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29章:学園武闘祭(体育祭三日目)-2

魔法であっても触れたくない。幸いにも速度はそこまで速くない。横に軽く跳んで避ける。


鼻水はそのまま少し飛んで岩に当たり水気を含んだ嫌な音を鳴らした。思わず目線がそっちにいってしまった。


鼻水が岩に張り付いていた。粘着性があるようだ。つまりはトリモチみたいなもの、という訳か。


アレに掴まると厄介だな。早めに元を絶つか。鼻はすでに直立の状態に戻っていた。


鼻水は連発できないのか?それなら好都合。次が来る前に潰す。今度は避けられないように隙間なく闇球を飛ばした。


鼻は一歩も動かなかった。避けられないと悟ったのだろうか。鼻はあっけなく消滅した。


さっきから決して強くはないが面倒な敵が増えてきた。…敵が面倒なのは最初からか。


いや、そうじゃなく。目玉をサポートする様な敵という意味での面倒臭さを言いたかった。


タラコ唇は目玉を呼び寄せるし、鼻は目玉かタラコ唇が来るまでの足止めをするつもりだったと思うし。


それから、もう1つ。敵は少なくともあと1種類はいると思う。今まで出てきた敵はみんな顔のパーツだった。


目・口・鼻と来れば後は耳だ。耳が何をしてくるのかは分からないが絶対に耳は現れる。


予想通り、鼻が現れてから少し経って耳が現れた。そこはいい。さっきも言ったが予想通りだ。


予想外の事もある。1つ、片耳ではなく両耳揃ってのご登場だ。そうだよね。耳はニコイチだもんね。


目玉はどうなんだってなるけどそこは無視しようね。目を瞑るのって大切な事だよね。


2つ、その両耳が浮いている。『浮いている』は正しくないか。正しくは『飛んでいる』


両耳を蝶の様に羽ばたかせて飛んでいる。はっきり言って気持ち悪い。他の奴らみたく大人しく地面を歩いてろよ。


気持ち悪いのは消し去るに限る。先手必勝。岩の陰から『侵食』のイメージを乗せた針を右耳に向けて飛ばした。


割と強めの『侵食』をイメージしたから掠っただけでも致命傷になる。針は真っ直ぐ右耳へと飛んでいく。


針が半分ほど進んだところで両耳が反応した。急に針の方を向き強く速く羽ばたき始めた。


それだけで針が進む速度が落ちた。そして1秒も経たないうちに針は完全に止まってしまった。


俺の方にも風がきた。両耳からは十分に離れているのに、風が強くて目を開けていられない。


とうとう針が押し戻され始めた。こりゃあだめだ。諦めて針を消す。さすがに不意打ちは無理だったか。


耳が羽ばたきながら近づいてきた。離れたいが、いま足を上げると吹き飛んでしまいそうだ。


耳がすぐ傍にまでやってきた。風が一層強くなり見上げる事もままならない。


どうにかしてこの風から抜け出さないと。この状態のまま目玉が来たら一巻の終わりだ。


何か手はないか。周りを見渡すが石か岩くらいしか見当たらない。


石を投げても風で押し戻されるだろうし、岩はそもそも投げられそうにない。


地面に2つの影を見つけた。あれは耳のやつか。影の上空に耳がいる。それが真上なのかずれているのかは知らん。


とにかく、あれを目印に転移する。それしか打開できる手段が思いつかない。


この迷宮の中で転移できるかは分からない。でも、やるしかないんだ。もう一つ方法が浮かんだがそれは出来ればやりたくないしな。


影よりも奥を目標に転移した。いつもの内臓が浮き上がるような感覚が起こった。


出来た。強風は全く吹いていない。出られたんだ。やった。いや、感慨に耽っている場合じゃない。


すぐさま跳び上がった。空中で体を捻って振り返る。ちょうど両耳の後ろが目の前にあった。


それぞれに『侵食』の闇球をぶつけた。両耳は為すすべなく消滅した。


転移できるんだ。先に進むには役に立たないけど他の使い道は色々とある。


