第伍話
春蘭は十年の年月を経て、あどけなさが抜け美しい美女となっていた。けど、あの頃の面影が残っていて懐かしい。
母親となったからか、落ち着きのなかった春蘭がおしとやかに振る舞っている。なんとも不思議な光景だ。あの頃からでは、とても想像出来やしない。
だが、人が変わるほど年月が過ぎたと言うわけだな。
「お母様!」
春蘭の顔を見るや、芯羅は顔をパッと明るくさせ駆け寄っていった。
「只今、帰ってきました。お母様…………」
「よく、無事で帰ってきましたね芯羅。ああ…………、良かった」
目尻に涙を浮かべ、ソッと優しく芯羅を抱き締める春蘭。それに応えるよう、芯羅も抱き返した。
ホッとしたのか、芯羅も涙目になっている。
いいね、母娘の感動の再会。目頭が熱くなってくらぁ。
「春蘭、嬉しいのは分かるがそのくらいにしないか。芯羅の命の恩人の前だ」
呂伯からの注意にハッとし、春蘭は芯羅から離れ妄りを直し始めた。
ははッ、変わったと思ったけど、自分の大切な者に関すると周りが見えなくなるのは相変わらずか。
「この度は、娘を救っていただき誠に感謝申し上げます。芯羅の母、春蘭と申します…………ッ!?」
俺と目が合った瞬間、春蘭は目を見開き口元を手で覆った。
そして、一歩、さらに一歩、近づいてくる。
「……………………ま、まさか、蒼…………牙、なの?」
あー、うん。まぁバレるよね。気づいてもらえたのは嬉しいんだけど、素直に答えれないんだよな。
「王妃様、私は宛の無い旅をしている流浪人。名を颯滋と申し上げます。王妃様も何方かとお間違えになっているかと」
不安げに呂伯の方を向く春蘭。呂伯はただ、首を横に振った。
「そうですか…………申し訳御座いません」
「いえ、お気になさらず」
「では、大方話も済んだ故、この場は解散とする。颯滋殿、暫く我が國に滞在するのならば宿を用意するが」
その申し出は大変嬉しいが、褒美も貰ってるしこれ以上は気が引ける。
それに、あいつが用意する宿って宮廷みたいな豪華なところだろうし。気が休まらなそうだ。
「心遣い誠に感謝申し上げます陛下。ですが、すでにこのような褒美も頂いております故、申し訳御座いませんが遠慮させてもらいます」
「そうか、何か困り事があればいつでも申し出よ」
「はっ、有り難きお言葉」
春蘭と共にいた芯羅が近寄ってくる。
「颯滋さん…………また、お会い出来ますか?」
芯羅が小動物のようなプルプルと振るえた瞳で、俺を見つめてくる。
俺は、周りに聞こえないよう小声で言う。
「ああ、芯羅が望むんであればな」
「はい!」
満面の笑みを浮かべ、芯羅は頷いた。
俺は、踵を返し大内裏を後にした。
さて、今晩の宿どこにすっかな…………。