初めての魔物
MPは殆ど残っていない。
先ほどのウォーターの練習で俺のMPは枯渇寸前だった。
MP枯渇寸前の時に起きる精神的な疲弊感を感じながら、俺は鉄の剣を手に取った。
鉄の剣を鞘から抜き、右手で強く柄を握り締める。
刃毀れ一つ無い綺麗な刃。
軽く素振りしてみる。
ビュンビュンと風を切る音。
手にする鉄の重量感、これを振り回すだけでかなりの威力が出ることだろう。
こんな攻撃をまともに食らえば、どんな人間でも一撃で致命傷だろうな。
鉄の剣の重量を込めた素振りを繰り返しながら、日本にいた時の事を思う。
ここは魔力や生命エネルギーが数値化出来る世界。
日本では一撃で即死級の攻撃でも、ここでは生身で受けても一撃で死なないくらいに鍛える事が出来るんだろう。
剣、そして魔法、これからの事を考えるとワクワクしてくる。
剣と魔法の世界。
小さい時から憧れてた世界。
その世界に俺はいるのだ。
教会の傍には墓があり、その前には踏み鳴らし自然と出来た道がある。
道から外れた木々が多い茂る林の中に魔物がいるらしい。
ギルバードさんに聞いた話によると、この周辺には強い魔物はいないとのこと。
剣を片手に、草が覆い茂る木々の中、スペースを掻い潜るように俺は林の中に入っていく。
あまり奥に入り込み過ぎて戻れなくなっても馬鹿みたいなので、ちゃんと目印となる木を記憶しながら進む。
お目当ての魔物はポークラビットだ。
外見は丸々太った兎であり、村人の主食となる魔物らしい。
食べれる部位が多く、味も良く、草食で繁殖力も強く、食用に適している魔物らしい。
お、あれかな。
草をムシャムシャ食べている、豚みたいな魔物を見つけた。
豚よりはサイズが小さいだろうか、兎みたいな耳が付いている。
食事に夢中なのか、こちらには気付いていないみたいだ。
気配を消し、足音を立てないように、細心の注意を払って進む。
そろりそろり。
射程距離に入った。
全力で地を蹴り、剣を振るう。
右上に剣を振りかぶり、全力で走った勢いに任せて、剣を重力に任せて上から振りかぶる。
研ぎ澄まされた鉄の刃は、やすやすとポークラビットの皮を貫き肉にめり込む。
鉄の剣を通して伝わる生々しい感触。
肉を裂き骨を砕く感触。
噴出す血、血の匂いに、一つの命を奪った事に対する罪悪感が俺の心を支配していく。
仕方ないんだ。
生きていく為に必要な事なんだ。
日本にいた時だって誰かがやっていた事。
殺して食べる、それは生物なら当たり前の事で、その殺す部分を、嫌な事を人に任せて平和に生きてきただけ、その事を改めて実感させられる。
最初の一撃では絶命してなかったポークラビットの急所を一突きして絶命させる。
瀕死の状態でアイテムボックスに収納出来るか試しても良かったが、苦しそうに息を吐くポークラビットを早く楽にさせてあげる事がせめてもの情けであり、出来るだけ苦しまずに殺す事が命を奪うものの義務であるように感じられたからだ。
剣を振り、血糊を飛ばす。
ポケットの携帯型端末を取り出して、ポークラビットを収納した。
気が重い。
一つの命を自らの手で奪うというのがどんなに重いことなのか、初めて知った気がする。
いや、知っていたのだ、言葉の上では。
でも、それは所詮は文字の上、他人事の綺麗毎で、平和で安全で守られた世界で学んだ知識で知っていただけなのだ。
もう後戻りは出来ない。
この世界は弱肉強食、弱きものは食われて死に、強きものが食って生きる世界。
ここで強くならなければ俺は死ぬだけなのだ、弱者として。
話に聞く限りC級モンスターですら、日本の獣とは比べ物にならないくらい強いらしい。
そんなのを狩れる人間がいて、そんな人間を相手にこれから生きていかなければいけないのだ。
それから、更に4匹のポークラビットを殺してアイテムボックスに収納した。
薪になりそうな枯れ木を拾って、アイテムボックスに収納して教会への岐路についた。
狩りに行ったのは一時間ほどだろうか。
体感ではその倍以上は狩った感じの疲労感だ。
教会の横に火を使って料理をする為だろうか、石で囲ったスペースがあるので、そこに拾った枯れ木をアイテムボックスから出して積む。
ブロンズの火属性初級攻撃魔法カードにMPを入れ、ファイヤーの魔法を使って枯れ木に火を付けて燃やす。
携帯端末で発動させると火柱が発生して炭になりそうなので、自分の手に持って魔法を発動させる。
要領はウォーターの時に掴んでいるので、二回目で成功して小さな火柱を出すことに成功した。
細くて燃えやすい木で火を消さないようにしながら、太くて燃えにくい薪をくべて火をつける。
アイテムボックスからポークラビットを出し、鉄の槍を具現化して突き刺して、火で焼いてポークラビットを丸焼きにする。
肉が焼ける匂いが充満する。
焼けて滴り落ちる油。
直火で直接焼けた肉から美味しそうな匂い。
適度に焼けた肉に俺は齧り付いた。
美味しい。
血抜きして無い肉だけど、焼いてる途中も刺した槍から血が滴っていたので少しは血抜き出来ていたのかもしれない。
血抜きしたらもっと美味しいのかもしれないけど、それでもお腹の空いていた俺には、これがご馳走に思えた。
自分で狩りをして、命を奪って得た肉、たとえ美味しくなくても美味しく食べるのが命を奪った者の義務だろう。
ポークラビットの丸焼きを味わいながら、夢中で食べる俺。
その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
煙が目に染みたのか、初めて奪った命に対するものなのか、久しぶりに食べた食事のせいなのか。
胸にこみ上げるものがあるのを実感しつつ、俺はただ黙々と食べた。