岩の陰から岩の陰にショートジャンプするとか。緊急回避とか。


◇◇◇


転移出来ることに気づけたおかげで予想以上にサクサクと進む事が出来た。


ゴールに近づいているからか今まで出会って来た敵が徒党を組むようになった。


最初に遭ったのは2体の目玉だった。それぞれの背を合わせる様にして前後に目を光らせていた。


それでも全てを見渡せる訳ではない。隙があった。その間を転移で移動して難を逃れた。


転移に気づいていないと通り過ぎるまで待つしかなかった。それでは時間を浪費してしまっていた。


他には鼻とタラコ唇・耳とタラコ唇のそれぞれのペアにも遭った。やっぱりタラコ唇とかは組んだ方が面倒だった。


鼻や耳が的確に俺の居場所を見つけた。ただ、タラコ唇はすぐに叫び声を上げなかった。


どうやらタラコ唇は俺の姿を完全に捉えないと叫ばないようだった。


一度、耳の始末に手間取っている間にタラコ唇が俺の方を向いて叫ぼうとした事があった。


何とか叫び声が響き渡る前に消滅させる事が出来たが、あの時は流石に生きた心地がしなかった。


さてはて、今まであった事を振り返ってみたわけだが。俺が今どこにいるかというと。


ゴールの目の前だ。



今すぐにでもあそこから外に出たいがそれは出来ない。当然の事だが門番がいる。


目玉、タラコ唇、鼻、それから耳。勢ぞろいだ。ついでに言うと目玉は2つ浮かんでいる。


完全に顔に見える。後は髪の毛があったら最高だったんだけどな。残念だ。…そんな事はどうでもいいか。


さて、あれをどうするか。鼻と耳が揃っているなら強行突破は無理かな。何しても気づかれそうだし。


目玉は目玉で全体が黒くて黒目の判断が付きにくいから、今どこを向いているのかが分からない。


ホントめんどくせぇ…もうあの切れ目に直接転移してやろうか…ま、無理なんだけどね。


あの目玉が万が一ずっと切れ目を見張っていたら終わりだ。ここまで来てそんな危ない橋は渡れない。


不安要素は1つずつ潰していくしかない。目玉だけは消滅させる事が出来ないが、他がいなくなれば無力化する事は出来る。


じゃあ、どうやって各個撃破するのかって話だけど、何も思い浮かばないんだな、コレが。


俺は今、鼻と耳に感知されない様に離れた場所にいる。ここから魔法を放ったところでまた耳に押し戻されてしまう。


うわ、詰んだ出れない。コレが本当の『ツンデレ』ってね。ハハハ…笑えねぇよ、ボケが。


バカな事言ってないで真面目に考えるか。転移で一気に近づけたら楽なのに…無理なんだけどさ。


それか、魔法を転移で飛ばすとかどうだろう。突然現れる魔法は避けられないはずだ。


魔法を遠くで発動させるのは難しいが、ここで魔法を発動させて飛ばすとか最強じゃないか。


ま、無理か…?いや、待てよ。無理じゃない、かもしれない。あの方法だったらいける、かもしれない。


昨日の障害物競争で体験したあの転移ゲートなら。アレはいわば転移という行為を空中に留めているみたいなもんだろ。


あれなら俺が想像している事が出来る。ただ、問題なのは俺がそのイメージをできるかどうか。


ああいうのって大体入口と出口が1つのセットになってるだろ。


んで、同じ様に入口と出口が1セットになっている奴と言えば……う~ん…あっ、トンネルとか。


それだ、それでいこう。トンネルは中を車が走っているイメージがある。入口から入った車は必ず出口から出る。


うん、想像しやすい。車を身体とか魔法に置き換えれば問題の1つは解決だ。


あとはそのトンネルは入口と出口しか見えないし、入ったものがすぐ出てくる様なイメージ。それが出来れば完璧だ。


ひとまずは狭い範囲で試してみるか。両手の平を上に向ける。その上にゲートをイメージする。


入口と出口以外は透明。入ったものがすぐ出てくる。イメージしろ。


