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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 12 腐臭の谷  作者: 石渡正佳
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悪臭

 「あれは土じゃないな」パトロールの途中で遠鐘がつぶやくように言った。

 「えっなに」伊刈が遠鐘を振り返った。

 「土じゃありませんよ。何かはわかりませんが土じゃありません。あんな色の土はありえない。ちょっと停まってもらえますか」

 「おう」ハンドルを握っていた長嶋がブレーキを踏み、来た道をUターンした。遠くに農地造成現場が見えた。

 「土だろう」伊刈が言った。

 「緑とか赤とかいろんな色が入ってる」遠鐘が自信あり気に答えた。

 「土色にしか見えないけどな」長嶋が言った。

 「よく見れば見えてきますよ」

 目を凝らしてみたが伊刈にはやっぱり土色にしか見えなかった。「みんなどう」

 「赤は見えませんねえ」長嶋が首をかしげながら言った。「だけどなんとなく臭いませんか」

 「色ははっきり見えませんけど土じゃないかもしれないと思えてきました」喜多が自信なさそうに言った。

 四人四様の感覚だった。遠鐘は色彩の分解能が突出して高かったようだ。これは画家向きの才能である。画家には常人には見えない多様な色が見えるのだ。長嶋は嗅覚が鋭かったが、どちらかというと才能よりは経験によるものだった。伊刈と喜多の感覚は未分化で常人並だった。

 「行ってみるか」農地造成現場にできるだけ近づいたところで伊刈は車を降りた。そのとたんに鼻をつく悪臭に顔をしかめた。「ひどい臭いだ。これなんだろう」

 四人は畑の畦をつたってさらに造成現場に近付いた。悪臭がどんどんきつくなった。異様な腐敗臭だった。埋めているのが土でないことはもはや明らかだった。遠目に色を見ただけで異変がわかるとはすごいと伊刈は遠鐘の色覚に感心した。というかどんなに近付いてもやっぱり伊刈には遠鐘には見えているという色が見えなかった。現場では男が一人トラクタを運転して悪臭を放つ泥土状のものを畑土の中に混ぜ込んでいた。

 「ひどく臭いけどこれなんですか」伊刈が男に声をかけた。男はトラクタを停止させて振り返った。

 「あんたら何」

 「環境事務所のパトロールです」

 「環境かあ。農林じゃねんだ」

 「産廃を見回ってます」

 「だったら関係ねえよ。これは昔ながらの堆肥だよ。ある程度の臭いは仕方がねえよ」男はうそぶいた。

 「堆肥にしては臭いですね」

 「あんたそんなかっこで堆肥の臭い知ってんの」男はスーツ姿の伊刈をばかにしたように言った。

 「知ってますよ。昔は農家の庭先には必ず堆肥が積んでありましたからね。確かに臭かったけどこんな臭いじゃなかったなあ」

 「ほうなるほど。ガキのころのことだから忘れたんだろうよ。堆肥の臭いってのはこんなもんだよ」

 「あんた名前は」長嶋が伊刈にかわって人定をとった。

 「佐渡だよ。佐渡が島の佐渡」

 「免許証持ってるか」

 「あんたマッポか」

 「ちょっと降りねえか」

 「しょうがねえな」佐渡は面倒くさそうにトラクタの運転席から飛び降りた。

 「佐渡さんは地元のもんか」

 「そおだけどそれが何か」

 「ここらに佐渡って名前はそうないな」

 「まあもともとは違いますけど」

 「これ食品じゃないですか」堆肥を調べていた遠鐘がしゃがんだまま佐渡に向き直った。

 「あに言ってんだ。これは堆肥だよ」

 「原料は食品でしょう。卵の匂いがしますよ」遠鐘は嗅覚も鋭いようだった。

 「あんた何でたらめ言ってんだよ」

 「この堆肥は自分で作られましたか」

 「あ、いや俺が作ったもんじゃねえ。一台一万円で買ってきたんだ」

 「どこからですか」

 「どこだっていいだろう。堆肥を売ってくれる会社くれえな、そこらにいくらでもあんだよ。買ったら産廃じゃねえんだろう」佐渡はうっかり産廃と口を滑らせた。その言葉に伊刈が反応した。

 「もともと産廃だったんですか」

 「ちがあよ。たとえばの話だわ」佐渡は慌てて否定した。

 「ここではどんな工事をしてるんですか」遠鐘が質問を続けた。

 「天地返しだよ。見ればわかんだろう」

 「表土とその下の土を取り替えてるんでしょう。このあたりはちょっと掘れば赤土ですね。それに堆肥を混ぜてるんですか」

 「そういうことだよ。赤土と混ぜて埋めてしまえば臭いはすぐに収まって、そのうちいい畑になるんだ。どっちみちこのあたりには農家しかねえんだし、これくれえの臭いちょっとの間我慢してくださいよ」

 「堆肥だとしたってこんなに大量に埋めたら畑にはならないでしょう」

 「そんなことねえよ。最初のうちちょっと沈むくらいで耕作には支障ないよ」

 「ほんとですか。これだけ有機物が多いと埋めた後も発酵が進んで発熱したりメタンが出たりしませんか。メタンにやられたら作物は根腐れしてしまいますよ」

 「あんた農業に詳しいのかい」佐渡は遠鐘の知識にちょっと感心したようだった。

 「農業は専門じゃありませんが植物のことはわかります」

 「心配には及ばないよ。俺はこうやって何枚も畑作ってんだ。ガスなんかすぐに収まるよ。最初はトウモロコシか落花生を植えておくんだ。そのうちになんでもよく育つようになるよ」佐渡は言うだけ言うとトラクタに戻って作業を再開した。

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