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28章:学園武闘祭(二日目②)ー2

懐かしのレヌアを平らげた所で『障害物競走に出場する人は集合してください』というアナウンスが流れた。


集合場所に行くと結構な数の人がいた。これ、全員が出場する奴らか?いくら何でも多すぎだろ。


前の競技が終わり暫くすると障害物競走が始まった。俺は真ん中ぐらいの順番だからまだ待たないといけない。


顔を上げても人の頭しか見えず、何もする事がなくただじっと地面を見て時間を潰した。


因みにクロ達を連れて出場は出来ないらしく傍にはいない。今頃は3人で仲良く屋台でも巡ってるんじゃないだろうか。


ひたすら耐える事、十数分。とうとう俺の順番が回ってきた。立ち上がり体の凝りを解す。


俺の他には3人が同じように立ち上がっていた。2,3位を狙って頑張るか。


レースを始める前にくじを引かされた。これでコースを決めるらしい。俺が引いた紙には『戦』と書かれていた。


俺は『戦』という文字が浮かぶゲートの前に立った。流石は異世界。普通の障害物競走ではないようだ。


ゲートの内側は黒い靄の様なものがあり、奥が見えないようになっている。恐らくはこれでどこかに飛ばされるのだろう。


それはいいのだけれども、俺がここに立った時に後ろが騒めいたのが気になる。一体なんだと言うんだ。


俺の気持ちを他所に、みんなが定位置に着くと開始の合図が出された。他の人は我先にとゲートの中に入っていく。


俺だけがゆっくりと警戒しながら入った。黒い靄を通り抜けると先には薄暗い廊下が伸びていた。


廊下は短かった。すぐに開けた場所に出た。そこは闘技場の様になっていた。周囲は高い壁に囲まれている。


その上には埋まる事はないだろう観客席がずらりと並んでいた。予想が確信に変わった。


くじの『戦』の文字は『戦え』という意味だったのだろう。これだけお膳立てされれば流石に分かる。


もしかしたら障害物競争というくらいだから『連戦』になるかも知れない。嫌だな、それは。


ガコッと何かが動く音が唐突に響いた。反対側の壁にあった重厚な鉄格子がせり上がっていた。


その奥からは2頭の狼が出てきた。嫌な予感は的中してしまったようだ。こんな簡単な敵だけな訳がない。


左右から襲って来た狼達を鉄刀で一刀のもとに斬り伏せた。これぐらいなら魔装なしでも楽に倒せる。


狼達をボックスにしまうのと同時に鉄格子の向こう側から何かが現れた音がした。


やっぱり連戦だった。午前に散々戦ったのにまた戦わないといけないのか。はぁ~…つっかれ、つっかれ…


対戦相手に目線を移した。そこには懐かしい顔があった。あれはずっと前に戦った事のある奴だ。


両腕が硬そうなもので覆われている熊。懐かしい。ここはいっちょ昔の俺とは違う所を見せましょうかね。


同じ個体であるはずはないが、同じ種族ではある。力量を量るにはちょうどいい敵だ。


相手の得意な攻撃はその強固な両腕による打撃だ。ならば、こちらも同じ打撃で対抗しよう。


相手の得意分野で凌駕してこそ成長していると言える、と思う。土属性の魔装を纏う。


直後に突進してきた熊を真正面から受け止めた。少し押されたがほぼ無傷で済んだ。


そのまま力を入れて相手を持ち上げる。つもりだったが、意外と重たい。予定を変えて横に放り投げた。


底には熊に出迎えられた。あぁ、ボックスに入れるのを忘れていた。ちゃんと入れておかないと。


熊をボックスに入れてクレーターを上りながら考える。クレーターに落ちる前に一瞬だけ地上を見渡せたけど何も見えなかった。


あれはどういう事だ。衝撃はすれども敵の姿は見えず。考えたくないけど次の相手は透明なのか?


いきなり難易度が上がった感が否めない。いやいや、そんな、まさかね…そんな訳ないよね…


どうせ、衝撃を任意の場所に発生させる、とかいうスキルを持っているんだろ。


それで、相手は後ろの安全な場所にいるとかそんな感じだろ。そうだ、そうに決まっている。


頂上に上りきる手前で腹這いになる。頭を少しだけ出して前方を確認する。目を左右にも動かし相手を探す。


居ない。転がり後ろを確認する。見当たらない。…本当に透明になっているのか?


