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物語はどこまでも!  作者: 青々
四章、???による世界改竄事件
12/23

(4ー4)

 産声のような悲鳴を上げた気がした。

 取り乱したはずの体が、何かに抱きしめられる。


「落ち着け、雪木!ここは現実だ!」


 自身の呼吸の音で鼓膜が震える最中、聞き覚えある女性の声。


「のの、か……」


「そうだよ、落ち着いたか」


 私の瞳をじっと見つめる顔はいつもの余裕ある笑顔ではない。ひとしきり私の様子を窺って、大きく息を吐いた。


「あと五分経っても起きなければ、私が行くところだったぞ」


 目尻に涙が溜まる手前、指先で拭う野々花。そこにあったのは、司書(幹部)としての顔だった。


「報告しろ、司書補統括彩坂雪木。あちらの世界で何が何でもあった」


「あ、の……」


「お前が救助に向かった少女は無事に帰還した。今は病院へ運ばれているころだろう。大事にあった少女に事情を聞くわけにも行くまい。こちらは相も変わらず、そちらの状況をモニター出来なかったからな。目覚めたばかりで苦しいと思うが、報告を願おう」


「ノノカ、それは不適切な説明でありまする!目覚めた少女にいち早く雪木殿の安否を無理させてでも聞き出そうとして、周りの精鋭(スタッフ)たちに止められていたではないですか!ノノカはとても友思いの優しき御仁でありまする!某としてはそんなノノカを尊ぶのでありまーーはわ!」


 マサムネの横やりに抱きしめで口封じする野々花。こちらもこちらで大変だったらしい。


「報告しろ」


 なおも司書としての姿勢を崩さない野々花に事をあらましを説明ーーとは言ってもきちんと出来た自信がない。

 無理に返されたせいなのか、めまいがひどい。呂律もあまり回ってないし、何よりーー


「彼のところに、行けなければーー!」


 今こうしている間にも彼は『そそのかし』たちを止めているはずなんだ。最後に見た背中が焼き付いて離れない。


「い、っ……!」


 そうして、時折出てくる“見に覚えない映像”。頭の中をグチャグチャにかき混ぜられた気分だった。深海に眠って何かごと引きずり出されてしまったような気分。

 吐き気を呑み込みながら、本を手にしようとするが野々花に止められた。


「彼は最後に、『逃げろ』と言ったのだな」


「だからって、彼を一人には出来ませ……!」


 二の句が継げなかったのは、野々花に無理やり立たせられたからだった。

 何かを言う前に先に、彼女は大きく息を吸い。


「総員、今すぐ退避せよっ!」


 リーディングルーム全体に響き渡る命令を下した。

 (スタッフ)が一様にして、野々花を見る。どよめきすらもかき消す声は尚も続いた。


「草木の聖霊たちよ、緊急事態だ!これは訓練ではない!マニュアルに従い、本防衛の陣を取れ!」


 緊急事態のマニュアルなど、恐らくはこの図書館が創設されてから一度も役立つことなくある紙面上の言葉でしかないが、スタッフだけでなくリーディングルームに生える草木ーー緑の聖霊たちの頭にはしっかりと入っているようだった。

 草木が伸び本棚を覆う。更に上から膨れ上がった大木がその守りを頑強としている。先ほどまで日差しが似合う草原が一気に鬱蒼とした密林早変わりした後、野々花は帯刀していた刀を一本抜刀した。


「精鋭たちよ、二度告ぐ!外に出ろ!そうして、この図書館の敷地から一歩でも遠くへ行け!私が緊急事態の発令をした時点で、外より援軍が来るはずだ!お前たちはただひたすらに走るが良い!」


 行け!と、刀の切っ先が出口へ向く。どよめきが焦燥の悲鳴になっていくも、まだ何も起きていない。だからこそ、スタッフたちは逃げることが出来た。焦燥しながらも、我先にと逃げることなく周りの状況を確認しつつ、確実に一人一人リーディングルームから脱出していく。

