29章:学園武闘祭(体育祭三日目)―1
さて、最終日になった訳だけど、ギルド長が言っていた競技は午後からやるみたいだ。
だからと言って午後まで自由に出来る訳ではないらしい。午前は決勝戦が行われるらしく、それを全員で見学しないといけない。
他の人の戦い方を見て学べと言う事なのだろう。それについては何も文句はない。
ただ、決勝戦のメンバーを見たら見る気が失せたと言うか、なんというか。
メンバーは四方とサユリさんだ。2人ともSクラスだし何も違和感はないが、よりにもよってこの2人か、という気持ちはある。
どっちも、かは断定できないけど、少なくとも四方は別格の力を持っているから全く参考になりそうにない。
そんな試合を見る価値はない。目を閉じて寝ると怒られかねないので、試合を見ていると見せかけて舞台のタイルを数えて時間を潰そう。
タイルを数えている間、何回も視界を遮られたり、タイルが破壊されたりと色々な邪魔をされた。
それでも何とかタイルの数を数える事が出来た。それと同時に周りが今まで以上に騒がしくなった。
タイルの上に視線を移すと、サユリさんが倒れ、四方が息も絶え絶えと言った様子で立っていた。
状況から察するに四方が勝ったらしい。周りに合わせて拍手をした。
少しの休憩の後、すぐに表彰式が行われた。四方は舞台の上で学園長からトロフィーを受け取った。
ひと際大きな拍手が起こり表彰式は終わった。早めの昼休みとなり、みんな思い思いに行動し始める。
俺は今のうちに午後の競技に参加する為の手続きを済ませる。参加する人が意外にも多く時間がかかった。
これだけの人数の中で三位以内に入らないといけない。そう考えるとお腹が痛くなってきた。
ギルド長は俺を過大評価している。Sクラスの連中がいるのに三位以内に入れる訳がない。
どうにか参加しないで済む方法はないだろうか。こう、何か不慮の事故に遭うとか。競技が出来ないほどの事件が起こるとか。
まぁ、そんな事は起こるはずもなく、時間は過ぎてとうとう競技が始まる時間となった。
集合場所には結構な人数が集まっていた。ざっと見た感じでは100人は居そうだ。
俺はそんな集団の真ん中あたりにいる。位置取りとしては良くない。ここからだとどうしても出遅れてしまう。
早くも三位入賞を諦めていると空中に人が映し出された。男子学生と先生らしき人物の2人だ。
2人の前にはマイクが置いてある。なんだ?実況と解説か?そこまでやるとか気合入ってんな、おい。
「さぁ!始まりました!学園武闘祭最終日、恒例の自由参加競技『超障害物競争』!」
男子学生が気合の入った口調で話し出した。てか、超障害物競争とかいうんだな、この競技。
もっと競技名に気を使った方が良いと思う。超をつけるだけとか小学生でも思いつくぞ。
「それでは、まず初めに、簡単なルール説明を。この競技は競技者同士の妨害が可能となっています」
周りでは「知ってるぞ~!!」などのヤジが飛び交う。俺は知らなかった。そうか、妨害がありなのか。
「万が一、死亡させる様なダメージを与えた場合でも、ダメージを軽減し転移魔法が発動する魔道具を配布していますので安心してください」
いつかと同じように右手首にハートを模ったシールが貼られている。参加の手続きをした時にもらっていた。
「さて、大変お待たせいたしました。優勝賞品の紹介に移りたいと思います」
今まで以上に盛り上がる周り。優勝賞品だと?そんなのあるなんて言ってなかったぞ。
周りは知っている様だから毎年恒例の事なのだろう。それでか、最終日で疲れているだろうにこんなにも参加人数が多いのは。
ギルド長は知っていたんだろうな。知っていて教えてくれないなんて意地が悪い。
「では!三位から順に賞品を紹介しましょう。三位の賞品は『学食無料券 一年分』です。これはいつも同じですね~」
