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3章:思い出は酸の味

霧の先は森になっていた。森と言っても端の方で目と鼻の先には外壁が見える。


壁の向こうには国があるのだろう。取り敢えずはアレに向かって歩くか。


歩き出したことで違和感を感じた。いつもよりも歩きにくい。


足を見てみると茶色が進行を阻害している。先程までは学校の制服を着ていたのに茶色のコートを着ている。


コートは足首まであり、腰上から首までチャック、フードまでついている。タイトな作りで太ったらチャックは閉められそうにない。


やっぱり旅と言えば茶色のコートだな。銃があれば問題ないんだが、残念ながら無いようだ。


その代りなのかサバイバルナイフがホルダーに入って太腿についている。


手には巾着みたいなモノが。みたいと言うのは巾着よりも大きな袋で、よく外国の映画で旅をしている人が持っているアレ。


アレってなんて言うんだ。知らないし今は巾着と呼ぶことにしよう。


巾着の中には干し肉が数切れとブロックタイプの携帯食料が数個、それと水筒が1つ。


奥の方にあった小さな袋には小銭が何枚か。これは全世界で使えるのだろうか。


使えるに越したことはないが、それなら壁なんか建て無ければいいのに。


そんな事を考えていると壁にかなり近づいていた。


壁の天辺を見ようとしたが首が痛くなって諦めた。視線を下に戻すと2人の門番がいた。


門番の後ろにはかなり大きな門と、その横に人が馬車が並んで通れるくらいの門がある。


最初の印象は大事だ。出来るだけ怪しくないように挨拶しなければ。


「こんにちは。旅をしている者ですがこの街に入りたいのですが」


「こんにちは。それでは此方に来て下さい」


門番の一人は近くの小屋に入っていく。俺は黙って彼について行く。


小屋の中は長机とパイプ椅子が4つ、それと棚と台所といったシンプルな間取り。


「それでは、この紙に記入して下さい。今、お茶を入れますね」


「あっ、お構いなく」


取り敢えず渡された紙に目を通す。紙には氏名や年齢を書く欄があったり滞在期間などを書く欄がある。


滞在期間は3日と書きたいが、多分この国で骨を埋めることになるだろうから、取り敢えず半年と書く。


あらかた記入したが、氏名欄だけはまだ空白のまま。せっかく転生したのだから別の名前で過ごしたい。


どうせならカッコイイ名前がいいな。さてどうするか。


苗字が3文字とかカッコイイし、『五十嵐いがらし』にするか。


名前はふと頭に浮かんだ『麟児りんじ』を書いて提出した。


中二病を拗らせて麒麟とか書けるようにしたのがこんな形で役に立つとは。


今更なんだが全て日本語で書いたけど良かったかな。日本語が通じたしいけるか。


「はい、ご協力ありがとうございます。ところで、何か武器は持っていますか」


「あぁ、サバイバルナイフを1つ」


コートを捲り太腿につけたサバイバルナイフを見せる。


「はい、大丈夫です。それでは門に行きましょうか」


どうやら杞憂だったようだ。


よくよく思い出してみたらと言うか、貰った知識によると日本語が公用語らしい。


なんで日本語なのかは突っ込まない。英語だったら死んでいたかもしれない。比喩じゃなくて。


小さい方の門が開き遠くの方に太陽の光が見える。思ったよりも壁が厚いんだな。


当たり障りのない挨拶を門番の2人に言ってから門に向かう。


壁の外縁には幅5メートル程の堀がある。護りが固すぎる。


おそらく四方と神座もこの世界に来ているだろう。王道で考えると魔物の侵攻から護ってるんだろうな。


まぁ、どうせチート級の力を貰った四方が無双するに違いない。


