第弐話
「うぅ…………こ、ここは…………?」
かき集めた枝に、『術法』で火を着けているとあの少女が目を覚ました。
「ん? 起きたか」
「ヒッ…………!」
「怖がることはねぇよ、君に危害を加えるきはない」
警戒心たっぷりの眼差しで見つめてくる少女。
まぁ、仕方がないか。
「あ、あの…………貴方は?」
「俺は…………」
ここは素直に応えるべきか? もし、この『世界』があそこだとしたら、少々不味いな。素直に名乗った事によりまた、厄介ごとに巻き込まれるかもしれん。
一瞬、考えこう答えた。
「俺は、颯滋だ。君は?」
「えっと、燭國が王、呂伯の娘、芯羅と申します」
な、なに!? 呂伯の娘!!?
嘘だろ、マジかよ…………。
まじまじと芯羅を見る。確かに目元とか似ている。
「あの…………は、恥ずかしいです」
「すまない…………」
ついつい見つめすぎたらしい。彼女の顔が赤くなっていた。
「あ、あの…………貴方が助けて、くれたのですか?」
「まぁ、そう言う事になるかな」
「ありがとうございます! この恩は一生忘れません! 何かお礼をしたいのですが…………生憎、何も持っておらず…………」
礼儀正しく綺麗なお辞儀で礼を言われた。
「お礼なんて、いいですよ。顔をお上げ下さい」
顔を上げるよう促し、話を続ける。
「君…………いえ、姫様はなぜあのような者達に」
一國の姫君ならば、それなりの警護が付くはず。それが、まんまと拐かされこんな森の中にいる。
何してんだか呂伯の奴。
と、アイツばかり責めてもな。
「夕刻の頃です。宮廷から少し離れた庭園に訪れていたら、突然二人組の男が現れ…………」
「拐かされた、と」
「…………はい」
守りが手薄となった所を拐われたと言うことか。
姫の行動を熟知し、賊の侵入を手引きした奴がいるな。拐われた時間帯を推測するに、相当念入りに計画されている。
夕暮れは薄暗く、場所によっては真っ暗になる。宮廷の離れの庭園は確か、ちょうど日が陰る場所にありそこを狙われたか。しかも、姫が一人になる時を狙って。
はぁ、この世界が俺の予想通りだったのはいいんだけど、さっそく厄介事に巻き込まれちまった。
「颯滋様、ひとつお伺いしたいことがあります」
おずおずと芯羅が問うてくる。
「俺の事は、颯滋で構いません姫様」
「わかりました。では颯滋さん、私のことも芯羅とお呼びください」
いやいや、姫様相手にそれは失礼だろ。
断ろうとすると、芯羅の潤んだ瞳がこちらを見つめていた。その様が捨てられた仔犬のようで断りずらい。
「はい…………ひ──芯羅、様」
「様もいりません。芯羅とお呼びください!」
「し、芯羅…………」
「はい!」
名前を呼ばれ、心底嬉しそうにする芯羅。その笑顔に少し胸がドキッとした。
な、なにときめいているんだ俺! 相手は姫様、それも親友の娘だぞ!!