いや、まだだ、そう思わせておいて実は天井にいるんだ。勢いよく見上げるが天井には何もいない。


あぁ…これは透明になってますわぁ…面倒臭すぎる。慎重に立ち上がり平地に立った。


すぐさまクレーターから離れる。また落ちたら洒落にならない。クレーターからある程度の距離を取ってから、また周囲を見渡した。


目を皿のようにするがそれでも見当たらない。空気の揺らぎ的なモノも見えない。


普通こういう時って何かしらの手掛かりがあるものだろ。コレがゲームだったらクソゲー確定だぞ。


まぁ、ここで文句を言っても仕方ないか。こうなりゃ範囲攻撃で敵を炙り出す。


俺を中心にして津波を発生させる。360度を背の高い津波が広がり進んでいく。


ただ津波には土を混ぜておいた。その勢いもあって濁流と呼べるものかもしれない。


土を混ぜた理由としては、濡れた体に土が張り付けばいいなと思ったからだ。それが目印になるはずだ。


津波が半分ほど進んだところで何かの叫び声が聞こえてきた。それはどうやら右斜め前方にいるらしい。


叫び声を頼りに土槍を幾つか飛ばしながら近づく。走り始めてすぐに軽い眩暈に襲われた。


あぁ…魔力が少なくなってきた。流石に無茶をしたか。範囲攻撃はこれだから嫌なんだ。


魔力を回復しつつ津波が引くのを待つ。思わず走り出していたけど津波があったらどうしようもない。


ようやく津波が静まり見渡せるようになった。一か所だけ土に塗れた何かがいた。


…本当になんだ、アレ。蹲っているから全貌が分からない。


その背中らしき場所には適当に放った土槍が1本だけ刺さっていた。刺さっている部分からは血が流れている。


体表はそれほど硬くないのだろうか。考えている間に相手は立ち上がっていた。


立ち上がった相手の外見は今まで見た事のある動物のどれとも言えないようなものだった。


一番最初に目についたのは頭がない事だ。いや、本当はあるのだろうが、突出した形では存在していない。


そして、腕も特徴的だ。チンパンジーの様に腕が長い。しかも自身の身体よりも長そうだ。


両手を地面に着けると身体が浮いてしまいそうだ。今は威嚇するように両腕を上げているからそんな事にはなっていないが。


さらに驚くべきはその全てを支えている足がいかにも貧弱そうな事だ。マンチカンの様に短い。


あれで立っていられるのが不思議で仕方がない。むしろ短い方がバランスを取りやすいのだろうか。


のんびりと観察していると相手が動き出した。そう感じた時にはもう相手の拳が目の前にまで迫っていた。


突然の事に対処しきれず殴られた。魔装のおかげで何とか意識を飛ばさずに済んだ。


鉄刀を地面に突き刺しブレーキを掛ける。何とか止まれたがとても動ける様な状態じゃない。


鉄刀で体を支えながら相手を見た。動いたからか身体についていた土が少し落ちて見難くなっている。


目を凝らしてようやく相手の状態が分かった。相手は横を向いている様だ。何となく何が起きたのかが理解できた。


そもそも相手の腕が長いからと言って殴られるような距離にはいなかった。それなのに殴られた。


その理由は簡単な事だった。左手で自分を押し出したんだ。あの腕ならそれぐらい簡単な事なのだろう。


両腕の長さを合わせた範囲が攻撃範囲か。広すぎだろ、オイ。これは下手に離れない方が良いのか?


