プロローグ girl's side
side 須嬢 玲香
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私には好きな人がいる。
最初に会った時は、気にも留めてなかった人。
けど、今はあの人の事を思うだけでドキドキするし、一緒にいるだけで、近くにいるだけで幸せな気持ちになれる。
あの人と話した事は、殆ど無い。
今も話し掛ける事すら出来ず、教室で勉強しているあの人の姿を横目でこっそり伺う。
自分で言うのもなんだけど、私は他の女の子に比べて可愛いし、スタイルもいい方だと思う。
父親の友人が雑誌の編集者という縁で、小さいときから良く私の写真を雑誌に載せて貰ったりしていたし、その延長上で今も学業の傍ら、女性誌のモデルなんかもやってたりする。
私としては別にモデルなんかどうでもいい事なんだけど、雑誌に載る私を見て父親が喜んでくれるし、ファッションとして、モデルとしてということで、ブランド物の服や鞄など、欲しいものを惜しみなく買ってくれるので、たまにモデルとして撮影に付き合ってあげてるって感じ。
モデルをしてるからか、勘違いしてる男に良く絡まれる。
チャラチャラしてる女と勘違いしてるチャラ男に絡まれるのは本当に面倒だ。
ある日、友人と一緒に買い物に出かけた事がある。
友人の知り合いとかいうチャラ男をいきなりそこで紹介されて、成り行きで一緒に買い物に行くことになったのだけど、そこでトラブルに遭遇した。
チャラ男が、私の知らないチンピラ風の男とトラブルになり、関係無いので話にも加わらず無視していたら、何故かこっちまでとばっちりを受け、汚らしく嫌らしい目つきでこちらを見られた後、手を無理やり掴まれて引きずられたのだ。
男は怖い。強い力で引かれて、勢いあまって転んでしまった。
痛い。
チャラ男が原因なのに、なんで私まで巻き込まれなくちゃいけないの。
チャラ男の方を見ると、気が動転してるのか目の焦点が定まっていない。
ああ、この男はダメだ。
私の手を握ってる男を見てみる。怖い。
目も態度も、言葉も。私に嫌悪感しかもたらさない。
怖い。誰か助けて。
目に涙が溢れてきてる。
「おい!」
その時、怒りに満ちた声が聞こえた。
どうやら通行人が助け舟を出してくれたみたいだ。
あれ、この人どこかで見たことあるような。
友達と一緒に遊んだ帰りという風なその男は私の知ってる男だった。
龍城 聖也
クラスではあまり目立たない大人しい男。
今は堂々とした風格でチンピラ男を一喝している。
正論と怒号が飛びかう中、大声とトラブルに通りすがる人の目を気にしたのか、チンピラ男は舌打ちして私の手を放した。
逃げなきゃ、早く。
気が動転して、男の怖さを肌を持って実感していた私は逃げる事しか頭になかった。
友達の女の子の手を掴み、走ってこの場をさった。
その時の行動を、後になって後悔する事になる。
助けてくれた聖也君にお礼も言えなかったからだ。
学校で見る聖也君はいつもと変わらない。
誰とも話す事もなく、必要最低限の人と必要最低限の言葉しか発しない。
私に対する態度も前と変わらないまま。
あの時のお礼を言おうと、何回も話かけようとするも、結局話しかけられないまま。
今日も聖也君が教室で勉強しているのを横目に、ため息をつく。
side 三那 明日香
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横でため息をつく友人を見る。
須嬢 玲香。雑誌でモデルをやってるくらい美人でスタイルのいい女の子だ。
正直、羨ましい。
玲香には好きな人がいる。
放課後になっても教室にいる男の子。
宿題か、復習か、予習か、何をしてるのかまでは分からないけど、放課後によく勉強をしている男の子。
名前を龍城 聖也 君という。
龍城君はカッコイイ。
このクラスでも一番モテる。
今残ってる女子六人全員が、龍城君目当てでいるんじゃないかと邪推してしまうぐらい。
龍城君は寡黙だ。
このクラスに友達もいないだろう。
けど、このクラスの龍城君は、龍城君のほんの一面でしかない事を私は知っている。
中学の時の龍城君は、いつも友達と話してたのを知っているし、クラスは違ったけど、学校は同じだったので、龍城君の事を知る機会は色々とあった。
高校になってからも、町で龍城君を何度も見かけた。
私の知らない男の人と楽しそうに話す龍城君。
私が知らないだけで、龍城君にも友達はいるのだ。
いつも学校では見せない龍城君の笑顔に、私はちょっぴり悲しみを覚える。
このクラスで龍城君は明らかに浮いている。
その一端に私にも原因があるのだから。
ある日、龍城君に興味が無かった玲香が、急に龍城君に興味を持ち出した事があった。