いったん落ち着け。最初の話に戻そう。
「で、ひ…………っ芯羅。聞きたいことがあると言ってましたけど、何ですか?」
「…………出来れば、その敬語も止してください。えっと聞きたいこととは、颯滋さんはなぜこのような森に? 見るからに猟師という風貌ではありませんし」
率直な疑問。
芯羅には俺の質問に答えてもらったんだ。答えなければ不公平だな。
「それは、俺自身わからない。気づいたらここに居た。としか言えない」
こうして、この世界に『転移』してきたメカニズムすら把握出来ていないんだ。説明しろと言われても困る。
以前も同じように、突然『転移』させられた。なにか条件のようなものがあると思うんだが、それが何か判らない。俺の方が聞きたいくらいだ。
「そうなのですか…………」
シュンっと表情を暗くする芯羅。
自分のことではないのに、そんな顔するなんて…………。とても、心優しい娘なんだな。
「まぁ、『元の世界』に帰る手段は必ずあると思うし、悲観はしてないけどね」
「『元の世界』?」
「あっ…………」
しまった、つい口が滑った。
「も、元居た場所に帰る方法ってこと!」
慌てて訂正する。
「はぁ…………?」
芯羅は訝しげに眉を歪めた。
誤魔化しきれていないだろうが、良しとしよう。
「もう、辺りも暗いし今日はここで野宿するしかないな!」
強引な話題変更に無理があると思いつつ、話を続ける。
「嫌かもしれないが、すまないけど、我慢してくれ」
「このような状況ですもの、我儘は言いません」
気丈に振る舞っているが、不安の色は隠せずにいる。
まだ、十歳かそこらなんだろう。何もない洞窟の中での野宿は不安でしかたないのは当然だ。
いくら洞窟の中と言えど、夜は冷える。なるべく身体を冷やさないよう着ていたブレザーを芯羅に掛けてやった。
「あ、あの颯滋さん…………」
「俺の事は気にしなくて良い。慣れてるから」
安心させるため笑って見せた。
「…………はい」
安心しきった笑みを浮かべた後、芯羅は瞼をゆっくりと落とし、小さな寝息を立て始めた。
俺の方に身体を預け、眠る芯羅。
その無防備に眠る姿がとても愛らしく思えた。
俺もだんだん、眠たくなってきたな…………。
うつらうつらとした意識を手放し、俺も夢の世界に旅立った。
───翌日。
「んぅっ、ん…………」
洞窟の外が多少明るくなった頃。自然と目が覚めた。
「イツツツっ………………」
負荷の掛かる体勢で寝ていたからか、身体が痛い。
さてと、朝飯採りに行くかな。
「ん?」
立ち上がろうしたとき、右肩に重みを感じた。
見ると、芯羅が気持ち良さそうにこちらへ身体を預け寝息を立てていた。
そうだった、芯羅と野宿したんだった。
「スースー…………んぅ…………スー」
…………うむ、動けん。芯羅を地面に寝かせれば良いのだが、一國の姫に対してそれはしちゃいけないよな。
なにか、枕代わりになるものがあれば良いんだが。
そうだ、芯羅には悪いが掛けているブレザーを枕代わりに。
そっと、ブレザーを取り折り畳み芯羅を横にし、頭の下へブレザーを敷く。
慎重に足音を立てないように洞窟を抜け、朝食確保に向かった。
迷わないよう、木に術法でマーキングしながら森の中を歩き回る。
なかなか見つからねぇな。
「ん?…………くんくん…………この匂い」
甘い匂いが鼻腔をくすぐる。匂いを辿り、歩いていくと、枝に黄色く大きな実を付けた木を発見した。
「やっぱり、會菩の実か」
會菩という木に成る実。黄色く楕円形をしていて、皮のまま食べられる栄養価の高い果物だ。
市場でも多く出回っており、糖度も高くそれなりに人気がある。
この會菩の木には、多くの実がなっていた。
これなら、多少腹も膨れそうだ。
木を伝い登り、実を収穫していく。一つずつ採っていくのも面倒だ。
実を地に落とし、回収していく。この方がいいな。
必要な分だけ収穫し、あの洞窟へ戻る。
途中、他に食べれる物はないか探したが、良いものがなかった。
「ただいまぁ~って、おわぁ!?」
帰って早々、芯羅が抱き付いてきた。
え、なになに? どう言うこと?
突然の出来事に、目を白黒させる俺。
とりあえず、離そうと芯羅の肩に手を置くと、震えているのが判った。
見知らぬ場所で一人置いてかれたら不安にもなろう。
「芯羅…………」
ぎゅっと、腕の力を強める芯羅。
「ごめんな、急にいなくなったりして。声掛けとけばよかったな」
「うぅ…………グスッ…………」
しばらく、芯羅が落ち着くまで頭を撫でてやった。
「すみません、お見苦しいところをお見せしてしまって…………」
「そんなことねぇよ、俺が声を掛けとけばこうはならなかったと思う」
「…………っ、そうです! 颯滋さんが何も言わず行ってしまうのが悪いのです! 起きたら隣に颯滋さんが居なくて、どんなに寂しかったか…………うぅ」
ああっ、また泣きそうになってる。
そもそも、声を掛けなかったのは、気持ち良さそうに寝ていたからなんだけど。
胸元で涙ぐんでいる芯羅を見ていると、こっちが悪い感じになる。
はぁ、泣く子には敵わんな。