キシンの村③
「ちょっと待って」
村の長の屋敷の中へ、俺達を誘おうとしている女性を前にして俺は声をあげる。
状況と事態に流されるまま、ここまで着いてきたけど、流石にここら辺で行動しなければいけない。
セイの村を出る前に、旅先で気をつけなければいけないことや、特に対人戦闘に関する事について、サラから教えてもらっていた事を思い出していた。
知らない建物の中に入る事は、特に注意しなければいけない。
という事を、サラは言っていた。
地の利が相手にある状況において、建物の中というのは死角が多く罠を張りやすいということ。
物理的な罠を仕掛けるのは勿論のこと、多人数での待ち伏せ、死角からの攻撃で不意を付いた攻撃も可能。
実力的に相手を上回っているからといって、舐めてかかると死ぬことになるかもしれない、と。
相手の真意も読めないこの状況で、何も考えずに相手の籠の中に進んで入っていくのは、迂闊な行動じゃないんだろうか。
警戒心を緩めたつもりは無かったけど、建物を目の前にして、状況に流されるまま行動するのを辞めないといけない時に来たと感じたからだ。
俺が足を止めて声を上げた事で、今まで俺達を先導して来た女性が建物のドアに手をかけようとするのを止めてこちらを振り返った。
サラとブゼンは状況に流されるまま、今度は俺が声を上げた状況に順じている。
「なにか?」
ブゼンの問いかけには無視を決め込んでいた女性が、俺の声かけには答えてくれたみたいで、憮然とした表情にも、少し微笑んでるようにも見える微妙な表情を浮かべながら俺の方を振り向いている。
「俺と貴方は、初めて会ったのにも関わらず、まるで知っている人にでも話しかけるかのように話しかけてきましたよね?
まず貴方のお名前を聞かせて頂いても宜しいでしょうか?」
問答だ。
建物に入る前に会話で探りを入れる。
出来れば建物に入る前に、探査系の魔法も使用しておきたい。
レインとブゼンは、明らかに頭脳派というより肉体派といった感じがするので、こういう駆け引きは苦手そうに見える、だから俺が担当しなければいけないだろう。
それにブゼンが無視されていたことから、レインも無視されるかもしれないし、この中で一番相手にされてそうな俺が交渉や駆け引きの担当に向いてそうだという事もある。
「そうですね、私と貴方は、今日初めて出会いました。
待ち焦がれていた勇者様とお会い出来ましたので、少々浮かれていたようです、申し訳ありません。
初めてお会いしたのですから、確かに、自己紹介をしなければなりませんね。
私の名前はサーシャと申します、以後お見知りおきを」
「俺はセイヤと言います。
こちらはレイン、こっちがブゼン」
相手が名乗ったので、俺も名乗るのと同時に、傍にいるレインとブゼンの事も紹介しておく。
「今日、初めて会ったはずなのに『神に遣われし魔界の勇者』って呼んでましたけど、これって俺の事ですよね?」
そう、あの時、俺の事をそう呼んでいた。
ブゼンやレインじゃなく、俺の方まで歩んできて、俺の目を見つめながら言ってきていた。
「天空事変より紡がれし、神の残光。
神の残光に導かれる我れら俗徒は、血の連なりに身を潜める。
聖典の示す魔界の勇者、神の啓示通りこの地に来る。
セイヤ様、貴方はこの地を救うために神が使わされた勇者」
サーシャという女性から返ってきた言葉は、更に理解しがたいものだった。