何かあったのだと、光と二人で尋問し、理由を聞き出した所によると、町でチンピラ風の男に絡まれた時に颯爽と助けてくれたのだとか。
男に興味が無さそうにしてた玲香が、あの日から急に乙女になった。
龍城君は、前からずっと私が狙ってたのに、ずるい。
美人でスタイルのいい玲香。
本気で龍城君を狙われたら、もしかしたら成功してしまうかもしれない。
けど、私も玲香と比べたら劣るかもしれないけど、容姿にもスタイルにもそこそこ自信はある。
それに玲香と違って、クラスで一番龍城君と話をした事があるのは私だ。
緊張してしまって、事前に脳内練習していた言葉が出てこなくなって会話が続かないけど、それでも彼とこのクラスで一番関係を築けてるのは私のはずだ。
今度はもっと彼と話をしよう。
玲香には負けられない。
友達でも、友達だからこそ。
side 北大路 光
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私は綺麗なものが好きだ。
物でも。人でも。
だからなのかもしれない、男よりも女の方を好きになってしまう。
綺麗な男の子より、綺麗な女の子の方が多いのだから仕方ない。
須嬢 玲香と三那 明日香。
今、目の前のいる二人もそうだ。
綺麗で可愛い。
私はこの二人が好きだ。
それは女友達という枠を少し逸脱しているレベルでの好き。
しかし、私の好きな女の子二人には好きな男がいる。
今も教室にいる龍城 聖也。
私としては、もっと女の子らしい、女装映えがする美形の男の方が好みなんだけど、なぜかこの二人はこの男の事がかなり好きになってしまったらしい。
私もこのクラスの男子から一人を選べと言われたら、龍城を選びはするだろうけど。
私はレズというやつなのかもしれない。
けれど、性同一性障害というものではないと思う。
身体の不一致なんて感じた事もないし、男の身体になりたいとも思わない。
女の身体で女の子の綺麗な心と身体を弄んでみたいという欲求はある。
男でも、心と身体が綺麗なら同じような気持ちを持つことだろう。
つまり、どっちの性でもいけるバイというやつなのかもしれない。
私の欲しい女の子二人の心と身体は手に入らない。
彼女ら二人は、性的な意味で同姓には興味が無いからだ。
人は手に入らないものほど、欲しくなる。
どうにかして、とずっと考えて私が思いついた手段。
それは、彼女ら二人が好きな龍城 聖也を手に入れること。
龍城を餌にして二人を誑かす。
その時の事を考えると、心と身体が熱くなり、胸の鼓動が早くなる。
ネットや本で得た知識でしかないのだが、勢いと流れが重要らしい。
最初の境界線を越えてしまいさえすれば、後は惰性で続いたり続けたりも出来るとの事。
今は己の野望を隠し、ひたすら好機を得る為に待ち続ける。
side 天空路 詩織
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私にはコンプレックスがある。
低い身長、小学生と間違われるくらい幼い体系と容姿。
世間で、ロリータと言われるものらしい。
那須さんと、静さんは、ロリータは男を落とす強力な武器になるって言ってたけど、私にはそうは思えない。
特殊な、言い換えると、異常な男の人達に好かれるだけで、普通の人には武器にならないんじゃないかな。
むしろ、ハンデになってる気がする。
向こうの美人三人グループが羨ましい。
三人とも美人で、スタイルが良くて、男の人ならああいう女の子がタイプなんだろうな。
私も容姿は悪くないんだと思う。
けど、人形的な可愛さで、女の子としての魅力は無いんじゃないかな。
ぶた君と、小石君と、遠山君がチラチラと私の方を見てくる。
気まずい。
前に三人に告白された事を思い出す。
好きな人がいると言って、断った。
好きな人に好かれる魅力が欲しい。
龍城君の好みのタイプってどんな女の子なんだろ。
話す事も、話をしてる事も殆どないので、彼のプレイベートを全く知らない。
もっと彼の事が知りたい。
前に町で、龍城君が他の学校の友達と一緒に並んで歩いてる所を見かけた事がある。
とても楽しそうに笑いながら話す龍城君を見て、心が締め付けられる思いがした。
今もドキドキするのと、申し訳ない、切ない気持ちになる心が同居して、変な気分になる。
好きな人がいると言って振った男の子。
私が好きな人が誰なのか、私の口からは言わないけど、バレちゃってると思う。
授業中、休み時間。
ふと龍城君の方を見てしまう。
意識してるつもりはなくても、自然と見てしまう。
そして気付く、他の男の視線に。
辞め様と思っても辞められない。
たまに龍城君と目が合ってしまう。
目と目が合った瞬間。ちょっと幸せな気持ちになる。
癖になる。
ひょっとしたら龍城君も私のことが好きなんじゃ?
