第惨話
採ってきた會菩の実を二人で分け、食べる。
會菩の実を初めて食べるのか、芯羅は恐る恐る一口かじった。すると、一瞬驚き一気に食べ尽くした。
芯羅の表情は蕩けきっており、嬉しそうだ。
「美味しいか?」
「はい! こんな美味しい果物、初めて食べました!」
「そ、そっか…………」
宮廷では、それ以上の高価でうまい物食ってるだろうに。
でも、そんな顔されると採ってきた甲斐があるってもんだ。
ちょっとした満足感を得て、俺も會菩の実を食べた。
採ってきた會菩の実を全部は食べず、昼食用にと残しておく。身持ちのする実だから、多少採ってから時間がたっても食べられる。
近くの木に巻き付いていたツタに括り付け、持ち運びがしやすいようにする。
準備は整った。目的地は決まってんだ、なら早い。
アイツを呼んで、一っ飛びで行けば早いしな。
では、さっそく…………。
掌を前に掲げ、『召喚術』を開始する。
目の前の地面に丸い陣が現れ、光を発した。
「颯滋さんって、召喚術も扱えるのですね。すごいです!!」
「まぁね」
別段、大したことをしてる訳ではないけど、こう誉められるとちょっと鼻が高くなる。
陣から発せられる、光の中に影が見えてきた。光が弱まるにつれ、その正体が露に。
それは、俺の大切な友であり、相棒でもある巨鳥──翡翠だった。
エメラルドグリーンの体毛が背中へ向けてグラデーションになっており、羽の裏は黄色、腹は汚れのない純白。鷹を彷彿させるフォルムで気高い雰囲気を醸し出している。
「そ、そんな…………なんで」
翡翠を見た芯羅が、ひどく狼狽し始めた。
「どうした、芯羅?」
「どうしたもなにも、颯滋さん貴方いったい何者ですか?」
いや、何者だと言われてもな。男子高校生としか答えようがなんだけど。
芯羅が翡翠に近づき触れる。
「この鳥は、覇鳥、名は翡翠…………。かつて、『蒼剣武神』様と共に戦場を駆け抜けた伝説の鳥。本物を見るのは初めてです」
翡翠とは共に戦場に出たことはあるが、へぇ翡翠の奴神さまとも戦場に出たことがあるのか。
でも、こいつにそんな逸話があったなんて知らなかった。
芯羅がこちらに振り向き、再度問う。
「颯滋さん、貴方は何者ですか?」
うーむ、どう答えたら良いものか。
「しがない流浪人と思っといて」
「な、納得いきません! ただの流浪人が伝説の鳥を召喚するなんて、ありえません!」
語気を荒げ、興奮している芯羅。
「適当に呼んだら出てきたんだ、偶々だよ」
「偶然で済ませられる事ではなんですよ!?」
「そうかい、呼んで出てきたもんはしかたないだろう。ほらほら、乗った。燭國まで一気に行くぞ」
ぶつぶつ何か言っている芯羅を抱きかかえ、翡翠に乗せる。そして、芯羅の後ろに俺が乗った。
「さぁ、頼むぞ翡翠!」
「クォウッ!!」
俺の声に応えるように鳴き、翡翠は羽ばたき始めた。
徐々に地上から離陸し、空へ向かっていく。森の上に出ると大きな山脈──『帝龍山脈』が目に写った。
大陸を南北に横断する山脈で、西と東で気候が違ってくる。俺達が向かう燭國は西側にあり、この森から約十二キロ離れた場所にある。
広大な領地を有し、大勢の人々が暮らしている國だ。
ふと、芯羅を見ると、流れ行く景色を物珍しく眺めている。
「空の旅は初めてか?」
「あ、当たり前です! 人が空を飛べるわけないのですから、こんな経験するはずもないです!」
俺の腕にしがみつき、芯羅が応える。まだ、馴れてないのか顔を青くしていた。
おっかなビックリ、地上の様子をみて歓喜の声を上げたり、恐がったり見ていて飽きないな。
「よかったな、貴重な経験が出来て」
「はい、ちょっと怖いですけど…………」
馴れるには、もう少しかかりそうだ。
前方に砦が見えてきた。あれが燭國の入り口。四つある入り口の内の一つ、東の砦だ。
見張り台に二つ人影が見えた。
砦の門の前に着陸し、翡翠から降りる。
芯羅の姿を見た防人が話し合いを始めた。
「おい、あれ姫殿下じゃないのか?」
「ううん? …………確かに、似てはいるが」
