一縷の望み
ドクン。
ドクン。
自分の心臓が鳴る音が聞こえる。
レインは命を賭けて戦っている。
相手は遥かに格上の魔物。
巨大な鉤爪を持った大型の魔物のようだ。
姿形は動物で表現する事は出来ない、俺の知っているどの動物にも当て嵌まらない。
まさに大型の魔物と表現するしかない。
レインはあの攻撃を剣で受け止めたが、サラは……。
レインは流れるような剣捌きで、大型魔物の左右からの鉤爪の攻撃を防いでいる。
動かないと!
レインが稼いでいるこの時間、一秒たりとも無駄にしてはいけない。
しかし、金縛りにあったかのように自分の身体が動かない。
蛇に睨まれた蛙というやつか、遥か格上の魔物の魔力にあてられてしまったようだ。
このまま死ぬのか。
俺が死ぬのはいい、自業自得だ。
さっき寝入ってた時に死んでいてもおかしくなかった命。
それにこの世界にも来る前に一回死んでたりもするしな。
けど……。
遠くに弱々しい魔力を感じる。
サラの魔力だ、まだサラは生きている。
サラの魔力を感じて、さっきサラに小言を言われた風景を思い返した。
俺が死ぬかもしれないと、心配して怒ってくれたサラの姿を。
絶対に死なせられない。
たとえ、俺が死んでもサラは助ける。
剣を握る手に力を入れる。
動かない、自分を傷付けて痛みを与えて、気付けにするという手段も使えそうに無い。
力じゃダメだ、魔力だ、魔力を練るんだ。
動けないと死ぬ。
俺だけじゃなくて、サラも死ぬ。
そして、レインも長くは持たない。
なぜだろう。
この生死のかかった状況でも落ち着いている自分がいる。
冷静に状況を分析し、無数にある選択肢から、状況を打開できる最適解を模索する。
俺は自分の体内を巡る生命力と魔力を融合させるように練った。
これで魔物の魔力にあてられ萎縮している自分の細胞を活性化させる。
ピクッ。
剣を持つ手に力が入る。
剣を握る手の力を緩めて、剣を地面に落とした。
時間的猶予は殆ど残されていない。
今からサラの方に走り、俺がサラを担いで逃げる時間は無い。
リアルタイムで進行して、悪化していく状況を俺は冷静に見つめて判断していた。
この状況を打破し、三人とも助かる一縷の望み。
それは、あの魔物を殺す事。
俺はポケットから携帯端末を取り出し、魔法発動モードで動き回っている魔物を狙う。
高速移動しているレインと魔物。
普段の俺なら絶対に当てる事が出来ない速度。
絶対に当てる。
この一撃に三人の命がかかっている。
三人の命を背負っているこの一撃、なぜかプレッシャーは感じなかった。
レインの右振りの一撃。
魔物の振るう鉤爪と交錯する。
ギイン!
と凄まじい音が鳴るのと同時に、レインの剣が弾かれ、魔物の鉤爪も弾かれる。
レインが体勢を整え、二撃目のモーションに入っているが、魔物の追撃の方が早い。
今だ!
俺は端末から火の矢を発動した。
魔力が収縮され、赤く光る。
次の瞬間、火の閃光が大型の魔物を貫いた。
ズズウン。
響き渡る重厚な音。
火の矢に貫かれ、崩れ落ちる魔物の追撃はレインを外し、逆にレインは魔物に追撃の一撃を入れる。
レインは何が起こったのか分からず一瞬混乱したようだが、この気を逃さずと魔物の急所に攻撃を繰り返している。
魔力の流れで魔物が絶命したと判断した俺は、サラの元へと走っていた。