まぁ、ありきたりな賞品だな。三位はそれくらいのモノで十分か。食堂を利用しない人にとっては欲しいものではないだろうけど。
「二位の賞品は、おっとこれは豪華ですよ、『純度100%の魔鉱石』です。これは写真があるようです。映せますか?……あ、映りましたね」
空中にまた新しい映像が映し出された。それはジャムが入っていそうな形の瓶だった。
中にはジャムではなく小石程度の塊が入っていた。その塊は底に転がってなくて浮いていた。
さらには虹色に輝いている。写真では詳しくわからないが、たぶん輝いている。
「え~、この魔鉱石は、非常に小さいのですが、皆さんが持っている魔武器よりも確実に強い魔武器を作れるそうです。皆さんが使った魔鉱石は大体純度60%だそうです」
純度が高いほどに強いものが作れる、と。純度100%で前に使った様な大きさがあればどれほどのモノが作れるのだろうか。
「最後に、一位の賞品は『願いを一つだけ叶える杖』です。毎度の事ながら凄まじい賞品ですね」
願いは何でも叶えてくれるのだろうか。そうだとしたら凄まじいと言うのは納得できる。
「はてさて!賞品の紹介も終わりましたところで!そろそろスタートしたいと思います!」
男子学生の言葉で周りは一斉に静かになり緊張感が漂い始める。俺もいつでも動けるように身構えた。
「と!思いましたが!一つルールについて説明漏れがございました。申し訳ありません。コホン…そのルールとは、使い魔の力を借りても良い、です。…それでは、気を取り直して張り切ってカウントダウンをどうぞ!」
映像が切り替わり、大きく数字が映し出された。古い映画の始まりの様に数字の頂点から時計回りに黒く塗りつぶされカウントダウンが進んでいく。
カウントが5に変わった時、どこからともなく生唾を飲む音が聞こえた。
そして、とうとう残り1秒となった。黒色が画面全体の4分の3、先頭が45分を指した瞬間に水を氷に変えた。
俺は競技者同士の妨害がありだと聞いた直後に、気づかれない様に地面に水を流して膜を張っていた。
話が長かったおかげでその膜を集合場所の全体に行き渡せる事が出来た。水の膜が氷に変わり足を地面に縫い付けるのが狙いだ。
カウントダウンが終わった。皆が一斉に前へ動き出そうとする。その中で俺は真上に跳び上がった。
下では狙い通りに足を動かす事が出来ずに倒れていく人ばかりがいた。
空中には想像通り俺と同じように跳び上がっている人がちらほらといる。だが、予想よりも少ない。
もしかしたら後ろには結構いるのかもしれないが振り向くつもりはない。
「おぉっと!!これはどうした事か!スタート出来ずに倒れる人が続出しています!!」
頂点に達して落下し始めた。下は人で埋まり着地する隙間がない。それでも問題ないが。
「ウサ子」
「はいは~い」
ウサ子と融合し空中を跳んで前へと進む。跳び上がった人の殆どが落ちていく中、空中でも動けているのは極僅かだ。
「状況が動き出しました。数人が空中を様々な方法で進んでいます。その中でひと際目立つのがあの兎の獣人の少女ですね。空中をピョンピョンと跳ねながら進んでいます。あれは魔法でしょうか?」
「いえ、あれは魔法ではなく、純粋な身体能力だけの様です。魔力を感じません。すごいですねぇ…彼女はいったい何者なのでしょうか…」
先生が初めて口を開いた。やっぱり、解説役だったか。あれほどの観察眼があるなら解説役に抜擢されたのも頷ける。
まぁ、その観察眼をもってしても俺を男だとは見抜けなかった様だがな。
後ろから何かが迫ってきた。爆発音が次第に近づいてくる。