チートとかヤダヤダ。そんな人生を簡単にして楽しんだろうか。本当に楽しいのは最初だけなのに。


堀の上を通過し壁の内部に入るとギギギッという音を立てながら門が閉まっていく。


堀のせいなのか少しだけ湿っぽい。通路は魔力駆動光球、通称『魔球』が照らしている。


魔球は空気中の魔力を取り込み照らし半永久的に動く、らしい。


魔力が少ないのか、はたまた元からの作りなのか知らないが、薄暗い感じがする。


暫く無心で歩いていると、漸く出口が近づいてきた。


街の賑わいが聞こえてきて居ても立っても居られず走り出した。


走り抜けた先には大通りが広がっており様々な人や馬車が往来している。


八百屋や魚屋なんかもあり街全体が活気づいている気がする。


異世界でまず初めにやる事と言えば、やっぱりギルド登録でしょ。


大通りをずっとまっすぐ行ったところに大きな建物がある。


一先ずアレを目指して歩くか。違ったら地図か交番的なものを探そう。


そう言えば、よく異世界物は八百屋のおばちゃんにギルドの位置とか聞いてるよな。


更にはリンゴとか貰って、またきます~とか社交辞令言ったりな。


まずは自分でどうにかしようとか思わないのか。頼りになるのは結局は自分だけなのに。


とか言ったりしたが、ただ単に人と話せないだけなんだが。我ながら情けない。


ギルド(仮)に近づくにつれて武装している人の割合が増えていく。


あの建物がギルドである可能性が濃厚になってきた。


今更ながらこのギルドでいいのだろうか。建物が大きいと言う事はそれだけ様々な力が強いのだろう。


単純な実力的な意味と権力的な意味で。


多分と言うか、確実にここに四方と神座が所属する。


向こうが俺を覚えていることは無いとは思うが、万が一覚えていた時面倒なことになるに違いない。


今から違うギルドを探すか。いや、小さなギルドにいい条件の依頼が入ってくる事はそうそうないだろう。


お金と僅かな面倒事を天秤にかけると当然お金の方に傾くわけで。会ってしまった時は恍けりゃいいか。


ギルドの無駄に大きい入口を通り抜けた先には机が両サイドにある。


そこで地図を開き作戦会議をしている人がいる一方で、飲食をしている人もいる。


中央の通路の奥には受付があり数人が一定間隔で座って事務処理をしている。


それぞれの人の上には『新規ギルド登録窓口』や『依頼受理等窓口』などと書かれたモノが吊るされている。


俺は迷わず『新規ギルド登録窓口』に向かった。


「すみません、ギルド登録したいんですけど…」


「はい、それでは注意事項をよく読みこの紙に記入してください」


そう言い薄っぺらい紙を1枚渡してきた。


紙の4分の3を使って注意事項が書かれている。


下の方には『上記に同意しますか? はい/いいえ』、氏名と年齢を書く場所がある。


しかし、そこには異世界物お決まりの属性と魔力量を書く欄ない。


「属性とかは書かなくてもいいんですか」


「後で調べますので大丈夫です」


調べる方法はやっぱり水晶に魔力を流すとかかな。


早く調べたい俺は注意事項を斜め読みし、必要事項に記入して紙を渡した。


「それでは、調べますのでこちらに来てください」


そう言うと受付カウンターから出てすぐ横にある扉に入っていった。


俺も追っかけ入っていくと、中には空港にある金属探知機のようなものがある。


しかしソレは金属探知機よりも奥行きがあり、中心にあたる地面には足裏マークが描かれている。


戸惑う俺を後目に魔動機(魔力を動力とする機械)の前に座る受付さん。


「それではその足裏マークの上に立ってください」


言われるがままにマークの上に立つ。え、これで調べるのか?水晶で調べ無いの?


