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26章:学園武闘祭(文化祭二日目)

とうとうやってきてしまった。文化祭二日目が。今日ほど来てほしくない日はなかった。いや、注射の日は同じくらい来てほしくなかったか。


そんな事よりも、いま俺がいるのは更衣室だ。女子の。流石に誰もいない。クラスの女子が人払いをしてくれている。


いつまでも占領している訳にはいかないので速やかに着替える。


手慣れた手つきでブラを付ける。自分で言っていて悲しくなってきた。どうして男でブラを付けるのに手慣れるんだよ。他人にならまだしも自分に。


ため息をつきながらも手は動かす。衣装はロング丈のメイド服だ。股下が落ち着かないが仕方がない。


脱いだ服を纏めてボックスに放り込んだ。忘れ物がないかを確認してから更衣室を出た。


「お待たせしました」


クラスメイトに挨拶を忘れない。些細な事で荒波をたてたくないし、礼儀はちゃんとしておかないと。


「じゃあ、行ってくるね」


俺と入れ違いで『さわちん』が更衣室に入っていった。体は男子だけど心は女子なので男子更衣室は辛いだろうという配慮からだ。


待っている理由もないので教室に戻る。秋が近づいてきているとは言え、まだまだ暑い。それなのに長袖なんて…衣装を考えた奴出て来いよ。


早足で教室に戻ると、冷たい空気に迎えられる。雰囲気が険悪という意味でなく、クーラーがよく利いているという意味で。


クラスメイトの雰囲気は空気とは真逆で、やる気に満ち溢れて熱せられている。昨日で要領を掴んだらしい。


そんなみんなの様子を隅の席で漫然と眺めて時間が来るのを待った。


あと少しで始まるという所で委員に呼び集められた。円陣を組んで気合を入れるらしい。


そんな事をしなくても十分に気合がある様に見えるがそう言う事ではなく、一致団結する事が重要なのだそうだ。


みんな思春期真っただ中のはずなのに、恥ずかしがっているのは俺だけだった。この世界に思春期という概念は存在しないのか?


両隣を女子に挟まれてどぎまぎとする。腕を若干浮かせて触れないようにしたが、1つ向こうの人に抑えられ、あえなく撃沈。


「今日も一日がんばるぞ~!!」


「「「「おぉおおおぉおぉおおぉぉ!!!!!」」」」


委員の男子の掛け声にみんなが応じる。それからそれぞれの持ち場へと散っていった。


俺も今の事を忘れる為に手を動かす。いまいち俺が真剣になり切れていないから恥ずかしさを感じるのだと思う。


斯くして文化祭二日目は始まった。


客の入りは上々だった。文化祭開始早々に列ができる程に人が来たのだ。


そのせいで朝からフロアを忙しく回る羽目になった。冷房が効いている筈なのに額に汗がにじむほどだ。


最初のうちは接客をするのに必死だったが、次第に慣れてくると客の会話が聞こえてきた。


色々な人の断片的な会話を繋げていくと、こんなにも多くの人が来た理由が分かった。


その理由とは、タダでご飯が食べられると聞いたかららしい。まぁそれに関しては当たらずも遠からずと言った所か。


タダにも、性別反転者を当てられれば、という条件が付くが。昨日は見つけるのが簡単だったらしい。


曰く、動作が男らしい女がいる。曰く、ふとした時に女のような喋り方をする男がいる。


見つけるのが簡単ならば、それはもうタダでメシが食べられると言う事と同義だ。そう聞いたのに、これはどういう事だ。


そんな人はどこにも見当たらないじゃないか。本当いにいるのか。そんな声があちらこちらから聞こえてきた。


俺はコレを聞いた時に大手を振って喜べなかった。それが意味する事は俺が男らしく見えないと言う事だ。


俺だってクラスの邪魔はしたくないから、できるだけ女の子の様に振る舞っているけど。それでも溢れ出る男臭さとかないですかねぇ?

