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4章:魔法のお勉強

朝日が眩しい。窓から差す朝日に叩き起こされる。昨日の気怠さは何処へやら、今ではすっかり快調だ。


ギルドカードを見ると『60,900/60,900』と魔力量が増えていた。成長期だからか?


それにしては綺麗に増えている。計算したところ58,000のきっちり5%増えている。


もっと微妙に増えてもいいと思う。例えば、58,960みたいに。


そうなっていないと言う事は何か原因があるに違いない。スキルとかに原因があるかも知れない。


おあつらえ向きに『過回復オーバーリカバリー』なんて言うスキルがあることだし。


仮定なんだが、過回復は体力の回復スキルではなく、魔力の回復スキルではないだろうか。


それに、過回復の漢字を素直に捉えると『度を超えて回復する』と言う意味になる。


つまり、俺の魔力は元々58,000だったが、過回復が発動したために60,900になってしまったんじゃないだろうか。


そこまで考えると突然ギルドカードからパンパカパーンとファンファーレが鳴り響いた。


突然のことにベットから落ちそうになる。コレにはこんな機能も付いているのか。


鳴り止んだタイミングを見計らいギルドカードを見るとスキルが増えていた。『究明者』と言うスキルが。


『究明者』って何だ、と思うと『究明者』の説明が出てきた。このカード本当にハイテクだな。


『究明者:人よりも閃き易くなる』と説明されている。究明者と言う割にはショボイ効果だな。


謎を何でも暴く、みたいな効果につけるべき名前だろ。それは取り敢えずわきに置いておいて他も見るか。


まずはさっきまで考えていた『過回復』を思い浮かべる。直ぐに切り替わり『過回復』の説明が出た。


『過回復:魔力を通常の2倍回復する。特例として魔力が0の時に発動すると最大魔力量を20%増加する』


中々のぶっ壊れ効果じゃなイカ?これを何十回と繰り返していくと実質無限の魔力を手に入れられる。


いや、待てよ。魔力を0にするって事はつまり、あの苦しみを味わう事になるんだよな。割に合わないかも。


過回復についてはこれ位でいいか。遂に大本命の登場だ。『またたび』と言うスキル。


これには期待している。『またたび』は猫関連のスキルと言う事が容易に想像できる。さて効果はいかに。


『またたび:猫が寄ってくる』


シンプルだな、でも嫌いじゃないぜ。思った通り猫関係しかもプラス効果のスキルだった。


これは常に発動してようかな。魔力を使わなければ、の話だけど。


ギルドカードを見るのはここまでにして朝食を食べに行くか。


今の正確な時間は分からないが、大体7時ぐらいだと思う。


規則正しい生活をしてきたし、その生活リズムが染みついている筈だ。


扉を開けるといい香りが流れ込んできた。やっぱり丁度いい時間に起きたみたいだ。


下に降りようと思ったが立ち止まる。コートは脱いでいった方がいいか。


コートを脱ぎベットに放り投げた所で気づいた。サバイバルナイフがない。飛竜の頭に刺したままだ。


それに風呂にも入っていない。気づいたら何だか体が気持ち悪くなってきた。


やる事が多すぎるが、今は朝食だ。腹が減っては戦はできぬ、とも言うし全ては食べてから考える事にしよう。


しっかりと鍵を閉めてから階段を降りる。1階が近づくにつれて香りが一層強くなる。


グーと腹の虫が喚きだした頃に食堂に着いた。


「よう、起きたか。メシはこっちだからトレイ持って来い」


「おはようございます」


トレイを持って行きご飯を受け取る。横にある大きな鍋には味噌汁が入っている。お玉とお椀も用意されている。


「バイキング形式だから好きなモン取って食いな」


「はい、分かりました」


さっき見つけた味噌汁の他に卵焼きやポテトサラダなど沢山の料理が並んでいる。これは絶対、価格設定がおかしい。


味噌汁をつぎ焼き魚とお漬物を取って空いている席に座る。他には2人が席に座り朝食を食べている。


一方では23歳位に見える女性がパンにジャムを塗っている。


他方は肉だけが盛られた皿の前に鎮座する細身の男性。年は25歳前後だと思う。


人が少ないな。満室だったはずだから、俺を抜くと5人は泊まっている事になる。


後の3人はもう食べてしまったのだろうか。見てみたい気持ちはあったけど、まぁいいか。


おかずは全て食べてしまい、ご飯も残すところ後一口。それも食べ終わるとお茶を飲み一息つく。


今日の予定を立てるか。取り敢えず部屋に戻ったら真っ先に風呂に入る。これは確定だな。


その後はサバイバルナイフと飛竜をどうにかしよう。解体屋みたいな所ないかな。あればそこに丸投げで。


無ければボックスに入れたままでいいか。これ位じゃあ半日も潰せないかも知れない。


でも、今は他に何も浮かばないから保留にする。風呂に入ってる間に何か思いつくだろ。


トレイを返却口に置いて部屋に戻る。戻る途中で2階から降りてきた人とすれ違った。


大きな斧を背負った小さな少年だった。少女だったかも。そんな中性な顔をした子供は出かけるようだ。