あの腕の長さなら接近戦には不向きだろ。そうと決まればまずは動かないと。ここはまだ攻撃範囲内だ。


多少休んだとはいえ未だにふらつく足を何とか動かし、相手の攻撃範囲から遠ざかる。


相手が黙って見ている筈もなく、両腕を足の様に操り急接近してくる。動くたびにパラパラと土が落ちていた。


また見えなくなってしまう。水分多めの泥団子を幾つも飛ばす。これではたとえ当たったとしてもダメージは与えられないだろう。


それでもいい。今はダメージよりも見える様にする事が最優先だ。相手は泥団子が危険なモノでないと判断したのか避けようとしない。


狙い通りさっきよりも鮮明に見えるようになった。ただ、そんな事をしていたせいで相手がすぐそばまで来ていた。


体を丸めて衝撃に備える。相手の薙ぎ払いの動きに合わせて横に跳んだ。吹き飛ばされ転がる事で相手と距離を取る。


痛みは覚悟していたから我慢できない程ではない。が、ダメージは着々と溜まっているせいで、体が動かし辛くなってきた。


そろそろ決めないと。こいつで最後とは限らない。次の事を考えると出来るだけ体力を残しておきたい。


もう転移で相手に一気に近づくしかないか。だが、相手が動いている今は無理だ。


攻撃する為に止まる瞬間を狙う。それしかない。鉄刀を構えて相手を見据える。


相手はすぐそこまで迫っていた。集中。相手が止まって攻撃をし始めるまでは一瞬しかない。


相手がその短い足を地面に着けた。今だ。相手の頭上に目掛けて転移した。


視界が一瞬にして変わり真下に相手が現れた。落下する勢いを乗せて相手の頭に鉄刀を突き立てた。


いや、突き立てられなかった。相手の体表が想像以上に硬く、鉄刀が弾かれてしまった。


仕方がない。作戦変更だ。鉄刀を放り捨て、両腕を土で覆い固める。殴り殺すしかない。


右手で殴る。相手が若干よろめいた。左腕を振り上げるが、相手が黙っている筈もなく。ハエを払うように頭上で手を振った。


それを相手の頭に張り付き何とか耐える。ただ、ずっとこうしている訳にはいかない。


手が近くに来た所で殴った。相手が体勢を崩した今しかない。一発一発に力を込めるよりも数を打ち込む。


最初のうちは岩を殴っている感触だったが、殴り続けていると突然柔らかくなった。


それから数回殴ると相手が大人しくなった。後ろに倒れ始めたので相手から飛び降りた。


倒れた相手の方を見ると完全に姿が見える様になっていた。所々に泥が付いている。


透明になっていたのはスキルを使っていたからなのだろうか。突然見えるようになった理由をそれでしか説明できない。


体表が完全に周りに溶け込むようになっていたら装備に使おうと思っていたのに、残念だ。


それでも何かしら売れるだろうから回収はするけど。相手をボックスに入れて一息つく。


何とか倒すことは出来たけど、めちゃくちゃ疲れた。体力的にも魔力的にもあとちょっとしか残っていない。


これで終わりだったらいいんだけどなぁ…そう思っていると鉄格子がまた音をたててせり上がり始めた。


また何か出てくるのか。さっき放り投げた鉄刀を拾いに行く。今の状態じゃあ満足に扱えそうにないがないよりはマシだろ。


鉄刀を杖の様にして体を支え、鉄格子の方を睨む。待ってみても鉄格子の向こうからは何も出てこない。


連続で透明の奴か?めんどくさいからそれは止めて欲しいのだけど。


更に待ってみたが何も起きない。実はもう終わりだったり。で、鉄格子の向こうが出口になっているとか。


あり得そうだな。このまま何もせずにいるよりかは良いだろう。周りに気を配りながら鉄格子に近づく。


あっさりと鉄格子の傍に近づけた。何もなくてかえって拍子抜けだ。このままゴールしたら俺が1位になるんじゃないか?


