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物語はどこまでも!  作者: 青々
彼と彼女のプロローグ
19/23

(0ー2)

 目を開ければ、手元に一冊の本があった。白く豪華な装丁の分厚い本だ。

本を持ったまま、眠ることはさほど珍しくない。どこの世界だと、彼は表紙を見る。金色の布を纏う天使の絵か。上部には文字が題打ってあるが、彼にとっては初めて見る文字だった。様々な国の本を読む(識る)ことが出来る彼であるため、難無く解読は出来たがこの文字には妙な懐かしさがあった。


「寂しがりやな聖霊へ……?」


 懐かしさがある割に、初めて見るタイトルだった。もしかしたら、途方もない時間を生きていく内に記憶の那由多へと消えてしまったかもしれないが、奇妙な本の中身は空白だった。

 空白の本など今まで見たことないと言い切れる。ここにある物は少なからず、文字が書かれているものであるが。


 一ページ目を開いて、まじまじ眺めていればーー文字が綴られた。

 あまりの驚愕だったため、彼には似つかわしくない悲鳴を上げて本を投げ捨てる。初めてのことに戸惑い、警戒する反面、今まで体験しなかったことに彼の鼓動は早まるばかり。

 そっと、一ページを捲れば、先ほどまで真っ白だった紙にはっきりと文字が綴られている。


「はじめまして。私は聖霊『ブック』で、す……?」


 はあ?と思いつつ、綴られた文字に彼は目をやる。


『此度、我らが王が世界のため、聖霊のため、人々のため、光臨されることとなりました。かの方の願いは全てのものが幸福に包まれた生を全うすることにあります』


「……」


 胡散臭い。そう思ったのも、上手い話には何かしら裏があるとは物語界での常套句。訝しながらも、彼は次のページを開いた。


『そう、怖い顔をなさらないで下さい。かの方の心は誰もが想像出来ないほど慈愛に満ちあふれており、誰もが想像する神様に近しい力をお持ちなのですよ』


「なっ!」


 辺りを見回しても、彼以外には誰もいない。どんな原理だと考えている間もなく、文字は進む。


『さすがの私もあなたの“棲み家”まではいけません。ただし、“本を贈る”ことは出来たのでこんな対話の仕方となっております。ああ、原理云々を考えなくてもよろしいですよ。これが私の力。かの方に与えられ、かの方のために行使する力ですのでーーひとりぼっちで可哀想なあなたへの奇跡です』


 声はないが、どこか人を小馬鹿にしたような笑い声が混じっている印象を持った。苛ついたが、その程度では本を投げ捨てたりはしない。


「俺の声も、聞こえるのか?」


『ええ。しりとりでもします?』


「お前はなんだ?」


『初めに申しましたよ。聖霊ブック、と。あなたと同じ聖霊です。もっとも、あなたはそちらの世界でたった一人っきりの聖霊。自分の在り方さえも分からずいたでしょうから。良かったですね。今あなたはやっと、名もなき青年Aから、尊き聖霊Aと銘打たれましたよ。

 おやおや、沸点が低いようで。くしゃくしゃにされる前に、私がどうしてあなたとコンタクトを取ったか説明しましょうねー。おっと、説明します』

 

 この本の向こう側にいる奴はずっと笑みを絶やさない奴なのだろうと、勝手に想像する。人を安心させる笑顔を常に持ち続けていようが、“だからこそ、貼り付けている奴”ともなればおぞましいことこの上ない。


 ともあれ、あるのは文字が綴られる本一冊。驚きはすれど、脅威ではないと彼はこの状況を容認していった。


『さっきも言いましたが、かの方の願いは全てのものの幸福です。それは“こちら”にいないあなたでも例外ではない。どうしてあなたがそこに産まれ、そこから離れられないのか、それはもちろんやるべきことがあるからだけどーーともかく、あなたも幸福にするために私が代理で来たのよー。じゃない、来ました。かの方は、光臨するための準備で忙しく、あなたと直接会うことは出来ませんが必ず願いを叶えてくれます』


「叶った瞬間、魂を寄越せとでもいうのか。見ず知らずの奴相手の言葉は信じられない」


『確かに見ず知らずの人の言うことは信用出来ませんよね。でもね、ずっと前からかの方は、あなたの泣き声を聞いていたのですよ』


「はあ!?」


 耳まで一気に赤くなった。まさかよりも、もしかしたらとした気持ちが大きくなった結果だ。


『かの方は人々の不幸に敏感です。かの方にとって、全てのものは愛すべき子たち。一人ぼっちで泣いている子がいれば、助けたくなるのは当然じゃありません?』


「し、しんじられ」


『その“棲み家”から出たいのでしょ?』


 動揺していた心が一際大きく波打ち、引いていく。すっと、静止した水面に映ったのは膝を折って泣く自分。俯瞰しながら見ても酷いものだった。ただひたすらに、居場所がないとーー