上から来たと言う事は客だ。同伴者も居ないのによく泊まれたな。


少年?は受付にも居ない事に気づくと困ったように辺りを見渡した。


「あっ、鍵はそこに置いといてくれ」


親父さんが食堂から声をかける。少年?は受付に鍵を置くと親父さんにお辞儀をしてから出て行った。


声を聞く事は叶わなかったが礼儀正しい子供だった。それにしても、あんな小さな子供の武器が大きな斧とは。


振り回せるのだろうか。逆に斧に振り回されると思うんだが。扱えるから武器にしてるんだろうけど。


部屋に戻ってきたのはいいのだが重大な事に気が付いた。着替えの服を持ってないかも知れない。


手持ちの巾着には食料しかなかったし。最後の希望としてはボックスの中に入ってるかどうか。


ただ、ボックスは出来れば開けたくない。ごっそりと魔力を持ってかれるし、無かった時の心の傷も大きい。


うだうだ言ってても仕方がないから開ける。


常識的に考えて旅をしている(設定)なら持ってるだろうと言う考えからだ。


後は飛竜の脳漿で汚れていない事を願うばかりだ。ついでにサバイバルナイフも取っておくか。


昨日よりも小さな穴をイメージしてボックスを発動させる。両手で輪を作った位の穴が空中に浮かぶ。


昨日みたいにいきなり気持ち悪くなったりしない様だ。維持する為の魔力も少なくなっているのも分かる。


穴を覗くと飛竜とお目当ての衣服等が見えた。着替えとタオルを取り残りは飛竜から遠ざける。


次はサバイバルナイフだ。飛竜の頭には予想していた通りサバイバルナイフが刺さっている。


引っ張ってみるも中で引っかかっているのか抜けそうにない。前後に動かしながら引くとやっと抜けた。


飛竜の頭からは血どころか脳漿が一滴も流れてこない。サバイバルナイフにはべっとりと付いているのに。


衣類が汚れなくて済むからいいけど。サバイバルナイフに目を落とす。血や脳漿が付着して切れ味が悪くなってそう。


錆びたらどうしようとも考えるが手入れの仕方なんて知らないので水で洗う事にする。


いや、風呂に入るついでに洗うか。水が節約できるし。天才じゃねーか。頭の回転の速さにビビるぜ。


……空しくなってきたし風呂に入るか。ボックスを消す前に今着ている服を放り込む。勿論、浴槽の近くで。


部屋のど真ん中ですっぽんぽんに成る程変態ではない。全裸にサバイバルナイフも中々に変態だけど。


知ったこっちゃねぇと全力で身体を洗う。ボディソープの泡で体を覆いシャンプーで髪を泡立たせる。


全身を泡で覆ったらシャワーで一気に流す。これが気持ちいい。


お湯を出し続けているシャワーヘッドを固定し、サバイバルナイフを丁寧に洗っていく。


ゴシゴシと擦りながら洗うと刃についていたぬめりが取れた。今できる事は全てやったかな。


シャワーを止めてタオルで体を拭く。ある程度拭き終わったらさっき用意した服を着る。


ジーパンに長袖のTシャツ。Tシャツは白地でお腹の辺りにドラゴンの横顔が印刷されている。


その上にコ-トを着る。この組み合わせはダサい気もするがファッションなんてものはよく分からない。


太腿にホルダーをつけてそこにサバイバルナイフを入れたら準備は万端。部屋を見渡して忘れ物がないかを確認する。


忘れ物が無いのを確認すると鍵を持って部屋を出る。鍵は閉めた方がいいのだろうか。


よく分からないから開けたままにして階段を降りる。1階まで下りて受付を見ると親父さんがいた。


「もう、行くのか」


親父さんが何だか寂しそうに聞いてきた。図体がデカい割に寂しがり屋なのかも知れない。


「はい。それで、相談なのですが、今夜も泊めて頂く事は可能でしょうか」


そう聞くと親父さんが目に見えて明るくなるのが分かった。


「ああ、可能だ。継続宿泊割引で1,800イェンと安くなるから今日だけと言わずずっと泊まってもいいぞ」


但し料金は頂くがな、と小さな声で付け足した。泊まれるのは嬉しいがここの経営が不安になってきた。


鍵を親父さんに渡して宿を出ようとした。が、その前に聞いておきたい事を思い出し体を戻す。


「この近くに解体屋みたいな所ってありますか」


「解体屋なら出て右の方にずっと行った所にあるぞ」


親父さんにお礼を言って今度こそ本当に宿を出た。外は天気が良く気持ちがいい。


早速、右の方に向いて歩き出した。道幅は広く宿がある側から反対にある建物まで50mは優に超えていると思う。


道幅が広すぎて中央で移動式の店が幾つもある。ポップコーンや綿菓子などが売られ賑わっている。


その大通りを進んでいくと道がY字に分かれている。その道の集合する場所に俺が所属するギルドがある。


そのギルドを左目で見ながら右の道を進む。道幅は狭まったがそれでも十分な広さがある。


暫く歩いていると向こうの方から馬車がやってきた。人がいるからか速度は出ておらず歩いていても避けられる。


馬車は豪華で偉い人物が乗っている事は一目瞭然だった。俺がいる道をずっと行くと城がある。


俺は凄く嫌な予感がした。馬車を見るのを中断して早々にその場を離れた。


