも、他人のために行動するのは満たされている証拠。人はね、自身が幸せだとその分周りに優しくなれるのですよ。これぞ、正にかの方が求める世界の在り方でーー』


「かの方に語らせたくない俺だけの思いだよ、これは」


 ページを捲る。嫌みな文字しか浮かび上がらないから燃やしてやろうかとも思ったが、いつの間にか女の子の落書き帳にされていたのだからそれも出来なくなった。絵の内容はもっぱら、彼と過ごした日々が描かれている。

 宝物でも見るように、彼がその落書きを見ていれば、膝上の女の子が起きた。


「ごめん、起こしたね」


 女の子と出会ってから、非常に丸くなったと住人たちから言われたが自覚はあまりない。唯一の存在に優しくするのは当然だろうと彼は今も母親さながら、女の子に接していた。


「セーレさんっ」


 ひしっと、抱き付く女の子。いいこいいこと撫でて、次はどこの本に入ろうかとなるのがいつもの定番。けれど、今日は。


「雪木。もう、夢から覚める時間なんだ」


 お別れを告げなければならない。

 なるべく女の子が分かりやすく、傷つかないように言葉を選んだつもりだったが、こちらの悲しみが伝わったのか表情が曇っていく。


「おきてるよ。だからいっしょいて。こやぎさんたちとあそびたい。まめのき、のぼりたい。あと、あと。おしろ、いきたい。このまえ、ゆびきりした。あそこでケッコンしてくれるって!シンデラみたいに!」


 もっと一緒にいたいという女の子には微笑みかけなければならないのに、今回ばかりは上手く作ることが出来ない。


「ダメなんだ、雪木。ここにいたら、君はずっとお父さんとお母さんのことを引きずったままーー泣いたままでいてしまうから」


 一人にぼっちになったからと、いきなり両親の思い出から切り離された場所に連れてきていいわけがなかった。順当(成長)を経て理解していかなければならないことを、女の子はきちんと受け止めることなく来てしまった。だからこそ、寝ている時に泣いてしまう。どんなに慰めようとも。


「またね?」


「どうだろうね」


「ばいばい、いや」


「俺も嫌だよ。けど、起きたら全部、忘れているだろうから」


 小さなこの子に、これ以上別れの記憶を植え付けることもないだろう。いつも通りに目覚めて、両親のことで涙して、けど、それでも時は過ぎていき、両親のことを受け入れて、成長して、いつまでも優しいまま、約束された幸せな世界で、俺がいない世界で。


「元気にしているんだよ」


 笑顔で居続けてほしい。

 君が、そうであると思えば、自身も幸せであれる気がしたから。

 お別れの言葉を口にしたはずだったが、手を繋がれた。


「セーレさんは?」


「元気にしているよ」


 ふるふると首を横に振られる。握られた手は離れることはなく。


「セーレさんは、もうだいじょうぶなの?」


 息を呑んだ。大丈夫か、大丈夫かなんて。


「そんなわけ、ないじゃないか……!君と離れることになるなんて!」


 君のための綺麗ごとが剥がれていく。


「一人になんかなりたくはない。別の誰かが来たとしても、もうそれは俺にとっての唯一じゃない……!でも、俺の都合(ワガママ)で君をこの世界に居続けさせることなんか出来ないんだ!俺がいたせいで君はここに……大切な両親と……」


 高ぶる感情は強く握られた手のひらから引いていく。こちらの世界では自分しか頼れる人がいないからこそ、か弱い彼女はいつも手を握っていたと思ったけど。


「なかないで。わらうんだよ」


 彼を喜ばせるために、握ってくれていた。

 それにどうして今更気付くのか。この子もまた、俺にとっての唯一だと与えられていたことに彼は涙した。

 この子の言葉にはそぐわない表情だが、人は嬉しくとも涙を流せる生き物なんだ。


 出来ることならば、このまま手を離したくはない。けれども。


「カメが言っていたんだ。分からないからこそ未来に期待するんだって」


 大切な存在だからこそ、それのために行動したくなるものだった。

 ただし先ほどまでと違い、悲観的な気持ちはまったくない。涙で濡れた酷い顔だが、自然と口元が緩んだ。


「いつか、君がもう泣かなくなった時に会えるよ」


「おとなになったら?」


「そうだね。少なくとも夜泣きしない程度まではーー俺も君にまた会えるまで、泣くのを我慢しているから」


 約束だと、ゆびきりをしておく。

 彼とのゆびきりのあと、女の子は名案を思いついたかのように、ポケットにいれていたクレヨンを手にした。絵本の住人から貰ったものだ。


 えーとえーと、と辺りを見回し、白い装丁の分厚い本ーー先ほどまで彼が見ていた落書き帳の白紙(一ページ)を、びりっと。


「ぶふっ」


 吹き出す笑いを彼は手で隠すも、力業で破かれた本の無残さが苛つく相手と重なってしまいおかしくてたまらない。

 何を書いているのか、覗けば。



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