8章:初めての対人戦
寝室に誰かが入ってきた気配で目が覚める。この部屋には俺かクロしかいないので安心して二度寝をしようとした。
目を瞑っていると顔の近くまで何かが来た。しかしおかしな事に気配が猫ではなく人の大きさなのだ。
恐る恐る目を開けて正体を確かめた。目に飛び込んできたのは銃口を俺の額に押し付ける黒髪の美少女だった。
それを確認すると銃声が聞こえ意識が途切れた。
急いで体を起こして汗を拭う。朝から嫌な夢を見た。俺が銃殺されるとか縁起が悪すぎる。
水を飲もうとキッチンに向かう途中でクロを見つける。
「マスター、平和ボケし過ぎですよ。あれくらい迎撃できないとこの先生き残れませんよ」
キッチンに向かう足を止めてクロを見る。クロは前足で顔を掻いている。
「えっ、あれ夢じゃなかったのか」
「はい、失礼を承知でマスターを試させて頂きました」
あまり気分のいいものではないが猫だから許してしまう。可愛いは正義だから仕方ないね。
朝ご飯を食べてから学校に行く前に寮の裏で鉄刀の素振りをした。最低でも振れる様にならないと。
この時、素振りを日課にしようとは思っていたが、殺されるのも日課になるとは思っていなかった。
始業式から1週間が過ぎた。クロには相変わらず寝込みを襲われている。決してエロい方ではない。
俺も黙って殺されている訳では無い。結果としては殺されているが、少しは抵抗できるようになった。
今では枕元にサバイバルナイフを置いて寝ている。しかし、クロの奇襲はこれで終わりではない。
リビングに行くと朝食が用意されている。ホカホカの白米と湯気のたっている味噌汁に焼き立ての塩じゃけ。
そんな誰もが一度は夢見る朝食には毒を盛られている。最初に何も知らずに食べた時は血反吐を吐いて死んだ。
クロは一体俺をどうしたいのだろうか。人が死んでいるのを見たいほどのドSには見えない。
今日も今日とて不思議に思いながら毒入り朝食を平らげる。毒が盛られていても味は最高だから手に負えない。
それに抗体が出来つつあるのか知らないけれど、最初の頃よりも軽症で済んでいる。死ぬのには変わりないけど。
その後素振りを終えて学校に向かうも、時間が早いから生徒は少ない。遅くに行くと教室に入り辛くなる。これは検証済みだ。
クラスメイトが楽しそうに話している空気はボッチには厳しいのだ。
異世界物の主人公はすぐに友達を作る事が出来ているけど、友達作りの秘訣を教えて欲しい。実践できないし、しないけど。
ホームルームが始まるまでクロ『で』遊ぶ。散々殺された腹いせだ。
今日は楽しみな事が1つある。使い魔召喚をして1週間と言う事で使い魔を交えた対人戦が行われる。
この学校は時間割が特殊なんだ。月・水・金は普通に1限から6限まで授業があるのだが、火・木は昼まで授業で昼から実戦訓練がある。
今日までは身体測定や体力テストで実戦訓練は無かったが、それも終わり初めて対人戦が行われると言う訳だ。
それじゃ、午後の対人戦まで飛びます、飛びます。
はい、と言う訳で午後の対人戦までやってきました。俺が今いるところは始業式があった第1闘技場だ。
集まっているクラスはA・C・E・G・I・KそれとSだ。何故Sクラスがここに居る。
先生が言うにはSクラスの戦いを見て学ぼうと言う事らしい。要らない事をしてくれる。
出来るだけ存在感を薄くして認識されないように努める。出来ているかどうかは定かではないけれど。
そうしている間にも対戦相手の発表がされていく。Sクラス以外はごちゃ混ぜにして戦うみたいだ。
希望すればSクラスとも戦えるようだが、そんな強者はこのクラスにはいなかった。でも、他はいたみたいで何人かSクラスの方に行っている。
皆の組み合わせが決まって、それぞれ言い渡された場所に移動していく。
俺はSクラスのいる場所から近くも遠くもない場所だ。よく見たら殆どの場所がそうだった。
Sクラスが何処からでも見える様にと言う配慮からだろう。見えにくい場所を探さねば。
Sクラスから遠くに座って他の人が集まるのを待つ。すでにいる人で魔武器らしきものを持ってイメージトレーニングをしている人もいる。