魔力がゴリゴリと削れていく。にもかかわらず、手の平の上には小さな靄しかできていない。


こんな大きさじゃだめだ。もっと大きくないと。今のままじゃ人差し指ぐらいしか通らない。更に魔力を注ぐ。


最低でも拳が通るくらいにまでは大きくする。いや、もう少し大きい方が良いな。バスケットボールが通るくらいにするか。


目標の大きさに出来た頃には全魔力の3分の1程を消費していた。慣れていないからとしても燃費悪すぎるだろ。


しかも、『融合』で魔力量が増えてるんだぞ。普通の状態だったら半分以上消費してるかもしれない。


まぁいい。それよりも確認しないと。空中には大きな黒い靄が2つ浮かんでいる。


トンネルを入口と出口だけにするのは成功したようだ。後は入れたものがすぐ出てくるかだけ。


黒い靄の1つに恐る恐る人差し指を入れる。こえぇ…入れた瞬間に吹っ飛んだりしないだろうな…


ここで怖がっていても仕方ない。ええい、ままよ。勢いよく黒い靄に人差し指を突き刺した。


呆気ないくらいに簡単に人差し指は黒い靄に吸い込まれ、もう1つの黒い靄から出てきた。


時間差はほぼなかった。これはつまり?なんだ?成功したって事でいいのか?いいんだよな?


よっしゃぁ!!なんでもやってみるもんだな。後はそうだな、このまま動かせるのかだが…


これは簡単だった。人差し指を生やしながら黒い靄が上昇していく。黒い靄を壁よりも高い位置まで移動させた。


これだけ上げれば鼻と耳に気づかれないだろ。高度を保ったまま出口の方に移動させる。


離れた場所にいるから距離が掴めないが、だいたい目玉たちの上まで行った。


よし、それじゃあ、やるとするか。手元に残った黒い靄に上から手を突っ込む。


もう1つの黒い靄を見るとしたから肌色のモノが生えていた。思った通りだ。入れた方向によって出る方向が決まる。


本当ならここから直接魔法を黒い靄に入れたかったが、今回の魔法の性質上それは見送らざるを得ない。


『侵食』を持たせた魔法をぶつければ黒い靄自体が消滅してしまうかもしれない。


もう一回コレを創る魔力の余裕はない。そんな訳でこんな面倒臭い方法を取っている。


手の感覚はすぐそこにある様に感じられるから、魔法の制御は難しくなっていない。


手の平から無数の針を飛ばす。もちろん『侵食』のイメージを乗せるのを忘れずに。


出口の方を見ると局所的に黒い雨が降っている様になっていた。ただ、その雨は誰にも当たっていなかった。


あの位置からして左耳の前辺りか?黒い靄を奥に移動させる。あ、やべぇ…集中が切れそう…


移動させるのを諦める。魔法を発動させながら黒い靄を操作するのは無理があったか…


つか、もっと簡単な方法があるじゃねぇか。手首を捻って雨の方向を変える。


雨が左耳に掠った。小さな黒いシミだったのが一瞬で広がり消滅した。他も早めに片づけるか。


狙いをつけず適当に円を描くように手を動かす。それだけで次々に消滅していった。


2周ほどした所で出口の前は目玉だけになった。岩も消滅してしまって更地になっている。


どうしよ、これじゃあ目玉から隠れられない。とでも言うと思ったか。岩が消滅したのは予想外だが問題ではない。


目玉に向けて泥団子を放つ。目玉は避けようと動いたがあまりにも遅い。結局、避けられず当たった。


泥団子を基点に目玉を包んでいく。数秒も掛からない内に大きな泥団子が1つ出来上がった。


同じ要領でもう1つの目玉を無力化した。敵を全て排除した道を悠々と進み、ついに迷宮を脱出した。


出た先には入口と似た風景があった。出口近くは荒れ地になっていて少し行った所から草が生えだしている。


何だろ、見た感じは何もない。まぁ、今までの事を考えると何もない訳がないか。


ご丁寧に草を刈って石畳を敷いた道が用意されている。怪しすぎる。逆に道以外が危ないって事もあるか?