最初の目標からは逸れるが仕方がない。鉄格子の向こうは廊下が伸びていた。走った方が良いのだろうが、そんな気力はない。


ゆっくりと歩きながら廊下を進む。鉄刀を鞘に納め、ボックスから回復薬と魔力薬を取り出し、飲む。


あまりの苦さに吐き出しそうになるけれども何とか飲み込む。良薬は口に苦しというが限度というものがあるだろう。


しかし、苦いだけあって効能は確かなものだ。痛みがすっかりと引いて、魔力も半分以上回復した。


空になった瓶をボックスに戻していると前方に光が見えた。アレが外に繋がっているのだろう。


人間とは不思議なもので、終わりが見えると途端に元気になる。駆け出し、光の中に跳びこんだ。


一瞬の浮遊感の後、地面に降り立った。そこは草原だった。そよそよと気持ちのいい風が吹く、見渡す限り緑の草原だ。


空は雲一つない晴れ模様だが太陽の光は暑くはなく暖かい柔らかな光だ。あまりの気持ちよさに寝転がってしまいたくなる。


のを、鋼の意思で抑えつける。草原が心地いいのはどうでもいい。問題はゴールじゃなかった、という事だ。


人の気持ちを上げて底辺に叩き落すのはやってはいけない事だと思いま~す。


いや、勝手に決めつけた俺が悪いんだけどさ。あんな感じにされたら誰だってもう終わりだって思うはずだ。


つまりは、やっぱり俺は悪くねぇ。悪いのはこのコースを考えた奴だ。絶対ソイツは底意地が悪い。


さて、文句を言ってスッキリしたところで、今度の相手は誰だろ。草原と言えば……


…全然思いつかん。依頼で草原に行った事がないから、草原にいる魔物をそもそも知らない。


こんな事なら、草原での依頼も受けとけばよかったかなぁ…


前触れもなく草原に暴風が吹いた。倒れないように踏ん張る。目も開けていられず腕で顔を庇う。


風が止んだ。目を開けると目の前にドラゴンがいた。逞しい四肢と立派な一対の翼を持つ灰色のドラゴンだ。


ただ少し変わっている。首がキリンの様に長い。さらには柔軟性もある様で、ドラゴンの身体に蛇がくっついているように見える。


こういう連戦の最後を飾るのはやっぱりドラゴンだよな。ははは……はぁ…


回復したからと言ってもドラゴンを相手取るには不安な体力と魔力。


敗北は濃厚。ならば、ずっと前から試したかった事を試すか。学校が管理しているだろうし殺される事はないだろ。


鉄刀をボックスの中に入れる。ドラゴンは様子を伺っているのか、襲ってくる気配はない。


試してみたかった事とは、氷属性の魔装だ。別に何か危険な事がある訳ではない。


単に土属性の魔装の使い勝手が良くてなかなか出番がなかっただけの話だ。


そんな事は今はどうでもいいか。いつもの様に氷属性の膜を着込んでいくイメージを持つ。


何回もしてきたイメージだったからすんなりと出来た。属性が変わっても難易度は変わらないか…


氷属性の魔装は厚い氷が指先から肩まで覆っている。ただ、不思議な事に関節部分は難なく動かせる。


それにしても異様に寒い。さっきまでの暖かさが嘘のようだ。これはマズイかもしれない。


本能が危険信号を出している。指先の感覚が薄くなってきた。マジでやべぇ…


ちんたらやっていられない。短期決戦。それしかない。さっきからそればっかだな、俺。


だってしょうがないだろ。こんな事になるなんて思ってなかったんだ。もうちょっと余裕があると思ってたんだよ。


走ってドラゴンに近づく。ドラゴンの前足を殴った。いや、勢いがつきすぎて殴ったよりも当てたという方が正しい。


それなのにこれと言った抵抗が感じられなかった。確かに当てたのは見ていたが、空を切った感覚だった。


ドラゴンの前足を見ると一部が抉れていた。ただ、傷口からは血が流れていない。


元々は濃い紫色だった体表が傷口付近だけ白くなっていた。何が起こったのかが何となくだが分かった。


が、確かめている余裕はない。頭が痛くなってきた。目の前もぼんやりとする。


とにかく、俺の攻撃はドラゴンに効く。それだけ分かれば十分だ。今は接近している状態。


このまま殴る。腹を重点的に狙う。ドラゴンの腹の下に潜り込み、その場で跳び上がり渾身のアッパーをかました。