俺もそうしようかとも思ったが先にフィールドを見る事にする。
フィールドは少し地面よりも高くなっていて、マス目が地面に書かれている。
マス目の1辺を1mと仮定すると、フィールドの1辺は15mになる。見た感じ正方形の様だから225㎡だろう。求めてみたけどよく分からないな。
フィールドの上には審判をするであろう先生が時計を見ながら集まるのを待っている。
そろそろ集まりそうだから、敵情視察でもしておくか。まずは魔武器をだしているお間抜けさんから。
ソイツは赤髪の男で顔は不細工ではないが整っている訳でもない、しいて言うならば普通のあほ面。
魔武器は大剣で名前は『ヒーテリア』のようだ。さっきから「こう来たらヒーテリアで受け流す」とか大声で言っているから分かった。
恐らく、アイツは火属性の魔法を使うだろう。相手がアイツだったら水のごり押しでいいか。
次の人を見る前に召集がかかった。もうみんな集まったらしい。
早速1組目が呼ばれたが俺ではない。待っているのもつまらないし観戦でもするか。
と思ったがどれもこれも面白い戦いでは無かった。みんな、使い魔を呼び出しても使い魔同士・人間同士で戦った。
1週間で完璧に共闘できる訳がないけど、もっと息を合わせて戦おうとする姿勢が大事だと思う。
期待外ればかりで楽しみにしていたのが馬鹿らしくなってきた。早く終わらないかな。
5組目が終わりやっと俺が呼ばれた。相手は栗色の髪をした男だ。釣り目で何だか性格がきつそうだ。
名前は聞きそびれた。覚える気もないからどうでもいいか。フィールドに上がり真正面から見つめ合う。3秒ほど。
それから少し離れた所に立ち、互いに魔武器と使い魔を召喚する。俺の場合はクロは頭の上にいるから魔武器だけを召喚した。
相手の魔武器はレイピアで、使い魔は人の大きさ位ある大型のカマキリだ。
と言う事は、アイツの魔法は風属性である可能性が高い。カマキリから連想できる属性は風以外に思いつかない。
問題は風と何の属性を持っているかだが、見ても分からないし考えるだけ無駄だ。
いつもの岩球を2つ周囲に浮かせて威嚇するスタイルを取る。掌岩熊の時からやり始めたスタイルだがこれが一番やりやすい。
相手はと言うと何故か分からんが、狼狽えて大きな隙を作っていた。疑問を挟む間もなく相手に突っ込む。
相手に向かう途中で岩球を1つ飛ばして注意を逸らす。相手は腕をクロスさせ頭を守ろうとした。
俺は鉄刀を振り上げ真っ二つにせん勢いで振り下ろした。すると、俺と相手の間にカマキリが入って来て、鎌を器用に使い鉄刀を受け止めた。
押し切ろうと力を入れた瞬間カマキリが視界から消えた。恐らくクロが何かしたのだろう。
俺はそのまま振り下ろした。尻餅をついていた相手は四つん這いになりながらも、なんとか俺の斬撃を躱した。
ちっ、今ので仕留められなかったか。この失敗前にも見た事があるような気がする。
相手は立ち上がり、使い魔のもとまで行ってからレイピアを構えなおした。
「き、貴様ぁ、い、いきなり切り掛かって来るなんて卑怯だぞ。それに、無詠唱で怯ませようとしても無駄だ、僕だってできるんだからな」
勝負に卑怯も糞もあるか。どんだけ汚い手を使おうとも勝てばよかろうなんだよ。
コイツもしかしてお坊ちゃまか。それと最後に小さく『多分』って聞こえたんだが。
初級の無詠唱は誰でも出来るモノではないのか、それともコイツが出来ないだけなのか判断に困るな。
コイツを倒した後でクロに聞いてみるか。真正面から突っ込むのはもう効きそうにないな。
「くそ、レスティ、僕の詠唱が終わるまで時間を稼げ」
レスティと呼ばれたカマキリが自身の鎌を振り上げながら飛んでやってくる。
アイツはアホの子なのか。作戦をあんな大きな声で言ったら意味が無いだろ。
カマキリをギリギリの所まで引き付けてから避ける。俺と言う対象を失った鎌は空振り地面に突き刺さった。
俺は周囲に浮かせていた岩球を相手の方に飛ばす。細かい位置は決めていない。
相手の集中を乱すのが目的だから、当たればラッキー程度の攻撃だ。
岩球は相手の横を通り過ぎ当たらなかったが、詠唱を止める事が出来た。