「おっと、ここで情報が届きました。さて、彼女はいったい誰なのでしょうか。……えっ!?ウソだろ!?…コホン…失礼いたしました。え~、情報によりますと、彼女、いえ、彼は2年Cクラスの五十嵐麟児君だそうです。わたしには女の子の様にしか見えないのですが、どういう事でしょう?」
「……まさか!そんな訳が…いや、しかし、そうとしか説明できない……恐らくですがアレは『融合体』なのでしょう」
爆発音がすぐ後ろに聞こえてきた。マズイ、空中のアドバンテージがあるうちに先頭を走らないと絶対に三位以内に入れない。
「『融合体』とは?」
「『融合体』とは使い魔と『融合』している状態の事を言います。『融合』は使い魔と一定以上の友好関係、信頼関係がないと出来ないと言われています。それを、学生の、それも2年生の内に出来る様になったのは学園始まって以来の偉業だと思います」
力を溜めてから勢いよく前に跳び出した。体を捻り振り返った。すぐ後ろにはあの熱血野郎がいた。
「モード『雪うさぎ』……猛吹雪」
後ろに荒れ狂う吹雪を発生させた。熱血野郎は吹雪の中に消えた。それを確認してから前に向き直る。
「今度は燃えるような赤色から雪を思わせる綺麗な白色に一瞬にして変わった~!!なんでもありなのか!!」
モード『雪うさぎ』はウサ子の本来の種族がホワイトスノーラビットだから出来る芸当だ。
猛吹雪のおかげで後ろから追いかけてくる音は少なくなった。前には誰もいない。今のところ俺が一番だ。
「様々な事が起こり忘れていましたが、彼はどうして女の子の姿になっているのでしょうか?」
「それは『融合』した時にそれぞれの意思の強さが姿に影響を与える為です」
「つまり、彼が女の子になったのは、彼が男であることに拘っていないか、使い魔が女であることに誇りを持っているかのどちらかと言う訳ですね」
「その通りです」
暫く進んでみたが何もない。ずっと集合場所の様に広い空間が続いている。
そろそろ下りようか。空中を踏むのを止め重力に従って落ちていく。
地面まであと少しという所で下からカチリと小さな音がした。嫌な予感がしてその場から跳び退いた。
その直後、じめんから何かが飛び出して横をすごい勢いで通り過ぎて行った。
一瞬しか見えなかったがアレは矢だった。その矢が合図だったのか、次々とカチリという音が聞こえてきた。
さっきよりも広範囲から聞こえてきた為に跳び退いて避けられそうにない。慎重に対処しなければ。
音をしっかりと聞く。どうやら何もない空間があるようだ。目を閉じて視界から入ってくる情報を遮断する。
音だけを頼りに小さな隙間に体をねじ込んでいく。耳のすぐそばで風切り音が聞こえるのは生きた心地がしない。
時に飛び込む様な形になりながらも何とか前に進む。この瞬間だけは体が縮んでいて良かったと思えた。
「おぉっと!!五十嵐君、下から飛び出してくる大量の矢の中を目を閉じたまま躱し進んでいる!!余裕の現れか!」
余裕なんてあるもんか。静かにしてくれ。音が聞こえないだろうが。
「さて、ここでようやく倒れていた人が起き上がり動き始めました。そちらを見てみましょう」
もう動き出したのか。早くここを抜け出さないと。常に一つ先のステージにいる様にすれば抜かれる事もないだろ。
そう考えている内に矢が飛び出してくる音が聞こえなくなった。やっと抜けたか。ちょっと疲れたな。
変な音がしない事を確かめる。足元からはしないが、少し先で風が唸っている。不思議に思い目を開けた。……なんだ、アレ。
今見たものに呆然としながらも地面に立つ。目の前には大きな谷が広がっていた。向こう岸は見えない。
上ではその谷間に円形の地面が幾つもあるのが見えた。
目の前の崖からは一番近い地面に桟橋が伸びている。そしてその桟橋の上には『弱』・『中』・『強』の文字が順番に浮かんでいた。
容易に想像できる。どうせ、あの円形の地面の上で何かと戦う事になるのだろう。