暫くじっとしていると上から青い線が降りてくる。


そしてその線が足まで行き消えてから数秒後に結果が出たようだ。


受付さんは魔動機の上部から出てきた紙の内容を別の魔動機に打ち込むと用無しとなった紙を渡してきた。


紙には『属性:土・水 魔力量:5万8千 スキル:過回復オーバーリカバリー,またたび』とだけ書いてある。


随分とシンプルだな。因みに過回復は全ての人が持っており、その効果は回復力が上がる、らしい。


らしいと言うのは、全ての人が持っているために比較対象が居らず調べる事はできないからとかなんとか。


ただこうして調べると字が出てくるので漢字から回復系のスキルだろうと言う事で効果が決まった。


以上が貰った知識からの引用。引用ついでに、16歳の平均魔力量は5万8千。


つまり俺はド平均と言う事だ。


「それでは、ギルドランクは上限Cからお選びいただけますが、どうされますか」


「え、選べるんですか」


「はい、最低ランクのEは小学生向けなので、依頼報酬もお小遣い程度の額しかもらえません」


随分と合理的だな。Cランク相当の実力があるのにEランクから始めて昇級試験に時間を割くのはバカだ。


「それじゃあ、Cから始めます」


「かしこまりました。少々お待ちください」


そう言うと属性などを打ち込んだ魔動機に向かい何かを始める。


暫くすると魔動機の上部から黒いカードが出てきた。


排出口は上部にする決まりとかあるのかな。


「それではこのカードを取ってください。最初に触れた人が登録されます」


促されるがままカードを引き抜くとカードは一瞬にして色付いた。


裏はシンプルに赤地に黒色でギルドのマークが。


表は何時の間に撮られたのか俺の胸から上の写真と基本情報が書かれている。


受付さんは俺がカードを抜き取ったのを確認すると、魔動機の前から離れ近づいてきた。


その時に気づいた。首からネームプレートを下げている。凄く今更だが名前を見ていなかった。


取り敢えず見てみる。そこには『カリナ・――――』と書かれている。


ラストネームの方は光が反射して見えなかった。


そう言えば、この世界はカタカナの名前が多数派だったな。言語はバリバリの日本語なのに。


俺が世界の不思議について思案している間にギルドカードの説明が終わった。


説明を要約すると、情報は随時更新される、本人以外が持つと唯の黒いカードに変わる、との事だ。


これなら落としてしまっても大丈夫だな。大したことは書かれていないけれど。


依頼の受け方を聞くと、受付カウンターに向かって右側にある魔動機で受けられるそう。


人に話し掛けないで済むのはよかった。しかし、何でもかんでも魔動機だな。


早速受けてみることにする。魔動機に向かうと既に何人かが操作をしていた。


それでも魔動機の数が多くて空いているのが幾つかある。


魔動機はタッチパネル式。凄く現代に寄っている気がする。なのに馬車が主な遠出手段とは此れ如何に。


そんな事を考えても仕方がないので、画面を見てみると『ギルドカードを差し込んで下さい』と書かれている。


差し込む感じなのか。カードもタッチするんだと思った。


画面下部にある差し込み口にカードを入れると、画面の文字は消え代わりに『読み取り中』と出た。


読み取りはすぐに終わり、画面の左半分が様々な文字で埋まる。


右半分はやはり俺の胸より上の写真で、写真の下に『Cランク』と書かれている。


数ある文字列の中から『依頼』の項目をタッチ。すぐさま画面は切り替わり依頼が表示される。


10万件のうち50件表示されているようだ。10万件も見ていられないので絞り込みを選ぶ。


絞り込み項目のうちの1つを見て驚いた。項目名は『最低依頼報酬額』でお金の単位が『イェン』。


そこまで来て何故『円』じゃない。『イェン』も『円』も音が似ているんだから、言いやすい『円』にすればいいのに。


自分は『円』と言う事で満場一致したところで、報酬額は『1万イェン』に、依頼内容は『採取系』にして絞り込み。


1万円にしたのはそれだけあればどこかに泊まれるだろうと言う考えから。


流石にこのいい条件であるはずないが駄目で元々だ。……と思ったが意外と1件ヒットした。


内容は薬草の採取。これだけ見れば下のランクでも受けられそうだが、採取場所が問題だ。


その場所と言うのは『龍鳴きの森』。因みに俺が最初にいた場所だ。


『龍鳴きの森』の名前の由来はドラゴンがいるからではなく、風の音がドラゴンが泣いているように聞こえるからだ。


ただ、ドラゴンがいないからと言って危険では無いと言う訳では無い。


その森に生息している魔物が手強い。集団で行動していたり、単純に力が強かったり。


その為採取系の依頼でもランクが高くなっている。


操作を続けていくと『印刷された紙を持って受付へ行って下さい』と言う文字が出た。


紙は例の如く上から出てくる。紙を取り画面の『ギルドカード取り出し』を押す。


ギルドカードは入れたところから出てきた。これは上から出てくることは無いんだな。


気づいてしまったんだが、人と話さなければならなんじゃないか。


ついさっき話さなくていいと喜んだのにぬか喜びさせやがって。


文句を言っても仕方がないので、渋々『依頼受理等窓口』に向かう。


先程魔動機から出てきた紙には番号が書かれているだけ。


魔動機同士は繋がっていないのか。あんなに進んでいるのにデータは個別管理なんだな。


さっきも手打ちしてたし。そんなことはどうでもいい。今は依頼だ。さっさと紙を渡そう。


「すみません、これ、お願いします」


「はい、少々お待ち下さい。あと、ギルドカードも出してください」


ギルドカードは目の前の魔動機に差し込み、それに紙に書かれた番号を打ち込んだ。