いや、考えている暇はないな。道があるんだ。そこを行こう。急がないと追いつかれる。


前触れもなく『融合』が解かれた。解いたつもりはない。クロを見ても首を振っている。なんだ?


「先頭はすでに迷宮を脱出している様です!そして、やはり1番は五十嵐君のようだ!!この結果を誰が予想したでしょうか!?Sクラスの生徒は未だ迷宮の中を彷徨っているのにもかかわらず、一足先にCクラスの生徒が脱出に成功しました!!」


あ、実況が戻ってきた。いつもちょうどいいタイミングで戻ってくるよな。実況者の嗅覚とか言うヤツだろうか。


「それにしても私、五十嵐君の本当の姿を初めて見たかもしれません。顔は意外と普通ですね」


悪かったな、普通で。なんだよ、どんなのを想像してたってんだ。ったくよぉ…


「さて、五十嵐君は今、最後の試練である『己の道』を進んでいる最中です。『己の道』とはその名の通り、己の力のみで進まなければなりません。ここでは使い魔から力を借りることは一切出来ません」


それでか、『融合』が解けたのは。なる程ね。最後らしい仕掛けというか、なんというか…


魔法が使えない訳ではないのか。だったら余裕だ。素の身体強化をして全力で走る。


「因みに、この『己の道』ですが、全長は2キロとなっています。小細工は一切ありません。ただただ真っ直ぐ道が伸びているだけです。これまでの記録によると身体強化をした生徒であれば5~10分程度で走破してしまうそうです」


2キロと聞いた時は耳を疑ったが、5~10分程度なら許容範囲内だ。疲れた体に鞭を打ちつつひたすらに走る。


なんというか、地味だな。俺としてはただ走っているだけだから楽でいいんだけど。見ている方は退屈しそうだ。


まぁそこは実況が何とか面白おかしくするのか。さっきから当たり障りのない事ばっかり言ってる気がするけど…


関係ないか。俺がすべきことは唯一つ走る事だけ。淡々と走り続ける。


走り続けるのは良いんだけど、まだゴールに着かないのか。ちょっと心臓が痛くなってきた。


顔を上げると地面からぼんやりとしたモノが生えていた。ソレは進むにつれて段々と成長していった。


更にはぼんやりとしていたものがはっきりとしてきた。アレはゴールか?


やった、ゴールだ。あと少しだ。あと少しで終わりだ。サクラ~ふぶ~きの~


不思議なもので、ゴールを見た瞬間から枯れていた体力が戻ってきた。戻ってきた体力をすぐさま走る為の燃料にする。


走る速度が上がり、ゴールがどんどん近づいてくる。無理に速度を上げたせいで心臓が更に痛くなったが知った事ではない。


しかし、このままでは1位になってしまう。当初の予定では2位になるはずだったのに。


ま、いっか。しんどいし。今はもう早くこの競技を終わらせる事しか考えられない。


「ぁぁぁぁぁ」


遠くから叫び声が聞こえてきた。なんだ?トラブルか?気になり、つい振り返ってしまった。


何かが砂煙を上げながら近づいてきていた。それもあり得ないくらいの速さで。


俺の今までの速度を軽く超えていた。思わず『漫画か!!』と突っ込んでしまいたくなる。


「あああああああああああああああああああああああああああああ」


ソレは一瞬にして俺の横を通り過ぎて行った。ゴールを目前にして追い抜かれてしまった。


あまりに急展開過ぎて頭が追いつかない。立ち止まりそうになる足を何とか動かしてゴールした。


先にゴールして待っていたのは予想外でありながらも順当な人物。


いま俺の目の前で息も絶え絶えに地面に倒れ伏しているのは、Sクラスのマサキ・ヨモその人だった。


「最後の最後で大どんでん返しが起こりました。五十嵐君の優勝かと思われましたが、ヨモ君が驚異の追い上げを見せて1位となりました!」


実況を受けて周りが歓声で一気に騒がしくなった。その殆どが四方を称賛するものだ。たまに俺の事も聞こえるが。


その四方はというと未だに苦しそうに倒れている。あれだけの速度を出したんだ。体が無事なはずがない。


それにしても足と同じくらい喉にダメージがあるのは意味が分からん。なんであんなに全力で大声を上げていたんだ?気合を入れる為か?


