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28章:学園武闘祭(二日目②)ー1

屋台で色々と買いつつ食べつつとしていたがまだ時間はあるようだ。食べ歩きは早々に切り上げ、どこかに座ってゆっくり食べるか。


食料を買い込み試合会場の観客席にやってきた。ここなら呼ばれてもすぐに控室に行ける。


空いている席がないかと探していると、大きく手を振りながら近づいてくる人を見つけた。


聡美だ。もしかしたら席を確保してくれているのかもしれない。こちらからも歩み寄っていく。


最初は聡美だけだと思っていたがそうではないらしい。聡美の後ろにいる人たちが揃って俺の方を見ている。


近づくほどにその人たちの顔の輪郭がはっきりとしてきた。どこかで見た事がある気がするのだが…はて、どこだったか…


「兄上!さきほどの試合、お見事でした。最後の技なんて圧巻の一言で…」


「あらあら、聡美はまだお兄ちゃんの事が大好きなのねぇ」


「は、母上!私はただ素晴らしいお方として敬愛しているだけで…特別な感情なんて…」


尻すぼみになっていく聡美をはいはいと受け流している女性。先の聡美の言葉によると母上。


つまりは俺、五十嵐麟児の母でもある。そう思い至って漸く記憶と顔が一致した。


記憶があっても体験してなかったら思い出しにくいものなんだな。


それからその後ろにいる厳つい顔をしたオジサンが父、巖雄で、さらに後ろにいるのが兄、優幸か。


そうやって1人1人顔を確認していると、静恵が近づいて来た。


「久しぶりね、麟児。まずは、3回戦進出おめでとう。男子3日会わざれば括目して見よ、とはよくいったものね。昔とは別人のようだわ」


ある意味で別人かも知れない。記憶はあるけど実際に体感した感じはしないし。


さて、その記憶によると静恵の事は母さんと呼んでいたらしい。同じ感じで父さん、兄さんと。なるほどね。


「ありがと、母さん。それにしても、みんな来たみたいだけど、道場は大丈夫?」


「大丈夫よ。だって―――」


「大丈夫だ。今日は道場は定休日だからな」


母さんの言葉を遮って父さんが前に出ながら答えた。そうか、道場にも定休日があったのか。


「…ところで、しっかり食べているか?学校に通うにも金がかかるだろう?父さんが出そうか?」


「大丈夫。しっかり食べてるし、ここの学費はギルド長が出してくれてる。まぁ、色々と条件付きだけど…」


ボックスを開こうとする父さんを止める。父さんはどうにも世話を焼きたがるというか、子供を溺愛しているというか…


「む?そうなのか。それならいいんだが。ただ、そうなると一度そのギルド長にはお礼を兼ねて挨拶しにいかないとな」


1人でうんうんと納得する父。コレは俺がアポを取るパターンですかね?お父様?


「そう言う訳だから聞いてみてくれないか?今日会えるかどうか」


そらきた。そうなると思った。ギルド長はアレでも忙しそうにしている。今日聞いて今日会える訳がない。


そんな事は分かっているだろに。それでも一度決めた事は意地でも曲げないような人だからな、父さんは。


「取り敢えず聞いてみるけど、絶対無理だと思うよ」


「それでもいい」


小さくため息をつきつつ携帯を取り出す。登録人数が少ない電話帳から『ギルド長』を選んだ。


1回目の呼び出し音が鳴り終わる前に繋がった。出るの早すぎだろ。


「あ、お久しぶりです。五十嵐です」


『ほんと久しぶりね。五十嵐君から掛けてくるなんて初めてじゃない?それで、何かご用事?』


「それがですね。今日、父がこっちに来てまして、それで、学費の事を話すとぜひギルド長にお礼と挨拶をしたいと言ってまして」


『え~っと…今日?』


「そうです。今日です。無理でしたら断わっていただいて結構ですので」


困ったような反応にすかさずフォローを入れる。当然、断られるだろうな。


『ん~、五十嵐君も来るの?』


「はい、一応そのつもりですが…」

 

