最初の逆転
男は廃墟を真っ直ぐに抜けてゆく。周りを気にせず、ただひたすらに。
これが他の誰かであれば、まずは探索から開始したことであろう。見知らぬ土地に一人きりという心細い状況下において、少しでも使えそうなものを調達したいと考えることが予想されるからだ。しかし、男はそうはしない。それは、荒れ果てた廃墟に実用性のある物資が落ちているはずがないという判断からではなく、ただ単に自分がそうする必要がないとわかっているからである。
廃墟を抜け出た男は、そのまま砂地を歩いてゆく。所々に大きな岩があり視界が確保できないにも拘らず、男は迷いなく進んでゆく。
そうして進んでゆくと、大きな砦の前に着いた。門の前には十人もの見張りがおり、櫓からは弓を向けられている。扉は内側からでないと開けられないような仕組みになっており、突破は困難である。
これだけの厳重な警備を前にしたら、普通の人は速やかに立ち去ることだろう。しかし男はあろうことか、無謀にも門へとそのまま進み出た。
「む? 何者だ!」
案の定、男は門番に槍を突き付けられた。鋭く尖った先端がギラリと光り、男の鼻先を睨みつける。本来であれば冷や汗を流しながら慌てる場面であるが、男は飄々(ひょうひょう)とした様子で佇んでいる。その口元には微かに不敵な笑みが浮かんでいた。
「答えろ! 何しに参った!?」
門番は声を張り上げ、今にも襲いかかろうとする気迫を匂わせる。だが、男は依然として余裕の態度を崩そうとしない。
「敵国の兵かもしれぬ。ひっ捕らえよ!」
号令が響いた直後、すぐさま男は縄で縛られた。
「さて、地下牢にでもぶち込んでやろうか」
「待て。こうやって城内に入り込むつもりなのかもしれぬ。それならば底なし沼にでも沈めた方が得策だろう」
「ふむ、それがよいか」
男は自分の身の処分について話し合われている中、平然とした顔色でそれを聞いていた。この期に及んでも一切焦りを見せないその男を、門番たちは内心不気味に思いながらも見張り続ける。
そうしてしばらくした後、馬車に乗った老人が現れた。
「うむ、今日も時間通りだな。ついでにこいつを暗黒の沼に沈めてこい!」
「承知した」
門番たちは同盟国に運ぶ物資を馬車に積み、その後に男を放り込んだ。こうして男を乗せた馬車はゆっくりと砦から遠ざかっていった。
しばらくして砂地を抜けた馬車は、そのまま森へと入った。昼間だというのに薄暗く、不気味な唸り声が辺りに響いている。その恐ろし気な雰囲気の中でも、男はなおも平気な顔をしていた。それどころか口元に浮かべた笑みがますます大きくなっている。
と、その時、男が老人の方へと顔を向けた。
「なあ、あんた。ここにはよく来るのか?」
「そうじゃよ。牢に入りきれない囚人たちを沈める依頼はよく受けるからのう。お前さんは新入りかい? そうじゃなきゃ今までお仲間がどこかに連れ出されるのを見たことあるじゃろう」
「へえ、そうかい。俺は今日来たから知らねえや。ところで、よくあんた今まで死なずに済んだな。さっきから獣の呻き声が途切れることなく聞こえてらあ」
「ようやく怖くなってきおったか。まあ、無理もなかろうて」
「残念ながら、俺に怖いものなんてねえんだ。なぜなら……俺には未来が見えているからだ。あんたも今日は用心した方がいいぜ? あんたは今日ここにいてはいけない人間だ」
「脅しのつもりかい? その手には乗らんわい」
「死にたきゃ好きにしろよ。俺は忠告してやったからな」
老人は男の言葉に聞く耳を持たず笑い飛ばした。そうして馬車を進めてゆき、真っ黒な沼の前で止まった。
「さあ、着いたぞ。神に最後の祈りでも捧げることじゃな」
「そうか。それなら遠慮なく……」
男は口が裂けそうな程に大きな笑みを見せた。
「なあ女神、見てるか? 随分と早いゲームオーバーだと思ってがっかりしてるかもしれねえな。ところがどっこい、ここから逆転が始まるのさ。知恵も腕もない俺が、どうして天才ゲーマーとして名を馳せることができたのか、その理由をじっくりと見せてやるよ」
男がそう言い終わると、老人は溜め息を吐いた。
「何を訳の分からんことを……。狂ってしまったか」
「笑いたきゃ笑え。ここでお前は……ゲームオーバーだ!」
男がそう言い放った直後、老人は突風に煽られ沼へと転げ落ちた。
「な、何じゃあ!? 助けてくれえ!」
「それは無理な相談だ。俺はこの通り縛られてるせいで手も足も出せないからな。神にでも祈りな」
「ど、どうして……どうしてこうなることがっ……!」
老人は溺れかけながら男を問い詰める。その様子を見て、男は悪魔のような笑みと共に口を開いた。
「知らねえよ、突風が起きるなんてことは。ただ、お前の運が尽きたのが見えた。それだけだ」
「な、何をばかな……」
老人の言葉は途切れてブクブクという泡の音に変わり、あっという間にその姿は見えなくなった。
そして……。
「……さて、ここからがショータイムか」
男が見上げた先では、恐ろしい嘴をギラつかせた怪鳥が狙いを定めていた。