暫く何かと操作をしていたがようやく手が止まった。


手が止まりギルドカードを渡してくると、息をつく暇なく立ち上がり何処かへと行ってしまった。


俺はこのままここで待てばいいのだろうか。それとも、もう行ってもいいのか。


もう少し待ってみるか。戻ってきたときに『何でまだいるの』みたいな顔されたらへこむ。


そんな事を考えている間に何かを持って戻ってきた。ウエストポーチのような肩掛けバックのようなもの。


あれに薬草を入れるのだろうか。いや、入れるのだろうけど相応しくない様な気がする。


もっとあるだろ、籠とかさ。


「それでは、この中に薬草を集めて来て下さい。許容量が有りますので限界まで集めれば依頼達成です」


見た感じはあまり入らなそうだけど、これはおそらくお馴染みの異空間保存の魔法が掛かっているのだろう。


バックを受け取るとすぐにギルドから出た。今の気持ちはワクワク。


未知との遭遇は何時でも楽しいものだ。バックと一緒に渡された薬草の写真は見た事もない草。


出来れば会いたくないが、魔物にも会ってみたくはある。


速足気味に歩いたので入ってきた門が見えてきた。


入ったばっかりのヤツがすぐに出てきたら門番もビックリするだろうな。


着いたその日くらいは休め、と俺も思う。だが、俺は待ちきれなかった。


未知がすぐそこに居て無視することが出来るだろうか、否出来ない。


未知よ待っていろ、すぐに会いに行くからな。


この時の俺はその未知があんなにも恐ろしいモノだとは思いもよらなかった。


とか言ってみても俺ではフラグ力が足りないので何も起こらないけど。


それにどれだけ恐ろしいモノでも楽しむと思う。結果死ぬことになったとしても。


門を抜け堀を越えたところで門番がこちらに気づいた。


「早いお戻りですね」


「えぇ、宿泊費用を稼ぎに」


「そうなんですね。では、お気を付けて」


納得したようで笑顔で送り出してくれた。俺も笑顔を浮かべそれに応じた。


普段から笑顔なんかしないから上手く出来ていたかは分からない。


門番の反応が怖いのですぐさまその場を離れた。


どうせ今頃、あいつ笑顔下手糞だったな、とか笑いあっているのだろう。


う、うるさい笑顔が下手糞でも生きていけるんだよ、バーカバーカ。


門番に風評被害を与えながらも足は目的地に向いている。


森につくとつい数時間前に立っていた場所に戻ってきた。足元には例の薬草が。まず1つ回収。


当然ながら達成量には程遠い。そもそも量が可笑しい、1枚2枚集めた所で意味が無く思えてくるくらいだ。


でもちりも積もれば山となるとも言うし1枚でも集めないといつまで経っても集まらない。


まだ森の入り口付近。魔物がいる雰囲気は無いし良く耳をすませば小鳥が囀っている。平和そのものだ。


でも、奥に行けば行くほどそんな雰囲気も霧散していく。


ずっと舗装された道路を歩いてきたが獣道が増えてきた。だいぶ奥に来たからここいらで獣道に入ってみるか。


道に迷わないように木にサバイバルナイフで目印をつける。


案外と容易く目印をつけることが出来た。切れ味が結構いいのかも知れない。


目印を付け続けて10を超えたころ薬草が見つかりだす。思い切って獣道に入ったことが功を奏した。


薬草は群生するようで見渡す限り薬草ばかりが生えている。


目につくだけでも目標量の半分は行きそうだ。いつまでも薬草を眺めている訳にも行かないので採り始める。


黙々と作業を始めて体感時間で1時間ほどたった頃、葉を千切ってバックに入れる作業に終わりが見えてきた。


引っこ抜けたらかなり楽になったんだが、生え無くなったら困るから葉を千切って集めろと依頼書に書いてあった。


そして最後の1枚をバックに入れて立ち上がる。日が僅かに西に傾いている。


今の大体の時間は3,4時と言った所だろう。早く帰って報酬で宿を取って休みたいものだ。


目印に従い帰ろうとした時、森の奥の方でギャォォともゴァァとも言い難い音が鳴り響いた。


これは風の音だな。龍鳴きの森と呼ばれる所以にもなった風の音だ。そうに違いない。


ここにはドラゴンなどいないのだからこれは風の音だ。木が倒れているような音もするが風が強すぎるせいだ。


その音が近づいて来ている気もするがそれは幻聴だ。


現実逃避もそろそろ限界が近づいてきたようだ。取り敢えずフードは被っておく。


恐らくと言うか確実に誰かがドラゴンに追いかけられている。


もし会ってしまった時に顔を覚えられたりしたら面倒事になるのは必然だ。


荷物をすぐ傍にあった大きな岩の裏に置きサバイバルナイフを構える。


本当ならば全力疾走で逃げだしたいが、足は遅いと自認しているため逃げ切れる自信がない。


そもそもドラゴンの鳴き声が聞こえてから暫く経っても鳴き声が聞こえてくるのが可笑しい話だ。


四方は一体何をしてるんだ。素早くドラゴンの許に行ってやっつけて女の子とフラグでも立ててろよ。


何で俺がドラゴン退治なんかしなくちゃいけないんだ。倒せるわけないじゃん。


魔法を1回も使わずに死ぬなんて嫌だ。最悪他人を犠牲にしてでも生き残ってやる。


俺の覚悟が決まるのを待っていたかのように、覚悟が決まると同時にドラゴンが姿を現した。


案の定誰かを追いかけている。髪の黒い女の子。栄養が足りていないのか色々と小さい。背丈とか胸とか胸とか。


女の子に気を取られていると吹き飛ばされ木にぶつかる。


背中からぶつかった為、肺の中の空気が一時的に全て吐き出される。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。ふざけんじゃねぇぞ、痛みに慣れていない現代日本人を舐めんなよ。


