6章:入学予定(仮)
あの掌岩熊との戦いから1ヶ月が過ぎた。あれからは3日に1回のペースで依頼を受けて貯金が結構たまった。
依頼の内容も採取系と討伐系の比率が6:4になるように受けた。今でも生き物を殺すのは苦しいが最初ほどではない。
掌岩熊の時は2,3日引きずったが、今では長くて1時間ぐらいで心の折り合いがついている。それが良い事か悪い事かは分からないけど。
まぁ、そんなこんながあった1ヶ月だったが、今日も依頼を受けようと魔動機にギルドカードを差し込んだ。
そこで今までにない事が起こった。いつもなら少し待てば項目が並んだ画面になるのに、今日は文字が映し出された。
『その他の窓口にお越し下さい』と書かれている。俺、なんか悪い事でもしたかな。
呼び出される事が思いつかないが、取り敢えず『その他の窓口』とやらに向かう。
いつもは立ち寄らない端の方にある受付、そこが『その他の窓口』になっている。
受付さんは暇なのか本を読んでいる。仕事の資料だろう。そうでなければ、剛胆な人間と言わざるを得ない。
「あの、魔動機にここに来るようにって書かれていたんですけど…」
「えっ!?あぁ、はい、ギルドカードを貸していただけますか」
ギルドカードを渡すと何やら操作を始めた。手元を見たときに読んでた本の表紙が見えたが忘れよう。男同士が抱き合っていたし。
暫く待つと紙を渡してきた。いつもの魔法陣が書かれた紙。でも1つだけ。帰りはどうしろってんだ。
「ギルド長が待っておりますので、それでお向かい下さい」
ギルドカードを返してもらってからその場を離れる。ギルド長が俺に何の用だ。
考えていても埒が明かないので取り敢えず向かう。魔力を注ぎ浮遊感の後に目の前に現れたのは観音開きの大きな扉。
ノックをして返事を待つ。しかし、何も反応がない。聞こえなかったのか。
さっきよりも強くノックをした。小さな声も聞き逃さないように扉に耳を当てる。
そうしてやっと聞こえるぐらいの小さな声で「入っていいよ~」と言っているのが聞こえた。
許可を得たので扉を開けて中に入る。中に入ってすぐにあるのは接客用のテーブルとソファー。
その奥にギルド長の机がある。机の上には大量ではないがそれなりの量の紙の山がある。
さっきまで寝ていたのか額が赤くなっている。ギルド長は眼鏡をかけながら俺をソファーへと促した。
ギルド長は『クレア・アンカーソン』という名前だ。机にネームプレートが置いてあった。名前から分かる通り女性だ。
緑色の長髪を持つ美人さん。女性のギルド長と言えば大体戦闘狂だと思っていたがそんなことは無いのかも知れない。
ギルド長はお茶を入れている。その動作1つ1つから上品さが見て取れる。
カップを受け取りまずは一口飲む。いい茶葉を使っているのか、紅茶に疎い俺でも美味しいと感じた。
カップをソーサーの上に置きギルド長が話し始めるのを待つ。一体何の話が始まるのだろうか。
「急に呼び出して、ごめんね。で、話なんだけど、魔法学校に通ってもらう積もりなんだけどいいよね」
「あ、そのお話でしたらお断りさせていただきます」
「そう言ってくれると思って、学校の資料を持って来たんだ……って、えぇっ!?断るの?なんで?」
ギルド長は取り出した資料を床に落としてしまった。何でと聞かれても、行きたくないからとしか答えられない。
でも流石にそれだけでは断る理由としては弱い気もする。もっと正当な理由じゃないと…
「いえ、入学するとなると、いろいろとお金が掛かるじゃないですか。そんなお金は持っていないのでお断りします」
どうだ、中々に正当性があって説得力のある理由だろ。ギルド長は悩んでいる様子だ。
「断る理由はお金がないからなんだよね。それじゃあ、私が貸してあげるから通ってみない?」
その返しは想定済みだ。
「そこまでして頂くのは申し訳ないです。それに、到底返せる額ではないのでお断りします」
決まったと思っていたギルド長は俺の返しにぐうの音も出ないみたいだ。
それからギルド長は持っていた資料を読み始めた。攻略の糸口を見つけようと必死だ。
奨学金はダメよね、とか、Sクラスなら!でも、そんな力は無いとか言われそうだし、とか、ブツブツと呟きながら読み進めていく。
俺はそんなギルド長を見ながら適度に冷めた紅茶を飲む。何でそこまで通わせたいのだろうか。聞いてみるか。
「あの、どうして通わせようとするのですか」
「どうしてって…魔法学校に通うのは義務だからよ。魔法学校に通ってない未成年をギルド員にしちゃいけない法律があるのよ」
義務教育なのか。それなら、今頃言ってきたのも分かるな。俺はつい最近、ここの国民になったからな。
