ノエルという女⑨
「ノエルは、自分の望みの為に、自らの身体を差し出してまで目的を成し遂げようとした。
それを俺は、臆病で卑怯なものとは思わないよ」
そう、俺はそうは思わない。
本当に臆病なら、こんな事は出来ない。
本当に卑怯なら、俺に本心を打ち明ける必要も無いんだから。
「ノエルは、俺に何を望むつもりだったの?」
やはり復讐なのだろうか。
自分の親や、親しい人達を殺した者達に復讐したいのだろうか。
「それは、もちろん復讐……
と、言いたいところですけど、違うんです」
ノエルは不安げな表情を浮かべながら、顔を上げ、俺の目を見ながら呟いた。
「最初は復讐が心の支えでした。
仲間や死んでいった人々の無念をはらしてくれる人が欲しかった。
私の無力さを、後悔を、恨みを代わりに果たしてくれる人が欲しかった。
ずっと恨んでいました。
こんな境遇に陥っている自分の運命も、そしてそれを成した人間にも。
でも、私は臆病で、卑怯で、弱くて、何の力もないただの人。
弱い心しか持っていない私が、ずっと強い復讐心を維持する事なんて出来なかったんです。
あれだけ、強く復讐すると心に誓ったはずなのに、時間と共に私の復讐心は薄らいでいきました」
「代わりに芽生えたのは、不安感。
新しく知り合う人、新しく出来た義理の父、私に優しくしてくれる人達。
村が復興していくにつれて、村の皆の生活が豊かになるにつれて、皆の心も豊かになっていきました。
そして、新しい関係と生活に慣れるうちに、復讐心はどんどんと薄らいでいきました。
けれど、逆に不安感はどんどんと増大していったんです。
この平穏は長く続かないかもしれない。
また、前のように全てを奪いに来るものが来て壊されるかもしれない。
その心の不安感を埋めるかのように、私はギルバードさんの復讐計画に縋ったんです。
そして、それが私の心の支えとなった」
「セイヤさん、私が初めて貴方に会った時、どれだけ私が嬉しかったか分かりますか?
ずっと望み、待ち続けてたものに出会えたんです。
なんで私だけがこんな目に逢わないとといけないのか、神様を恨んだ時もありました。
それでも、あの時は神様に感謝しました。
この人は、きっと神様が、不憫に思った私の為に遣わしてくれた神の使者だと。
セイヤさんと実際に話して、神様らしき人にこの世界に転生させて貰ったと聞いて、それは確信に変わりました」
「けど、セイヤさんと別れてから、良く考えてみて思ったんです。
そもそも、神様が私なんかの存在を認識しているのだろうかと。
神様にとって私なんかは、そこらに転がる路傍の石の一つに過ぎないんじゃ無いかと。
だってそうですよね、私が一番苦しくて助けて欲しい時に助けてくれず、今になって私の望みを叶えてくれるだなんて、どう考えてもおかしいですから。
神様にとって私なんかは気にとめる存在ですらない。
でも、セイヤさんは違う。
神様に選ばれし特別な人間。
特別な才能と力を与えられ、この世界の行く末すら左右するかもしれない神の意思によってこの世界に送り込まれた神の使徒。
神から遣わされた神の使者であるセイヤさんが、私みたいな何の才能も無い、臆病で卑怯な私の事を目にとめてくれるのだろうかと。
考えれば考えるほど、自分の考えがいかに浅はかで、愚かであったのか思い知りました。
自分の愚かさを知った時点で、本当はセイヤさんの事を諦めるべきだったんです。
でも、諦めきれなかった」
「セイヤさん、あなたが欲しかったんです。
私の心の支えが欲しかったんです。
安心が欲しかったんです。
誰にも負けない力を持って、私や村の皆を理不尽な暴力から守ってくれる人が欲しかったんです。
その為に僅かな可能性に賭けて、当たり前のように失敗しただけの愚かな女なんです、私は」




