魔の森⑤
防御系の魔法カード。
チートと呼ぶべき魔法である事を説明する為には、まずこの世界の魔法について詳しく説明しなければいけないだろう。
魔法というものは、複雑なプロセスを経て多数の小さな効果を積み重ねて、大きな効果を生み出している。
その為、名称が付いているような魔法を会得する為には、その魔法の根幹を成す技術を一つ一つ会得し、それらを連ねて発動させなければいけない。
魔法の才ある人間が、労力と時間を多くかけて、やっと一つの魔法を習得する。
そして、覚えたからといって、それで終わりというものでは無い。
覚えた魔法も、使えば使うほど改良すべき所が見えてくるし、その場その場に応じた同じ魔法のアレンジも必要となる。
環境が違えば、対象も違うし、必要に応じて臨機応変に同じ魔法で、対応を変えたりする事も必要となってくる。
そして、技量や魔力が上がれば、同じ魔法でも威力や精度は増すし、同じ魔法でも繰り返し使う事で無駄を削ぎ落とした効率的な魔法プロセスを経て効率的な魔法へと昇華させていく事になる。
つまり、魔法を覚えたらそれでマスターして終わりというのではなく、死ぬまでその魔法と一緒に魔法というものを極め続けていかなければいけないということだ。
そういう魔法の性質上、多くの魔法を覚える事は器用貧乏という事になってしまう。
いくら才ある人間でも使える時間は有限であり、全てに手を出せば自ずと一つのものに取り掛かれる時間は減ってしまう。
だから、剣なら剣、斧なら斧、自分の適性に応じた武器を極めるのと同じように、魔法も属性や自分の得意とするものを一極集中的に覚えていくのだ。
だから、攻撃魔法、防御魔法、妨害魔法、治癒魔法、全ての魔法ジャンルをを高いレベルで使いこなせる人間は少ない。
魔法カードならば、習得が困難な魔法や、莫大な魔法力を必要とする魔法、複雑なプロセスを必要とする魔法、高度な技術を必要とする魔法、魔法の才ある人間が多大な時間を要さなければ覚える事や使用する事が出来ない魔法を、僅かな時間の訓練で、高い威力と精度で、詠唱すら必要ない無詠唱の魔法を、発動失敗する事も無く確実に、僅かな魔法力で即座に発動する事が可能なのだ。
魔法カードで防御系魔法を行使すればどうなるか。
それは自明の理である。
魔法は複雑なプロセスの集合体だ。
その複雑なプロセスを魔法カードがしてくれるのだから、魔法カードで魔法を発動すれば複数の魔法を同時に発動させる事なんて朝飯前。
攻撃、防御、回復、複数の魔法を、魔法カードで使えば同時に難なく使いこなす事が出来る。
これをチートといわずなんと言おうか。
多大な時間と労力をかけて習得した魔法より高威力で高精度の魔法を、僅かな時間で簡単に発動され、それも複数簡単に発動されるのを見たら、逆の立場で考えたら、やってられなくなると思う。
防御系魔法は、かなりのチート能力だ。
チートすぎて使う機会も殆ど無くなったけど、防御系魔法があればそれまで苦戦してた魔物にも余裕で勝てるようになるぐらいのチート性能を誇る。
俺は、本気の対人戦というものはしたことが無いし、人を殺した事もまだない。
けど、これからセイの村の外に出て冒険者としてやっていくからには、強盗や盗賊などといった、いわゆる悪党と呼ばれる人間と殺し合いに発展する戦いを経験していかないといけないという事は分かっている。
その時、もしも格上の人間と戦うことになったとしても、防御系の魔法カードがあれば戦闘を有利にしてくれる事だろう。
人を殺す覚悟は、もう出来ている。
それでも、実際にやるとなったら話は別だろう。
初めてこの世界に来て、初めて魔物をこの手で殺して、自分の手を汚した時の事を思い出す。
あの日、俺は色々と感極まって、泣いちゃった覚えがある。
覚悟はある。
けど、想像するのと、実際に経験するのでは別物だろう。
俺は初めて人を殺した時、何を思い、どんな感情を持つのだろう。
魔法力温存の為に、魔法は使わず馬車周辺の気配と魔力を探りながら、俺は一人静かに物思いに耽る。