また詠唱を始める前に距離を詰める。相手は俺に気づいて詠唱を諦めレイピアを構えた。
俺は走る速度を上げた。レイピアは突く事に特化した武器だから、肉薄すればその真価を発揮することはできない、筈だ。
相手の間合いに入るとレイピアを突き出してきた。俺はそれを僅かに横に動く事で紙一重に避けた。
避けたはずだった。レイピアは俺に当たらなかった、にもかかわらず、左肩に激痛が走る。
未知の攻撃に対して距離を取ろうと後ろに体重を移動させると、背後でガキンッと音が鳴った。
俺は後ろを確認しないで相手の横を走り抜けた。ある程度距離を取ってから振り向くと、カマキリが俺がいた所で鎌を振り下ろした状態で止まっていた。
多分カマキリが襲ってきて、それをクロが対処してくれたと言った所だろう。
左肩が尋常じゃない位痛いし早く終わらせたいんだがどうしたものか。
考えている間に薄緑色した槍に囲まれていた。これはウィンドランスとか言う中級の魔法だ。
「フハハハハ、油断したな。これで僕の勝ちだ!降参すれば聞いてやらない事もないぞ。この状況をどうにか出来るならやってみるがいい。まぁ、無理だろうけどな、フハハハハ」
試合中に良く喋るやつだ。囲んだなら問答無用で刺してしまえばいいのに詰めが甘い。
油断していられるのも今の内だ。俺は相手に向かって走り出した。
「なっ、貴様は僕のウィンドランスが見えないのか。そのまま行けば刺さるぞ」
相手が何か言っているが無視だ。俺も無策で突っ込んでいる訳では無い。
すると突然、俺と槍の間に幾つもの黒い球体が現れ、俺の前方に広がる槍を破壊していった。
前方が開けた事で俺は更に足を速める。相手は打開できるとは思っていなかったようで大きく動揺している。
俺と相手との距離が縮まるとカマキリが主人を守るように間に入って来た。
それでも、俺は勢いを落とす事なく走り続ける。カマキリの間合いに入るとクロがカマキリに向かって跳んだ。
右前足を魔力で包み大きな爪を形成してカマキリに襲い掛かる。
カマキリはクロの攻撃を防ごうと鎌で身を守る。
クロの爪がカマキリに触れると、その小さな体からは考えられないほどの力が作用しカマキリを遠くに吹き飛ばす。
俺は盾を失い呆然として膝をついている相手の胸に跳び蹴りをした。相手は衝撃に耐えられず倒れた。
俺はすかさず両脚で相手の両腕を抑え、腹に座って起き上がれなくしてから鉄刀の切っ先を心臓目掛けて突き立てる。
実際は寸止めしたけれど。勝敗は決した。審判をしていた先生が俺の勝ちを宣言したのを確認してから相手の上から退く。
退く時に相手の顔を見ると泣いていた。良い年した男が負けたくらいで泣くなよ。
いや、違うか。殺されそうで怖かったのか?いくら考えても相手の想いなんて分かる訳もない。
手を貸してやるのも惨めに思うだけだろうし、無視してフィールドから下りた。
俺の試合が終わった後に2つほど試合があったが、試合の疲れをクロで癒していたから見ていなかった。
全ての試合が終わり解散しみんな元のクラスに戻っていく。その中、俺だけは先生に呼び止められた。
「呼び止めて悪かったな。五十嵐、お前Sクラスには興味ないか」
「ありません。それだけなら失礼します」
「お、おう」
先生は俺の即答に戸惑っていた。ちょっと待ってみたが用事はそれだけの様なのでクラスに戻る。
本当は興味はあるのだが、Sクラスには四方とあの女の子がいるから近寄りたくない。
クラスメイトが集まっている所に行くとさっきの試合の事で盛り上がっている。
それでも全員が集まっている訳では無いらしい。この時間が苦痛だな。自由解散にして欲しいところだ。
暫く待ていると何人か走って戻ってきた。殊勝な心がけだ。歩いて戻ってきたヤツには下痢になるように念を送っておく。
これでみんな集まった様で、先生から着替えて教室に戻るようにと指示があった。
ここで集まった意味はない気がするが、特に何も言わずに着替えて教室に戻る。
授業はもうなく教室に戻ってホームルームが終わるとみんな帰寮していく。部活に行くヤツもいた。
俺は一度寮に戻ってからギルドに行こうと思う。お金が欲しいのとランクを上げる為だ。