 問題はーー


「お前もだ、雪木!あとは私や、これから来るものたちに任せればいい!」


 女性とは思えない剛腕に引っ張られようとも動かない私だった。

 いや、正確にはずるずると引きずられてはいるけど、ある一定以上の距離から野々花は動こうとしない。


「マサムネっ、雪木を連れて行け!」


「ま、まって、お待ち下さい、ノノカ!いったい何が起こるーー何が“来る”でありまするか!」


 無造作に私を突き放す野々花はーー先ほどの焼き回しを見ているようだった。

 他を逃がし、たった一人で危険に立ち向かおうとする人の先には。


()()()()()()()


 瞬間、耳をつんざく叫び声。

 同時、散り散りになった一冊の本。

 刹那、血臭漂う黒い異形たちの出現。


「あ、ああああおおおぉ!」


 この世のものでは有り得ない怪物が、襲いかかってきた。

 まさしく文字通りに。叫びついでに開けた大口、人の口腔と同じ歯と舌を備えたものが、野々花を頭から丸呑みにしようとする。


「ーーふっ」


 それを事も無げに刀で薙ぐ女傑。一太刀入れただけで、怪物の一匹は地に伏した。


「さすがと言うべきか、やはりと言うべきか。お前の旦那の強さはなかなかであり、同時にこいつらの執念はそれ以上に強い」


「野々花……」


「見ろ。私がトドメを刺す前に、こいつらはもはや死に体だ。お前の旦那があちらで弱らせてくれたのだろうよ」


 地に伏す『そそのかし』の体には野々花がつけた物以外に大きな傷があった。よく見れば、他の怪物たちにも。

 血臭が広がったと思えば、このせいか。散り散りになったページの欠片より出てくる『そそのかし』は、今にも消え入りそうだった。


「の、ノノカ!それならば、ノノカが手を下す必要もありますまい!に、にげーーあ、いや、共に参りましょう!」


「言葉を選ぶ必要などないぞ、マサムネ。ああ、何にせよ、私はここから動くつもりなどないのだから」


 二本目の刀を抜刀する彼女の視線は死に絶える『そそのかし』たちではなく、もっと先のーー


「あの男に逃げろと言わせるほどの相手が、これから来るのだからな!」


 “刺激”を求める眼差しが捉えたのは、怪物たちを踏みつける怪獣に他ならなかった。

 地面に窪みをつけるほどの巨体の咆哮で、リーディングルーム内を象るガラスが割れた。耳を塞いでも脳髄を震わす音は声とは言い難い。鯨めいた鳴き声でありながら、それはどこかーー


「ーーーー!」


 何かを求めて泣き続ける赤ん坊のような。

 えも言われない感情が巡る中、スタッフたちの悲鳴を聞いた。割れた窓ガラスが落ちてきたのだ。もとは強化ガラス。頭に当たれば切り傷どころではない。

 まだ逃げ切れていないスタッフたちと、そうして。


「ゲノゲさん!」


 居合わせてしまった聖霊たち。近場にいたゲノゲさんを二匹を掴み、抱きしめるも、ガラスの欠片は落ちてこなかった。

 上を見れば、木々の太い幹がまだ落ちていないガラスを押さえ、そうして、風の聖霊たちが割れた破片を人のいない場所へ落としていく。その間に残った物たちは居合わせた聖霊を連れ、外へ逃げていった。