『こんな場所、いたくありませんよね?』


 ここが自分のいるべき場所なのかと、悲観した。


「出られるなんて」


『試してみたらいいと思いますよ。あなたはただ、願うだけでいい。歩くことも進むこともせず、生きていればいい。かの方が幸せにしてくれますよ。もう、一人で泣くこともないの。今はこちらの世界に聖霊という人種は顕現出来ていないけれど、あなたが出てくる頃には全てが愛される素晴らしい世界になっているはずです。一人で泣くあなたを、誰も見てみぬふりなんかしない優しい世界に』


 おいで、と優しく手を差し伸べられたら気がした。

 泣く自分が神々しいモノに手を伸ばす。約束された幸せがそこにあると、笑ってーー


「俺が、ここにいた意味はどうなるんだ」


 紛れもない自身がそのイメージを壊した。

 聖霊ブックも、彼の意図が分からないのか文字は綴られない。初めて、人を食ったような性格のやつを打ち負かしたと気分が良くなった。


「お前たちの世界に行ったあと、ここの世界には戻ってこれるのか」


『まあ、戻ってこられないこともないけど、それにはかの方のお力が必要です。でもね、万能なるかの方はたった一人しかいません。現状、かの方はまだ顕現されておらず祈りを捧げるものがいないからこそ聖霊(あなた)の願いは優先的に叶えられますが、全ての生き物に認識される光臨はもう間近。その後のことなんて想像出来ますよね?

 願って待てば必ず叶えてくれる万能ならば、あなたみたいな(祈りたい)人は星の数ほど出てくる。単純な話、あなたの順番が回ってくるまで途方もない年月がかかります。願いを叶える優先度(不幸度)も低いのであっては、特例も期待出来ない。何十年と待つことになるでしょう。聖霊に寿命はないから好きにしたらいいと思うけどあまりオススメ出来ることではありませんね。行きはよいよい、帰りは辛い。あら、違ったかしらー?』


 そう簡単に世界間の移動は出来ないらしい。分かっていた。同時に安心した。そうほいほいと好きに願いが叶えられては、今までの苦悩が無駄になる気がしたから。


「さっき。俺がここで産まれた意味は、やるべきことがあるからと言ったな?」


『ええ。それが何かはあいにくと、そちらで産まれていない私には分かりもしないのだけど。“誰一人としていない場所にいるたった一人”だなんて、何もないっていう方が無理ある話じゃない?』


「それは、特別だな」


『でも、その“特別”をあなたが背負い込むこともないですよ?そこは辛いでしょう』


「ああ……。でも、『また来な』って言われたんだ」


 あれほど脱したい世界だったというのに、いざその局面に立てば、後ろを振り返ってしまう。

 あるのは膨大な本の山。どれもが出来上がった綺麗な輪であり、それを遠巻きに見るのが好きだった。

 介入しないつもりだったのに、お節介な奴らが多く物珍しそうに話しかけ、こちらが嫌がってもつきまとい、“部外者”相手に『またね』と抜かす。


 だからこそ、泣いたんだ。

 そいつらの言葉に応えられなくてーー


『そちらの世界では、そこ以外にあなたの居場所はありませんよ。結局、一人ぼっちのままですが?』


「そうだな。だからこそ、俺の選択は間違っているんだ」


 どこまでも救いようがない。綺麗な輪に入れずとも、それらに囲まれて生きていたいなんて。

 あれほど泣き叫んだ。一人であることを嫌がった。けれども、それらの苦悩が“今まで”を捨ててまで解消されていいはずもない。


「俺は、ここにいる。それがきっと、俺の産まれてきた意味なのだろうから」


 答えなどないと思っていたが、その実、目を開けば足元に転がっていた。また泣く羽目にもなるし、ここで願わなかったことを後悔する時がくるかもしれない。しかして、生きていれば色んなことがあるーー“らしい”。悲しむ未来もあれば更にその先には。


「分からないからこそ期待しとく、ことにしとくさ」


 何か文字が綴られた本だったが、閉じて、明後日の方向に投げつけておく。


「ほんと、救いようがない」


 何がしたいんだかと呆れる反面、その顔は憑き物が落ちたかのように明るい。手元の本を取る。ああ、と思った。


「お節介な岩の相手でもしてやるか」


 そうして、彼はまた輪の中に入るのだった。

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