7章:お決まりのアレとコレ
意気揚々と部屋を出たのはいいがカバンを忘れた。取りに戻りカバンの中に封筒が入っているのを確認してから部屋を出た。
今日は始業式だけだから教科書は何もいらない。俺の頭の中と同じくらい軽いカバンを持って玄関に向かう。
少し早く出てきたので寮の前の通りはあまり人がいない。静かな道を歩きながら学校へと向かった。
これからの学校生活を考えると胸が躍る。一応断わっておくが決して勉強が大好きな変態ではない。
俺がこれから通う『ランチェスター魔法学園』は学業よりもイベントが多い事で有名な学校だ。
イベントが多いのは訳があって、ここの教育方針が実戦で戦える人材を育てると言うものだからだ。
国やギルドとしても即戦力のある人物が欲しいので、挙って出資をした結果ガラリア国一大きな学校となった。
そう聞いて大体の大きさは想像していたけれど、いざ学校に着いてみると思っていたよりも大きい。
これなら幾ら同学年でも四方とかと出会い辛いだろう。アイツは当然Sクラスで俺はCクラス。
教室の位置関係がどうなるかは分からないけど、近かったら会わない事を毎日祈るしかない。
祈りよりも呪いに近い何かを思いながら、学校の建物内に入ってからふと思う。上履き持ってきてないけどいいのだろうか、と。
そんな疑問はすぐに解決した。周りの皆は気にした様子もなく土足で建物内を踏み荒していく。
建物は綺麗に掃除されていて抵抗はあったが、何でもない風を装って教室に行く。
2年生の教室は2階にある。正確には高等部2年生のだ。先述の通りここは大きな学校で、下は幼児から上は大学相当の教育を行っている。
その為、初等・中等・高等教育に合わせて建物が違う。初等の建物では幼児教育もしている。
学年はそれぞれ6年(9年)・3年・6年だ。初等は3歳から入っていたら9年になるが大体が6歳から入っているらしい。
高等部の6年は少し特殊で、前半3年で上級・最上級の魔法を練習して、後半3年で実戦訓練をするらしい。
俺は魔法を気合で使っているから、俺の使っている魔法がどの階級に当てはまるのかは分からない。
魔法の勉強は楽しみではあるが、詠唱しなければならないとすると気が重くなる。
将来の心配をしている間に教室に着いた。扉の所に紙が貼ってあり、そこに座席が書かれていた。
俺は五十嵐だから一番奥の前から3つ目と前の方の席だ。しかし、他の名前を見るとほとんどがカタカナだ。
この教室で名前が漢字の人は俺を含めて4人しかいない。40人中4人とか圧倒的少数派だな。
教室の中に入るとすでに何人か来ていた。教室に入ってきた俺を複数の双眼が射抜く。
その視線から逃れるように下を向きながら自分の席に向かう。俺を見ないでくれ。
席に着くと同時に寝たふりを敢行する。暫くして俺に興味がなくなったのか話し声が聞こえてきた。
会話の内容は他愛ないもので俺の事ではない様だ。出来るだけ音を立てないようにして起き上がる。
窓際の席なので空を見て時間を潰す。人混みに紛れて来た方がよかったかもしれない。
時間まで暇だ。時間が8時30分を越えた所で人がいっきに増えた。教室内が騒がしくなる。
あと10分の辛抱だ。40分になれば先生が来るはずだから、それまで耐えるんだぞ俺。
そうして人生で最も長く無駄な10分を過ごすと、予想通り先生が来た。
先生は騒いでいる生徒を席に着かせてから自己紹介を始めた。
名前は『セリーナ・レヴィンス』と言うらしい。この先生の第一印象は快活な女性だ。
Cクラスだからダメ男に見えて実は超強いみたいな人ではない。
先生の自己紹介が終わると生徒の自己紹介が始まった。3番目だから前の人の真似をしたらいいか。
そう考え前の人の自己紹介を聞いていると、自分の名前と属性と好きなモノを言っている。
無事、自分の自己紹介を終わらせると後は空を見て過ごす。人の名前を覚えるのは苦手なんだ。
その後も何の問題もなく自己紹介が済み、今は始業式が行われる第1闘技場に向かっている。
第1闘技場はギルドの練習場と同じくらいの大きさがあり、かなりの大きさだがここには2年生しかいない。
人数が多すぎる為、時間をずらしたり、別の場所でやったりしているらしい。
用意されていたパイプ椅子に腰かけて全員がそろうのを待つ。腕を組んでうたた寝をしていると周りが騒がしくなった。
何事かと辺りを見渡すとみんな入口の方を見ている。俺も釣られるように入口に目を向けて後悔をした。
入口でSクラスの連中が入って来ている途中だった。その中にはやっぱり四方とあの女の子がいた。
