(0ー3)
変化が現れたのは、聖霊ブックと出会ってからだった。
「わー、セイレイにーちゃんだー!」
「あそんでー!」
「にーちゃんー、ブランコー!」
「ままごとしよー!」
「たかいたかいしてー!」
「しょうぶしてー!」
「またいっぱいあそんでー!」
「引っ付くな子ヤギども!お前らがブランコが壊れたと喚くから、おちおち眠ってもいられないんだよ!」
総勢七匹の子ヤギに飛びつかれつつも、彼は木の枝に吊されたブランコの修理を行う。とは言っても、トンカチやクギは不要でただ彼が望むだけで壊れたブランコは直るわけだが。
「ほら、直してやった。今度は七匹いっぺんに乗るなーー言ったそばから……」
早速また壊されたブランコだった。
「にーちゃん、またなおしてー」
「駄目だ。今の周回が終わるまで、直せない。大人しく狼に食われとけ」
えー!な七匹のブーイングに背を向ける。
「おわったら、すぐきてくれるのー?」
そんな言葉に以前の自分なら、知らんと答えたが、今となっては「気が向いたらな」と返せる。
いつでも好きな“望んだ物語”に彼は、行けるようになった。それが彼の変化でもう一つは、先ほどの能力。
試しにひっそりと、壊れたブランコを直せないかと試したが、やはり何でも出来るわけではないらしい。無理だったかと、彼は自身の寝床に戻る。この変化に戸惑いはあったが、そうなってしまったことは変えられない。
「願った覚えはないんだけどな……」
言わずもがな、かの方の奇跡がこれなのだろう。この能力の見返りに何を差し出すかと思ったりもしたが、あの聖霊の言うとおりかの方はこちらを幸福にするだけして後は音沙汰なし。
お礼を言うべきなのだろうが、自身の預かり知らぬ所で勝手にされたことを腹立たしくも思っている。
「よく分からない王様だ」
ふん、と目を閉じた。このまま休息しようかとすれば、どこからともなく泣き声が聞こえてくる。
「っ、余計な能力も植え付けやがって」
今まで無音の世界にいたのに、少し時間が経てばこれだ。さっきの子ヤギたちのように泣いたり、困っていたりとした声が聞こえてしまう耳を持ってしまった。
彼が言った「ここに産まれた意味」とやらを全うしやすいようにしたかの方の心遣いだとしても。
「俺は便利屋か何かか……」
そうとしか言えない立ち位置にはグチグチと文句も言いたくもなる。少し前までは自身の境遇に涙していたものだが、今はその暇さえもない。けれど、また以前のようには戻りたいと彼は決して口にせず、泣き声がする本へと入り込んだ。
山の麓のスタート地点に立つウサギとカメ。もうとっくに勝負を初めていいものの、ウサギとカメは一歩も動いてなかった。
「おい、どうした。やかましいぞ」
「あ、大変大変なの」
「たーいーへーんー」
対照的な喋り方は聞いていて頭痛がするが、それ以上の頭痛の種は子供の泣き声だ。甲高く、声帯がはちきれんばかりに叫ぶのは小さな女の子だった。
「は?」と声を出してしまう、それを聞いた女の子が顔を上げ、彼に飛びつく。鼻水や涙でグズグズの顔を彼のズボンに押し付けながらなおも泣く。
「ここ、ウサギとカメの話だよな」
うんうんうんと高速で頷くウサギに、まったりと首を上げ下げするカメ。
「人間の女の子なんて登場人物、いたか?」
それはもう、言わずもがな。
先とは違う首振りをしたウサギとカメを確認して、自分の記憶違いの線を消しておく。
じっくりと考えたいが、雄鶏よりもけたたましい女の子がそうはさせてくれない。
黙れと言ったところで、黙らないのが子供。それは子ヤギたちから学んだ。
「あやしてあやして、早く早く!」
「せーれーさーんー、だっーこー」
「なんで、俺がっ」
「かわいそうかわいそう、早く早く!」
「せーれーさーんーでーくーのーぼー」
背が高いだけの役立たず扱いをウサギとカメからされるのは嫌なので、言われたとおりにしてみる、今度は上着が鼻水まみれになった。
そもそもこいつはどこから来たのかなど言いたいことは山ほどあったが、抱っこした拍子に女の子のポケットから一枚の紙がひらりと宙を舞い。
『プレゼントフォーユー。頑張るあなたにご褒美よー』
「あの、クソ聖霊がっ!」
すべての疑問を怒りに変えたのだった。