知らないオジサンが一人だけで行っても、ギルド長室に通してもらえるとは思えない。


『そ、そっか。じゃあ、今日の夕方を空けておくね』


「無理言ってすみません」


『ううん、大丈夫。ちょっと仕事を早めに終わらせるからもう切るね。またね……ムフフ』


「はい、それでは夕方に」


念話が切れるのを待ってから携帯を耳から離す。最後に何か聞こえた気がするが、聞こえなかった事にしよう。


「大丈夫だって。夕方に来てほしいって」


振り返り父さんに結果を伝える。会話が聞こえていたかもしれないが念のために。


「そうか。分かった」


反応が淡白なものになるのも仕方がない。用済みになった携帯をポケットに戻した。


「それじゃあ、その間母さんは聡美と一緒にお買い物に行きましょうかね」


「はい、母上」


母さんと聡美がどこに行こうかと話しているのに対し、男3人は無言のままその場に立ち尽くしている。


本当はどこかに座りたかったが、誰も動こうとしないので仕方がない。買ってきたもので立ったまま食べられそうなものを袋から出した。


若干冷めてしまっている。晴れているとはいえもうすっかり寒くなってきたから無理もない。


冷えて固まった焼きそばをもそもそと食べていると胸ポケットが震えた。もう集合の時間か。


話をしていたせいで殆ど食べられなかった。残りは控え室で食べるか。向こうに行っても暫くは時間があるし。


「呼ばれたから行ってくる。じゃ」


「あぁ、分かった。…いや、少し待て。渡すものがあった」


すぐにでも行きたかったが呼び止められては仕方がない。黙って待つ。父さんはボックスを開くと手を突っ込んだ。


何を渡す気なのだろう。そもそも、今渡す必要があるものか?ボックスの穴から手を抜くと素早くソレを握らせてきた。


ソレはある程度の重さがあり、長物らしい感触がした。目線を下ろしソレが何なのか確かめる。


刀だった。過度な装飾はないながらも、高価値のものである事が自然と感じられる一品だった。俺はコレを見た『記憶』がある。


「なに家宝を持ち出してんだよ。受け取れるか、こんなもん」


刀を突っ返す。溺愛しているのにもほどがある。試合前に渡すものが家宝だなんて頭がおかしいとしか思えない。


「こんなものとはずいぶんだな。これでも一応は家宝なんだぞ」


「父さんも一応とか言ってるし…まぁ、とにかく要らないから。じゃあ行ってくる」


有無も言わせず刀を返すと、すぐさま振り返り小走りで控え室に向かった。




控え室に着き、すぐさま食べ始める。調子に乗って買い過ぎた。結局、食べ終わるのに係りの人が呼びに来る直前までかかった。


詰め込んだせいで少し動くのも辛い。これから試合だっていうのに。そんな事情はお構いなく会場は近づいてくる。


廊下を進む間に食べたものが少しでも胃の奥に行くように小さく飛び跳ねた。それだけで大分マシにはなった。


廊下の端、会場に出る前に深呼吸をした。よし、行くか。


クロを頭に乗せたまま、トラ達は下に待たせて舞台に上がった。相手はすでに来ていた。


相手は騎士の様な格好をしていた。全てが白を基調としていて、ずっと見ていると目が痛くなる。


中央に立ち互いに礼をすると、審判の掛け声により試合が始まった。


一先ず相手から距離を取る為に後ろに跳んだ。直後に目の前を風切り音を上げながら剣が通り過ぎた。


何も見えなかった。避けられたのは偶然だった。素の状態では太刀打ちできない。すぐさま身体強化を施す。


相手は尚も斬りかかってくるが、少しの余裕を持って避けられるようになった。


相手が剣を振り切って一瞬だけできた隙を見逃さず、蹴って遠くに飛ばしながら後ろに下がり距離を取る。


着地するまでの間にクロとの融合を完了させる。圧倒的な力が湧き上がる感じが唐突に起こった。


今なら何でもできそうだ。コレがクロが持っている力なのか。流石に卑怯な気がする。


魔力量をトラ達と融合した時の量よりちょっと多いぐらいに抑える。使える属性も土と水以外は闇だけにした。


これぐらいでいいか。チート無双をしてみたい気持ちはあるが、クロの力はチートとかそんな次元ではない。


(面白くないですね。あんな奴こてんのぱんにしてしまいましょう)


