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物語はどこまでも!  作者: 青々
二章、魔法使いとシンデレラによる駆け落ち事件
2/23

(2ー1)

 人類の歴史に、『聖霊』という種族が加わり定着し始めたのはおおよそ二十年前のこと。もともと世界には科学では説明できない神秘に溢れていたが、その正体を明確付けるものはなく机上の討論から机の隅で埃でも被る議論に落ち着いていたが、ある日突如、全人類の前に聖霊が姿を表したのだ。


 一つ二つ程度の話ではなく、それこそ人類の隣人でもあったかのように誰もが一斉に目にするほどの数だった。正体不明生物の出現により、人類は混乱するも、それも数ヶ月もしない内に終息したのは“導き手”がいたためだった。全ての聖霊を統べるモノと名乗る者。要は聖霊の王さまなのだが、かの方は善良であった。


 かの方は言った。

 この世界に平穏と平和を。

 全ての生き物に幸福と繁栄を。


 それを実現するために聖霊はかの方の力で顕現をしたのだと――


 世界そのものの法政ルールを根本から覆す存在に人類は最初非難したそうだ。しかしながら、聖霊たちの出現により人々の生活は豊かになった。聖霊は奇跡を起こせた。彼らにとっては当たり前の力であれ、人類にとっては自分たちの力でどうにも出来ない奇跡にも等しいことを彼らはやってみせたのだ。


 天災をなくし天候を操る。世界は潤い、枯れた大地に花が咲く。難病に苦しむ者あらば癒す。飢える者あれば満たす。悲しみに明け暮れる者があれば手を伸ばす。人々の願いを聞き入れ、無償で叶えてくれる存在を人類が受け入れないわけがない。


 聖霊たちばかりが酷使されていると最初はその形に反発する人もいたが、不思議と人々は満たされていると周りに優しくなるものだった。自身の隣人たる聖霊に愛情を持って接する者が増える。無論のことながら、人間には意思があり、聖霊とて個体によっては人間と大差ない知能を持つ者もいる。『自身の考えを持っている生物』ならば、少なからずも悪い方向に向かう輩はいよう。けれど、必ず誰かが止めに入るのだ。人類でも、聖霊でも。今のこの素晴らしい世の中を守りたいと思うのだ。己が欲望に基づく小さないざこざはあろうとも、そういった事件発生数をグラフにすれば毎年減少し、いずれはグラフの数値が0になるとも言われているほど世界は平和になっていた。自殺者も減り、戦争という言葉をここ数年は聞いていない。


 かの方が言った通りに、今の世の中は幸福に満ちあふれていた。そんな世界に産まれて、順風満帆な人生を送れていることに私とて何の不満もない。


 ないの、だけど……


「はい?オオカミ少年が嘘をつき続ける罪悪感に堪えられなくなった?ならば、狼を在中させましょう。村人が来たときには退散してもらい、帰ったらまた来てもらえば嘘をついていることにはなりません。は?雪の中マッチを売る少女がかわいそうで仕方がないから通行人が皆マッチを買い占め、あげくの果てに暖かい家に招く?ならば、今度から暖かな場所にて売り場の舞台をセッティングしましょう。雪にはわたあめを代用で。……、裸の王さまが最近筋トレにハマって、むしろ自ら裸で街を練り歩いてる?馬鹿にするどころか貴婦人たちのアイドルになっている?それは筋トレをやめろおおぉ!」


 がちゃんと、受話器を置く。置くなり机に伏してうなだれた。勤務中にすることではないが、ここは司書補統括役たる私に与えられた個室の仕事場だ、他に人はいない。多少のだらしなさは許されるし、この下らなさで満ちた忙しさに数秒間の嘆きを声に出させてほしい。


「図書館って、こんなところだったかな……」


 イメージだけであれば、図書館というものは静かなもので。来客も従業員(スタッフ)も、皆落ち着いた人ばかりだと思っていたのに。やはり現実は違った。働くって辛い。聖霊の顕現により、世界の神秘は明確になった。その分、人々は今まで体験したことがないことを聖霊の力を借りて実現することが出来る。娯楽(アトラクション)の一つとして、『図書館』は人気スポットだった。


 私が幼い時にあった図書館はあくまでも本を読むだけの場所だが、現代における図書館は本を読むだけでなく“体験”することが出来る。その物語のある役柄になることも出来れば、第三者視点として肌からその世界の空気(物語)を感じることも。体験出来る本も絵本だけでなく、ある程度の年月が経った本ならば『訪問』可能。上位聖霊『ブック』の力により成るアトラクションは世界各地にあるが、私が勤務する図書館『フォレスト』は、特に絵本ジャンルに力を入れていた。来園者も大概が子ども。比較的穏やかな勤務地になると思っていたのに。


「むしろ、子どもよりもワガママな絵本って……」


 私が対応に追われているのは絵本の住人たちだった。昔の言葉で言うと付喪神つくもがみか。ある程度、年月が経った本には魂が宿り、登場人物たちにも(個性)を与えてしまった。紙の中の住人たちが飛び出してくることはなく、物語とは関係ないページ外でそれぞれ、私たち(人類)に知られることなくひっそりと“生きていた”わけだが。上位聖霊『ブック』の力によって、本の住人たちとの“交流”が出来てしまった。


 仕事として捉えている私たちからしてみれば、人類の娯楽目的での『訪問』を円滑に進めるための不満材料消化活動だが、この世界に約束された幸福をもたらしたかの方からすれば、心を持った本の住人たちとてその対象となる。それを踏まえれば私たち図書館の活動は、二つの世界を幸福に導く誇りある仕事――なのだけど。


