ノエルという女③
ノエルが案内してくれた場所にあった建物。
それは家というより、小屋と表現する方が近い感じかもしれない。
プレハブの様な簡易な作りの小屋が連なっている一角に、俺とノエルは足を踏み入れていた。
ドアの前に設置されているランプみたいなもののスイッチを入れるノエル。
すると、火もつけていないのに、ガラスの中心にある物体から光が放たれ、周りを仄かに照らし始める。
「それは?」
見た感じ、ランプにしか見えないのだが、スイッチを入れるだけで光るというのは電球を想像させる。
「これは魔道具の一種で、ランプのように暗い場所でも照らしてくれる優れものなんですよ。
この中には魔石が入っていて、魔石の魔法力が尽きるまで辺りを照らしてくれるんです」
へぇー、日本と違って家電の無い世界だと覚悟してたけど、魔法が発達してる分、代わりになる魔道具は色々とあるのかもしれないな。
もっと大きい街とかに行ったら、値段は張るかもしれないけど日常生活を豊かにしてくれそうな魔道具が色々とありそうだ。
日本で快適生活を送ってた身としては、冷蔵庫みたいな魔道具があるなら是非とも欲しい。
そんな横道に逸れた事を考えていると、ノエルはランプのような魔道具を持って、プレハブ小屋のような建物のドアを開けた。
建物の中は狭いながらもシンプルな作りで、日本で例えるならビジネスホテルのシングル部屋といった感じだろうか。
トイレや洗面所やお風呂は無いが、机や椅子やベッドや物置きなどがあり、一通り生活に必要そうなものは揃っている。
そういえば、サラとノエルの家もそうだったけど、この村の建物って鍵がついてなくない?
防犯面とかで問題は無いんだろうか。
そう思って、ノエルに聞いてみたところ、ここは基本的に顔見知りしかいない田舎なので建物にそういったものは付いていないらしい。
日本に住んでた俺としては、色々と問題に思ったりはしたんだけど、それも文化の一つなんだろうと思って納得しておいた。
「ベットのシーツは取り替えて整えておきましたので、寝る前は汚れてない服に着替えてください。
それと、寝る前はランプの光を消してから寝てくださいね」
一通りの簡単な説明を受けながら、ランプの魔道具のスイッチの入れ方と切り方も教わった。
ちなみにこのランプの魔道具、正式名称は別にあるらしいが、みんな普通にランプと呼んでいるらしい。
「うん、今日は色々とありがとう。
戻ったらギルバードさんにもよろしく言っておいて下さい」
一通りの説明も受けたので、ここでお別れだと思って別れの挨拶をしたんだけど、ノエルが一向に部屋の外に出て行く気配が無い。
なんでだろう。
そう少し思考して思い至る。
ああ、こんな日も暮れて暗くなった夜道を若い女の子一人で出歩かせるのは確かにまずいな。
顔見知りしかいない村とはいえ、悪い輩や村の外から来てる人がいないとも限らないし。
「ああ、気がまわらなくてゴメン。
泊まる所の場所も教えてもらったし、ルーの店まで俺が送っていくよ」
そう言って、光るランプを持ち、建物の外へ出ようとする俺。
その俺の進路を妨害するかのように立ちふさがっているノエル。
ランプの光が揺らめいて、ノエルの白い肌を照らし、辺りは褐色の光で照らされている。
褐色の光に照らされているノエルの顔。
その顔は、先ほどまで笑顔を浮かべていた顔とは思えないほど、思いつめた表情をしていた。
思いつめた顔で俺を真剣な瞳で見つめるノエル。
ノエルのその姿を見て、どうしたらいいのか分からず固まっている俺。
ノエルは意を決めたかのように、突然動き出し、俺に近付いてくる。
近い。
腕を回したら相手を抱きしめる事が出来るくらいの位置まで近付いて来たノエル。
そのまま俺の腰に手を回して、俺に抱きついてきた。
初めての事の連続で、頭の中は完全にパニくる俺。
俺をゆっくりと力強く抱きしめた上に、俺の胸に顔を埋めるノエル。
服という布越しに感じる確かな女の子の身体。
俺はランプを持ったまま、どうしていいか分からず、身動き一つできずにいた。
しばらくすると、ノエルは俺の胸に顔を埋めるのを止め、上目遣いで俺の顔を見る。
顔を上げるときに、ノエルのサラサラした髪がふわりと擦れて、ノエルの匂いを周辺に撒き散らした。
柑橘系の香水でも付けてるのだろうか、俺に密着しているノエルが動く事によって、柑橘系の爽やかな香りが俺の鼻にまで運ばれ、鼻腔をくすぐる。
「セイヤさん、私を抱きたくはありませんか?」
上目遣いでそう言ってくるノエルの顔は、完全に女の顔をしていた。