勢いをつけ過ぎたようでそのままドラゴンの背中から飛び出した。地面に降り立つとすぐさま魔装を解いた。


寒さは若干マシになった。気がする。後ろではドラゴンが倒れる音がした。ちゃんと倒せていたみたいだ。


ドラゴンは一旦無視して、ボックスから毛布を取り出す。まだ時期じゃないからとボックスに入れておいて良かった。


毛布を体に巻いてもまだ寒い。けどまぁ、これからあったかくなるだろ。指先の感覚が全くないけどこれもまぁ何とかなるはず。


ボックスを開けたついでにドラゴンを中に入れる。今回だけで素材が沢山手に入った。


解体屋に持って行ったらどれくらいの値段になるだろ。今から楽しみだ。期待を胸に目の前に現れていた光の渦に飛び込んだ。


一瞬の浮遊感の後に大喝采に迎えられた。不意の事で耳を塞げず、鼓膜が破れたのではないかと思うほど耳の奥が痛くなった。


そうして立ち尽くしていると、係りの人が旗を持って近づいて来た。旗には『1』と書かれていた。


俺が一番なのか。結構時間がかかったと思っていたんだけど、そんな事もなかったのか。


まだ指が動かし難いので両手で挟むようにして旗を受け取った。肩に乗せた毛布を落とさないようにしながら1位が集まる場所に向かった。


その後、障害物競争は滞りなく終わった。暫く経っても寒さは未だに感じる為に毛布は巻いたままだ。


「お疲れ様です」


「あぁ、クロか…ホントに疲れた。ところでさ、この寒いのってやっぱり魔装が原因か?」


「そうですね。魔装がマスターの体を凍らせたせいですね。あと少し解除するのが遅かったら死んでいましたよ」


えらくあっさりと言ってくれるな。いくら助けてくれると分かっていても死にたくないんだけど…


「どうにかならねぇか?氷の魔装って思っていた以上に強力だったし、これから使っていきたいんだけど」


「今回の様に短時間でしたら問題なく使えます。ただ、体の安全を考えて最長でも10秒になりますが」


「10秒って短いな。因みにだけどさ、さっきのは何秒だった?」


「25秒です。30秒を超えると死ぬ可能性が格段に高まります」


ううん、あれで25秒か。たぶん、最初の10秒くらいは観察に使っていたから、戦っていた時間は実質15秒くらいか。


10秒でも十分に思えるけど、奥の手的な扱いにならざるを得ない。俺としては普通に使いたいんだけどなぁ…


悴む手を見つめながら考える。どうにかして、寒さを防げないものだろうか。


「クロさんや、何かいい案はないかね?」


「無属性の膜を張れば防げます」


「は?20枚無属性で張って、その上からまた20枚氷属性で張れってか?制御が難しくなりそうだな、それ」


「いえ、1枚だけで防げるようにします。私の闇属性の魔装もそのようにして発動していました」


1枚だけか。それならまぁ、1枚増えるだけだしまだマシか。それにしても、1枚かぁ…


1枚となると完全に無干渉のイメージを固めないと絶対に防波堤の意味をなさなくなる。


一片の疑いもなくイメージを持てるように訓練する必要があるな。ぶっつけ本番はダメだと今日ので痛いほど分かったから。


観客席に戻ってきたが、さっきと同じ場所に家族は1人も居なかった。どこ行ったんだ。


聡美の応援にでも行ってるのだろうか。探しに行くのも面倒だ。適当に空いている席に座る。


下では何かをやっているが興味はない。咳女子が見えたような気がしたが興味はない。


これからどうしようか。もう出場する種目はないし、疲れたからもう帰るまでは動きたくない。


周りが五月蝿いから寝る事も出来ない。やる事ねぇなぁ…あ、そうだ。アレをしよう。


ボックスからブラシを出し、クロ達をブラッシングし始めた。


ふかふかになったクロ達の毛並みを堪能していると、いつの間にか今日の種目は全て終わっていた。


教室に戻り、担任からちょっとした連絡を聞いてからの解散となった。さてと、帰ろかな…


と行きたいところだけど、まだ用事がある。ギルド長に会いに行かねば。


玄関を出て父さんを探すがすぐには見つからない。まだどっかに行ってんのか?


