ノエルという女⑦
「本当は、もっと順序を経て、ゆっくりと時間をかけてセイヤさんを篭絡していく予定だったんです」
ノエルは俺と初めて会った時から、俺の反応を見て、初めて会った人と話す事が苦手という所から、女性とあまり話した経験も無さそうというところまで察していたようだ。
俺と初めて会った時の印象は、ノエルが長年夢見ていた白馬の王子様に出会ったかのような印象であったといい、俺の容姿もノエルの好みにマッチしていたらしい。
ギルバードさんにとって復讐計画は、もはやそれほど優先順位の高いものでは無くなってしまったらしいが、ノエルが俺に一目惚れしたのもあって、計画通りに俺を篭絡する為の手伝いをしてくれる運びとなったらしい。
「けど、あの二人が現れたから、そういうわけにはいかなくなってしまった」
けれど、俺がサラとレインと知り合った事により、ノエルの計画が破綻しようとしていた。
ギルバードさんは何の思惑があって、サラとレインを俺に紹介してくれたんだろうな。
今でも復讐計画を遂行しようとしている愛娘の暴走を止める為に、あえて美女二人組を俺に紹介して、ノエルを諦めさせようとしていたのかもしれないな。
表面上はノエルに協力しつつ、裏ではノエルが失敗するように手を回していたのかもしれない。
俺に冒険者を紹介する事で、他の町への情報を得て俺が早めに村を出て行くことになるかもしれないしな。
村を早々に出て行ったら、ノエルも流石に俺を諦めるという算段だったのかもしれない。
「本当に、サラさんが憎くて仕方が無いです。
特別な魔法の才能がありながら、容姿まで人並み外れている」
やっぱり、ノエルも心の中ではサラを憎んでいたみたいだ。
国に援助してもらってまで魔法学校に通い、Sランクの魔法の才能があり、容姿まで美少女とあれば、普通の女なら嫉妬して当然なのかもしれない。
サラはそんなノエルの心の思惑を透かして読み取っていたのだろうか、だからあんなに犬猿の仲だったのかもしれないな。
「今日、あの二人を交えて話して分かったんです。
私のチャンスは今日ここしかないと、既成事実を作るしか道はないと思ったんです。
私と関係を結んだのを知れば、あの二人もセイヤさんに愛想をつかして離れていくと思いましたし」
今日のノエルの決断の引き金を引いたのは、やっぱりあの皆での食事会での出来事のようだ。
最後の方で、レインは剣の稽古、サラは魔法の勉強で俺を釣ろうとしてたしな。
ノエルとしては、何も出来ない自分が惨めに思えたのかもしれない。
それでゆっくりと時間を掛けて俺を篭絡する予定を切り替えて、今日自らの身体を餌にして俺を釣ろうと考えるに至ったのだろう。
「結局ダメでしたけどね。
いえ、心の底ではダメだと、本当は分かっていたんです。
セイヤさんは世界に羽ばたく才能の持ち主。
そこら辺の路傍の石一つに躓いて転げるなんて事は無いと思っていました。
それでも、それでも、少しでも可能性があるのなら、それに賭けてみたかったんです。
たとえ、どれだけ小さな可能性だとしても、ゼロで無いなら、それだけで試す価値はありますから。
それに、あの二人のせいで、時間をかければかけるほど私に不利な状況になっていくのは火を見るより明らかでした。
あの二人には、少なくとも現時点でのセイヤさんとは肩を並べることが出来るだけの才能がある。
対して、私には何の才能も無い。
出来ることといえば、女の武器を使ってセイヤさんを篭絡することぐらい」
そっか、やっぱりノエルも一人の女の子だったんだな。
表面上の笑った笑顔だけ見て、裏にある本当に抱えた人の闇というものに、俺は目を向けようとはしていなかったかもしれない。
サラにも、レインにも、ギルバードさんにも、表面上からは感じる事の出来ない、心の闇を抱えているのであろう事は薄々感付いてはいたけど、ノエルの笑顔の裏にこんな心の闇が潜んでいるだなんて想像だにしていなかった。
それなのに、俺はノエルの表面上の笑いをそのまま受け取って、なんて純粋でいい子なんだと思っていた。
この世界で、戦火で両親を無くした女の子が笑う笑顔をそのまま純粋な笑顔として受け取っていた自分。
そんな自分が、いかに何不自由なく暮らしてた日本の生活と価値観に属してたのかということと、その価値観による色眼鏡でしかノエルを見ていなかった自分に少し嫌悪感を覚えたのだった。