だから目が合った。そんな気持ちに捕らわれてしまう。
けど、現実は残酷で、今の私は彼とろくに話をした事すらないのだ。
話したい、もっと彼の事が知りたい。
side 那須 麗花
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私は詩織の取り巻きの女。
そうクラスメートに認識されている。
クラスの男子にナスと呼ばれて陰口を叩かれてるのも知っている。
陰口を叩いてた男子に「そんなんだから詩織に振られるんだよ!」って言ってやった。
詩織は可愛いし、性格がいい。
今も教室にいるあの美人三人グループは顔は良くても性格は悪い。
表面上は綺麗に取り繕っていても分かる。
行動や言動は節々に表れる。
私や静を心の中では見下している。
詩織はそんな事は無い。
心も身体も可愛いし、綺麗で純粋で。
それで儚く、守ってあげたい衝動に駆られる。
私と静は女子の中では武闘派だ。
男子だろうと、気が食わない奴にはガツンといく。
静はこのクラスの女子でも一番背が高く体格もいい。
運動神経も静が一番、次点で私と北大路といったところか。
静も私も北大路も、武道の経験がある。
町でチンピラに絡まれた程度なら返り討ちにする自信もあるくらいだ。
詩織は、このクラスにいる龍城が好きなのは周知の事実。
今もいるあの美女三人グループも狙っている。
負けない。
私と静は無理だとしても。
詩織なら負けない。
私と静は詩織の盾。
詩織は女としての自分の本当の魅力に気付いていない。
それに気がついたとき、彼女が覚醒したらあそこの三人に勝るとも劣らないだろう。
詩織には幸せになって欲しい。
そして、悔いの無いように高校生活を送って欲しい。
勇気を出して、たとえ龍城に振られたとしても、何もすることなく高校生活を終えるより、きっと諦めもつくし、苦い思いでも経験も、将来きっと良い思い出になるものなのだから。
side 道文字 静
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私は道文字家の長女として生まれた。
道文字家は由緒ある武族。武士の系統を継ぐもの。
有事の際は国を守るため、身も心も鍛えるという家訓がある。
私も物心ついた時から、長女として鍛えられた。
護身術から、人身掌握、常識、作法、一般の女の子がやらないようなことも一通り。
家に拘束され、友達は殆どいなかった。
中学も習い事や家の稽古でプライベートな時間も殆ど無く。
女らしい事など殆どしなかったし、興味もそれほど沸かなかった。
高校生になって、その意識が変わる。
華々しい女の子達。女の子が競って女子力を磨きあって切磋琢磨している。
私の目にはそう映った。
適わない。そう思った。
力とは色んな種類がある。
直接的な暴力。その力ならクラスで一番かもしれない。
世間で通用する力は暴力ではないのだ。
自分で欲しいものを手に入れる力。
それを磨かなければ意味が無い。
このクラスで女子が切磋琢磨して己を磨き、手に入れようとしているもの。
龍城聖也。
色々な男を目にしてきたが、この男は読めない。
他のクラスメートとは明らかに毛色が違う。
表情や仕草から人の生業というものは自然に表されるものだ。
それを消すために訓練されたものは、アマからプロに変わる。
龍城の纏う雰囲気はプロのそれそのもの。
道文字家の家の仕事関係で出会うプロの人間が纏う雰囲気に近い。
普通の高校生では無い。
子供ばかりが集まる高校で、一人だけ大人の雰囲気を纏う男。
その魅力にクラスの女子が魅了されてしまったのだろうか。
女らしい行動や思考回路を持たない私には良くは分からない。
詩織は可愛い。
まるで絵本の世界から抜け出してきたかのような美しさ。
世間に疎い私だけど、彼女に非現実的な何かを求めるように、彼女に惹かれてしまった。
詩織には好きな男がいる。
龍城聖也。
詩織の取り巻きの一人として。
友人として、親友として、この恋を成就させてあげたい。
親友の恋を見ることで、私も女の子として色々と成長できるかもしれない。
放課後、今日も龍城が居残り勉強をしている。
男三人、女三人に睨みを聞かせつつ、今日も私は親友の恋を応援し続ける。