見張り台から降りてきた、防人たちが俺たちの前に立ち塞がる。槍を構え警戒する防人たち。
「動くな! 貴様ら何者だ応えよ!」
どおすっかな。なんだか、有らぬ誤解を受けそうだ。
どうこの場を切り抜けようか、考えていると芯羅が前に出ていった。
「私は、燭國の王、呂伯の娘、芯羅。貴方たちそこを通しなさい!」
言うと、防人たちは構えを解き慌てて敬礼した。
「ひ、姫殿下、ご無事で在らせましたか。先程の無礼御許し下さい」
「良いのです。貴方たちにも心配をかけましたね」
「姫殿下、お気になさらず。ご無事で在らせられたのならそれで良いのです」
おお、さすが姫様。防人たちが退いていくよ。
防人の一人が、先に門をくぐり走っていく。たぶん宮廷に知らせに行ったんだろう。「姫殿下がご無事でした」ってね。
俺たちも門をくぐろうとしたところ。
「まて、素性の知れぬ者を通すわけにはいかぬ」
仕事熱心なことで。
槍を突き付けられ、俺は大人しくハンズアップした。
この流れからすると、関所に連れていかれ事情聴取。後に牢屋に連行、てな感じだろう。
はぁ、やっぱこうなるのね…………。
「その槍を下ろしなさい。その方は私を助けてくれた御方です。無礼は赦しません!」
芯羅が防人と俺の間に割って入り、言う。
見た目は幼くとも、発する言葉からはすでに一國の姫足り得る風格が出ていた。
芯羅の気迫に防人たちは、気圧され大人しく道を開けた。幼女に頭を垂れる大人。茶番を見ているようだがこの世界ではそう珍しい事ではない。
でも、なんだか情けなく感じるな。
防人たちとすれ違う瞬間、ちらりと防人たちの疑念の表情が目に写った。
ああ、そんな目で見ないで! なんだか興奮しちゃう。
とま、冗談は置いといて、無事通行することに成功。後は大内裏に向かうだけだ。
「おい、この鳥…………」
「ま、まさか!」
俺たちに付いてこようとした翡翠を見て、防人たちがざわめきだした。
やっべ、翡翠帰すの忘れてた…………。
翡翠は不思議そうに首を傾げ、こちらを見ている。
翡翠に近寄り、帰そうとする。しかし、寂しげな表情をするから、どうも帰しづらい。
「ひ、姫殿下。この鳥は?」
防人の一人が芯羅に問う。
どう応えればいいのか、芯羅が目で聞いてくる。
とりあえず、誤魔化してとアイコンタクトを送った。
「この鳥は、雷鳥の変異種です。みため覇鳥、翡翠に似てはいますが別の種です」
意をくんでくれた芯羅は、適当に誤魔化した。
「姫殿下がそうおっしゃるのなら、気にしませんが…………」
どうにも納得がいかない防人。ま、雷鳥の変異種が本当にいるのかも疑わしいが、主君のご息女の言い分を無下に出来ないから、しぶしぶ頷いたってところか。
あんたらの気持ちはよくわかる。雷鳥の変異種なんて聞いたこともない。いや、もしかしたら、知らない内に誕生しているのかも知れないが。
見え透いた嘘を信じるしかない歯痒さ、辛いだろうな。
「さぁ、颯滋さん行きましょうか」
某副将軍の如く、先へと芯羅が促す。
「あ、ああ…………」
俺は、翡翠を連れ芯羅の後を追う。
建造物が立ち並ぶ、広い大通り。何も変わっていない。まぁ、あれから一ヶ月しか経っていないんだからな。大規模な都市開発でもない限り、そうそうかわらないか。
周囲の建物を見渡しつつ、そんなことを思う。
ふと、あることに気付く。
一ヶ月しか経っていない? まてよ、芯羅は自分が呂伯の娘だと言ってたよな。俺の記憶じゃあ、彼奴、結婚していないし、ましてや子供なんかいなかった。いたとしても、こんなに大きいのはおかしくないか?
もしかして、養子?
「な、なぁ芯羅。お前って本当に呂伯…………陛下の娘なの?」
胸の内を燻る疑問を芯羅にぶつける。
「なんですか、藪から棒に…………。正真正銘、燭國の王、呂伯の実の娘です!」
自信満々に応える芯羅。でも、それじゃあおかしいんだ。
「芯羅、自分の生まれた年言えるか?」
「え、甲暦458年ですけど…………」
芯羅の言葉に耳を疑った。
こ、甲暦458年、だと?