キシンの村④
サーシャの意味が分かりにくい抽象的な言葉に、顔をしかめるレインとブゼン。
二人の反応から察するに、俺の異世界語の理解が及んでいないだけというわけでは無さそうだ。
宗教か、聖典のようなものがあるのだろうか。
地球にあった聖書のような、遠まわしであり、抽象的な文章の言い回しであるような感じを受ける。
聖書。
この世界に存在しているのだろうか。
「ちょっと、アンタ。
なんなの?さっきから意味不明な事ばかり言って。
さっきから、セイヤの事を勇者、勇者って呼んでるけど。
初めて会ったはずなのに、アンタにセイヤの何が分かるっていうの?
あれでしょ?村に来た若い男みんなにそう言ってまわってるんでしょ?」
馬車に乗っていた時から、ずっと黙っていた反動なのだろうか。
様子見を決め込むと思っていたレインの琴線に触れたのか、溜まっていたストレスが爆発したのか、何が理由なのかは分からないけど、抽象的な言葉で濁していたサーシャに腹が立ったのか、いきなりレインがサーシャに食ってかかり始めた。
ブゼンと同じ時のように、サーシャはレインを無視する可能性もあると思っていたけど、サーシャは食ってかかってくるレインを見つめたかと思うと、少し悲しそうな表情を浮かべながらレインに返答した。
「死にゆくものに語ることはありません」
サーシャはレインの目を見つめながら、食って掛かるレインに向かって、ハッキリとそう言った。
「死にゆくもの?
それって私に言ってるのかしら?」
「そうです。
私は先を見通す能力があります。
貴方の未来は閉ざされている。
セイヤ様、セイヤ様は人の世に希望を齎す存在。
一目見て、それが分かりました。
貴方の存在は、そこらへんに転がっている石ころと同じ。
世界に何の影響を与えることも無い、有象無象の存在」
「へぇー。
私、死んじゃうんだ?
そりゃそうよね、人間っていつかは死ぬもの。
冒険者なんてやってたら、一般人より死ぬ確率は高いだろうから、そう言っておけばいいって魂胆なんでしょ?
死んだら自分の言ったことが当たったって騒いで、外れたら運命が変わったとか何とか言って誤魔化す、詐欺師の上等手段だわ」
かなり感情的になっているな、レイン。
普段はサラとノエルの方が感情的になって言い争ってた分、レインは一歩引いた立場で間を取り持つ事が多かったから、感情を爆発させるレインを見る機会はあまり無かったけど、ナンパ男とか気に入らない人間に対してはやたらと攻撃的になる所もあったりはするんだよな。
「貴方は死にます。
それも近いうちに。
信じたくなければ、信じなくても構いません。
それでは、勇者様、長がお待ちですので、どうぞ中へ」
レインとサーシャが言い争いを始めてくれたのは絶好の好機だった。
俺は、レインとサーシャが言い争ってる間に魔法を発動させていた。
魔力探査
この世界で自力で見に付けた魔法技術を組み合わせて作った、俺のオリジナル魔法だ。
魔の森に入る前に使用したのと同じ魔法である。
同じ魔法だが、今回はサーシャに気付かれないよう無詠唱で魔法を発動した。
詠唱魔法が模写だとしたら、無詠唱魔法はフリーハンドだ。
型として小さな効果を固めて作った魔法という集合体を、詠唱というプロセスで条件反射的に覚えこませているものを、詠唱という模範無しで行うのが無詠唱魔法だ。
ずっと使っていない魔法をいきなり無詠唱で発動しようとすれば、まず間違いなく発動に失敗するだろう。
魔の森で一回詠唱魔法で魔力探査の魔法を使っているので、同じ魔法プロセスである魔法を無詠唱でやりやすいというのはあったけども。
指定範囲を周囲全体に薄く広くでは無く、村の長の屋敷に絞り、魔力感知の精度を上げた。
魔力の大きな反応が一つ、二つ、三つ。
小さな魔力の反応は数多く、二十はあるだろうか。
数多くの魔力の反応。
気になるのは、その魔力の位置だ。
時間を置いて再度魔力探査を使用。
やっぱり。
さっきから魔力の位置が動いていない。
数多くある魔力は、空間を取り囲むように配置されている。
ここから導きだされる結論は……。
待ち伏せ、か。