咳き込みながらもサバイバルナイフをドラゴンに向ける。


よく見るとドラゴンと言うよりも飛竜と言った方が適切かもしれない。前足がなく両翼と2本の脚だけだし。



女の子は何時の間にか岩陰に隠れている。俺に丸投げするつもりかアイツは。


飛竜は俺しか見ていない。飛竜に勝つヴィジョンが俺には見えない。


飛竜の表皮はワニの様になっている。ただ、下顎からお腹の辺りにかけて色と質感が違う。


ワニの様になっている表皮は赤黒いのに対してお腹の辺りはベージュだ。


どちらかと言えば、お腹の方が柔らかそうだ。取り敢えずあそこを狙って見るか。


ナイフを飛竜に向け駆け出す。飛竜は俺に気づき威嚇するように両翼を極限まで広げた。


翼を広げた事でお腹が無防備になった。俺はナイフを逆手に持ち飛竜に向け跳躍した。


ナイフを振り上げる。飛竜のお腹が眼前一杯に広がる。


ナイフを握っている右手を左手で覆い全体重を乗せる様に振り下ろした。


ナイフは見事に狙った場所に当たった。当たったのだが小さな傷をつけるだけに終わった。


一見柔らかそうなお腹だが全てが固い鱗で覆われている。見通しが甘かった。


弱点を曝け出すほど飛竜も間抜けではなかった。じゃあどうすればいい。


俺はここが戦場であることを忘れ考えてしまった。その大きな隙を見逃す飛竜ではない。


飛竜は上げていた両翼を勢いよく下ろし突風を起こした。


思考に没頭する俺は当然避けられる訳もなく無様にも吹き飛ばされる。


またも木にぶつかり停止する。さっきと同じ位の痛みだったので何とか耐えることが出来た。


俺は何悠長に考え事をしていたんだ。急ごしらえの作戦ほど頼れないものは無いのに。


そもそもこの飛竜に関しての情報を何一つ持ち合わせていないのに、何を考えるつもりだったんだ。


現に柔らかそうなお腹は固い鱗で覆われていたし。もう、こうなら自棄だ。脛でも狙い続けてこかしてやる。


飛竜の方を見るとヤツは突進を仕掛けてきた。これを横に転がることで間一髪で回避する。


素早く体勢を立て直しナイフで脛を狙う。2,3回切り付けた所で飛竜から離れる。


すると、俺がいた場所を尻尾が通過した。引き際が肝心だ。今みたいなのを繰り返していけば何れ倒れるはずだ。


飛竜の隙を狙ってナイフで脛を切り付ける事20回、飛竜がフラフラとしだした。


飛竜がブレスを吐こうと息を吸い込んだと同時に駆け出す。


一瞬にして飛竜の足元に辿り着いた。俺は切られ過ぎてボロボロになった脛に切り掛かった。


飛竜はとうとう痛みに耐えられなくなり倒れた。俺は飛んで逃げられないように飛膜を全て破いた。


破いている間にも飛竜は暴れた。どうにかして飛竜を抑えられないものか。


魔法はどうだろうか。土属性なら抑えられるかもしれない。


ただ捕縛魔法を知らないことが問題だ。いや諦めるな、気合で何とかするんだ。


魔法なんて大概イメージがしっかりしていれば発動するだろ。


イメージだ、相手を地面に土で縫い付けるイメージ。


土ならアレが再現できるかもしれない。あの豆粒ドチビの真似事が。


まず胸の前で手を合わせる。この時にイメージを固める。


土で縫い付ける、土で縫い付ける、土で縫い付ける、土で縫い付ける。


よし、イメージは出来た。最後は地面に手をつけて体内の力を注ぐ。


力を注ぐと地面が歪み土が飛竜に掴み掛かる。成功だ、だが油断はできない。


もっとだ、もっと多く、そして固く。飛竜は自身に絡みつく土を振り解こうと暴れる。


それでも土の手数の方が多い。土が飛竜の首に、足に、胴に、様々な所に絡みついていく。


次第に暴れられなくなって大人しくなった。俺はナイフを握り直し飛竜に向かって歩く。


飛竜の鋭い眼光が俺を射抜いて放さない。すまんな、お前を殺さないと俺が死んでしまう。情けは掛けないぞ。


俺は飛竜の綺麗な瞳にナイフを突き立てた。最後のプライドなのか飛竜は叫ばなかった。


俺は瞳に突き刺さるナイフに全体重を乗せ脳を破壊する。飛竜はビクンと体を震わせ絶命した。


飛竜が絶命したのを確認すると一気に疲れがやってきた。


それと同時に生き物を殺したという実感がわいてくる。ただそれ以外の感想がない。


生き物を殺した罪悪感も、快感も、何もなく、ただただ、死んだんだなぁとしか思わない。


今はまだ混乱しているだけなのだろうか。落ち着いたら罪悪感を抱くのだろうか。


俺はこんなにも冷たい人間だったのか。いや、今は考えるのを止めよう。


俺は生き残った。今はそれだけでいいじゃないか。