あの馬車が向かう先にはギルドがあるが俺には知ったことでは無い。


馬車の事は忘れる、そう心に決めて歩いていると血生臭い場所に辿り着いた。


その血生臭い場所には建物が立っている。建物は2階が居住空間になっている様で窓からカーテンが見える。


1階は作業場になっていて隣の家との間にある壁以外は隔たりがない。奥の方には2階に上がる階段がある。


左右と後ろの壁だけで支えられている2階は今にも中央から崩れ落ちてきそう、ではない。


この建物が日本にあれば間違いなく崩れ落ちているだろう。これも魔法がなせる業か。


魔法って便利でいいなぁと思っていると奥にいた小さなおっさんと目が合った。


小学生が座るような小さな椅子に立派な髭を蓄えたおっさん。眉間にしわが寄り堅物そうな顔をしたおっさん。


そんな普段なら絶対に避ける人種のおっさんに歩み寄った。何故か、それはここが目指していた解体屋だからだ。


ここがそうだと断定できた根拠は血の臭いと地面に残った血の跡だ。地面は綺麗にされているが薄らと血の跡が見える。


この跡は幾ら綺麗にしても解体する量が多いために完璧に綺麗にする事が出来ない為に着いた跡に違いない。


「すみません、ここは解体屋で間違いありませんか」


「ああ、そうだよ」


低くしゃがれた声で返答してくれた。短い返事は職人然としていて好感が持てる。


「解体をお願いしたいのですが…」


「獲物は」


「飛竜です」


そう答えるとおっさんは口を大きく開けて静止した。案外とリアクションが大きいんだな。


暫くして正気に戻ったおっさんは頭の悪そうな顔を止め、元の威厳のある顔に戻った。


「それなら、下に行くぞ。ついて来い」


おっさんは椅子を退けると地面にある取っ手を引っ張り上げた。中は薄暗くよく見えないが階段がある様だ。


おっさんが壁を探り何かをすると魔球が灯り階段を淡く照らす。


おっさんがさっさと行ってしまったので慌てて後を追う。


天井が低い為に暫くは屈んでいたが、進むにつれて立って歩けるようになった。


おっさんは小さいからそのまま行けたみたいだが、少しは普通の人の事を考えてほしい。


地下に着くとその広大さに驚いた。隣の敷地を侵している筈だが商売できていると言う事は何かカラクリがあるのだろう。


カラクリも何も間違いなく魔法だ。しかし、ここはあまり使われていないのか上よりも血の臭いがしない。


大物は狩られる事が少ないのか、それとも、別の大きな解体屋があるのかのどちらかだと思う。


「それにしても、お前さんはどうして飛竜なんて大物をここに持って来たんだ。他にもあっただろ」


絶妙なタイミングでおっさんから聞かれた。やっぱり他にもあったのか。


「宿の親父さんに解体屋の場所を聞くとここを紹介されました」


「あのスキンヘッドのヤツか」


「はいそうです」


アイツはまたお節介を…と呟きながらも嬉しそうにするおっさん。


おっさんは人が50人は雑魚寝出来るくらい大きな台を覆っている布を退けている。


退ける時に埃が舞う。その埃が魔球に照らされまるで夜に降る雪の様だ。と詩人みたいに言ってみたけど無理がある。


埃はどう見ても埃だった。台にかかった埃を掃うとおっさんがこちらに振り向いた。


「じゃあ、出してくれ」


出してくれと言われてすぐに出せるモノではない。そう文句を言いたくなったが堪えて台に近づいた。


台は長方形になっていて奥側の短辺に立ってボックスを開く準備をする。


準備と言っても大きさと斜めになるイメージをするだけ。斜めにする理由は飛竜を滑り落とす為だ。


斜めにするイメージが固まったので、右手を前に出して「ボックス」と唱えた。


ボックスの穴はイメージ通りの大きさと角度で開いた。続いて飛竜がずるりと出てくる。


ついでに服を巻き込んで出てきてしまった。くそ、ボックスの中に仕切りがあればいいのに。


ぶつぶつと文句を言いながら服を集め、ボックスに入れながら戻るとまたおっさんが停止していた。


未だに服が散らばっているのでおっさんを無視して集める。


集め終わっておっさんを見ると大分落ち着いた様だ。


「こんなに綺麗なモンは久しぶりに見た。飛膜はボロボロだがあまり需要がないからな良いだろ」


おっさんは嬉々としてボックスに手を突っ込み、使い込まれた包丁を取り出した。


「どこまで換金するんだ」


「お肉を少し貰えればいいので、殆ど換金してください」


飛竜の肉を食べてみたい。親父さんに頼めば焼いてくれるだろう。後は任せてその場を離れた。


あの出口に行くにつれて天井が低くなる階段を上り地上に戻る。1階の血の臭いに再びしかめっ面になった。


この臭いは幾ら嗅いでも慣れることは無いと思う。道路に行き少し離れてから深呼吸をする。


この世界は排気ガスを出す車がないから、街中でも空気が澄んでいる、気がする。


影を見ると短くなっている。昼時なのかも知れない。丁度いい時間に出て来れたが長居し過ぎた感もある。


昼ごはんは何処で食べようか。と考えるも選択肢がギルドしかない。


他の飲食処を知らないし、知っていても入る勇気がない。


