馬車の中で②
娯楽の少ないこの世界で、一番の楽しみは強くなる事だった。
そして、本を読むこと、学ぶ事の楽しさを改めて知った。
この世界は日本のように、あり溢れる本が存在する世界じゃない。
本は高価であり、貴重な書物であり、過去の偉人達の偉大な記録を後世に残すための財産でもある。
だから、娯楽系の本は、少なくともセイの村には存在せず、あるのは歴史書と魔法書のみだった。
知識欲というのだろうか、魔法の才能があるからだろうか、魔法書を読んで知識を深め、それを実践すると実際にそれが実行出来るし、知識を深めれば深めるほど出来ることが増えるし、過去の偉人達が途方も無い時間を費やして得た結果を知識として、本を一読しただけで得ることが出来るという事を実感するのが楽しかった。
セイの村にある魔法書はサラの住んでいた部屋に集められていたので、そこにある本は全て一通り目を通した。
魔法書は色々と種類があって奥が深い。
一回読んだだけで理解できるものもあれば、魔法陣図のように、毎日見続けて魔法陣を頭の中に焼き付ける作業をこなす為に存在する本もある。
ちなみに、俺が初めてサラの部屋に入った時に、食い入るようにサラが本を見ていたのは魔法陣が書いてある本で、サラはその魔法陣をずっと見続ける事で、その魔法陣を頭の中に焼き付ける作業を日課にしているらしい。
俺がセイの村を出ようと思った理由の一つに、色々な本を読んでみたいと思ったことがある。
大きな町には、聖書や伝記や神話といった、小説のような本も色々とあるらしい。
ちなみにこの国に一番魔法書が存在するのは、首都にある魔法学校と併設して建てられている魔法図書館という話を聞いて、ますます魔法学校に行ってみたいと思うようになったのも、セイの村を出る事に決めた理由の一つだ。
セイの村にも村外からの人が時折訪れる。
行商人や、旅人、冒険者。
そんな人と話す機会もあったけど、聞く話は村外の話。
レインやサラやギルバードさんにも、セイの村以外の話を聞いたりもしたけど、他人のような第三者から聞く他の村や町の話は新鮮で、別の角度や別の視点や、全然違う職種からの知識や情報は、娯楽に飢えてた俺にとっては新鮮で、とても楽しい一時だった。
そんな話を聞く度に、俺は更に村の外に行って、色んな村や町を訪れて、色んなものを見たり聞いたり、知ったり経験したりしてみたいという気持ちが余計に強くなった。
セイの村の治安は良かった。
村人同士の諍いや喧嘩はあるものの、俺が住んでいる間に犯罪のような出来事は一回も起きなかった。
けど、村の外は違う。
魔物もいれば、悪意ある人間が跋扈し、スリや詐欺師もいれば、強盗や盗賊もいる。
そんな悪辣非道な輩から自分の身を守る為には、やはり強くならなければいけない。
その為にも、俺は必死で修行して強くなった。
セイの村を出ると決めてから、それをノエルに伝えると、ノエルから改めて告白された。
この村から出て行かないで欲しい、もし出て行ってもまた自分の元へ帰ってきて欲しい、と。
熱く懇願するような可愛い女の子の表情に、俺の決意も鈍りそうになったけど、心を鬼にして断った。
期待を持たせて、ノエルに希望を抱かせるような真似は、ここまで俺を想ってくれた女の子に対して逆に失礼だと想って、俺の想いと気持ちを全部言葉にして、ノエルに伝えて、そしてノエルを振った。
俺じゃない他の男の人を見つけて幸せになってください、と。
非道な男なのかもしれない。
最初に告白された時、ちゃんと命を賭けてノエルを守ると誓ったのに。
けど、今でもその気持ちは変わらない。
ノエルが命の危険に晒されているなら、俺の命を投げ売ってでもノエルを守るだろう。
それなら、ノエルの危険に対応できるように、ノエルの傍にずっといるというのが筋というものなのだろう。
結局、俺は我侭で身勝手で、自分勝手な男でしかなかった。
自分の望みのままに、欲望のままに、守ると誓った女の子を置いて村を出ると決めた。
ノエルを振って、突き放すような言葉を言った時のノエルの顔が忘れられない。
悲しそうで、切なそうで、そして何とも言えなさそうなあの顔が。