さて、心理的問題を先送りにしたところで、物理的問題を解決するか。


飛竜の死体をどうしよう。ここはやっぱり定番の『ボックス』と呼ばれる魔法を使う。


イメージは空中に穴が開くように。右腕を伸ばし胸の高さまで上げる。


さっきと同じように空中に力を流す感じで、その力を縦方向に長い楕円形になるようにイメージする。


空中が微妙に歪んできた。行くなら今しかない。


「ボックス」


呟く様に小さな声で言った。すると綺麗な形ではないが楕円形に見えなくもない穴が空中に現れた。


成功したと喜ぶ前に強烈な吐き気に襲われる。何が起こった。


そんな事よりも今は一刻も早く飛竜を穴の中に入れよう。精神が安定していない為か穴が余計に不安定になっている。


一先ず深呼吸をして吐き気を抑えることを試みる。


息を吸い込み吐き出す時に胃酸まで吐き出しそうになる。やめておけばよかった。気分が悪くなっただけだ。


もういい、早く入れてしまおう。飛竜の後ろに回る。穴に向かって飛竜を押した。


当然ながら動かない。当たり前だ。今は気分が悪くて普段の力が出せていない。


いや、普段の力を出せていても動かないけども。さてどうするか。


いつまでも穴は出せない。可及的速やかに解決する必要がある。


周りを見渡すと飛竜がやってきた場所が目についた。幹が太い木も細い木も皆等しく折られている。


そこを見るだけでも飛竜の恐ろしさが感じられる。よく勝てたものだ。


今、注目すべきはそこではない。細い木の方だ。細い木をコロとして使えば動くかも知れない。


早速細い木の中でも比較的固いものを集める。安全になったからだろうか女の子も手伝ってくれた。


倒すのも手伝って欲しかったなぁ。女の子の手を見てみると柄を握っている。


武器が無ければ戦えないわな。それじゃあ仕方ない……とでも言うと思ったか、それでも戦え。


そして、生き残れる確率を少しでも上げろ。倒せたから良いがそれは結果論だ。


もう一度戦ったら間違いなく今度は死ぬだろう。


ある程度纏まった量を集めることが出来た。穴を維持するのも限界が近づいて来ている。


手早く丸太を飛竜の下に差し込んでいく。上半身に差し込み終えたら余りは穴までの間に置いた。


先程と同様に飛竜の後ろに回り押す。僅かにだが動いた。そこからは早かった。


コロが上手く作用しすぐに穴に入れることが出来た。穴に勝手に流れていく魔力の供給を止める。


穴は綺麗さっぱり無くなった。やっと終わった。空を見るとオレンジになりつつある。


疲れた。布団にくるまって眠りたい。横に目をやると女の子も地べたに座り疲れた様な顔をしている。


文句の1つでも言ってやろうかと思ったが止めた。生産的ではないし、そんなことをする元気もない。


岩陰に隠した荷物を拾いに行く。良かった無事だ。少し土を被っているが払えばいいだけの話だ。


さて帰るか。女の子はどうするのだろう。武器を持っていたんだ捨てられた訳では無いと思う。


依頼をしていた時に飛竜に襲われたに違いない。そう言う事にして俺は一人で帰る。


辺りを見渡すと目印を見つけることが出来た。それを頼りにもと来た道に戻る。


暫く歩いていると後ろに誰かの存在を感じる。振り返れば案の定女の子がいた。帰る場所がないのか。


もう無視しよう。て言うか他人なんて気にしていられない。


さっきから吐き気が凄くて何か喋ろうものなら吐き出しかねない。


今も胃酸が口ん中まで戻ってきてるし。胃酸がせり上がって来ては飲み込むことばかりしている。


これじゃあまるでウシじゃないか。俺は人間様だぞ、ウシなんぞになってたまるか。


駆け足気味に歩いた為か、来た時よりも短い時間で舗装された道に戻れた。


ここまで来ればあの国までは目と鼻の先だ。だが走ってはいけない。


慎重かつ大胆に行かなければならない。矛盾しているかもしれないがこの際どうだっていい。


早く、早く着いてくれ。長く吐き気を感じているうちに吐き気の波があることに気づいた。


もうどうしようもなく吐き出しそうになる時と、比較的マシな時。


マシな時は早歩きで、吐きそうな時は亀よりも遅く。それを繰り返すことで徒に歩くよりも効率的だろう。


やっと門番が見えてきた。しかし油断は禁物だ。安心したと同時に吐き出す可能性がある。


気を引き締めて門番の方へと向かう。向こうもこちらに気が付いたようで駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか。なんだか辛そうですけど…」


