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物語はどこまでも!  作者: 青々
四章、???による世界改竄事件
17/23

(ーー)

 決着はついた。

 そう思った彼が、腰を落ち着かせたのは幾日ぶりだったか。

 はあ、と溜め息をつきながら、疲れを露わにする彼は普段なら誰も目にすることが出来ないものだ。


 彼は弱みを見せない。故に、誰もいない本の世界(ここ)でなら何かを気にすることもない。


「ああ、本当なら……」


 彼女に癒やしてほしいものだと、どこまでも弱い自分でいられてしまう。いつもの格好良さはいずこか。自覚はあるが、まだ少々体を休ませ(甘やかせ)てもいいだろう。

 何せ、こんなにも短期間に物語界を行き来したのは初めてだったからだ。


 宇宙のように時間の概念がないここでは、『短期間』というのもおかしな話だが、この疲労困憊ぶりは紛れもなく最速最多記録と言えよう。少し横にでもなろうかと、手近な本を枕にしようとした矢先、小さな声が聞こえた。

 ぎょっと彼が立ち上がり、辺りを見回す。来訪者なんて、この彼の住処(世界)に来るわけがない。


 それは言った。『物語の先へ行け』、と。


「ああ……」


 連れてきてしまったかと、彼は肩に乗る小さな虫を見た。


「しぶといな」


 様々な物語界へ行き、片っ端から潰してきたつもりではあったが、まだ数はいるらしい。“決着”はついていないかと、彼は二度目のため息をついた。

 しかしながら、虫たちの数はあからさまに減っては来ている。無尽蔵に湧いていた発生源が途絶えたと考えるべきか。彼がしていることは、いわば残り滓の掃除だ。


「お前がいると、雪木が安心してここに来れなくなるからな」


 あの一件から彼女は物語界へ『訪問』しなくなった。現実社会のことなど、彼には知り得るわけもないが、何故来ないかなど容易に想像は出来る。

 疲労困憊はどこへやら。また物語界を赴くかと、手始めに肩の虫を潰そうとした最中。


『彼女のもとへ、行きたい』


 心の奥底にある気持ちを代弁する虫が、彼の鼓動を早めた。ニヤリと虫の口元が笑ったのは錯覚だったか、最後の力を振り絞るかのように虫は語る。ーー(まじな)いでもかけるかのように、彼にとっての呪詛(本心)を紡ぐ。


『行きたい行きたい。あちらの世界に行きたい。なぜ引き離すのか。なぜ違えた世界に産まれたのか。部外者はいらない。綺麗な輪には入れない。ここにはいたくない。彼女のもとへ。行ける行けるはずだ。物語の先へ。ここを消してでもどんな犠牲を払ってでも。愛するもののもとへ行くことに何の間違いがあるのか。どんな物よりも美しい感情のまま、物語の先へ。物語の先へ行けーー!』


 矢継ぎ早に話されたはずが、一字一句聞き違えることなく鼓膜を通る。瞳孔が開き、鳥肌が立つ。衝動が血液ごと沸き立ち、鼓動の早さと共に行動したくなる。


 そうだ、何を迷う必要があるのだろう。

『人を愛することに間違いなんかない』


 躊躇うことはない。今まで待ってきた。

『待ち続ける必要はなくなった』


 例え、どんな手を使ってでも。

『例え、何を犠牲にしてでも』


 それほど自分は彼女を愛している。

『そう、だからーー!』



 “もう、大丈夫じゃないあなたを置いていきませんよ”



「……」


 呑まれそうになった意識が、たった一言で引き上げられる。我ながら、愚かしい。弱っているせいかと、前髪をたくしあげ、苦笑してみた。予期せぬことに虫は焦ったか、先と同じ呪詛を吐くも、呪い返しのように彼は同じく言葉を紡いだ。


「行かない」


 はっきりと、明確に。真っ正面から、否定する。


「世界を違えたならば引き離されるのも致し方がない。それでも彼女は会いに来てくれる。部外者だ、綺麗な輪を乱す部外者は独りっきりがお似合いだが、なぜだかみんな迎えてくれる。ここにいるのも嫌になるほどお節介な奴らばかりだ。うっかり消し炭にしたくなっても、そんなことをすれば彼女のもとへは行けない。

 彼女への愛と比較すればどんな犠牲は些細でしかないのに、どんなものよりも美しい彼女の笑顔が消えてしまうのが分かっているから出来るわけがない」


 虫はもう、話すことをやめた。諦めたかのように彼の手のひらの中に収まる。


「いつも、期待しているんだ。愛する彼女は必ず、俺のもとに来てくれると」


 手のひらで潰したのは虫だけでなく、自身の愚かしい心ごとか。ーー彼女もまた、俺がここにいてくれると信じているのに。


「どちらがヒロインだか」


 想い人を待ち続けるさまはそうに違いない。ああ、だからーー彼女が来たときはどんな王子にも負けない甘く蕩けるような告白をして出迎えるんだ。

 

 白い装丁の分厚い本が音を立てる。


 そうして、彼女と彼の物語はーー


 「セーレさん!」



 どんな物語よりも美しく、二人だけの世界で綴られていくのだった。


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