【その疑問、お答えしましょう】


…ぬるっと入ってくんなよ。前から思ってたんだけどさ、クロって俺の心をずっと読んでたりする?


【その疑問にもお答えしましょうか?】


いや、怖いからいいや。んで?四方が大声を出してた理由は?


【四方の扱う魔法が原初と言われる制約魔法だからです】


制約魔法?魔法って事は属性という訳ではないんだよな。それに、原初?色々とわけわからん。


【便宜上魔法と呼ばれていますが、実のところスキルと言った方が良いかもしれません。と言いますのも、制約魔法とは何かを望めば条件を提示され、その条件を達成できれば望みが叶えられるモノだからです。反対に、条件を提示すればその範囲で叶えられる事を提示されます】


はぁ!?なんだソレ。じゃあアレか?条件さえクリアしたら何でもできるのか?マジか、チートかよ。


【ただ、殆どの場合は魔力を要求されるので何でも出来る訳ではありません。今回は通常以上の速度を出すために魔力だけでなく、大声を出す条件を提示されたと推測できます】


魔力で足りない分は追加の条件が提示されると。なるほど、それで大声を上げていたのか。


ただ、速度だけを求めた余りに体が耐えられず、こうして死にそうになっている様だ。アホだな。


四方は担架に乗せられて運ばれていく。1位がアレではどうにも締まらない。まぁ、そんな事を言ってもしかないか。


このあとすぐに表彰式をやるそうで控え室に案内された。


控え室に入ると先客がいた。四方だ。四方がベンチに横たわっていた。医務室に連れていかれたんじゃないんだ。


「すごいな、お前」


四方が首だけを動かしてこっちに向いた。喉を酷使したせいか声はしゃがれていた。


「何のことでしょうか?」


「とぼけんなよ。俺が無理をしなかったらお前が1位だったじゃねぇか」


とぼけるなって何に対してか分からなかったから聞いただけですけど。最初からはっきり言え。


「あぁ、そのことですか。いえ、あれは最初で大きな差をつけられたおかげです。正攻法だったらもっと下でしたよ」


当たり障りのないことを言っておく。半分くらいは本音だけど。


いつまでも入り口の前に立っているのも邪魔か。四方から遠い位置のベンチに座る。


「いや、そ――――」


四方が何か言っている途中で誰かが入ってきた。自然と入室者に目線が行く。…また面倒くさい人が…


入ってきたのはサユリさんだった。部屋の中に嫌な空気が流れる。あ~やだやだ。トラを抱きしめてその背中に顔を埋めた。


サユリさんが近づいてきた。少し間を開けて俺の隣に座った。ベンチは他にもあるのにあえてそこに座るのか。


だが、それ以上のアクションは起こさない。さすがに疲れているか。助かった。絡んでこないなら好都合。


ボックスからブラシを取り出してクロ達の毛を梳かす。今日は特に動いたからな。綺麗にしてやらないと。


部屋がまた変な空気で満たされる。誰も話そうとしない。サユリさんはともかく、四方は何か言おうとしてたんじゃないのか。


話す気がないならこっちから聞かないけど。なんとなくもやもやとする。


みんなのブラッシングが終わったころ、ようやくドアが開いて係りの人がやってきた。表彰式の準備がやっとできたらしい。


四方はすっかり回復したようだ。ベンチから起き上がると係りの人の後をついていった。


サユリさんが四方の後を追って部屋を出た。俺たちも忘れ物がない事を確認してから出る。


廊下を歩く間も会話はない。俺は基本的には静かな方がいい人間だけど、この空気は居心地が悪い。


係りの人が気を利かせて話をしてくれればいいのに。


空気が悪いまま進み続け、帰りたくなってきた所でようやく扉の前に着いた。


ここまで来るのに何時間もかかった気がする。本当は数分程度なのだろうけど。


