初めて剣を砥ぐ
とりあえず、効果を見る為に端末に刺しておいた紅蓮地獄のカードは、火の矢に変えておいた。
紅蓮地獄があれば、殆どどんな敵でも倒せそうな気がするけど一回限りで、しかも対象が単体っぽいからな。
今まではソロだったから、とっさの範囲攻撃用に火の球をセットしておいたけど、これからレインとサラの三人で出掛けるんだし、範囲攻撃より単体攻撃の火の矢の方が潰しがきくだろう。
端末発動の水の球の威力と攻撃範囲から考えるに、端末発動の火の球とか使っちゃったら、前衛にいるであろうレインまで巻き込んでしまいかねないからな。
その点、火の矢なら線で攻撃範囲を指定できるから、レインを巻き込まずに攻撃できるし、端末発動の火の矢なら、俺が自力で発動するのより威力も弾速も桁違いだろうからね。
レインと木剣で打ち合った村の広場に来たけど、まだ二人は来ていないみたいだ。
さっき会ったのは朝の鍛錬みたいな感じだったし、出掛ける為の準備とかでもしてるんだろうな。
この世界でも当てはまるのかは分からないけど、女の子は準備に色々と時間がかかるとも聞くし。
そういえば魔法パックでテンションが上がりすぎてて忘れてたけど、鉄の剣を砥がなくちゃいけないんだった。
俺はアイテムボックスに収納しておいた空き瓶を三つ取り出し、水属性のブロンズカードでウォーターの魔法を使い、中を軽く洗ってから、空き瓶三つを真水で満たし、コルクみたいな木で封をし、二つをアイテムボックスの中に戻した。
さっき買った砥ぎ石に、空き瓶から少し水を垂らして湿らせる。
そして、鉄の剣を鞘から抜いて、砥ぎ石にあてて剣を砥ぐ。
あれ、上手くいかないな。
テレビで刀を研ぐ所を見たことがあるんだけど、その時は音が「シューッシューッ」って感じで鳴ってたんだよね。
前にテレビで見た様に上手く砥げない。
何が悪いんだろうか、なんか刃先が全然砥げてないぞ、刃毀れが直っていく感じがしない。
角度が悪いんだ、刃に沿うように砥石を当てて擦らないと。
しかし、砥石は小さく、剣は長いのでバランスの関係でなかなか難しい。
砥石がテーブルみたく大きかったら簡単なんだけどな。
ひたすら砥石と鉄の剣で格闘し続ける。
少しずつ丁寧に角度を合わせて時間をかけて砥いだ結果、切れ味の鈍っていた刃は鋭くなってきている。
しかし、刃毀れは若干マシになったかな?程度で、刃毀れが消えるには至らない。
これが10分で消せるとか、ギルバードさんちょっとカッコつけて時間をサバよみし過ぎたんじゃないのかな?
だって鉄だよ?
これを砥ぎ石で少しづつ削っていくだけで相当時間かかるよ、十分じゃ絶対無理。
「アンタって剣の砥ぎ方も知らないのね」
うお、びっくりした!
剣を砥ぐのに夢中になりすぎてて、レインの接近に気が付かなかった。
もしレインが暗殺者とかだったら、ナイフでぶすりとやられて即死だったな。
というか、こんな近くまで来てたのか。
手を思いっきり伸ばしたら触れれそうなくらいの距離にレインがいた。
ちなみにこの距離はプライベート領域というらしい。
急に声を掛けられたのと、女の子にプライベート空間に侵入される経験が少ないのも相まって、余計にドギマギしてしまう俺。
「ちょっと貸してみなさい」
そう言って、俺から素早く鉄の剣を奪い取ったレインが、砥ぎ石に水を掛けてから剣を研ぎ始めた。
シューッ、シューッ。
おお、この音、この音、この感じ。
テレビで見た刀とかを研ぐ人の音だわ。
砥いで濁った水を、瓶から真水を垂らして濯ぐ。
刃毀れしてる部分が大分小さくなってる気がするな。
「ほら、こういう感じでやるのよ?
わかった?
ならやってみなさい」
レインさんが見せてくれたお手本どおりにやってみる。
シュッシュッ。
「だめだめ!
もっと優しく、デリケートに……」
シュー、シュッ。
「角度が違う!
ちゃんと沿わせて!
角が当たらないように!
面に当たるように、面と面を合わせるのよ」
言われたように、面と面を合わせる感じで、角度に気をつけて、角が当たらないように、優しくデリケートに当てて動かす。
「そうそう……。
いい感じよ。
あー、だめだめ!
もっと強く押し当てて!
擦るように強く押し当てるの!
強く押し当てながら擦る!
分かった?」
レインさんの教えに熱が入る。
しかし、やたらと近いな。
こんなに近くで女の子と話した事ってあっただろうか。
なんか、女の子の匂いがするな。
そういえば、さっき剣の訓練で汗を流したんだっけ。
これはレインの汗が乾燥した後のレインの匂いか。
俺は昨日一日狩りをして、昨日は風呂にも入ってないし、濡らした布とかで拭いたりとかすらしてないんだけど、俺って臭くないのかな?大丈夫かな?
レインの匂いを嗅いでから、自分の匂いが臭くないのか大分気になってきてしまった。
そんな雑念のせいで剣の砥ぎ方も段々雑になっていく。
「あー、だめだめ。
こうやるのよ!」
レインが俺に近付いたかと思うと、俺の手をとって、俺の手の上から剣を砥ぎ始めた。
直接触れ合う手と手、肌と肌。
女の子にこんなに密着されたのって生まれて初めてかもしれない。
ドキドキしてしまって、剣を砥ぐどころじゃない。
けど、レインさんの手が僕の手を取って上から動かしてくれるので、僕の手は自動で動いて剣を砥いでいるわけで。
「はい、この感じ、忘れないでね。
次からはこの感覚を思い出しながら剣を砥ぐのよ、分かった?」
女の子耐性の無い僕は、まともにレインさんの顔も見ることが出来ずに、ただひたすら下を向いて黙り込んでしまったのでした。




