抱擁
俺はサラの元へ走りながら、携帯端末から火の矢の魔法カードを抜く。
そして、さっきサラの魔力を感じた方向へ走る。
今も感じる、かすかなサラの魔力の残滓。
魔物の攻撃で、サラの身体はかなり遠くまで吹き飛ばされたようだ。
草をかき分け、辿り着いた先に、血まみれのサラが力なく横たわっていた。
とっさに左腕で防いだのだろうか、左腕には生々しい傷跡、そこから鮮血がとめどなく溢れ出している。
「サラっ!セイヤっ!」
俺が走っていくのを視界に捉えていたのだろうか、レインの声が後ろから聞こえた。
レインの声を聞きながら、俺は携帯端末に回復呪文の魔法カードをセットする。
レインが俺を追い越し、サラの元へ近付く。
そして、レインは小さい瓶のようなものに入っている液体をサラの傷口に振りまいた。
「うっ……」
液体がサラの傷口に染みたのか、サラが苦痛に顔を歪め、嗚咽を漏らした。
「だめっ、傷が深すぎる!」
液体を振り掛けられた部分から、生命力の流れが強くなっていくのを感じる。
しかし、サラの腕の傷が深すぎたためか、流血を止めるには至っていない。
瓶に入っていた液体では、大きすぎる傷の再生までは出来ないようだ。
「出血が多すぎる!
はやく止血しないと!」
サラを止血しようとしているレイン。
レインが俺とサラの間にいるせいで、端末の魔法の標準が定まらない。
「レイン!
俺がサラに回復呪文を使う!
ちょっと退いてくれ!」
レインが振り返り、俺の方を見る。
携帯端末でサラに標準を定める俺を見て、レインは何かあると察してくれたようだ。
無言でサラから少し離れるレイン。
俺はすぐさま端末からサラに向かって回復呪文を発動した。
青白く暖かい魔力がサラを包んで、その肉体と生命力を癒していく。
とめどなく流れていた血が止まり、引き裂かれていた皮、抉られていた肉が青白い魔力に包まれ再生していく。
サラの荒かった吐息が落ち着いていく。
激痛のせいか歪んでいたサラの顔も、落ち着いて安らかな顔になっていき、それを見たレインも安堵の表情を浮かべていた。
「良かった……」
それは心からの声だろう。
レインはサラが血だらけなのも気にせず、サラに近付き、優しく、そして力強くサラを抱きしめた。
その姿を見ながら、俺も人知れず心から安堵するのであった。
「レイン、いつまで抱きしめている」
「あ、ゴメンゴメン。
でも、本当に良かった……」
サラの呟きに、ハッと我に返ったレインは、やっとサラを抱擁から開放した。
血だらけのサラを抱きしめ続けたせいで、レインまで血だらけになっている。
レインの抱擁から開放された、サラが立ち上がろうとするも、血を流しすぎたせいか、足元がふらつき、身体が倒れそうになる。
「あっ」
俺とレインが同時にサラの身体を支えていた。
「問題ない。
傷は完全に塞がっている、ちょっと貧血気味になっただけだ」
サラは強がっているが、とても一人で歩いて帰れるようなコンディションじゃないだろう。
どうみても血を流しすぎている。
「傷は塞がって流血が収まったとはいえ、サラはどうみても血を流しすぎてる。
俺がサラをおぶっていくよ」
「それなら、私が!」
『私がおぶっていく!』と言おうとしたみたいだが、途中でハッと気がついたのか、言葉が途切れた。
そうなんだよな、レインがサラをおぶるわけにはいかない。
「さっきの魔物を倒したとはいえ、帰る途中に魔物に襲われないとも限らない。
極力戦闘は避けるつもりだけど、その為にもレインには剣を持ってて貰わなくちゃいけない。
アイテム回収係りでしかない俺がサラをおぶっていくのが、道理に適ってるよ」
レインはそれが一番いいと理解しつつも、何か思うところがあるのか、少しだけ苦い顔をを浮かべた後、苦笑を浮かべて了承してくれた。
「そうね、それが一番道理に適っているわね。
それじゃ、セイヤ、サラをお願い」
俺がサラにも同意を得ようと、サラの方を見ると、サラは俺の目を見つめた後、サッと目を逸らした。
「セイヤ、帰る前に先ほどの魔物の死骸を回収してきて欲しい。
あれはBランク上位か、Aランク級の魔物だった。
素材だけで結構な資金になるかもしれない。
今はあの魔物から魔力は感じない、アイテムボックスで回収できると思う」
目を逸らしながら喋るサラに見えるかどうかは分からないが、俺は頷いて言った。
「分かった、それじゃ魔物を回収してくる間、サラを頼む」
レインにサラを任せ、俺は魔物の死骸をアイテムボックスに回収するのだった。
魔物を回収して、二人のところに戻ると、なんともいえない雰囲気に包まれていた。
死線を越えて、サラが死ぬかもしれない所から脱するも、未だ体調は磐石というわけでもないしな。
さっきの魔物クラスの敵が襲ってこないとも限らない、早く撤退しないと。
ゴネたり、イチャモンを付けられたり、罵倒されたりするかと思いきや、案外素直にサラは俺の言うことを聞いてくれた。
素直に俺の背に乗り、背負われるサラ。
先陣は剣を持ったレイン。
後続はサラを背負った俺。
魔物の気配を避け、極力戦闘にならないように、魔物に出会わないようにしつつ道を進む。
サラが魔物の気配を読み、それを聞いた俺がレインに敵の気配の方向と数を教え、それを聞いてレインがルートを選んで進む。
魔物を視認したのか、レインが通常速度より飛ばして移動し、俺らとの距離を広げて様子を見に行った。
その時、耳元でサラが俺にしか聞こえないような小さな声で俺に囁いた。
「セイヤのおかげで生き延びる事が出来た、ありがとう」
小さな手が強く俺を抱きしめるのを感じながら、背中に感じる小さな鼓動の大きさをゆっくりと噛みしめるのであった。