午後からギルドでやりたい事もあるし丁度良いからギルドに行くか。


ギルドに着くと全体的に騒々しい印象を受けた。昨日も騒がしかったが今のソレは明らかに違う。


ギルドの右側にあるフードコートに向かいながら聞き耳を立てる。


「おい、さっきのヤツ見たか。アレが勇者らしいぞ」


「前々から話題になってた勇者召喚、成功したのか。にしてもなんか頼んない感じだったけどなぁ」


「お前も思ったか。何でもアイツ、力はあるのに性格に難があるらしくてな、Cランクスタートらしい」


「おいおい、そんなヤツで大丈夫かよ。簡単に死んだりしないだろうな」


「そいつは分からねぇが、さっきも言った通り力はあるから性格が直ればすぐに戦力になるって話だぜ」


男2人が声も潜めず話しているのを聞くとどうやら勇者の話の様だ。その勇者は間違いなく神座だろう。


アイツは性格に難があるしタイミング的にもばっちりだ。あの時の馬車はやっぱり王宮のやつか。


勇者として呼ばれたのにCランクとは何とも情けない話だ。今頃は王様や大臣たちも頭を抱えているに違いない。


騒がしい原因が判明した事だし、昼ご飯は何にするかな。


出店内容を見てみると右から、うどん屋的な店・牛丼屋的な店・ラーメン屋的な店等々。


ざっと数えると10~15店舗ある。こんなにあるとどれにするか迷ってしまう。


1つ1つ見ていくと気になる店を見つけた。それは、ステーキ屋と中華料理屋の間にある店。


それは!『海鮮丼屋』!ババーン!と言うほど大層なモノではないが俺の好物ではある。


魚の種類も良く知っているサーモンからどんな感じなのかも想像できないガライアまである。


怖いもの見たさでガライア丼を食べてみるのもありだが、今日は無難なサーモンいくら丼にしておく。


混雑しているが、席は余りある程あるので席を確保する必要はなさそうだ。


海鮮丼屋の列の最後尾に並んでいる時に、解体が何時に終わるのかを聞くのを忘れた事に気づいた。


夕方に行けばいくらなんでも終わっているだろう。考えている間にも列は進んでいき俺の番まで回ってきた。


注文は何の問題もなく済み、丼が載ったトレイを持って席を探している時に問題が起こった。


ギルドの左側にあるフードコートに四方と昨日の女の子が一緒にいるのを目撃した。


女の子が無事四方に引き取られたのは安心したが、四方や女の子に会うのは非常にまずい。


四方と女の子に背を向けて出来るだけ遠くの席に座ることにする。


奥の、それも柱の陰に空いている席を見つけた。他の人に取られる前に急いで取りに行く。


無事に席を取ることが出来た。改めて丼の中を見てみるとサーモンが隙間なく敷き詰められ中央にいくらが盛られている。


これだけでも驚くのに、値段がたったの800円。食品偽装していないか心配になるくらいの値段設定だ。


俺の舌はバカだから美味ければ偽装でも良い。何はともあれ、この丼を堪能しながら午後からの予定を確認しておこうか。


午後からは魔法の勉強と練習をする。場所はこのギルドの練習場を使う。


この計画は昨日魔動機をいじっている時に思いついていた。朝は頭が起きてなかったから忘れてたけど。


魔動機にあった文字列の中に『練習場利用申請』と言う項目があった。


利用にお金がかかるかも知れないが、今なら懐もそれなりに温かいから大丈夫だろう。


もっと余裕があれば本屋に行って『魔法入門』みないな本を買いたかったがないので我慢するしかない。


丼も残り僅かとなり惜しみながらも全て平らげる。美味しい。ぬるくなったお茶を飲み一息ついた。


昼時で混雑しているが席はまだ沢山空いているから、のんびりしていても迷惑にはならない、と思う。


湯呑を空にするとトレイを返すべく立ち上がる。返しに行く間も四方と女の子に気を付けて歩いた。


トレイを返却口に置くとすぐに魔動機に向かう。魔動機もかなりの数あるが念には念を入れて行動する。


他の人はまだ食事をしているのか、はたまた、もう済ませてしまったのか、魔動機は静止して並んでいた。


コートのポケットに無造作に入れていたギルドカードを取り出し、魔動機に差し込んだ。


少し待つと画面が暗転し昨日見た画面になった。早速、画面の左にある文字列の中から『練習場利用申請』を選ぶ。


次に出てきた文字が『個人練習場(有料)』と『大練習場(無料)』の2つだった。


練習場にも種類があるんだな。考えている間にも指は『大練習場(無料)』を押していた。


無料の魔力には逆らう事が出来なかった。魔動機がガガガと震えたかと思うと上から紙を吐き出した。


紙には円の中に様々な文字が書かれた、『魔法陣』と呼ばれるものが2つ書かれている。


2つの魔法陣の間には切り取り線が入っていて、それぞれの紙の左上には『行き』と『帰り』も書かれている。


紙を2つに分けて、行きと書かれた方の魔法陣に魔力を流し込む。


魔法陣が光り視界がぼやけた後に一瞬の浮遊感があり、地面の感触を再び感じたときには練習場と思しき場所にいた。


人はそれなりにいるが少なく感じる。その原因の1つは練習場の広さだ。