 残ったのは、私とマサムネーーそうして。


「ノノカ!」


『そそのかし』に立ち向かっていく野々花。マサムネの制止を振り払い、猛々しく相手を斬りつけていくも、その体は頑強なのか刀が折れた。

 絶望的な相性の悪さ。刃が通らない相手。そも、倒せるかも分からない相手であり。


「いいぞ!」


 最高の相手。そう物語るのは、彼女の口元。

 地団駄を踏むように暴れる尾先を見越してか、野々花は私とマサムネを担ぎ、出口付近まで撤退する。

 遠目からだからこそ、あの『そそのかし』の強大さが良く分かる。数の暴力ならぬ、大きさの暴力だ。一度でもあの尾先の下敷きになれば、言うまでもなく。


「ノノカ、っーーノノカ!ノノカぁ!やめ、やめて、し、しんじゃうよ!ノノカぁ!」


 野々花の腕を掴み止めようとするマサムネがここまで必死なのも、彼が一番野々花のことを分かっているからだろう。

 私とて分かっていた。


「やめて下さい、野々花!あの時の言葉を忘れましたか!」


「なに、私とてそこまで無謀なわけではない。勝てる見込みがあるからこそ、立ち向かうのだ」


 見ろ、と新たに抜刀した刀の切っ先は『そそのかし』の目へーー六つある赤い複眼へと向けられた。


「お前の旦那は良いヒントを残してくれたものだ。どの生物も目玉は切れる。それはあれとて例外なし。三つも潰してくれたんだ、後は造作もない」


 確かに六つの内の三つは切られて潰れているが、それがどうしてあれを止められる自信に繋がるというのか。

 あの巨体を這い上がるすべすらもないはずなのに、どうして彼女は。


「先ほどな、私は一つ嘘をついた」


「え……」


 こちらを見ずに野々花は言う。


「私が緊急事態の宣言をすれば外から援軍ーー救護隊が来るはずなのだが、その合図が鳴らないのだよ」


 彼女がその場しのぎの嘘を言うはずがない、ならばそれは。


「紙面上の言葉であれば、緊急事態発生の場において最も位の高い者には場を指揮する権限が与えられ、スタッフ及び聖霊たちはこれに対して迅速に従わなければならない。それと同時に緊急時警報が鳴り、外より救護隊が到着するわけなんだがーー図書館設立より一度も使われないものだから、カビでも生えてしまったのか」


 決して笑い事ではないことでも、彼女は苦笑する。


「いつ救護隊が来るかは分からない。敷地外まで逃げた精鋭たちの騒ぎを聞きつければさすがに動くだろうが、何せ、この図書館は広いからな最低十分以上は助けが来ない。あいつは数分もかからない内に敷地の外へ出られるというのに」