頭の中にクロの声が響いた。だが、念話のような響き方ではなかった。頭の中に自然と浮かんだような響き方だった。


(ご安心を。体の主導権はマスターにあります。意識だけが残っている状態ですので、お気になさらず)


お気になさらず、と言われても気にならない訳がない。今の状態は疑似的な二重人格と言う事だろうか。


(そのような感じです)


なんだか変な感じがするが、今は試合中だ。考えるのは試合が終わってからにしよう。


斬りかかってきた相手の剣を半身になって避け、すれ違いざまに左手で腹を殴りつけた。


殴る瞬間に左手を闇属性の膜で覆ってみた。以前にクロに聞いた『侵食』のイメージを持たせて。


相手を殴った直後、衝撃とは別に焼けるような痛みが左手に走った。追撃を諦め、相手から距離を取りつつ左手を確認する。


左手を黒い靄が覆っていた。5掛で左手を強化したからこうなっているのは問題ない。


未だに左手は痛む。むしろだんだんと痛みが強くなってきた。強化を解き、しっかりと左手の様子を見る。


黒い靄が消えてよく見える様になった左手は所々が黒く変色していた。なんだ、コレ。


すぐに黒いシミをなかった事にする。治療するのではなく、黒いシミがあった事実そのものを消し去った。


予想外の事に思わずチート級の力を使ってしまったが仕方がない。と言う事にしておこう。


それよりもなんださっきのは。相手の攻撃か?体に触れたものを腐食させる的なヤツとかか?


(今のは『侵食』のイメージを持った膜のせいですね)


は!?つーことは何か?自分で自分を攻撃したって事か?


(そうなりますね)


バカみてーだな。実際バカだから何にも言えないけど。でも、そうなったら魔装できねーじゃん。


5掛で今のだったら、20掛の魔装なんて秒で全身真っ黒になるだろ。


(何もしなければ、ですけど)


なんか含みのある言い方だな。


だったら、どうすればいいんだよ。何か良い方法でも知ってんのかよ。


(はぁ~…すぐに答えと知ろうとするのはよくありませんよ。所詮は現代っ子と言う事ですか…)


おい、真面目に勉強してる現代っ子に謝れ。今すぐに。あと、キャラがブレてるぞ。


(仕方ありません。久方ぶりの出番ですから)


クロとの共闘は本当に久しぶりだから、気持ちは分からないでもない。この状態を共闘と言うならだけど。


クロとアホなやり取りをしている間も相手は攻撃をしてきていた。その攻撃を普通の身体強化だけで避け続ける。


どうしたら『侵食』のイメージを持たせたままの魔装にできるか。自分だけは侵食しないイメージをしてみる。


イメージは出来るがそうするとなんだか侵食の力が弱くなりそうだ。そう感じてしまう限りは魔装にもそのイメージが乗ってしまう。


相手も自分もダメージを受ける強力な侵食と、相手には効くが自分には効かない若干弱い侵食なら、断然前者が良いに決まっている。


どうすればいい。服を身代わりにするか?…いや、止めておこう。魔装を解除した途端全裸になってしまう。


それ以前に服が全部解けたらそのまま体が侵食されて、結局普通に魔装した事と同じになる。


(ヒント:侵食が意味を為さないもの)