広さと言えばよく東京ドームと比較されるが、行った事もないから比較なんて出来ないがかなり広い事だけは言える。


俺は今壁を背にして立っているのだが反対側の壁がぼんやりとしか見えない。


こちらの壁際には一定間隔で棚が置かれている。その棚の間にたまに自動販売機らしきものもある。


棚の中にはボロボロの本や新品みたいに綺麗な本が入っている。それらの1つに『魔法の基礎・土』があった。


これは買わなくて正解だったな。早速、『土』と『水』の本を手に取り棚と自動販売機の間に腰を下ろす。


地面は舗装されておらず土だったが、近くに椅子が見当たらないから仕方がない。


最初の数ページに確認したかった事が書かれていたので残りは斜め読みする。


確認したかった事とは『魔法はイメージが大切』と言う事だ。後は難しい理論の話が続いている。


本が半分ぐらい終わった所で魔法がいろいろと書かれている。一番最初に書かれている魔法は『土球』だった。


本当は『ロックボール』で、所謂ボール系と呼ばれる魔法で初歩にあたる魔法らしい。


だからより正確に言うなら『土球』ではなく『岩球』だろう。


岩球と言い換えたのはロックボールよりもイメージし易いからであって、間違っても恥ずかしい訳では無い。


ロックボールとか中2も大概にしとけとも思っていない。


なんにせよ、案ずるより産むが易しと言うし、魔法の練習を始めるか。


あまり理論武装してもイメージの邪魔になるだけだし。頭でっかちは応用が利かない。


岩球で重要な情報は『理想魔力量:20~30』だけだ。この間で発動できるようになれば及第点だろう。


丸い岩が手から少し離れた場所に出る様にイメージして『岩球』と唱えた。


体の中にある何かが手先から抜ける様な感覚の後に、お世辞にも丸いとは言い難い岩の塊が現れ落ちた。


浮くと思っていただけに落ちた時には多少なりともショックを受けた。


始めから上手く行く訳がないが、ありありと失敗を目にすると心に来るものがあるな。


へこむのは凡人にも出来る、偉人になるためには失敗から学ぶ事が大切だって何処かの誰かが言ってるかも知れない。知らないけど。


まずデコボコの原因については、上手く『丸』をイメージ出来ていなかったからだろう。


解決法としては実際に丸いものを見ながらイメージするのがいいだろう。これでデコボコについては取り敢えず解決だな。


問題は1つ1つ解決するに限る。一気に全ての問題を解決しようとしても上手くいかない事が殆どだ。


かく言う俺も一気に解決しようとするタイプの人間だった。それで上手くいかなくて嫌になって放り投げてきた。


が、一度問題を虱潰しに解決していったところ、全てが好転した。そうだ、この方法を『針山メソッド』と名付けよう。


本にして売り出せば100万部は堅いな。冗談はこれ位にして地面に円を書く。


都合よく球体が近くにないから致し方ない。綺麗な円を書くのに10分ほどかかったのは内緒。


円を見ながら球体をイメージしてもう一度『岩球』と唱えた。


また手先から少し離れた所に現れすぐに落ちた。今度のはさっきよりも円に近づいている。


それでも多少はデコボコしている訳で。まだまだ改善の余地はある。


悪かった面ばかりを見ていても気分が萎えるだけだから、次に取り掛かる。


そうして発動させては良くなかった点を挙げ、それを解決していく方法をやっていき20を超えた所で疲れてきた。


ギルドカードを見ると『魔力量:28,874/60,900』と結構減っていた。


ボックスで魔力を使い過ぎたからかも。丁度いいしここで休憩にするとしよう。辺りに散らばる岩を無視して。


自動販売機に向かってどれを買おうか悩む。ラインナップとしては飲料が大半を占めているが食品も少し入っている。


昼ご飯をさっき食べたばかりだから、食べ物は除外するとして飲み物をよく見てみる。


飲み物は中々パンチの効いたものばかりだ。『ドラゴンブラッド』や『マンドラゴラン』なんて言うザ・異世界の飲み物がある。


普通の緑茶やアップルティーもあるが、ここは敢えてドラゴンブラッドを選ぶ。


値段はたったの200円。高い気もするがそんなのは気にすることではない。


ボタンを押すとゴトンという音とともに出てきた。見た目は少し長い缶ジュース。


開けて中を覗くと赤いどろっとした液体が入っている。特に変な臭いはしない。


気合を入れて缶を傾け中のものを飲む。少しピリッとするが味は悪くない、と言うよりもむしろ美味しい。


ベリー系な味がする。原材料は怖くて見れないが何が入っていても文句は言うまい。


飲みながら辺りに転がっている岩を見やる。これどうしようかなぁ。


放っておいてもいいのだが、傍から見るとシュール過ぎるよな。


岩をよく見てみるとひびが入っているのが分かる。試しに近くにあった岩を踏んでみると呆気なく壊れた。


これは流石にヤバいか。中2とか言ってる場合じゃないかも知れないな。


恥ずかしいから出来ればしたくなかったけど、するか『詠唱』を。


詠唱:魔法を安定させる為に使われる言葉、又はその言葉を唱える行為を指す。(『魔法の基礎』第1章・基礎、より引用)