 だからだよ、と彼女は続ける。


「“誰か”がやらなければならないのさ」


 それが自分だった。という彼女を行かせられるわけがなかった。


「雪木、お前とて、やらなければならないことがあるだろう。“止められない奴はもう一人いたのだから”」


「ーー」


 セーレさんの姿がよぎった。

 三つ目を潰した彼がその後どうなったのか。あんなものに立ち向かってしまった彼が無傷なわけないだろう。


「それぞれ、やらなければならないことがあるんだ。お前の場合は、“誰か”ではなくお前しか出来ないことだがな」


「でも、もう!彼に会うための本が……!」


 ページ破片すらもあの巨体に潰されてしまい見る影もない。他の物語からでは、彼のいる世界には飛べない。もとの場所へ戻るにはあの本しかーー


「いっ……!」


 収まったはずの頭痛がぶり返す。それに呼応し、また覚えない光景が浮き出てきた。


 先ほどから、幼い私が出てくる。

 泣く私と、それをあやす“誰か”が。


「私、はーーどうすれば!」


「知らんな。だからこそ、思ったままに行動すれば良い。当たりも外れも気にすることなく、思いついたことをするんだ。ーー片っ端から!やれること全てを!そうして」


 止める間も与えずに、彼女は。


「ここは、私に任せろっ!」


 批判することは出来ない果敢が無謀に挑む。

 もう声も届かない場所に行ってしまった彼女をマサムネは追おうとするが、制止し、私に向き直る。


「そ、某はノノカに忠義を誓う聖霊。ノノカの言葉が絶対でありまする故ーーソソギ殿のお供をしまする!」


 涙を流しながら、野々花の言葉に従うマサムネを前にして、私も彼女を止められなくなった。

 やるしかない。やれること全て、可能性の一つ一つを試していくしかない。


「彼に会いに行きます。そのためにはまず、私の部屋にっ」


 後ろ髪を引かれる思いがないと言えば嘘だけど、その証拠に後ろを振り返ってしまうほど馬鹿だけど。


「お前の旦那に言ってやれ!この程度も倒せない男に、我が親友(戦友)を任せられないとな!」


 それ以上の馬鹿もまた、私を見ていた。

 目の前の敵をそっちのけで、“無事に逃げられたか”と確かめるような親友はどこまでも凛々しく見えた。

 外へ出たと同時に出口が大木で塞がれる。野々花が命じたのだろう。これでもう、後戻りは出来ない。


「ソソギ殿!」


「分かってます!」


 進むしかない。

 いつも使っている水平エスカレーターは先の騒ぎで壊れるため、この足を使って走るしかない。走り続けても古城まで五分はかかる。それでも全速力で駆け抜けるしかない。


「うわっ!」


 と、思った矢先に躓く大馬鹿!

 日頃の運動不足に嘆く代償(転倒)は顔面からの着地なのだけど。


「オタスケー」


「タスケー」


「テツダウー」


 ふわっとした白い綿毛に包み込まれた。

 一匹や二匹ではない。十や二十という数でもない。白い絨毯とも言えようその数は数え知らず、それらが私を乗せふよふよ浮き始めた。


「げ、ゲノゲさん!?」


 まさか、ゲノゲさんに乗って空を飛ぶ日が来ようとは。万人が夢見る空中浮遊だろう、これは。

 感激に浸る前に、ぶわっと風が舞う。可視化した風の聖霊が翼になり、一気に舞い上がる。


「ドコー?」


「え、えぇ、あ、あっち!」


 指差せば、そちらまで運んでくれる。


「ど、どうしてゲノゲさんたちが」



 ゲノゲさんは聖霊の赤ん坊だ。怖いものがあれば、怯えて逃げ出すほどのはずなのに。

 ふとした呟きに応えてくれたのは二匹のゲノゲさんだった。


「タスケテクレター」


「タスケラレルー」


 そうして、またぴょこぴょこと順番に。


「チョコー」


「コンペートー」


「ナデナデー」


 取り留めない単語たちだけど、私には朝の木漏れ日とともにやってくるゲノゲさんたちの姿が頭に思い浮かんだ。


「ゲノゲさんの恩返し……いえっ、いつも癒やしを貰っているのはむしろ私の方なのですがーーうわっ!」


 加速した空中浮遊であっという間に、私の部屋までついた。窓の前で立ち止まる。鍵はしまっているため強引に入るしかないかと思えば。


「ソソギ殿!こちらへ!」


 既に中にいたマサムネが窓の鍵を空けていてくれた。


「某も風の聖霊にお願いを申して、ここに来た次第!さあ!」


 ゲノゲさんたちやマサムネにお礼を言い、部屋の中に入る。

 当たりか外れか、そもそも私がしたいことの当たりがあるかも分からないけど、ずっと前から思っていたことがある。


『良かったね、聖霊さん』


『聖霊さんは報われたようで』


『もう夜泣きしない子が戻ってきて』


 ここまで来る間に、その考えに何度も行き着いたけど、覚えがないからこそ有り得ないと結果を求めなかったんだ。


 けれど今なら、断言出来る。


「私は、彼と出会っていた」


 図書館のスタッフとして本に『訪問』するよりも、ずっと前に。

 思い出せないほど昔にきっと出会っていて。


「忘れてしまっても大切な思い出だったんだ」


 部屋の片隅に置いてある『たからばこ』。

 その中にある一枚の紙切れ。それがなぜ、この中に混じっているのは今もまだ思い出せない。


 “だからこそ”、試してみるんだ。


 埋もれてしまった記憶。きっとそれは掘り起こせないけど、大切だと自覚しているから。



「彼との出会いは大切なことばかりだから」


 忘れてしまっても、捨てられずにいた。

 羽根のしおりと、一枚の紙を抱く。


「お願い、おねがい……っ!」


 深く目を閉じ、祈る。

 どうか連れて行ってほしいと懇願し、そうして。


『むかーし、むかし。あるところに。


 セーレさんがいました』


 いつかの記憶が蘇るーー



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