客の評価を聞く限り男臭さなんてものは漂っていないのだろう。諦めるしかない。諦めたくないけど。


客の入りが若干少なくなり落ち着きを取り戻してきた。そんな時、せっかく取り戻した落ち着きが消える事態が起きた。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」


いつも通り入ってきた客を迎えた時だ。下げていた頭を上げて、客の顔を確認すると、世界が止まった気がした。


「えっ!?あに―――」


「2名様ですね。ご案内いたします」


『兄上』と叫びそうになった聡美の口を咄嗟に塞いで、聡美の後ろで絶句していたソフィーとともに手を引いて席に案内する。


他の客は何事かと俺たちを見てくるが気にしていられない。対処は他の人に任せるとしよう。


席についてもまだ驚いた顔のままの2人を見る。


「クラスの企画でこうなってんだ。あまり騒がないでくれ」


「あ、兄上が…姉上に…」


「先輩、綺麗ですね」


小声で2人に注意したが、聡美は上の空で、ソフィーは小声で見た感想を言ってくる始末。ちゃんと聞いているか疑わしい。


2人分の水を注いで戻ってくるころには聡美が落ち着いていた。ソフィーはメニューを見て完全にくつろいでいた。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


水を2人の目の前に置きつつ聞く。その際に営業スマイルを忘れない。


「あ、ちょっと待ってください。さとちゃん、何する?」


ソフィーが机の上にメニューを広げ二人で眺め始めた。これは暫く時間がかかるかもしれない。


他の事をしようと思ったが、できる事が見当たらなかった。客は食事をしたり話をしたりしているので呼ばれる事はなさそうだ。


ピッチャーを持って水を注いで回ろうと思っても他の人に取られてしまった。


今は満席なので新しい客を入れる事も出来ない。仕方がないので全体が見渡せる場所に立って呼ばれるのを待つ事にする。


実際の飲食店で働いている人たちはこういう時は何をしているのだろう。床掃除か?食べている横で掃除されたらいい気にはならないよな。


さりげなくお皿を回収するとか?まだ食べている所だったり、そもそもまだ来ていなかったり、と空いているお皿は見当たらない。


暇だなぁ…と思っているとソフィーがこっちを見て手を上げた。何にするか決まったのか。


素早くソフィー達のテーブルに近づいた。漸く仕事が出来たんだ、誰にも渡さない。


同じように暇を持て余していた男子も動こうとしていたが、ソフィーの目線が俺の方を向いているのに気づくと元の位置に戻っていった。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


「えっと、私はこのアツアツハンバーグセットをください」


「私はこの焼肉丼をサラダ付きでお願いします」


「はい、かしこまりました。少々お待ちください」


2人から離れ厨房に注文を伝える。それにしても、聡美が焼肉丼なんて男気溢れるものを頼んだのには驚いた。


料理が出来上がるまでまた暇な時間を過ごすことになるかと思ったがソフィーが手招きをしていた。


注文漏れがあったのだろうか。伝票を片手に2人のもとに向かった。


「先輩、いま暇ですよね。おしゃべりしませんか?」


ソフィーから何とも魅惑的な提案をされた。快諾したかったが思い止まった。暇だからと言ってそんな事をしても良いのか?


そんな思いから周りを見ると普通に他の人も友達らしき人と楽しそうに話しをしていた。


だったら俺だけが何かを言われる事はないな。怒られるときは一蓮托生だ。俺が頷くのを見ると聡美とソフィーは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「えっと、じゃあ、クロちゃんたちはどうしたんですか?」