今、俺が練習している岩球もといロックボールの詠唱は次の様な言葉だ。


『我求むるは岩の如き球 ロックボール』。意外に短いが短い中にも恥ずかしさがたっぷりと含まれている。


まず、我とか言うのが恥ずかしい。次に、岩の如きとかも普段言わない。


それに、我とか如きとか言ってるのにロックボールってどういうことだよ。何でそこで英語になんだよ。


ここの世界の人は普通に詠唱するし、魔法だけが英語になっていても違和感を感じないと言うのだから尊敬する。


一通り文句を言ってすっきりした所で、本を左手に持ち右手を前に出しながら詠唱する。近くに誰も居ない事も確認して。


「わ、我…求むるは…岩の…ご、如き球 が、岩球」


恥ずかしさを目一杯抑えてるも、滲み出る恥ずかしさに押し潰されそうになりながら言い切った。


何時もの少しの脱力感の後に現れた岩は落ちる事無く存在している。しかも完全な球体で。へこむわぁ。


取り敢えず動かせるか試してみる。右に行けと念じながら右の方を指さす。


すると岩球は空気中を滑るかのように右方向へと動いた。今まで上手くいかなかった分テンションがすごく上がる。


その後も暫く岩球を動かして遊んでいたが、そろそろ飽きてきたので岩球を地面に下ろす。


失敗作と並べて見ると差がより顕著になる。そう言えば固さを調べてなかったな。


地面に転がっている綺麗な岩球を思い切り踏んだ。岩球は壊れる事無く俺の足にダメージを与えてきた。


マジで完璧な岩球だな。詠唱って本当に凄いんだ。中2なだけはある。これで見本が出来た。


今さっきの感覚を思い出しながら、今度は詠唱しないで魔法を発動させた。


今度の岩球は今までの失敗作なんて目じゃない位の出来栄えだ。


詠唱した岩球には見劣りするものの、それでも球体と言える形になっている。


いける、これならいけるぞ。これを機に俺は窓からの光がオレンジになるまでずっと岩球の練習をしていた。


恐らく100個目の岩球を発動させた時に世界が揺れ始め、漸く夕方になっている事に気が付いた。


この揺れは魔力量が少なくなった事が原因だ、と昨日学んだ俺は早速『過回復』を発動させた。


カードに書かれた魔力量が見る見るうちに回復していった。気持悪いのも直ぐに治った。


チート並の効果だな。使うのは控えめにした方がいいかも知れない。楽しくなくなるしな。


さて死屍累々の如く散らばる岩球をどう処理しようか。試しに消えろぉ~と念じてみる。


手なんかもヒラヒラさせてみる。ふざけてないで真面目に考えるか、と思った矢先に岩球に異変が起こった。


効果音をつけるならファッサ~だな。そんな音が聞こえてきそうな位軽い感じで岩球が跡形もなく消えた。


推測するに、岩球を構成していた魔力が岩球である事を止めたのだろう。現に岩球があった所の魔力量が多い気がする。


岩球の問題は解決した訳だが、俺はここで重大な事に気が付いた。昨日から土属性しか使ってねぇ。


これは由々しき事態だ。水属性が拗ねてしまうぞ。水属性に感情があればだけど。


明日こそは水属性を使うか。そう決心してポケットに入れていた帰りの魔法陣に魔力を流す。


行きと一緒で浮遊感を感じたと思ったらギルドの中にいた。隅の方で誰の邪魔にもなっていない様で良かった。


早く解体屋のおっさんの所に行かなくては。時間を言うのを忘れていた向こうも悪いがゆっくり練習し過ぎた。


街行く人の間を縫いながら走った。解体屋に着いた頃には太陽が半分くらい見えなくなっていた。


店の奥には心なしかムスリとしたおっさんがいる。


「時間を言うのを忘れてた俺が言えた義理じゃぁないが、遅すぎやしねぇか」


「ハァ…ハァ…ご尤も…です…」


さっき同じ事を思いました、おっさん。膝に手をついて息を整える。深呼吸を何回か繰り返す。


俺の息が整ったのを確認すると、午前と同じように床の扉を開けてさっさと行ってしまった。


もう朝で慣れてしまったので何も思わず後ろをついて行く。


地下は朝よりも格段に血生臭さ指数が上がっている。そんな指数は無いけどニュアンスが通じればいい。


血生臭い原因は言わずもがな飛竜で。その飛竜はと言うと例の台の上でバラバラにされている。


依頼した手前口にして言えないけど、これパッと見は猟奇殺人の現場にしか見えない。


皮とか肉とか種類ごとに集めているのとかも、犯人のこだわりに思えるし。


なんと言っても首から上の部分を綺麗に残しているのも殺人感に拍車をかけている。


「あの首ははく製にするつもりだから残してある。お前に渡す分の肉は別に取ってあるが、本当に全部換金しちまっていいんだな」