「どうしてこうも、毎日毎日……」


 ワガママ三昧の住人たちには頭を悩ませてしまう。いえ、分かりますよ。同じ道をグルグル永遠に回っていれば、ふとした時に休んで、飲み物とかマッサージを要求しちゃったりしたくなるのも。彼らがそういった大変な道のりでしか生きられないことも理解しています。けど、やはり、もうちょっとこちらの苦労も考えてほしい。本来ならば、まだ入社して間もない私がここまで頭を悩ませる問題ではなく、受付か、『訪問』中の子どもたちの様子を見る程度の仕事しかないはずなのに、それはこの部屋を与えられた時点でなくなった。


 ヒエラルキー性で言えば一番下に属する司書補。ほとんどのスタッフがこれに属し、平社員と同義語でもある。ここからその人の仕事ぶり、勤務年数、上司からの評価で昇進していくのだが。


「有能、異例のスピード出世、って言われましてもねぇ」


 身に余る評価は手放しでは喜べない。もっと経験を積んでから、それ相応の仕事に就きたいのに、普通に任せられる仕事も私にとってようやっと出来るレベルのものだ。


「ああ、責任に押しつぶられてしまう……」


 このまま机と同化しそうなほどうなだれていれば、頭の上にホワホワしたものが乗ってきた。顔をあげれば、ポロリと落ちる白い綿毛。


「コンニチハー」


 眠たそうな眼をしたこぶし大の綿毛はそう話す。


「こんにちは」


 挨拶に挨拶を返せば、綿毛は嬉しそうに私に頬ずりをしてきた。それを見た他の綿毛――仕事の邪魔をしてはと部屋の隅でふよふよしていた数匹が一気に寄ってきた。コンニチハー、コンニチハーのあめあらし。


「はいはい。一匹ずつ撫でますよー」


 むふふぅと、自然と笑顔になる。言葉をあまり知らない彼らもまた聖霊。まだ聖霊で言うところの赤ん坊で、ここから人と触れ合い経験を詰み、成長していく。人々がよく見る聖霊はこの()の子たちだろう。一括りに、ゲノゲさんと呼ばれて、人々の癒しとして活躍している。


「アメ欲しい人ー」


「コンニチハー!」「コンニチハー!」「コンニチハー!」「コンニチハー!」


「はいはい、どうぞ。食べるときはいただきますですよー」


「イタダー」「コンニチハー!」「イタダキマチハー」「マスデスヨー!」


 まずい、あまりにも可愛すぎて失血死しそう (鼻から)。個体によって知能の差はあれど、みんな良い子。荒んでいた心も一発で潤った。やはり、かわいいものは正義なのですね。ゲノゲさんが食べやすいようにアメを細かく砕く。手のひらから食べてくれることに喜びを感じつつ、明日は何のお菓子にしようかなーと――すみません、職務放棄してます。ゲノゲさんの食事が終わったら態度を改めなければ。気を引き締めようした時、ノックの音が聞こえてきた。


「どうぞ」


「失礼しまする」


 かちゃりとドアが開く――必要もなく、扉を通り抜けてきたのはこれまたモフモフの青い羊だった。ゲノゲさんよりも一回りほどある大きいサイズで、とことこと四本の足を使い、空中を歩いてくる。そこに地面があるがごとく、自然な足取りで青い羊――もとい、聖霊が机の前で止まった。


「ノノカが呼んでまする」


 端的に話す青い羊の用件は大概にして、『野々花』(ののか)に関してのこと。私の先輩にして、良き友人でもある彼女。


「分かりました。今、行きます。――マサムネも大変ですね。いつもこうした伝言を頼まれて」


 青い羊――マサムネは野々花の良き隣人(ネイバー)だ。自身のパートナーとして扱う聖霊のこと、俗にネイバーと巷では呼んでいる。ペット感覚(愛玩動物)というよりは、なくてはならない本当の家族として聖霊と生涯を共にする人もいる。野々花にとってのマサムネもまたそれ。ゲノゲさんであったころからの付き合いだそうで、今となっては中の下ランクにまで成長した。司書として働く野々花の手伝いをよくしている。


「アメ食べます?」


(それがし)にはもったいない褒美、お気持ちだけで結構。どうか稚児たちに与えてやって下さい。喜ぶことでしょう」


 愛らしいフォルムとはかけ離れている堅苦しい性格がマサムネだった。野々花曰わく、いつの間にかこんな性格になった。とのことだけど、ゲノゲさんであった時から『マサムネ』と名付けているあたり、刀マニアの野々花が何かしらの影響を与えたには違いない。



「野々花……勝村司書は、どちらに」


 私よりも役職が上のため体裁上の呼び方で聞いておく。リーディングルームにいると返された。


「用件をあなたから聞いても?」


「直接会って話したいとのことで。ご足労をかけまする」


 ゲノゲさんたちにアメを食べてもらい、マサムネの口にも一つ入れる。あわあわと焦った様子だが、観念したように美味ですると小声で言われた。


「マサムネが可愛い性格だとしても、野々花は嫌いにはなりませんよ」


「か、かわいいなどとっ!某は、気丈、優美たるノノカのネイバー!今はこんな不本意な姿ですが、聖霊は位が上がるごとに大きく姿を変えまする!某はいつか、ノノカを肩に乗せて移動出来る巨人となるのです!」


 背伸びをしなくてもいいと言うのに。マサムネを抱き上げて、いいこいいこと撫でる。稚児扱いを!とご立腹ながらも、本気で逃げないあたり甘えたくもあるのだろう。言葉は伝わっているはずなのに、どうしてこうも行き違うのか不思議でならない。


「ソソギ殿とて、素直ではないとよくノノカが言っておりまする」


「さて、何の話でしょうか」


 あれは言葉にしても、勝手に改竄してしまうのでノーカウントで。

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