文字はその何かの強さを表している。先に進む前に『融合』を解除する。
連戦を素早く駆け抜けるにはウサ子よりもトラの方が適任だ。トラと『融合』して雷属性の魔装を纏う。
『弱』と書かれた桟橋を渡る。桟橋は意外と短くすぐについた。円形の地面にいたのはゴブリンだった。
ゴブリンが3体。さすがは『弱』だ。ゴブリン達が動き出すよりも早く近づき心臓を一突き。
ゴブリン達が倒れると奥で文字が3つ浮かび上がった。今度は『弱』・『中』・『中』だ。
迷わず『弱』に駆け込む。その先にいたヤツを瞬殺してまた『弱』を選び進んだ。
ずっと『弱』を選び進んでいると次第に向こう側が見えてきた。もう10回以上は戦った。
相手が弱い代わりに対戦回数が多くなるとかありそうだな。今更関係ないし、それでも結局は『弱』を選び続けた方が早いと思う。
向こう側がはっきりと見える様になり、今いる場所との間には円形の地面が1つしかない。
そこには当然ながら桟橋がかかっている。桟橋の上には『強』の文字が浮かんでいた。
まぁ、甘くはないか。たぶん最後はどこも『強』なのだろう。早く来た人は『弱』を選び続けて体力を温存できるという訳だ。
桟橋が一つしかないのは好都合だ。立ち止まることなく桟橋を駆け渡る。
桟橋を渡りきると中央にボロボロになった布が浮かんでいた。よく見るとその布はローブの様だ。
もしかして今回の相手は亡霊系か?物理攻撃が効かないのはめんどくさいな。
ローブに一歩近づくと突然フードに中に2つの赤い光が灯った。それと同時にローブの周囲に黒い靄が湧き出てきた。
臨戦態勢という訳か。亡霊系は大体が魔法主体のはずだ。無駄と分かりながらも取り敢えず、懐に潜り込み2,3回斬ってから離れる。
手応えは全くなかった。ローブを見ると特に気にした様子もなく佇んでいた。
分かっていた。次は魔法だ。コレが効かなかったらもう打つ手はない。
雷の槍を幾つかローブに向けて飛ばした。頼む、効いてくれ。
ローブの目の前に黒い膜が現れ、雷の槍は全て防がれてしまった。防いだという事は雷の槍を脅威とみなしたという事だ。
魔法は効きそうだ。
魔法が効くなら話は早い。剣に雷を纏いローブに向かって投げた。
さっきの雷の槍よりも速く飛んでいく。ローブは同じように黒い膜を発生させて防ごうとする。
剣は黒い膜によって一瞬だけ止まったが、すぐに黒い膜を突き破りローブに向かう。
ローブは驚いたようにフードを揺らしたあと体勢が崩れるのも厭わず回避した。そのまま突き刺さってくれれば良かったのに。
だが、これで終わりだ。手元に残った剣を飛んでいった剣へと向ける。
剣と剣の間を雷が走るイメージをする。直後、轟音と閃光が辺りを包んだ。
シルフ戦の再現だ。今回はしっかりと自分で耳と目を保護した。
ローブを見ると最初よりもボロボロになり所々焦げて煙を上げていた。
それでもまだ倒せていないようだ。不安定ながらも浮かび上がった。
瀕死だからといって油断できない。不用意に近づかず、遠距離から雷の槍を飛ばした。
ローブは黒い膜を発生させることも避けることもしなかった。いや、多分できなかったのだろう。
雷の槍はフードを貫いた。それだけでローブは浮力を失い地面に落ちた。
少しして向こう岸と繋がる桟橋が現れた。今度こそ倒せたようだ。
桟橋に向かう途中で地面に転がっている剣を拾うついでにローブも拾った。
桟橋を渡って少し進むと鬱蒼とした森が広がっていた。その中を走っていると、周りの茂みや木から物音がし出した。
が、何かが来るよりも速く進んでいるので出くわす事はなかった。道が直線のおかげでトップスピードを維持できたのが大きい。
少し先に看板と分かれ道が見えた。看板には文字が書いてあった。