今は話せないのでグーサインを出すことで大丈夫な事を伝える。


何となく伝わったのかそれ以上何かを聞いてくることは無かった。が、今度は女の子に視線が注がれる。


これだけは説明しないといけないか。よし、吐き気の波も収まって来たし説明するか。


「森で遭難しているところを保護しました。危険人物では…ない…ので…連れて…行っても…構いませんか…」


早口で全てを言い切ろうとしたが、吐き気がぶり返してきた。間隔が短くなっている。


門番は信用してくれたのか手続きもせずに通してくれる。職務怠慢かこの野郎。


だが、その職務怠慢に助けられたのもまた事実。この事は黙っておいてやろう、って何様だ俺は。


ふざけている間に門は開いていた。少し離れた所に立っていた女の子を手招きして呼び寄せる。


改めて女の子を見てみると案外かわいい子だった。さっきは身長が低いと言ったがそれ程でもないかも知れない。


飛竜が余りにも大きかった為に小さく見えただけか。身長は俺の顎より少し上なので150くらいか。


まぁ、胸はやっぱり小さいんだけどな。胸の辺りにちょこんと小山が出来ている。眼福じゃ~。


いけない、いけない。幾ら薄暗いと言っても顔を見られてはフードをしている意味が無い。


しっかりと前を向き出口を目指す。眼福のお陰か吐き気が軽減された様な気がする。


街に出ると一直線にギルドを目指す。夜の帳が下りつつあるので店仕舞いを始める店も多い。


また逆に今から開く店も多い様だ。飲食店が大半を占めている。本来なら寄る所だが食欲がない。


それに女の子をどうにかしないといけない。どうにかすると言うか、全てを四方に放り投げるつもりでいる。


やっとの思いでギルドに着いた頃には完全に夜になっていた。くそ、こんなつもりじゃ無かったのに。


早く帰って今頃は適当な飲食店に入って晩飯を食ってる筈だった。


まずは女の子を連れて『新規ギルド登録窓口』に行く。四方は必ずギルド登録する。


受付のカリナさんに四方のことを聞けば来たかどうかが分かるに違いない。


「すみません。四方、いや…マサキ・ヨモは来ましたか」


「いえ、その様な方はお見えになっていません」


意外だった。もう、夜になったと言うのにまだ来ていないのか。何をしているんだ。


「そうなんですか。それじゃあ、四方が来るまで彼女を見ていて貰えませんか」


「彼女は…」


「四方に会わせれば分かりますので…お願いします」


半ば強引に会話を打ち切り、女の子を残してその場を離れる。


今度は『依頼受理等窓口』に向かう。報告もここで出来るかも知れないからな。


吐き気もなんだか軽くなってきた。肩の荷も下りたことだしいい気分だ。


「すみません。依頼の報告はここで出来ますか」


「はい、出来ますよ。それでは、ギルドカードを預かりますね」


ギルドカードを渡すと、依頼を受けた時と同じように魔動機に差し込んだ。


今の内にバッグを渡せるように準備しておく。


「薬草の採取の依頼ですね。既定の量を集めたのか確認しますので少々お待ちください」


バッグを渡すとそれを机の下から取り出した秤の上に乗せた。あれも魔動機なのだろうか。


バッグは中に一杯入れても重くならなかった。普通の秤じゃ測れないと思う。


悪戦苦闘していた様だがやっと上手くいったみたいだ。


「集まっています。報酬ですが、現金で受け取られますか、それともカードにチャージしますか」


「現金でお願いします」


「畏まりました」


別にチャージしても良かったのだが、初めての報酬は現金で受け取りたかった。


受付さんが報酬を用意している間にカードを見る。魔力量の値が低かった。


『130/58,000』となっている。魔法はあの土のヤツと『ボックス』しか使っていないのに減りすぎだ。


もしかして、吐き気の原因はこれか?それなら辻褄が合う。


吐き気が襲ってきたのは『ボックス』を使った後だし。


吐き気の原因が判明した所で報酬の用意も出来たみたいだ。