ギルド長に挨拶がしたいって言ったのは父さんなのに。これは帰ってしまってもいいよな。


ギルド長には後でお詫びの電話でもすればいいか。いやぁ、残念、残念。


スキップをしたくなる程浮かれていると、校門の近くに見知った顔を見つけた。


「あれ、兄さん?」


「ああ、麟児。待ってたよ。巖雄さん達は買い物に行かれてて、もうちょっとしたら戻って来られるんじゃないかな?」


買い物に行ってたのか。そう言えばあの時も行くとか言ってたな。大方、父さんは荷物持ちだろうけど。それにしても…


「兄さん、まだ父さんたちと仲直りしてないの?」


「ううん…たぶん無理だろうね。巖雄さんは俺の事を絶対許さないだろうし」


「それなのにまだ道場にいるんだ。さっさと出て行けばいいのに、俺達みたいにさ」


「でも、俺はあの家が好きだし、五十嵐流剣術も後世に伝えていきたいしなぁ。まぁ、肝心な技は教えてもらえないけどね」


兄さんは困った様に笑って言った。


兄さんはむかし爆弾発言を投下して以来、俺以外から不遇な扱いを受けている。


それ以前は普通に父さんからも溺愛されていた。長男だからか俺以上に愛されていた気がする。


その爆弾発言は家族で夕食を食べながらテレビを見ていた時に投下された。


テレビでやっていたのは猫と犬のどちらが可愛いかを比べるよくあるバラエティー番組だった。


俺を含め家族みんな猫の方が可愛いと盛り上がっていた。ただ一人兄さんを除いて。


『俺は犬の方が可愛いと思うなぁ…』


兄さんはそう小さく呟いた。決して大きな声ではなく普通に聞き逃される様なものだったが、それはなぜか異様にはっきりと聞き取れてしまった。


それからだ、父さんたちが兄さんをあまり良く思わなくなったのは。正直な所、たったあの一言だけでその仕打ちはやり過ぎだと思う。


兄さんも兄さんだ。あの猫だらけの道場にいて、明らかに猫派が多い中でよく犬派だって言えたものだ。


まぁ、あの時兄さんは小学生だったから素直に思っている事を言っただけなのだろうけど。口は災いの元とはまさにこの事だろう。


「兄さんはさ、まだ犬の方が好き?」


「ん?う~ん…そうだなぁ…好きかな」


「そっか…」


兄さんの好みは変わっていないらしい。これじゃあ父さんたちと仲直り出来る訳ないか。その父さんたちが遠くに見えた。


「すまんすまん。少し時間を潰すつもりだったんだが、な…さて、行こうか」


父さんははっきりと言わなかったが、一瞬だけ目線が母さんの方に向いた。女性の買い物は長いと言う訳か。


歩き出そうとしたが、嫌な予感がして横に移動した。俺がさっきまでいた場所に誰かが飛び込んできた。


頭が地面に激突する前に両手をつきバク転の様にして立ち上がった。後ろから飛びかかってきたのは想像通り聡美だった。


「ひどいです、兄上」


しょんぼりした顔で聡美は言う。そう言われてもあの勢いで来られたら絶対倒れていた。


いつもならまだしも、今日は何かと疲れたしこれから用事もあるしで勘弁してほしい。


「こら、はしたない真似は止めなさい」


母さんに怒られ聡美は更にしょんぼりとしてしまった。流石に可哀想か。聡美を手招きして呼び頭を撫でてやる。


昔から聡美が落ち込むとこうしてやっていたらしい。聡美は俺よりも背が高いからちょっと腕が疲れるが我慢だ。


「ほら、あんまり落ち込んでんな。母さんと買い物に行くんだろ」


「はい、そうでした。行きましょう、母上。では、また後で」


すっかり元気を取り戻した聡美は母さんの手を引いて行った。後で、って言ってたけどどういう意味か聞きそびれた。


ギルドに着くと俺と父さんだけが中に入った。兄さんは入り口で待っているらしい。


受付に行くと魔法陣を2枚渡してきた。1枚は父さんに渡してから魔法陣に魔力を込める。


もはや見慣れた木製の大きな扉の前で待っていると父さんも来た。扉をノックして名乗りやってきた事を知らせる。


「ど~ぞ」


中に入るといつかと同じように紅茶の香りが出迎えてくれた。


「初めまして、五十嵐巖雄と申します。いつも息子がお世話になっております」


「初めまして、クレア・アンカーソンです。こちらこそ息子さんには助けられています。立ち話もなんですからそちらにお掛け下さい」


ソファーに腰掛けるとギルド長は紅茶の入ったカップを人数分用意して、それぞれの目の前においた。