【次の3人の内1人だけ正直者がいる
・A『看板に向かって右が先に進む道だぜ』
・B『Aの言っている事は嘘です。正解は左の道です』
・C『Bが本当の事を言ってるよ』 】
簡単ななぞかけだ。右の道を進む。暫くするとまた物音が聞こえ始めた。
さっきの問題はよく見る問題だった。あれの解き方は1人ずつ正直者と仮定する。時間はかかるが確実だ。
今回は3人だったからそこまで時間はかからなかった。それから、他人について言っている奴から仮定するのもポイントだ。
それに基づくとCから正直者と仮定する。そうすると、Bも正直者となってしまう。
前提として、正直者は1人しかいない。だから、Cは正直者ではない。Bも同じ理由でダメ。
残ったAが正直者という事で右の道を選んだわけだ。ポイントを抑えて少し考えれば人数が多少増えても問題ない……はずだ。
簡単な問題を何度も解き進んでいく。足止めにもならない。もうちょっと歯ごたえのある問題が欲しい気もする。
突然、開けた場所に出た。看板は見当たらない。分かれ道もない。代わりにあるのは『壁』だ。
壁は左右にずっと伸びている。隙間はない。上は何となく嫌な予感がする。トラの野生の勘が働いたのだろうか。
「先頭は未だに五十嵐君の様です。ただ、珍しく立ち止まっています。それもそのはずでしょう。彼の前にあるのは『ジレンマの壁』と呼ばれる壁なのですから」
解説が戻ってきた。ジレンマという言葉には引っ掛かる。あの壁に書かれた4つの的が関係しているのか?
「壁には4つの的が書かれています。それぞれの的に波長の異なる魔力を当てないと門は開きません。ただし、一人が門を通ると閉まってしまいます。一刻も早く進みたいのに待たないといけない。まさにジレンマですね」
なるほど、そう言う事か。トラとの『融合』を解除する。それからクロとウサ子を呼び出す。
何も言わずとも察してくれた様で、それぞれが的の前についた。
適当に魔力の塊を的に目掛けて放った。魔力の塊が的に当たると、的の上のランプが青色に灯った。
それが4つ。それを確認するのと門が開くのはほぼ同時だった。
門を通り抜けるとすぐ後ろで閉まる音がした。クロ達は傍にいない。呼べば来るから問題はない。
「他の生徒を待つことなく五十嵐君は門を開きました!ジレンマとはいったい何だったのか!」
「たとえ使い魔だとしても異なる個体な訳ですから、魔力の波長が異なるのは当然と言えるでしょう」
門の先も森が広がっていた。また、分かれ道があるのだろうか。予想に反して少し走るとすぐに森を抜けた。
次は草原か。見える範囲には特に変わった所はない。足元に注意しながら草原に踏み入れた。
瞬間、空気が変わった気がした。すぐそばにあったものがなくなった様な感じだ。
あまり長居はしたくない。身体強化してさっさと駆け抜けてしまおう。無属性で20枚の膜を張る。
つもりだったが、何も起こらなかった。今まで何回もしてきた事だから今更失敗したとは考えにくい。
それに、変な言い方になるけど、失敗したという手応えもなかった。まさか…
手当たり次第に魔法を試す。しかし、どれも発動する事はなかった。これはアレだ、魔力が使えなくなっている。
魔法は諦めてトラを呼び出す。これは魔力を使わずに済む。現れたトラに跨り走り出す。普通に走るよりもこっちの方が断然速い。
振り落とされないようにトラにしがみつく。風が勢いよく顔に当たり目を開けていられない。
【マスター…私とは『融合』してくれないのですか…】
いや、そんなつもりはないんだけど、アレだ。あの~…そう、タイミングがなくてだな…
【嘘です…所詮私はマスターの愛玩動物だったのです……ウッウッ】
分かった、分かった。この草原を抜けたら『融合』してやるから。だから、泣き止め、な?