侵食が意味ない?どういう事だ。侵食と言えば何でも蝕んで最終的には崩壊させるイメージがある。


…崩壊…そうか、そう言う事か。要は壊れなければ、侵食が意味を為さないと言える。


ちょうど良いものを持っている。鉄刀を召喚し握りしめた。鉄刀の効果は『壊れない』これだけだ。


鉄刀の切っ先三寸を侵食の膜で覆った。前の試合で身体以外に覆う練習をしたのが早速役に立った。


切っ先三寸だけにしたのは侵食を気にしてだ。いくら壊れないと言ってもそれは鉄刀だけの話だ。


手の方まで侵食されたら握っていられなくなる。そんな思いから先だけにした。


結果は成功だ。膜を10枚にしたおかげで先が黒くなった刀が出来上がった。


黒色はじわじわと下がってきている。コレが手の方に来るまでに決着をつけないといけない。


時間との勝負だ。身体強化を10掛に引き上げ、相手に斬りかかった。


相手は防戦一方だった俺が一転して反撃した事に虚を突かれ動きが止まった。


その隙を見逃さず相手の剣の刃を根元から斬り飛ばす。一瞬の抵抗があったが、抵抗はすぐになくなり刃が鍔から離れ遠くに飛んでいった。


飛んでいく刃を信じられないものを見る目で追う相手。試合中に余所見とは随分余裕があるようだ。


相手の身体に触れないように切っ先だけで鎧を斬った。この身体になって繊細な動きが出来る様になった気がする。


離れようとする相手を絶妙な距離を取りつつ斬り続ける。さっきまでとは逆の展開になった。


相手は鉄刀の黒い部分を警戒してギリギリではなく余裕をもって避けていく。反撃は考えていない避け方だ。


相手からの攻撃を気にしなくてもいいけど、俺の攻撃も当たらない。いっそのことこのまま場外を狙うか。


立ち位置を調整しながら相手を角の方に追い詰める。が、上手くいく訳がなく相手は後ろを気にして避けてきた。


埒が明かない。刀身はもう半分ほど黒くなっている。多少無理をしてでも距離を詰める。


そう決意し足に力を入れたが、決断するのが遅かった。俺が動くよりも早く相手が仕掛けてきた。


相手は全身が光り輝き、次の瞬間には広範囲に光をばら撒いた。咄嗟に目を閉じ、更に頭を守る様に両腕を交差させた。


光に押され少し下がってしまった。暫くして押される感覚がなくなり目を開けると、相手が遠く離れた場所に移動していた。


相手の隣にはさっきまではいなかったヤツがいた。額から天を衝くような一本角。背中から生える一対の翼。


ユニコーンとペガサスが混ざったような馬。十中八九相手の使い魔だ。


最初から呼び出さなかった理由は分からないが、現れたのは試合の流れを変える為だろう。


相手は颯爽と使い魔の馬に飛び乗った。あまりにも綺麗な動作に感動を通り越して苛立ちが沸き起こる。


苛立って止まっていたのがいけなかった。馬に跨るととつぜん相手は輝き始めた。


さっきの様な攻撃的な光ではない。光はすぐに収まった。いや、形が出来上がり、周りに放出する光が少なくなったようだ。


相手は最初に身に着けていた鎧よりも高貴に感じられるモノを纏っていた。馬の方も部分的に防具が付いていた。


完全に魔装だ。おかしい。どうして魔装が出来るんだ。おい、クロ。


(はい。どうしましたか?)


どうしましたか?じゃねぇよ。どういう事だよ。前に聞いた時、魔装は限られた人しかできないって言ってただろ。


(確かにそう言いました)


なのにこの状況は何だ。さっきの試合もそうだけど、明らかにあの時言っていたのとは違う人も魔装が出来てるじゃねぇか。


それとも何か?さっきの奴もコイツも帝だって言うのか?


(どうやら言葉が足りなかったようですね)


足りなかった?