「あっはい、お願いします」


返事を聞くとおっさんは自分のボックスに全てをしまい込んだ。ボックスを詠唱もなしで発動させるとは中々やりおる。


実際は中々なんてものじゃなく、手練れである事は一目瞭然だ。おっさんはボックスを消す前に中から何かを取り出した。


それは電卓で、おっさんはあーでもないこーでもないと言いながら計算をしている。


やっと計算が終わった様で電卓を俺に見せて、「この金額でどうだ」と言ってきた。


あれ?目がおかしくなったかな。若しくはおっさんの打ち間違いか?電卓にはありえない金額が映し出されていた。


いち、じゅう、ひゃく…と繰り上がって数えるのもウンザリするほどの額。


その額なんと9750万円。殆ど1億円だ。こんなの10代が持つような金額じゃない。


「こ…これは、何かの間違いでしょう」


「まだ足りないってことか」


「いやいやいや。逆、逆です。高すぎるんですよ。どうなったらこんな事になるんですか」


そう言うと紙とペンを取り出し内訳を書き出してくれた。


『はく製・・・1000万イェン、肉(約1.5トン)・・・7500万イェン、竜骨(約5トン)・・・1250万イェン』


もう訳が分からない。結論としては、竜高すぎ・俺、半生遊んで暮らせる。


考える事を放棄した俺は、半ばヤケクソに同意してお金を受け取る事にした。


お金の受け渡し方法は至って簡単で、おっさんにギルドカードを渡すだけ。後はおっさんがしてくれる。


ギルドカードには銀行のカードとデビットカードの機能も付いていて、このカード1枚で支払いや貯金が出来る。


会計も無事に終わったので帰る。おっさんにお礼を言ってこの場を立ち去ろうとして大事なことを思い出した。


肉を貰ってねぇ。階段の1段目に乗せようとしていた足を戻しておっさんの方に向き直る。


「そう言えば、お肉を貰っていませんでした」


「あぁ、そうだったな。悪い悪い。これが肉の入ったクーラーボックスだ」


おっさんがクーラーボックスを渡してきた。魔法の方のボックスではなく、箱の方のボックスだ。


中には細工がしてあって魔法で冷やすようにはなっているが、それ以外は日本にあったモノと全く同じだ。


今度こそ用事がなくなったので帰るとしよう。おっさんも、もう地下には用事がないのか一緒に階段を上る。


2人の間に会話は無い。この空気に耐えきれず息苦しくなってきた。


天井が近くなり、そろそろ出口かと喜び顔を上げると出口には人が立っていた。


逆光でよく見えないがシルエットは女性のように感じる。



階段を上りきると女性の全体像がハッキリとした。


髪は薄桃色でポニーテールにしている。顔は美人系って言うよりも可愛い系に属すると思う。


身長は160位だろうか、頭が俺の目線程にあるし。年はよく分からない。女性をまじまじと見られない。


「もう、お父さん。ご飯、後にするならそう言ってよ。せっかく作ったのに、冷めちゃうじゃない」


「すまん。コイツが余りにも遅かったもんでな」


ちょっ、おっさん、人を売ってんじゃねぇよ。俺も悪いがお前も悪いんだぞ。なに、俺だけが悪いみたいに言ってんだよ。


「お客さんに対してコイツは失礼だよ。それに、夕方に言ってくれれば良かったでしょ」


「う、うむ。それは…そうなんだが…」


おっさんが助けて欲しそうにこちらを見てきた。俺は『無視する』を選んだ。俺を売ったんだ誰が助けてやるもんか。


それにしても、このおっさんに娘がいたのか。仲は良好みたいだな。さっきの会話を聞いただけでも分かる。


会話と言えば、もう晩ご飯の時間か。俺もどこかに食べに行こう。いや、親父さんに頼んで肉を焼いてもらうんだったな。


いつまでもここに居ては迷惑になるしお腹も空いた。さっさと帰るとしますか。


「あっ、お客さん。今後ともこの『フレッド解体屋』をご贔屓に~」


娘さんの宣伝を背に宿へと向かった。


店の名前、初めて聞いたな。恐らく『フレッド』はおっさんの名前だろう。


仕方ないからおっさんじゃなくて、これからはフレッドさんって呼ぶか。


この世界に来て未だに受付のカリナさんとフレッドさんの2人しか名前を知らない。


宿に着いたら親父さんの名前も覚えよう。早く着かないかな。腹の音がさっきから煩い。


それにクーラーボックスを肩から提げているからか、人の目を引いている様な気がして落ち着かない。


特に面白い事もなく宿に戻ってきた。看板を見てみるも『宿屋』としか書いておらず、親父さんの名前は分からなかった。