【分かりました。ここを抜ければ…】
ったく、すぐケロッとしやがって…泣き落としなんてしなくても良かったのに…クロも素直じゃない。
クロには抜ければと言ったが、草原はまだしばらく続きそうだ。まぁ、焦る事はない。
後ろを確認してみても誰もいない。大方あのジレンマの壁とやらに阻まれているのだろう。
さて、ここまでずっと先頭なのは嬉しい事だが手放しには喜べない。というのも俺は2位を狙っているからだ。
賞品を聞いた時にあれを手に入れたいと思った。1位の賞品も良いが、願いを1つに絞れなさそうで、結局使わないと思う。
それに引き換え2位の賞品は魔鉱石だ。いくら純度が高くても武具を作る以外は出来ない、はずだ。
少なくとも俺は他の使用方法を知らない。それに、強力な武具が欲しい。
鉄刀は使い勝手は良いんだが決め手に欠ける。それを補うために新しい武具を持つのも悪くない。
考えている間に草原が終わりそうだ。少し先にぼんやりと茶色いものが見えてきた。
草が次第に少なくなってきた。ただ、魔力が使えない感覚は残っている。まだエリアを超えていないという事だろう。
前を向くとさっき見えたものがはっきりと見えた。壁だ。それなりに離れているのに高く見える。
また空気が変わる感覚があった。エリアを超えたか。トラの進むスピードが落ちてきた。
目の前に壁があった。壁は高い。この国を囲む壁と同じぐらいの高さだ。見上げると首が痛い。
【マスター】
「はいよ」
トラから下りる。トラの頭を撫でてここまでの労をねぎらう。壁に近づきながらクロと『融合』する。
壁には人が通れる程度の切れ目が入っていた。切れ目の先はまた壁になっていた。今度は迷路なのかな。
とにもかくにも入らない事には始まらない。周りに気を配りながら迷路に侵入した。
入るとすぐに振動が起こった。発生源は後ろのようだ。振り返って見えたのは壁だった。
今は入ってきた切れ目がきれいさっぱりなくなっていた。後戻りはできない、と。するつもりはなかったからどうでもいいけど。
時間がかかりそうだけど、迷路の攻略に取り掛かるとしますか。
侵食のイメージを乗せた闇球を放った。壁に当たると黒いシミを作り出した。崩れそうにない。
ダメもとだったけどやっぱり壁は壊せないか。地道に進むしかなさそうだ。
道は左右に伸びている。さてどっちに進もうか。森の時みたいにヒントとかないかな。
左右の道を見るがヒントらしきものはない。が、手掛かりは得た。左の道から僅かながら風が吹いている。
左の道を行く。風が吹いているのだからきっと出口に繋がっている。そう信じるしかない。
しばらくは直線だったが、また分かれ道になっている。今度は十字路だ。今来た道を除けば選択肢は3つ。
それぞれの道に顔を向ける。集中するために目を閉じた。風は1つの方向からしか感じない。
それは来た道から見て真っ直ぐの道だった。こんな事ってあるのか?あまりに簡単すぎる。
たしかに風は弱く集中しないと感じない程だけど、裏を返せば集中すれば感じられる。
何か罠がありそうだな。鉄刀を握り警戒する。念のために切っ先に侵食の膜を薄く張っておく。
道に岩が増えてきた。身を隠せる程に大きい。そんな岩が幾つも転がっている。
身を隠さないといけない様な事でも起こるのだろうか。
ソレはすぐに起きた。トの形に分かれた道がに差し掛かった頃、右側からウォンウォンという重低音が聞こえてきた。
壁に背をつけて音がする方を覗き見る。そこも大きな岩が至る所に転がる道だった。
ただ、空中に変なものが浮かんでいた。大きな目玉。近くにある岩よりも一回りも二回りも大きい。
