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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 12 腐臭の谷  作者: 石渡正佳
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農地造成ブローカー

 小笠原商事から未熟成の堆肥が流出していることを証明するには佐渡の現場からも検体を採取して成分を比較してみる必要があった。しかし佐渡が造成していた現場に行ってみると既にきれいに整地され悪臭もなくなっていた。

 「どうします班長」長嶋が言った。

 「佐渡はプロの農地造成屋だよ。きっと次々と同じ仕事を請け負っているに違いない。佐渡の新しい現場を探してみよう」

 「わかりました。所轄にも聞いてみます」

 「農業委員会はどうでしょう。農地造成には農地法の客土届か一時転用許可が必要なはずです」喜多の発言にみなが注目した。

 喜多が農業委員会に問い合わせてみると、果たして西部環境事務所管内に届けが出ていることがわかった。管轄外だったが、そんなことはかまわず伊刈は現場調査に赴いた。大谷川の河岸の小さな三角地だった。

 「ご苦労様です」佐渡は伊刈のチームが近づいて来るのを見ても、何食わぬ顔で小型のユンボで天地返しの準備作業を続けながら言った。

 「また性懲りも無くやってるな」伊刈が言った。

 「小笠原商事に調査に入ったってねえ。だけど残念ながら俺が扱ってるのはあそこのものじゃないよ。あそこのはひどすぎてとても使えないよ」佐渡は伊刈たちが調査に来た理由を見透かしたように言った。

 いましも掘っている穴を覗くと地表から二メートルほどの深さのところに一メートルの厚さの黒い層が見えた。

 「遠鐘さん、あれが堆肥かな」伊刈が遠鐘を見た。

 「そうみたいですね。でもそんなに臭くないし確かに小笠原のものとは色も違うかもしれませんね」

 「何度も言うけど小笠原のじゃないよ」佐渡が口を挟んだ。

 「それじゃあ他にも堆肥を作ってる会社があるんですか」伊刈が佐渡を振り返った。

 「かれこれ四、五か所ありますかねえ。食品リサイクル法ってのができたんで、似たような会社がどんどん増えてますよ。俺にとっちゃあ法律サマサマだね。だってね、せっかくリサイクルしたってさ、持ってくとこがねえんだから、俺が始末してやらないと困るでしょう」

 「天地返しで埋めてしまうのがリサイクルだとは思えないけど」

 「立派なリサイクルですよ。ここはちゃあんと農業委員会に届出てるしね、ついさっきも県の農地課の方がおみえでしたけど、リサイクルした堆肥を入れてるんだと言ったらなんも文句言わずに帰っていきましたよ」

 「小笠原のじゃないとするとどこの堆肥なんですか」

 「それは言えませんよ。企業秘密ってやつですね。あんたらで調べてみてくださいよ。それじゃ俺は仕事がありますから。早く埋めてしまわないとまた臭いと言われますからねえ」

 「ちょっと待って。サンプルを取らせてもらいますよ」

 「え、なんで」

 「堆肥かどうか成分を調べます」

 「堆肥に決まってるでしょう。見ればわかりますよ」

 「同意していただけないんなら地主を調べて命令を出しますよ」伊刈ははったりを言った。命令は本課の決裁が必要で事務所に権限がなかった。

 「面倒くさいなあ。すぐに済むならいいですよ」

 「それなら調査に協力してください。バケットで黒い層をひと掬いしてもらえばいいです」

 「わかりましたよ」佐渡は渋々ユンボのキーをひねった。

 「これくれえでいいっすか」

 「いいですよ」遠鐘がビニール袋で検体を二重に梱包した。

 「じゃあ埋めちゃいますよ」

 目の前で佐渡は穴を埋め始めた。検体を取ることができたのはラッキーだった。

 事務所に戻ると所轄の植草警部補が伊刈を訪ねてきた。

 「悪臭の苦情がひどいんで本部の指示で所轄も捜査を始めたようです」長嶋が伊刈に説明した。

 「どうしたものなんでしょう。佐渡がやってるのはリサイクルになるんでしょうか」植草が質問した。

 「農業改良普及所に聞いてみたんですが、施肥というのは一アールあたり十キロくらいがせいぜいなんだそうです。それ以上入れたら根が腐ってしまうそうです。佐渡は何十トンも入れてます。通常の施肥の数千倍ってことになります」遠鐘が答えた。