(以前に言った人達は『自力で』という意味でした。使い魔と友好関係を築き・ある程度のがあれば、使い魔の補助を受ける事で殆どの人が使える様になります)


殆どの人かよ、おい。全然少なくねぇ。前に聞いた時に少数派でちょっと喜んだのに。ぬか喜びさせやがって。


(まぁまぁ、自力だったら少数派なんですからいいじゃないですか)


いや、まぁそうだけど……まぁ、いいや。ささっと終わらせよ。


身体強化を更に掛けて短期決戦を目指す。20掛にしても無属性だからか魔装にはならなかった。


刀身の殆どが黒く染まった鉄刀で使い魔に斬りかかる。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、っていうしな。


ランスを手に突っ込んできた所を避け、すれ違いざまに足を斬りつけた。防具に阻まれ斬り飛ばせなかったが、今なら触れるだけで十分だ。


すぐに立ち上がり振り返りながら距離を取る。ちょうど相手も振り返った所だった。


斬りつけた場所を見ると黒いシミが出来ていた。が、すごく小さかった。


手応えがなかったからもしかしたらと思ったけど、やっぱりか。それにしても、なんであんなに効きが悪いんだ?


(お答えしましょう。あの魔装は『騎士』をイメージしているからです)


あ?なんで騎士をイメージしてたら効きが悪くなるんだよ。また言葉が足りねぇぞ。


(申し訳ありません。相手は騎士が『高潔』で『なにものにも侵されない』者であるというイメージを持っています)


なるほどね。だから効きが悪い訳か。…いや、待てよ。それならなんでちょっと効いてるんだ?そんなイメージを持ってたら効かない筈だろ。


(それはですね、そのイメージを無意識に持っているからです。しっかりとしたイメージを持って魔装に乗せないと効果は期待できません)


と言う事は、こっちが『侵食』の力をより強くしたら普通に効くようになるのか。


そうなれば出し惜しみしている場合じゃないな。刀身の膜を更に10枚増やした。


侵食が加速して一気に手の方にまで来るが関係ない。大事になる前に決着をつければいいし、最悪クロの力を使って治せばいい。


集中し相手の動きをよく見る。狙うのは馬の足の関節。そこなら防具もないし、肉も薄い。斬り飛ばせるはず。


転んだ後は死なない程度に痛めつける。相手を倒すイメージをしつつ、相手から距離を取った。これで突進してくれればいいが。


狙い通り突進してくれた。焦らず相手の軌道を予想して避ける場所の見当をつける。


さっきみたいに翼の下を潜るのは無理そうだ。そこには光の槍が追従していて隙間がない。仕方がない、プランBだ。


(プランBは何ですか?)