黒目の部分からは光を放っている。そして、何かを探すようにゆったりとした動きで左右に見回している。
アレから隠れながら進まないといけないのだろう。あの光に当たると、眠るか迷路の外に飛ばされるか、それとも別の何かか。
取り敢えず良くない事が起きるのは間違いない筈だ。ちょうど岩が転がっているから隠れるのには苦労しない。
問題があるとすれば、風が目玉の方から吹いている事と目玉が近づいてきている事くらいか。
念には念を入れておくか。『隠密』のイメージを乗せた闇属性の魔装を纏う。
見た目はいつか見た黒江の魔装に似ている。見た事があるものが無意識のうちにイメージに乗ってしまった。
角を曲がる時に低い姿勢になり、そのまま近くの岩の後ろに隠れる。目玉は間近にまで迫っていた。
岩の陰に同化するように息を潜める。ここにはだれもいませんよ~
目玉は怪しげな音を出しながら通り過ぎて行く。どうやら見つからなかったようだ。
目玉が角を曲がり姿が見えなくなってから動く。これまで以上に慎重に進まないと。
さて、残る問題は目玉が幾つあるのか、だな。さすがにアレ1つだけとは思えない。
全体の広さは分からないけど5~10個ぐらいはいると思って行動しよう。あ、さっきの奴にマーキングしとけばよかった。
これじゃあ次に遭った時に別個体か分からなくなる。今からでも追いかけてマーキングをつけるか…
いや、止めておこう。変に刺激して時間を取られたら面倒だ。やっぱマーキングはなしだな。
目玉の姿がなくても移動する時は、岩の陰から岩の陰に移動し、角を曲がる時も慎重に確認してから進む。
そろそろ何人か迷宮に入ってるかな。男子学生はずっとあの連戦の所を実況しているからここの状況が分からない。
まったく…役に立たないなぁ…先頭集団の実況はこまめに行えよ。そんな俺の願いが通じたのか実況が戻ってきた。
「さて、お待たせしました。先頭をみて見ましょう。先頭はどうやら、『無力の草原』を越えて『沈黙の迷宮』に挑んでいる様です」
『沈黙の迷宮』…ね。よく言い表した名前じゃないか。
沈黙は金雄弁は銀ってね。雄弁な暗殺者はおらんのだよ。……何言ってんだ、俺。
「ちょうど今、迷宮に入ってきたのは、2年Sクラスのマサキ・ヨモ君の様です。おっと、さっそく壁を壊そうとするが壁は無傷なままだ!」
やっぱり最初は壊そうとするよねぇ…まさか、四方でも壊せないどころか傷もつけられないとは予想外だ。
四方って実は大したことないんじゃないか?いや、そんな訳ないか。仮にもSクラスにいるんだしな。
「この迷宮は一説によると、学園長が洞窟から持ち帰ったモノにより創造・維持・管理されていると言われています。が、真実の程は分かりません」
あくまでも噂程度の事しか分かっていない、と。実況がそんな事を大きな声で言っていいものだろうか。
実況の声に隠れる様にしてあの音が聞こえた。近くに居る。岩は…大丈夫だな。そこら中にある。
重低音は次第に大きくなっている。少し先を見ると丁字路になっていた。あのどっちかから来そうだ。
角には近寄らず岩の陰に隠れた。近すぎると対応し辛いと考えての行動だ。
目玉が姿を現した。どうやらさっき遭ったヤツとは別個体のようだ。やっぱり複数いるよな。
どうしてすぐに別個体だと分かったのかというと、さっきの奴は瞳が黒だったが、目の前にいる奴は青い。
パッと見で違いが分かる様になっているのか。ありがたい。取り敢えず、黒目を1号として青目は2号だな。
2号は見た目以外1号と変わらない。簡単にやり過ごす事が出来た。その巨大なおめめは飾りですか~?
