魔の森①
「もうすぐ魔の森に入る!」
風を切り裂く音、ガタガタと揺れる馬車の雑音を消すかのような大声。
馬車の荷車部分の前に位置している座席、馬車の運転席と呼ぶべきだろうか。
馬の手綱を持ちながら馬車を操作している男の人が、馬車の運転席から後ろを振り返って、こちらに顔を向けながら大声で叫んだ。
魔の森。
この国には、魔の森と呼ばれる場所が、いくつも存在しているらしい。
その理由は様々みたいだけど、共通して言える事は『危険だ』という事だ。
魔素が濃い場所であったり、魔物が活性化している地帯であったり。
凶暴な魔物や、高ランクの魔物、人的被害が他の場所に比べて出やすい地域。
そういった危険な場所で、木が多い茂る森である場所を『魔の森』と称しているケースが多いみたいだ。
今回、俺達の旅の終着点は、軍事都市ラトンである。
その道中、いくつかの村や町に立ち寄る予定であり、そのうちの一つの村が今から入ろうとしている魔の森を抜けた先にある。
村名は無い。
ただ、便宜上の呼び名は名付けられているらしい。
キシンの村。
この世界の言葉を、日本語で表現しようとすればこんな感じだろう。
異世界の言葉で表されているものを俺が無理やり日本語に置き換えて名付けているだけなので、この村を表す意味を漢字で書いて表現するなら『帰神の村』になる。
その言葉の意味する通り、神に帰る事を願いとするような儀式や祭典を繰り返し行っているような村であるらしいけど、詳しいことはあまり分からないらしい。
外部との交流も殆ど無く、村自体が自給自足に近い生活を送っているとか。
定期的に村の様子を訪れている人と連絡が取れなくなって行方不明となっているので、その人の代わりに村まで行って村と連絡を取るのと、その人が村まで辿り着いていたかどうかを確かめるのも任務として与えられているらしい。
凶暴な魔物に襲われて命を落とすというケースも少なくないらしいので、村に立ち寄る道の道中で馬車の残骸など、襲われたりした痕跡を発見したりすれば、それも合わせて報告して欲しいとの事。
村に入る道は一本しか無いというか、森をかき分けて進めば別だけど、馬車で行くならこの道を通るしかないよな。
道中で魔物に襲われたりしたら、馬や人間は連れ去られたり食べられたりして死体が残っていない可能性もあるけど、魔物が馬車の残骸までは回収しないだろうから、村に行くまでの道中に襲われたのだとしたら馬車の残骸なり何なりが残っているとは思う。
けど、この村に立ち寄る予定だった人達の詳細な足取りが取れているわけでもないから、この魔の森で襲われたんじゃなくて、この魔の森に来るまでの途中で何かしらのトラブルに巻き込まれたって可能性も無きにしもあらずなんだよな。
まぁ、そこまでの可能性を考えても仕方ないし、俺達の任務はキシンの村に立ち寄る事と、道中で人が襲われてた痕跡があればそれを報告する事だけなんだから、気にするのはむしろ魔の森で魔物に襲われる事だろう。
魔の森に入ったという声を受けて、無言の沈黙が続く馬車の中の緊張感が少しだけ増したような気がした。
俺も、警戒感を上げる。
MPを消費するからあまり多様はしたく無いけど、危険地帯である魔の森に入るという事もあり、探知の魔法を使うことにした。
この魔法の原理は、レーダーのシステムを応用して俺の魔力探知スキルを生かしている、俺のオリジナル魔法だ。
「魔の森に入ったので、俺が魔物の場所が分かる探知魔法を使うね」
他の人が各々に感知魔法を使うと、被って魔法力の無駄遣いになるだけので、予め断っておく。
しかし、無言の沈黙が続いている馬車の中の空気は重い。
俺も必要な事だから話したけど、とても雑談とか出来る雰囲気じゃないな。
呪文を詠唱し、魔力の大小を感知できる俺の魔力を周辺に飛ばす。
うん、おびただしいほどの数の魔物がいるな。
しかし、馬車を襲ってくるレベルの魔物は、道沿いには殆どいないようだ。
道から少し離れた所には結構いるので、運が悪ければ何度か襲われる事になるかもしれない。
それでも襲ってくるのは、EかDランクの魔物だろう。
しかし、少し違和感を感じる。
少し遠く離れた位置に強い魔力を感じた。
Bランクはあろうかと思うほどの強力な魔力を。