あ?ねぇよそんなもん。…冗談はさておいて。侵食であの槍をかき消して、返す刀で後ろ足を斬る。ゴリ押し作戦だ。


集中。一歩踏み出して鉄刀を右に払い槍を消す。すぐさま刀の向きを変え、回転し体勢を崩しながらも足を斬った。


左足を後ろに引き何とか体勢を整える。膝を曲げ前に勢いよく跳んだ。相手は落馬して空中に放り出されていた。


恰好の的だ。魔装が維持できない程に削ってやる。相手が地面に着くまでにあらゆる方向から斬り刻む。


最後に馬を遠くに蹴り飛ばした。何かが折れる音がしたが、まぁいいだろう。


舞台の上には所々が黒ずんだ相手とぐったりとした馬が転がった。ダメ押しで鉄刀を相手に向けておく。


さて、起き上がる様子もないし勝っただろ。審判を見ると、俺の勝利を宣言した。


鉄刀の膜を先に解いてから体の方を解いた。手を見るとちょっとだけ黒くなっていた。


手を振り黒ずみを消し、ついでに相手と馬の治療もした。こんな事で恨まれたくないからな。


試合を終えて廊下を歩きながら融合を解いた瞬間に強烈な倦怠感を感じた。続けざまに胸ポケットの中で手帳が震えた。


あぁ…これはダメだ…手帳を見たい気がするけど動けない。立っていられない。ちょっと休みたい…


壁に手をつきその場に座り込む。この感じは初めてだ。いつもの魔力がなくなった時とは違う。


数分しゃがんだままでいると多少はマシになった。動けるうちに動こう。立ち上がり壁に手をついたまま前へと進む。


そう言えば手帳が震えていたな。大体の予想はつくけど取り敢えず確認してみる。


見ると予想通り招集の知らせだった。連続で試合をするのは辛いが、控え室が近いのは助かった。


この状態じゃとてもじゃないけど観客席まで戻れない。普通なら数分で着く距離を倍くらいの時間を掛けて控え室に着いた。


ドアを開けると一目散にベンチに向かい寝転がった。寝てしまいたいがなぜだか目が覚めて眠れない。


やっぱり一日に2回も融合したのが不味かったのかな。


【そうですね。正確に言うと私との融合が、です。トラとウサ子なら3回までは大丈夫です】


4回目からはこうなる訳か。分かった。クロとの融合は今後一切止める事にするか。


【え……】


仕様がないよな。毎回こうなってたら堪らない。


【待ってください。今、いま私と融合しても大丈夫にしましたから、あの、だから、止めるなんて言わないでください。お願いします】


お、おう、冗談だったんだけどな。まぁそう言う事ならボチボチ融合していくか。


【ありがとうございます】


えっと…融合はもういいとして……あぁそうそう、最後だけどなんであんまり侵食されてなかったんだ?


あれだけやったら肩まで侵食されると思ってたんだけど。


【マスターは無属性にどのようなイメージをお持ちですか?】


質問に質問で返されてしまった。…無属性のイメージ?無属性と言えば他の属性とは隔絶した場所に位置する属性だと思う。


良くも悪くも相互関係がない属性なんじゃないかな、無属性ってやつは。


【それこそが答えです。試合中にも言いましたが無意識下のイメージも反映されます。なので、マスターの『他とは隔絶した存在』というイメージが侵食を阻害していたのです】


そうだとしてもおかしくないか?相手の『騎士』のイメージに付随する『高潔』のイメージで侵食が効かなかったのは膜の差だろ?


あの時は20と20で同じだったんだから、相手の馬みたいに侵食の方が勝つはずだろ。


【それは無属性に元々から無干渉の特性がありまして、その特性がマスターのイメージで強化されたのです】


うぅん…なるほど…納得いくようないかないような。まぁ、そういうものなんだと思うか。


聞きたい事がなくなり自然と無言になる。いや、さっきから一言も発してないけど、そこはまぁ黙ったと言う事で……誰に説明してんだろ…


暫くすると体を揺すられた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。顔だけを上げ状況を確認する。


揺すっていたのは係りの人だった。あれ、もう順番なのか。どうしよう、全然疲れが取れてない。


「あの、もうすぐ試合ですが大丈夫ですか?」


「少し厳しいですね…非常に残念ですが棄権します」


「そうですか、分かりました。その様に伝えておきます。保健室に行かれますか?担架を持って来ましょうか?」


「大丈夫です。自力で行けます」


重い体を持ち上げ出入り口に向かう。そろそろ試合が面倒になってきていたから丁度良かった。


壁に手をつきながら廊下を歩く。そう言えば、対戦相手は誰だったんだろう。ラッキーボーイ又はガールは誰かな?


手帳を取り出し確認した。対戦相手には『マサキ・ヨモ』と表示されていた。本当のラッキーボーイは俺だったようだ。


保健室でベッドを借りて寝ると、目覚めた時にはすっかり疲れが取れていた。本当に普通の疲労だったようだ。


それはいいのだけど、思っていた以上に寝すぎてしまった。もう昼休みが終わってしまう。


今日は午後もやる事がある。障害物競走に出ないといけない。が、まだ少し余裕はありそうだ。


今のうちに何か食べておこう。進んでいた道を引き返し、屋台に向けて歩き出した。


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