受付さんの動きをずっと見ていて意外な事が1つあった。


それは報酬の用意の仕方だ。近くにはレジの様なものは無い。では、どうやって用意するのか。


方法は至ってシンプル。机に書かれた魔法陣の上に金額が書かれた紙を乗せるだけ。


後は、魔法陣に魔力を流し込めば紙はどこかへ行き、1分もかからずに紙幣が現れる。


魔法って便利だね。それに、お金を手元に置いておく必要がないから防犯にもなる。


「お待たせしました。報酬の1万イェンです。お受け取り下さい」


「有難うございます」


ここの人はやっぱり『イェン』って言うんだな。俺はトレイに置かれた紙幣を取るとその場を離れた。


金貨とかじゃなく紙幣なんだな。異世界は基本的に金貨・銀貨・銅貨が貨幣として使われてると思った。


そう言えば硬貨を何枚か持っていた筈。1万円札を4つ折りにして握り締め巾着を漁る。


底の方にあった小袋を取り出し中を見る。やっぱり持っていた。


小袋をひっくり返すと鈍色の硬貨が3枚出てきた。全て同じ硬貨だった。締めて300円。


1万円と合わせると持ち金は1万300円。初日にしては中々の金持ちじゃないか。さて、宿でも探すか。


晩御飯はいらない。と言うよりも食べられない。口の中が酸っぱくて食欲が失せている。


ギルドを出て暫く大通りを歩いているといかにもな宿を見つけた。


こんな大通りに面しているわけだから空いているはずもない。が、そこを敢えて行く。


ただ、他に行く体力がなかっただけ。どんな部屋でもいいから空いててくれ。


いや、やっぱり綺麗な所がいい。埃っぽいのだけは勘弁して欲しい。


何はともあれ聞いてみない事には始まらない。いつまでも宿屋の前でウロウロしていると警察を呼ばれかねない。


いざ出陣じゃ~。宿屋に入り受付に向かう。受付では親父が椅子に座り新聞を読んでいる。


スキンヘッドで恰幅のいい親父。雰囲気が怖い。やっぱり他の宿屋に行こうかな。


「おう、兄ちゃん。いらっしゃい」


「こ、こんばんは」


一足遅かったようだ。見つかってしまった。ただ、見た目に反して良い人そうではある。


「あの、泊まりたいのですが、部屋は空いていますか」


「1部屋だけ空いてるぜ。いつもなら満室なのに運がいいなぁ」


部屋が空いていたのは運がいい。良いのだが、今日だけで結構運を使っている気がする。


今年の運は使い果たしたんじゃないか。心配だ。今はそんな心配よりも寝床の確保だ。


「1泊はおいくらですか」


「1泊朝食付きで、なんとたったの2,000イェンだ。どうだ、安いだろう」


2,000円か確かに安いな。ただ、安いだけに部屋の中が不安だ。蜘蛛の巣とかないだろうな。


「それじゃあ、1泊お願いします」


「あいよ、部屋は上がった所すぐだ。これ鍵な。それで、朝食はご飯とパンどっちにする」


「ご飯でお願いします」


パンが嫌いと言う訳では無いが、朝からパンは食べられない。日本男児たるもの朝食はご飯だろ。


親父さんから鍵を受け取り階段を上る。2階は1つの通路がありその両側に扉が3対ある。


あまり大きな宿ではないみたいだ。1階は親父さんの居住スペースと食堂があるのだろう。


大変だなと思いながらも上げってすぐ右側にある『1』と書かれた扉に鍵を差し込む。


鍵についている札も『1』と書かれている。間違えてないな。はやる気持ちを抑えゆっくりと開ける。


部屋の中は綺麗に掃除されていた。ベットは清潔さが見て取れ、入口近くのドアを開けると風呂とトイレがあった。


これで2,000円は安すぎる。5,000円位とっても怒られないクオリティだ。


俺はベットに倒れこむ。ふかふかだぁ。疲れも吹っ飛びそうだ。


横になった為に胃液が逆流してきているのも気にならない。


いやそれは言い過ぎた。口の中が酸でいっぱい。1日の記憶を胃液で塗りつぶされ俺は泥の様に眠った。


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