「巖雄さんは甘いものはお好きですか?」


「ええ、三時の間食を毎日欠かさず食べる程には好きですよ」


「良かった。ケーキを用意しましたので、どうぞ」


「かたじけない」


ギルド長が箱の中から皿にケーキを移した。その時に見えた箱に書かれたロゴが以前にも見た超人気店のモノだった。


こんなにもホイホイと用意できるのは職権を乱用しているからだろうか。そんな事を考えていると目の前にケーキが置かれた。


「改めまして、本日は急な願いにも拘らず時間を作っていただき、感謝とともにお詫び申し上げます」


「いえいえ、ちょうど仕事が少ない時だったので気にしないでください」


大人たちの挨拶を横に俺はケーキを食べる。うまい、うまい。人気店なだけはある。


ケーキに舌鼓を打っていると横から視線を感じた。トラ達が羨ましそうに見てきていた。


クロも抗議するように肉球で軽く額を叩いてくる。クロを頭から下ろしボックスからクロ達のおやつを取り出した。


クロ達が食べ始めたのを確認してからケーキを食べる為に体を起こすと隣の会話が聞こえてきた。


「ただ、学費を代わりに支払っている者としては近況報告はあってしかるべきだと思うのです」


「確かに。いわば投資家と経営者の関係ですか。その結果如何によっては投資を打ち切るのもやむなし、と言う訳ですな」


「はい、その通りです。そして、日々の努力と現在の実力を量るのに適したものが明日行われます。麟児君にはそれに参加してもらおうと思っています」


知らないうちに嫌な方に話が進んでいた。父さんは妙案だと言ったような顔で頷いている。


本当なら面倒臭そうだから参加したくないけど、ギルド長の言っている事は尤もだから拒否する事は出来ない。


「あの、それって今からでも参加できるものなのでしょうか。何も手続きなどはしていないのですが…」


「ああ、麟児君は初めての武闘祭だったね。武闘祭は最終日当日に参加を募る競技が毎年行われるの」


だから大丈夫、とでも言うようにウインクをしてきた。何一つ大丈夫ではないが笑ってごまかした。


「ただ参加するだけでは簡単すぎるのでもう一つ。三位以内に入る事を条件とします。今の彼の実力ならば可能だと思います」


ギルド長は父さんに視線を戻し会話を再開した。また面倒臭い条件が加えられた。


「ほう、麟児にそれほどの力が…」


「その競技にSクラスは参加できるんですか?」


「Sクラスは強制参加だよ。大丈夫、その中でも三位どころか一位も夢じゃないと思っているから」


嘘だ。ギルド長に実力を見せる機会はなかったし、報告もしたことがない。だが、妙に自信を持って言っているのには引っ掛かる。


学園の教員から何か報告を受けているのだろうか。そうだとしても教員が見ている前で本気を出したことはないはずだ。


そもそも俺自身が自分の本気を分かっていない。今日の試合も障害物競争も本気だったと思うが、本当に本気だったかと疑う気持ちもある。


自分の本気について悩んでいると、父さんが立ち上がった。いつの間にかギルド長との話は終わったらしい。


「それでは失礼します。本日はお時間を割いていただき、ありがとうございました」


「いえ、またいらしてください。麟児君も、ね」


「はい、また機会がありましたら」


クロ達のおやつ皿をボックスに入れてから俺も立ち上がった。


面倒な事になったが、それは明日の俺に任せるとしよう。今日の俺は美味しい紅茶とケーキを食べられて満足だ。


ギルド長にもう一度礼を言ってから部屋を出た。


「さて、行くか」


「行くかって、どこに?」


「どこにって、忘れたのか?今晩は家族みんなでどこかで食事しようって話になっただろ。ああ、そうかあの時いなかったな」


それでか、聡美が『後で』って言っていたのは。帰って晩ご飯を用意しなくて済むのは助かる。


集合場所を知っている筈もないので、父さんの後をついて行く。向かっている間ずっと父さんはギルド長の話をしていた。


あれほどの強者をこれまで見た事がない、だとか。そんな人に一目置かれているのは凄い事だ、だとか。


母さんと聡美に合流した後も話は続いた。晩ご飯を食べる間は俺と聡美がこれまでの事を話した。


久しぶりに沢山話して疲れたが、それと同時に楽しかった。

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