さっきは言わなかったが、この1ヶ月の間で国民になる手続きを済ませ、先週からガラリア国民となった。因みに『ガラリア』はこの国の名前だ。
前までは旅人だったから何もなかったが、国民となった事で義務を果たさなければいけなくなったと言う訳か。
通わせないといけないが、お金がないからギルド長はあんなにも悩んでいたのか。これは面倒臭いことになった。
まぁ、貯金があるから出そうと思えば出せるけど言わないでおこう。ギルド長はどんな解決策を出すのかな。
暫く経ってもギルド長は相変わらずウンウン唸っている。
でも、解決策が見つからないからじゃなくて、踏ん切りがつかないからの様に見受けられる。
こっちとしては紅茶を飲み干してしまったから早いとこ決めて欲しいんだけど。紅茶なしで茶請けを食べるのはきつい。
ギルド長は腕を組みウ~~~ンと言いながら仰け反っていく。頭がソファーの背もたれを越えた所で勢いよく起き上がった。
「分かった…お金は私が出してあげる。返さなくていいわ。但し、条件を幾つか呑んでもらうけど」
「その条件とは…」
「条件はとっても簡単なことよ。1つはズル休みをしない事。もう1つはすぐじゃなくてもいいけど絶対にSランク以上になる事」
本当に簡単なことだった。日本にいた頃は学校を風邪以外の理由で休んだ事は無いし、Sランクにも何れはなるつもりだった。
こんな条件、俺にとってはあってない様なものだ。これなら、断る理由もないな。
「その条件を呑みましょう」
「本当に?よかった~。これで怒られずに済みそう…」
俺が言うのも変だけど、立場が逆転していないか。一ギルド員がギルド長に対してなに上からモノを言ってんだって感じだよな。
ギルド長もお人好しだよな。ギルド員とはいえ他人にお金をあげるなんて狂気の沙汰としか思えない。
俺だったら断られた時点で、ギルドから脱退させるな。その方が簡単だし何よりもお金が減らない。
そんな事を思いながらも手続きを進めていく。この書類だけで取り敢えずは入学できるらしい。
でも2週間後にテストがあるらしい。何でもクラス分けの為にするらしい。
クラスはA~Lまでが普通でSだけが特別なんだそう。
Sクラスは完全実力主義で決められていて、いくら貴族の出や財界の出であっても優遇される事は無いらしい。
まぁつまり、テストはSクラスに入れるかどうかを見る為で、結果が悪いから入学が出来ない、なんて事はないらしい。
俺はSクラスになんか入りたくないから適当に流すだけだ。そのつもりだったがギルド長はそうではないみたいだった。
手続きをした次の日からずっと呼び出されてテスト勉強をさせられた。
名目としては学校に行っても取り残されないようにする為の勉強だが、裏にSクラスに入れるという目標があったに違いない。
Sクラスになれば入学金や授業料が免除されるからな。それを狙っての事だろう。
そんな事があり、2週間テスト勉強漬けだった訳だ。そしてついこの間テストがあり受けてきた。
結果はテストの3日後ぐらいに届き、残念ながらSクラスには入れなかった。
結果を報告した時のギルド長の顔を忘れる事は出来ないだろう。あの悲しみを必死に隠そうとした引き攣った笑顔を。
そんな濃い2週間を過ごした俺は今、久しぶりの休日で思いっきり羽を伸ばしている。
暫くしたら学校が始まるから、のんびり出来るのは今ぐらいなものだろう。
学校が全寮制な為にブレットさんの宿を出なくてはならない事が心苦しい。
因みに、『ブレット』は親父さんの名前で1ヶ月の間で判明した。切っ掛けは他の人が『ブレットさん』と呼んでいるのを聞いたからだ。
ブレットさんに宿を出ると言った時、すごく悲しそうな顔をしていた。
たまに顔を見せに来ると言うと、部屋を空けて待っていると言ってくれた。例えそれが冗談でも嬉しかった。
それからは今までお世話になった人達に挨拶に言ったり、買い物をしたりして過ごした。
そして、今日は始業式の日だ。今はもう寮に移っていて何日かここで過ごした。
行動力のある人はその数日で色々な人と話して交友関係を広げていったみたいだ。
俺は当然行動力のない人なので、部屋に籠ってばかりいたけれど。そんな引き籠り生活も今日でおさらばだ。
まだ一度しか袖を通していない制服をクローゼットから取り出し着替える。
制服はブレザータイプだ。黒色がベースで襟には赤色の細いラインが入っている。左胸のポケットには校章が縫い付けられている。
糸が付いていないのを確認してから部屋を出る。俺の新しい異世界生活が今日から始まるんだ。楽しみだな。