人数は20人位だろうか列は短かった。有り得ないとは分かっているが、奴らに気づかれないように早々に前を向く。
皆が集まると始業式が始まった。が、5分たった辺りで寝てしまい起きた時には学園長が締めの言葉を言っている所だった。
学園長の有り難~いお言葉が終わると、寝ぼけ眼を擦りながら教室に戻った。
これで解散かと思ったがそうではないらしい。これから、魔武器の生成と使い魔の召喚をするらしい。みなぎってきた。
今は第2闘技場に来ている。そこには既に先生が何人か立っていた。後ろにはプレハブ小屋が建ち並んでいる。
それが何かは気になるが、取り敢えず先導している先生についていく。
集合場所に着くと先生は点呼を取り、人数を確認すると地面に置いてあった箱を開けた。
箱の中には黒い石がゴロゴロと入っていた。恐らくあれが魔武器を作る際に必要となる魔鉱石だろう。
先生が箱の中から1つ取り出して説明をし始めた。説明を聞くとあの石は予想通り魔鉱石だった。
それで、受け取ったらそれぞれ距離を取ってつくりなさいとの事だ。俺には関係ない事だがグループを作って見せあってもいいらしい。
出席順に貰えたので魔鉱石を早く手に入れる事が出来た。皆よりも少し離れた所でつくり始める。
つくると言っても魔鉱石に魔力を注ぐだけだ。俺は一人で黙々と作業を進める。
魔鉱石は魔力を注ぐと輝きながら形を変えていく。石がムニムニと粘土の様に細長く伸びていった。
あ、これは刀ですわ~。変わったやつじゃなくて良かったけど、剣道とかした事がないから扱い切れるか少し不安だ。
輝きが止むと思った通り刀だった。鞘が深緑色をしていて、柄は藍色をしている。
刀の全長は地面から鳩尾辺りまであり、刀の一般的な長さは分からないけれどそれでも長いと感じた。
右手で持ち上げようとしたが持ち上がらず、両手で持ってやっと切っ先を胸の高さまで上げる事が出来た。プルプル震えているけれど。
貧弱もやしの俺に過ぎたエモノだが取り敢えず名前を付ける。考えたがいまいちいい名前が思いつかなかったので『鉄刀』にしておく。
鉄刀の情報が頭に流れ込んでくる。『壊れない』とだけ。シンプルな能力ですこと。
使えなさそうな能力に落胆しながら報告しに行く。先生に魔武器の名前と能力を報告した時、微妙な顔をされた。
報告を終えた生徒はまだ少なくて、他の人は仲間内で見せ合って盛り上がっている。
俺としては早く使い魔の召喚をしたいから後にして欲しいんだが、そんなことも言えないので鉄刀を見て待った。
余りにも遅くて先生に急かされて漸く集まりだした。魔武器を手に入れて興奮する生徒をなだめてから使い魔召喚の説明を始めた。
召喚には自分の血を使うのだが、その時に自分以外の血が入ると禁忌召喚になる、と言う説明だった。
テスト勉強で耳にタコが出来るほど聞いたから知っている。皆も聞き飽きているのか聞き流している様子だ。
先生もそれが分かっているのか、確認も碌にせず使い魔召喚に移った。
使い魔召喚は先程から異様な威圧感を放つプレハブ小屋の中で行うみたいだ。
1クラスに3つの小屋が割り当てられていて、俺も最初にできる。鉄刀を左手で持ち右手でプレハブ小屋のドアを開ける。
中は見た目よりも広くなっている。これなら戦闘になっても十分戦える。
中にいた先生からナイフを受け取ると、人差し指を少し切って血を魔法陣に垂らす。血が魔法陣に触れると魔法陣は強い光を放った。
因みに使い魔召喚に決まった文言は無く、俺の様に無言でも召喚はできる。家柄によっては伝統の文言があるらしいが。
魔法陣の光が弱まると次第に使い魔の全貌が見えてくる。
綺麗なブロンドの短髪の上に浮かぶ天使の輪。背中には大きな三対六枚の翼を生やしている。
こちらに背を向けている為に顔は見えないが、後姿からでも分かるくらいイケメンオーラを振りまいている。
それと同時に辺りに広がる美味しそうなお米の香り。どうやら食事中に呼び出してしまったらしい。
彼が状況を理解するよりも早く肩を掴み魔法陣に押し込む。「えっ!?何…」というが彼の最初で最後の言葉となった。
唖然としている先生の方を向き、思い切り良い笑顔で言った。
「もう一度いいですか?」
先生は戸惑いながらも承諾してくれた。気を取り直してもう一度魔法陣に血を垂らす。
俺が天使を召喚するなんて何かの間違いだ。今度は小さな声で「にゃんこ~い」と言ったから結果は変わるだろう。
ワクワクしながら光が収まるのを待つ。光が弱まり始めても人型のシルエットは見えてこない。天使じゃない!!