係りの人は何も言わず扉を開けた。そして、手で先に進むように促した。だから何か言えよ。


四方はさっさと行ってしまう。慌ててその後を追った。流れ的に1位、2位、3位の順番で出て行った方がいいだろ。


扉を抜けると今までにないくらいの大歓声で迎えられた。その熱気にあてられ委縮してしまう。


四方は対照的に堂々としている。肝が据わっているのか神経が図太いのか。後者な気がするな。


四方を見習って背筋を伸ばして歩く。周りにいるのはカボチャだ。俺はいまカボチャ畑の中を歩いているんだ。


あ、マシになってきたかも。舞台に上がり一層注目を浴びるが、最初程は動揺しなくなっていた。


演台の前に横一列で並んだ。演台を挟んで向こう側には若い男性が立っていた。


この男の人、どこかで見た気がする。どこかは思い出せないけど。誰だ?


「それでは、先ほど行われた競技の表彰式を行います。入賞者へ学園長より賞品が授与されます。では、1位マサキ・ヨモ君、前へ」


目の前の男性は学園長らしい。そう言えば朝の表彰式で見たんだった。それで既視感があったのか。納得。


四方が学園長から杖を恭しく受け取っていた。それから学園長から一言二言もらい後ろに下がった。


「次、2位五十嵐麟児君、前へ」


促されるまま演台の前に出る。一斉に視線が俺に集まった。お腹が痛くなってきた。


「2位入賞おめでとう。これは純粋な魔鉱石で大変貴重なものです。良く考えて使うのですよ」


「はい。ありがとうございます」


魔鉱石が入った瓶を受け取った。礼をしてから下がる。瓶の大きさは想像通りジャム瓶くらいだ。


「では、3位サユリ・ヨモさん、前へ」


瓶の中の魔鉱石は七色のマーブル模様で輝いている。模様は流れる様にして変わり、一瞬として同じ模様にはならない。


これが俺の知っている黒い魔鉱石と同じものとは思えない。不純物が混ざると黒くなるのだろうか。


試してみたくなるが、小石程度の魔鉱石では勿体なくて試せない。もっと大きかったら試したんだけどな…


サユリさんがいつの間にか隣に戻っていた。賞品の受け取りは終わったしもう帰れるかな。


「それでは、入賞者を代表して1位のマサキ・ヨモ君から一言いただきたいと思います。ヨモ君は演台へ他の2人はその隣に移動してください」


四方がひどく狼狽えている。前もって聞かされていなかったらしい。ざまぁ。


止まっている訳にもいかない。移動する。四方は何を言おうか必死に考えているようだ。


いやぁ、2位で良かった。あのまま四方が来なかったら俺が1位になって、俺が今の四方の様に必死に頭を捻っていたに違いない。


その点に関しては四方に感謝しないとな。いつもは厄介な事しかしないけど、偶には良い事するじゃないか。


「え~、この度は1位になれた事、大変喜ばしく思います。しかし、ご覧の皆様はお気づきの事と思いますが、今回私が1位になれたのは奇跡が起きたからにすぎません。隣にいる五十嵐君が1位になっていてもおかしくありませんでした。私は今回の結果に満足することなく、過程を省みてこれからも努力を重ねていきたいと思います。短いですが以上で終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました」


会場が静まり返った。けれど、すぐにどこからか拍手が聞こえてきた。その拍手を皮切りに割れんばかりの拍手が響き渡った。


なげぇよ。真面目か。つか、良く一瞬であれだけの事が思いつけたな。ホント1位が四方で良かったよ。ちくしょう…


思う所は色々とあるが俺も四方に拍手を送る。表彰式は興奮の内に幕を下ろした。


次はとうとう閉会式だ。本当に長かった学園武闘祭がついに終わりを迎える。


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