キシンの村⑤
家のドアに手をかけ、中に入ろうとしているサーシャに声をかける。
「サーシャさん。
俺達は、この村を定期的に訪れている人の代理で来ました。
本来なら戻ってくる時期になっても戻らず、消息不明になったので、何かあったのではないかと。
その人の足取りを得る為に、この村に立寄ったのですが、お心当たりはありませんか?」
サーシャはこちらを振り向き、少し考えるような素振りを見せた後に返答した。
「いえ、少なくとも私が知る限り、最近はそう言ったお話は聞いておりませんが。
この町を訪れる人が、亡くなったりしたり、帰れなくなったりという話は耳にしておりません。
もちろん、私も村の事を全て把握してるわけでは御座いませんので、長に直接お聞きになる方がよろしいかと」
やけに家の中に入らせようとしているな。
いや、家の中で待ち伏せをしていると知っているから、そう感じるだけなのかもしれないけど。
さて、どうするか。
戦っても、勝てるとは思う。
それだけの訓練はしてきたと思うし、鍛錬も積んできた。
しかし、勝負に絶対というものは無い。
もしも、待ち伏せしている人間の中に、魔力を押さえている物凄く強い人がいれば、それだけでアウトだし、特殊な魔法や道具や罠でハメ技のようにハメられてしまう可能性もある。
戦うにしても、相手の土俵に入って戦う必要は無い。
ましてや、待ち伏せをして相手が万全の状態の所に入っていくのは無謀だ。
レインとブゼンは俺の方を見ている。
二人も、サーシャとこの家が怪しいとは感じているのだろう。
何も言わないが、足を止めた状態で、家の中に入ろうとはしていない。
「分かりました、それではサーシャさんの言うとおり、村の長に話を聞かせて貰う事にします」
「では、こちらへ」
俺の言葉を受けて、サーシャが家の中に入る。
同時に俺は腰に付いているカードホルダーの中から、魔法カードを素早く一枚抜き出した。
氷の稲妻
凍結の魔法で、家のドアのノブ付近の隙間部分を凍結させる。
「家の中で、二十人近くが待ち伏せしている、一旦引こう」
俺の取った行動も、二人の予想してた範疇だったのだろうか。
驚く様子もなく、俺の言葉に小さく頷く。
三人で走り、来た道を戻る。
小さな村の中を歩いてきたので、大した距離じゃないし、迷うような作りでもない。
三人で走っているので、二人に合わせた速度で走ったが、それでもすぐに着いた。
村の入り口。
確かに、そこに馬車を止め、そこから降りて村の中に入ったはず。
馬車を止めたはずの、村の入り口に近い、少し開けたスペースのあるのある場所。
なぜかそこには、いる筈の馬車がなかった。