光が完全に収まるとそこには女神がいた。黒い毛とすらっとした体を持つ女神。
ピンと天を突く様に伸ばされた耳。俺を値踏みするように見つめる綺麗な蒼眼。
あっちこっちに揺れる長い尻尾。完璧な美人…いや、美猫だ。見ているだけで動悸が激しくなる。
手を差し出すと前足を乗せてきた。モフモフとして気持ちいい。手の甲に痺れが来たのも気にならない。
「ニュートラルキャットか。中級だな。後がつっかえてるから早く出てくれ」
外に放り出されしまったが、気にせず肉球をモフモフしながらプレハブ小屋から離れていく。
他の人は思い思いの場所で使い魔と親睦を深めている。俺も人のいない場所に移動する。
「ここなら、安心して話せますね、マスター。ところで、下ろして頂けませんか」
猫がいきなり喋った。だが、そんなことで驚く俺ではない。冷静に対処して見せよう。
取り敢えず下ろして欲しいそうなので、断腸の思いで下ろしてあげた。
猫は綺麗に着地するとこちらを向いた。改めて見ても美しさと可愛さを併せ持つ猫だな。
「まずは私の事から話しましょうか。私は何でもできます。例えば、全人類を一瞬にして塵に変える事が出来ます」
俺の使い魔はぶっ壊れ性能を持つようです。まぁ、猫だから気にしないけどな。ぬこ最強。
「ちょっといいか。何でそんな力を持ってるんだ。さっき先生はお前の事を中級って言ってたぞ」
「そのことを話そうとすると長くなるのですが、宜しいですか」
長いのは嫌だが気になるから頷いておく。猫は1拍置いてから話し出した。
「では、初めに私は神に創られました。あ、ここで言う神はこの世界のではなく、マスターが会われた方の神です。神は私に神の5割の力を与えました。因みにこの世界の最高神の全力は神の1割程度だそうです。そして、人は神の5厘ぐらいです」
話の途中だが衝撃的な内容が幾つも出てきた。この猫の言う神とは彰吾の事だろう。
アイツがこの猫を創ったのか、いい仕事しやがってこの野郎。それよりも彰吾がそんなにも強いとは思わなかった。
まぁ、あれだけの世界を管理しているのだから、納得できないことは無い。友達になっててよかった~。
俺が彰吾に賞賛を送っている間にも説明は続いていた。が、ここで問題が起こった。
「おい、お前が俺を呼んだのか」
いきなり声をかけられた。声のした方を向くとさっきの天使がいた。魔法陣に捻じ込んだのに戻って来やがったか。
「いえ、私ではありませんよ。向こうの方にいるヨモと言う男性ではないでしょうか」
「そうか、邪魔して悪かったな」
天使は俺が指差した方に行った。面倒事は四方に押し付けるに限る。
それにしても、話の腰を折られて拗ねている猫も可愛いぃ。猫の機嫌が直るまで撫でまわす。
猫、猫言うのも可哀想になってきたな。名前でも考えてやるか。何がいいかな。
ネーミングセンスが絶望的だから、パッと思いついたりはしない。あまり悩んでも仕方ないからシンプルにつけるか。
見た目で決めるのが無難か。毛色が黒だから『クロ』にしよう。お前は今からクロだよ~。
頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めた。
「すっかり話の腰を折られてしまいましたね。まぁ、急務ではないので後々話していきましょう」
そう言って話を終わらせたが、どこからか携帯を取り出して渡してきた。しかもガラケー。
今時、ガラケーを新しく持つ若者なんているのか。貰えるものは貰う性分だから一応貰っておくけど。
「これは神からの贈り物です」
