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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 12 腐臭の谷  作者: 石渡正佳
ファイル12
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政争

 朝のミーティング前に仙道が伊刈を捕まえた。

 「これ見てみろ」仙道が示したのは朝刊の地方面に載った政治記事だった。犬咬市と隣接する小野川町で町長派と議長派がゴシップの告発合戦をやっているという内容だった。

 「まだこんなことやってたんですか」

 「まあ、最後まで読んでみろよ」

 仙道に言われて記事を読み進めると意外なことが書かれていた。町議の鈴本是満が産業廃棄物の不法投棄に関与していると町長派が告発したというのだ。

 「これどういうことですか」

 「記事にはそこまでしか書いてないけどな、小笠原商事の食品残渣の不法投棄に鈴本町議が噛んでるんだとさ」

 「小野川町でもやってたってことですか。議長派が告発したってのはほんとなんですか」

 「ああ県警が正式に受理したそうだよ。おまえが一生懸命小笠原の奥さんに改善指導をやってるのがムダになるかもしれないぞ」

 「どうしてですか」

 「県警本部が所轄に小笠原商事の内偵を指示したそうだよ。それでうちの指導状況を教えてくれって言ってきた。明日にも捜査員をよこすそうだから教えてやれ」

 「また警察にネタを渡すんですね」

 「しょうがねえだろう。それに告発のあった現場ってのは小野川町じゃねえんだよ」

 「それじゃどこですか」

 「おまえが一時保管を認めた牛舎があるだろう」

 「はい」

 「その前に畑がないか」

 「畑っていうか土取場の跡に土を盛ってトオモロコシを植えた痕跡があります。水もないらしくて土がからからですよ。あれじゃトオモロコシだってムリです」

 「その畑の下に産廃が埋まってるって告発なんだとよ。土地の名義がなんと鈴本町議なんだよ」

 「まずいですね」

 「自分の名前を出すたあ脇が甘いよな」

 「埋めたのは佐渡ですよね」

 「そんなこと俺が知るか」

 「せっかく改善が始まったばかりですから終わるまで捜査を待ってもらえないですか。逮捕するのは警察の仕事だからしょうがないですけど、工場があのままになっちゃうと困りますよ」

 「どうだろうなあ。警察は政治家が絡むと俄然やる気になるからなあ」

 「たかが町議ですよ」

 「たかがとはなんだ。町議も村議もあるかよ。立派なバッチだよ」

 「県警本部に捜査を待ってくれって頼みに行ってもいいですか。生経課長に直訴しますよ」

 「まじかお前」

 「だめですか?」

 「だめとかいいとかじゃねえだろう。だめに決まってるじゃねえか」

 「うちもこれまでいろいろネタは提供してるんだし、捜査に協力する見返りってことでだめですか。改善が終わるまで待ってもらうだけでいいんです」

 「おまえ下手をするとそれは捜査妨害とか証拠隠滅とかになるぞ」

 「見逃してくれっていうんじゃないんです。こっちの指導が終わるまで待って欲しいっていうだけです。明日本部から捜査員が来るんですよね」

 「ああそうだ」

 「こっちから本部に行きますって言って断ってもらえますか」

 「おまえどこまでのぼせてんだ」

 「工場を今のままにして逮捕はだめですよ。後始末どうするんですか。あの会社はそれなりにまだ資金力があるんです。それを使わせて改善させましょうよ」

 「それで結局逮捕されたらおまえ殺されるぞ」

 「冗談はやめてください」

 「冗談言ってるのはおまえだろう」

 「本部に言ってもかまいませんか」

 「好きにしろ。俺は知らねえぞ」仙道は呆れたように天を仰いだ。

 伊刈は翌日一人で県警本部に乗り込み、生活経済課長の桐元に直談判した。

 「こちらの調査資料はすべてお渡しします。そのかわり事務所の改善指導中は強制捜査の着手を待ってもらえませんか。今せっかく改善が始まったところなんですよ」

 「そんなことして市はどんな得になるんですか」

 「現場が荒れたまま逮捕してもなんにもいいことがないです。できるだけ現場の改善をさせたいんです」

 「なるほど市のご事情はわかりましたよ。それでどれくらいで改善は終わりますか」桐元はあらかじめ伊刈の指導経過を聞かされていたのか驚いた様子もなく言った。

 「そうですね、あと一か月あれば汚泥の移動が終わって施設が再開可能になります」

 「わかりました。それなら一か月間だけお待ちしましょう」桐元課長はあっさりと伊刈の申し入れを承諾した。

 「いいんですか」

 「こちらの証拠固めにはちょうどそれくらいかかりますからね」桐元課長は余裕の表情だった。

 強制捜査が迫っているとも説明できず伊刈は工場を空にさせる指導を続けた。一か月後、熟成ヤードがすっかりきれいになったので伊刈は小笠原社長、茜、南副社長の三人を現場に呼び集めることにした。ところがよりによってその日の朝、県警が明日から強制捜査に着手すると通告してきた。

 「班長、明日の朝ガサ入れだそうです」長嶋が言い難そうに言った。

 「最悪のタイミングだな。工場が正常化するまでもうちょっと待てないのかな」

 「フダ(捜査令状)の執行期日はもう変更できないすよ。これは既定方針すからね。班長との約束はたぶんはなっから気にしてないす。我が社ってのはそういうもんす」

 「桐元課長に裏切られたってことか」

 「検事が決めることっすから課長にもどうにもならないすね」長嶋は苦い顔だった。

 「わかったよ。とにかく今日の指導は予定通りにやろう」

 「ガサの話はなしっすよ。それで逃げられたら班長が逮捕されますよ」

 「言うわけないよ」

 伊刈はきれいになった熟成ヤードの前で搬入解禁を宣言した。「改善完了を確認しましたので明日から搬入停止を解除します」

 「ありがとうございます」南副社長が深々と頭を下げた。

 「お世話になりました」きれいになった工場を見るのはうれしいらしく、茜も明るい表情だった。伊刈は内心忸怩たる思いだった。

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