プロローグ
彼は夢を見ている。
現在住んでいる東京とは縁もゆかりもない世界。
彼と同じ人間もいれば見たことのない種族までいる。多くの人と笑い合いながら食卓を囲んでいる。しかし夢の終わりには一人の女性が血相な表情で彼を見つめている。彼は彼女に話し掛けようとするが声は届かない。
そこで夢は終わってしまう。
「 またこの夢か…」
と溜息をつく。
彼は小さい頃に母親を亡くし、父親は5年前に自殺した。親戚の家に預けられたが上手くいかず。彼には彼女もいなければ友達もいない。
彼は私服に着替え、街に出かけた。
近くのコンビニに行き、小腹が空いていたので、おにぎり二個と食パンを定員に見られないようカバンの中に入れた。
盗んだおにぎりを食べながら歩き大通りに出た。
そこには地下鉄へと駆け込むサラリーマン、ケータイをいじりながら歩く人、目に入ってくるカップル、数人のグループ。交差点を行き交う車。
彼はそんなごく普通の光景が嫌いだった。
人混みを避け、人目の少ない路地を歩いていた。
「おい!!お前、俺らの事覚えてるよなぁ?」
彼は振り向くと小柄な男一人とガタイのいい男が立っていた。
「誰?」
彼は身に覚えがなかった。毎日喧嘩をしている彼にはいちいち人を覚えてる暇もなかった。
「一週間前に喧嘩した相手も忘れたのか?」
「悪いが印象が薄すぎて覚えてない。」
意図的ではない彼の挑発的な言葉に二人は怒り殴りかかってきた。
「舐めやがってぶっ殺す!」
ガタイのイイ男の右ストレート綺麗にかわし脇腹に蹴りを入れる。
「ウグゥッ…」
男は脇腹を押さえる。だが、そこでは終わらず男の頭を持ち顔面に何回も膝蹴りをする。
「ブッ、ブッ、オェッ、ヴゥッ…」
男は顔を抑え倒れ込む。もう一人の小柄な男はブルブルと震えている。
そいつにゆっくりと近づいた。
「すいません、すいません、すいません…」
とブツブツ両手を合わせながら祈るように彼に助けを求めている。
しかし、彼はイライラしていたので相手の謝罪など耳に入らず、殴ろうとした。その時、
ーー グズッ!!!
嫌な音がした。後ろを向くと蹲っていた男が彼の腹部をナイフで刺していた。
「う、う…。」
彼に激痛が走った。今までには感じたことのない痛みだ。これまで喧嘩で殴られたり蹴られたりすることが殆どない彼にとっては相当な痛みだった。
「へっへ、俺が殺ったぜ!へへへ!!」
狂人のような不気味な笑みを浮かべている。
「殺すのはヤバいっすよ!早く逃げましょう!」
と小柄な男が狂った男の手を引き逃げていった。
「う、う…」
彼は痛い筈なのに妙に落ち着いていた。
(もう、死んでもいい)
生きる価値のない彼にとってはもう死など怖くも何もなかった。
そして、彼は眠るように静かに息を絶った。