クロが後付で説明をくれる。携帯をいじくってみるも空っぽだった。一部を除いて。
電話帳に1つだけ登録されている。ご丁寧に友達と言うグループまで作って、その中に『百瀬 彰吾』と名前があった。
そんなに嬉しかったのか、と思っていると携帯が震えた。当然彰吾からの着信だ。
「もしもし」
【あ、もしもし。ひさしぶり、俺だけど覚えてる?】
「あぁ、覚えてるよ。彰吾だろ。元気にしてたか?」
【割と元気にやってるよ。それよりも異世界はどうだ?楽しいか?】
それから、俺の最近あった話をしたり、彰吾の事を聞いたりして時間が過ぎていった。
【そろそろ、切るぞ。後の方だけどイベントも用意してるから楽しんでくれ。それじゃあ、良い異世界ライフを!!】
それだけ言うと本当に切ってしまった。自由神め。不安になる一言を残していきやがった。
イベントが殺伐としておらず、本当に楽しいものである事を願うばかりだ。
使い魔召喚をまだしていないクラスメイトの方を見ると、まだ半分ほど残っている。
使い魔との契約条件が戦闘というパターンもあるらしいから、それで時間を食っているのだろう。
みんなが終わるまで帰れないらしい。最初の方の人は待たされる訳だが、その間に使い魔との親睦を深められるから、悪い事ばかりではない。
普通の人は呼び出すのにも維持するのにも魔力を使うから、長い間召喚することはできない。
その点俺の使い魔は優秀だ。『何でもできる』と言うので試しに魔力なしで顕現するように言うと、魔力が吸われていく感覚がなくなった。
これで心置きなくいつまでもモフモフ出来ると言う訳だ。この後無茶苦茶モフモフした。
何分経ったのか分からないが、ある時空気が震えた様な気がした。何事かと思い周りを見るとみんな倒れている。
はは~ん、これは禁忌召喚が起こっちゃった系だな。俺も面倒事が起こる前にモブ達と一緒に倒れてるふりをするか。
ここで止せばいいものをふとSクラスの方を見てしまった。Sクラスは発生源が近かったみたいで殆どの生徒は倒れている。
倒れていない生徒の中に四方と女の子、それと2人の使い魔(推定)がいて、それらとばっちり目が合ってしまった。
あ、これはマズい。急いで視線を逸らしたが、間違いなく気づかれた。俺の学校生活が終わった。
視線を逸らした先には担任がいた。生徒を避難させようと運んでいるところだった。
俺も生徒を避難させるのを手伝う。運んでいる間にもう一度Sクラスの方を見ると、四方が死神らしきモノと戦っている。
いや、あれは戦ってないな、全てを紙一重で避けて遊んでいる。自分の凄さを見せつけたいのか、アイツは。嫌味なヤローだ。
四方が遊んでいる間にも、俺は必死に生徒を引きずる。ぐったりしている人を運ぶのは思ったよりも重労働だ。
俺が1人を壁際に運ぶ間に先生たちは4,5人運んでいる。尋常でない速さで動いている事から察するに身体強化を使っているのだろう。
俺はまだうまく身体強化が出来ない。どうしても偏りができて上手くいかない。
「それでは明日から魔法の修業をしましょう」
「ナチュラルに人の心を読むな」
クロの提案は悪いものではない。独学で物事を行うのは何かと大変だから、教えてもらえるのは願ってもない事だ。
ただ、人の心を読むのは良くない事だから戒めておく。クロはいま俺の頭でだらけている。
頭が少し重いがこれは幸せの重みだ。頬に偶に当たる前足がプニプニしていて気持ちがいい。
もう、四方の事とかどうにでもなるような気がしてきた。四方と死神の戦いは終盤に差し掛かっていた。
先生の計らいで先に帰してもらえる事になった。今日は短くも濃い一日だった。