 「なるほどそういうことですね。それを調書にしてもらうことはできますか。具体的な数字があると助かるんですが」

 「さっき見てきた川端の現場では堆肥の層は一メートルでした。一アールですと百リュウベになります。比重を○・五としても五十トンです。十キロと五十トンではまるで比較になりません。佐渡が深く埋めているのはそうしないと作物の根が腐ってしまうからです。これは不法投棄です」

 「農業改良普及所のどなたに聞いたんですか」

 「改良班の内田さんです」

 「わかりました。私も内田さんに聞いてみます」植草は捜査の見通しが立ってうれしそうに帰っていった。一つ一つ調書にしてサインをもらわなければならない警察の捜査は大変だった。

 小笠原商事から採取した検体の検査結果は県の環境研究所から十日後に戻ってきた。群馬県の赤城産業の検査結果と成分構成が酷似していた。佐渡の川端の現場から採取した検体の検査結果も同時に届いた。

 「小笠原と赤城はビンゴですね」検査結果を見てもらった保全班の大室室長が拳を叩いた。

 「どうしてわかるんですか」伊刈が聞いた。

 「重金属のピークがほとんどなく窒素とリンの含有量がいくらか多いところがそっくりです。食品系の廃棄物を原料にした堆肥だろうというのが検査機関の見解ですが、僕もそう思います。総砒素が少し高いのは汚泥の脱水に使ったオガクズの亜ヒ酸(白蟻駆除剤)かもしれないし、地山の赤土にもともとあったのかもしれないです」

 「そこまでわかるんだ」伊刈が感動したように言った。

 「だけど川端の現場の検体は小笠原のとは違いますね。明らかな重金属のピークがあります。これを見てください」伊刈がグラフを覗き込むと確かに特定の質量のところに大きなピークが何本かあった。

 「これはなんですか」

 「銅と砒素の含有がかなり多くて、マンガン、フッ素、それから微量ながらカドミウムと総水銀も含まれていますね。検査機関の見解では下水道汚泥ではないかってことです」

 「カドミウムや水銀がどうして下水に入るんですか」

 「カドミは顔料とかに入ってますからね。板金屋さんとか印刷所とかの排水が入れば出ますね。調べてないけど顔料が入ってればPCBも出てると思いますよ。総水銀はいろいろありますよ。蛍光灯を割れば出ちゃうし、歯医者で詰め物に使うアマルガムは水銀化合物だし、神社の鳥居の赤漆は硫化水銀だったしね。今はもうあまり見ないけど昔は体温計とか赤チンとかも水銀だしね。下水道にはなんでも入っちゃうし、昔入ったものもヘドロになって残ってるし、微量にはなんでも出ちゃいますよ」

 「下水道汚泥も堆肥になるんですね」遠鐘が聞いた。

 「昔は下水処理場でも堆肥を作っていましたが、ちゃんと発酵させるとアンモニア臭がひどいんで今は自前ではやってないですね」

 「民間でやってるところは」

 「増えてますね」

 遠鐘が下水道汚泥を受け入れている堆肥製造施設をリストアップした。犬咬市周辺の自治体の下水処理場の脱水ケーキは大半が処理場内で焼成処理されてレンガなどにされていたが、三輪クリーンという民間処理施設が堆肥化しているものがあった。三輪クリーンは稲生市にあった。県庁の管轄する施設だったが伊刈はかまわずに立入検査を通告した。

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