改めて名前を聞くのも恥ずかしいしどうしたものか。いや、どうするもこうするも諦めるしかない。


恥ずかしくて聞けないのなら打つ手なしだ。いい加減腹の虫を抑える事が出来なくなってきたし、肉を食べよう。


宿屋に入ると既に何かが焼ける美味しそうな匂いが漂っている。昨日は無かったが夜食のサービスもあるのだろうか。


それなら肉を焼いてもらうのに後ろめたさはないな。心置きなく頼む事が出来る。


食堂に向かうと朝も見たあの男性がまたもや、山盛りの肉を美味しそうに食べている。肉ばかり食べて飽きないのだろうか。


男性の横を通り、奥の厨房に向かう。厨房では親父さんが何かを作っていた。


邪魔するのも悪いから終わるまで待つか。待っている間に焼き加減でも考えておこう。


考えるまでもなく焼き加減は『ウェルダン』に決まった。レアは何だか雑菌が生きていそうで怖い。


時間潰しにもならなかった。どうしようか悩んでいると親父さんが俺に気づいた。


「おかえり。ちょっと待っててくれよ。直ぐに終わるから」


親父さんは中華鍋からお玉で炒めていたモノを掬いお皿に盛りつけた。炒飯の様だ。美味しそう。


「チャーハン出来たぞ。取りに来てくれ」


「はい」


例の男性が口の中に残っていた肉を飲み込み、炒飯を取りに来た。まだ食べるのか。


男性は炒飯を取ると俺には目もくれず、そそくさと席に戻ってしまった。


「で、お前はどうしたんだ」


「えっ?あっ、この肉を焼いて貰いたいのですが、いいですか」


クーラーボックスの中に入っている肉を見せながら言った。


「これ全部焼くのか?食べきれないだろう」


親父さんが戸惑いながら聞いてきた。そんなに入ってるのか。ちょっとでいいとフレッドさんには言ったんだがな。


見せていた中を俺も見た。中の肉は見た目が鮮やかで、見ただけでも美味しさが伝わってくるようだ。


そんな肉が塊で入っている。おおよそ、ちょっとに収まらない量だ。道理でクーラーボックスが大きかった訳だ。



取り敢えず切ってもらい、半分は焼いてもらった。


焼けるまで席に座ってお茶をすする。残った肉はどうしようかな。肉もいいんだが海産物の方が好きだしな。


肉を焼くだけだったのであまり待たずにお盆に乗って運ばれてきた。


お盆の上をよく見ると熱々の鉄板に乗った肉とご飯が乗っていた。運んでくれた親父さんにお礼を言って食べ始める。


ナイフを手に取り刃の部分を肉の上に置く。置いただけなのに軽く切れ肉汁があふれ出す。


ナイフを持つ手に力を入れると、スーッと通り何の抵抗もなく切れた。


切った肉をフォークで刺して持ち上げる。匂いをかいだだけでも涎が止め処なく出る。


意を決して肉を口の中に入れる。噛めば噛むほど旨みを多分に含んだ肉汁が出てきた。


切った時にも出てきたのに枯れる事を知らないのか。目をつぶって全身で味わう。


何度も何度も噛み、惜しみながらも飲み込んだ。飲み込んだ後も余韻が口の中に残る。


十分に肉を堪能してから、目を開けると眼前に男性がいた。


「随分と美味しそうなお肉ですね。厚かましいお願いで恐縮なのですが一口いただけないでしょうか」


本当に肉が大好きなんだな。そうでなけりゃ、ほぼ初対面の人に肉をくれなんて言えないぞ。


さてどうしたものか。いや、あげるのは吝かではなんだが、食べかけは何だか気が引ける。


そうだ、残った肉をあげればいいじゃないか。そうすれば、この男性は肉を食べられて嬉しいし、俺も肉を処分できて嬉しい。


「宜しければ、これをどうぞ。俺はこれだけで十分ですから」


「えっ!?本当に良いんですか?有難う御座います。そうだ!今度、何かお礼の品を持ってきますね」


良いんですか?とか聞きながら、クーラーボックスをひったくる様にして受け取った男性は嬉々として厨房へと向かった。


お礼の品を持ってくると言っていたが期待しないで待つとしよう。あの人の事だからどうせ肉だろうし。


その後は特に目立ったイベントもなく食べ終わった。


しいて挙げるとするならば、肉を食べた男性が悶絶して気持ち悪かったぐらいだ。


お盆を回収棚に置いた後、親父さんに部屋の鍵を貰い2階に向かった。


部屋は昨日泊まった部屋と同じで、『1』と書かれた階段を上がってすぐ右の部屋。


部屋に入って、コートを脱ぎ、ベッドに腰掛ける。今日は長いような短いようなそんな不思議な1日だった。


魔法の練習で汗をかいてしまった。今日は忘れずに風呂に入ろう。明日は何しようか…

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