2号がまだ近くに居るが動き始める。見えなくなるまで待っていられないのと振り返らないと判断した。
目だけで音が聞ける訳がない。不思議な力で聴覚を持ってたら知らん。
それでも念を入れてすぐに岩の陰に隠れられる場所を移動する。
角を曲がり一息つく。結局2号が振り返る事はなかった。のんきに俺が通ってきた道をなぞる様に進んでいた。
バカだな。さて、俺も進むとするか。前に向き直るとそこには唇がいた。
漫画でよくみるタラコ唇から棒の様な足が2本生えている。大きさはクロ2匹分くらい。なんだコレ。
俺だけでなくタラコ唇も想定外の遭遇に固まっていた。先に動き始めたのはタラコ唇だった。
足を少しだけ広げて唇を開こうとした。考えが纏まるよりも体が動いていた。
『侵食』のイメージを乗せた闇球をタラコ唇に向けて放った。
「キ」
タラコ唇が何かを言おうとしていたが、音になる前に闇球に当たり消滅した。
あ、倒せるんだ。反射的に放っていたけど良かった。それにしても、目玉以外にもいたんだな。
「キェェエエエェェアァアアァァァアアアァァアァァアァアァ」
叫び声が遠くから聞こえた。それはおよそ人が出せるような音量じゃなかった。さっきのタラコ唇か?
目玉と同様に別個体がいたとしても何らおかしな事はない。むしろ、別個体がいると考えた方が自然だ。
続けて叫び声がしたのとは逆の方向からサイレンの様な音が聞こえてきた。
慌てて近くの岩の陰に隠れた。サイレン音が近づいてくる。岩の陰からは出ない様にしつつ覗き見た。
音の正体は目玉だった。目玉がサイレン音を出しながら今まで以上の速さで叫び声がした方に向かって行った。
一瞬だけ見えた瞳の色は赤色だった。また別個体だ。来た方向が違うから当たり前か。
何にせよ、分かった事がある。タラコ唇は叫び声をあげて目玉を呼び寄せる、という事だ。
また見つかると面倒臭い敵が増えた。タラコ唇は目玉みたいに目立たないから注意しないと。
空中と地面の両方に注意を払わないといけないとか疲れる。ったく、あとどれくらいあるんだ、この迷宮は。
結構進んできたぞ。そろそろ出口が来てもいいんじゃないですかねぇ…
風は若干ながらも強くなっているから出口に近づいているのは分かっている。が、終わりが見えないという事が精神的にキツイ。
また、何かを見つけた。岩の傍に小さな影があった。大きさ的にはさっきのタラコ唇ぐらい。
見つからない様に注意しながら近づいていく。次第に姿がはっきりとしてきた。どうやらタラコ唇ではないようだ。
全体的には三角形。ただ、綺麗な三角形ではない。底角が少し丸みを帯びている。
あれは鼻だ。ギャグアイテムの鼻眼鏡についている様な鼻。その鼻がそれぞれの穴から細い足を生やし立っている。
足が細いせいで鼻毛で立っている様に見えてしまう。吹き出しそうになるのを何とか堪えた。
鼻は俺の状況などお構いなく近づいてくる。その足取りには全く迷いがない。真っ直ぐ俺の方に向かっている。
笑っていられる状況じゃないな。鼻が何かをするよりも前に消滅させる。『侵食』の闇球を放った。
完全に不意を突いたはずだった。なのに、鼻は横に跳んで避けた。お返しとばかりに鼻の穴を向けて何かを飛ばしてきた。
白い。鼻から出てくるものと言えば、鼻くそか鼻水。てことは、あれは鼻水か!?うわ、マジか…きったねぇ…