「えっ!?く、クロ?……クロ達は寮で寝てるんじゃないかなぁ…」


いきなり答え難い事を聞かれて答えに詰まってしまった。


クロ達はヒト型になって文化祭を楽しんでいるはずだ。


今日は殆ど一日店にいないといけないから、三千円ずつ渡して屋台巡りなんかで時間を潰すように言っておいた。


クロ達がヒト型になれる事を知られると面倒臭そうだから誤魔化すしかなかった。


「む、先輩、何か隠していませんか?」


「何も隠してないよ」


ソフィーに疑いの目を向けられて思わず即答してしまった。これじゃあ何か隠していると言っているようなものじゃないか。


これ以上ぼろを出さないように聡美に視線を移した。助けてくれ、まいりとるしすたー。


「あ、姉上。この後時間はございますか?」


「えっと…1時から休憩が一時間あるけど…どうして?」


「あの、よろしければ、一緒に文化祭を見て回りませんか?」


聡美が顔に不安の色を浮かべながら聞いて来た。一瞬聡美がこれほどまでに不安がっている理由が分からなかった。


が、少し考えて思い出した。前に俺にあまり関わるな、みたいな事を言ったんだ。


そのことを覚えているけど、一緒に回りたい気持ちがある。だから、恐る恐るお伺いを立てている、と言う事か。


「いいよ。じゃあ1時にこの教室前でいいかな」


「は、はい」


聡美は不安な顔から一転、笑顔で嬉しそうに返事をした。


「ハンバーグセットと焼肉丼出来ました~」


丁度いいタイミングで厨房の方から声が聞こえてきた。二つをお盆にのせて運び2人の前に置いた。


すると、止まっていた時が動き出すように忙しくなり始めた。客が続々と入れ替わっていく。


忙しさのあまり聡美たちを構えず、気づいた時にはいなくなっていた。2人には申し訳ない事をした。


休憩時間は出来るだけ我儘を聞いてやる事にして、今は目の前の仕事を精一杯しなければ。


◇◇◇


あと少しで休憩時間という所で厄介な事が起こった。黒江たちとサユリさんたちが来た。


黒江たちには休憩時間を一緒に過ごす事を条件に静かにする様に言いつけた。聡美たちとは会わせたくなかったがこの際仕方がない。


残るはサユリさんと咳女子だ。黄緑髪はどうしてかいないが、どうでもいい。あの2人はヤバい。


片や昨日俺に宣戦布告まがいの告白をしてきた奴、片やなぜか知らないが俺にちょっかいを掛けてくる奴。この姿を見られるのは非常にマズイ。


極力2人から離れた場所で仕事をしてあまり近づかないようにする。が、厨房に近い席の為に絶対近くに寄らないといけないのが心臓に悪い。


「すみません、ちょっといいですか?」


注文の料理を届けお盆を返しに厨房前まで来たところをサユリさんに声を掛けられた。


誰かに押し付けられないものかと目を左右に動かすが、みんな忙しそうに店内を動き回っている。


「はい、なんでしょう」


「すみません、溢してしまって、何か拭くものはありますか?」


「あ、はい少々お待ちください」


普通の要求で良かった。布巾を取ってきてテーブルを拭く。バレていないようだ。


「本当にすみません………五十嵐君」


「いえいえ、これも仕事のうちですか…ら……へ!?」


最後に小声で聞き捨てならない事が聞こえ素っ頓狂な声が出てしまった。頭を上げるとサユリさんが意地悪そうな顔をしていた。


これは完全に気づかれてますわぁ…これは非常に面倒な展開になってしまったようだ。


「このクラスの企画は知っていたけど、まさか五十嵐君が反転してるなんてねぇ…しかも結構美人だし…」


「はぁ…気づいていたんですね…」


諦めて白状する。ここで否定して大声で話されたら他の人にもバレてしまう。小声で話している内に肯定した方が賢明だ。


「最初に…ゴホゴホ…気づいたのは…ゴホ…私だけどね」


「ちょっと、それは言わなくてもいいでしょ」


咳女子が呆れたように言い放った。咳女子に言われるまでサユリさんは気づいてなかったわけか。くそ、サユリさんだけが来ればよかったのに。



「…コホン、それでもし良かったらこの後一緒に回らない?」


「もし断ったら?」


「その時は五十嵐君が男だって大声で叫ぶ」


サユリさんは満面の笑みで言い放った。そんな事をされれば営業妨害もいい所だ。


「はぁ…分かりました。では、1時にこの教室前で」


「うん、分かった」


「了解…コホ」


また増えた。これで俺・聡美、ソフィー・黒江、黄虎、赤音・サユリさん、咳女子の合計8人だ。


こんな大所帯で回るだけでも面倒なのに、更に全員女子だから面倒臭さが倍増だ。みんなモテそうだからなぁ…


これほどまでに休憩という言葉を聞いて胸が躍らない事はこれから先めったにないと思う。


嫌な事は存外早く来るもので、もう休憩の時間となってしまった。あわよくば働き続けられないかと思ったが、クラスメイトに店から叩き出された。


店の前では3組がバラバラに立って俺を待っていた。俺の姿を見つかるとみんな寄ってきた。


3組が互いにそれぞれが俺を目指している事に気づくと、俺に説明を求めるような目線を送ってきた。


「えっと、こっちが妹とその友達。それから、こっちがSクラスの人たち」


適当に説明してやると2組が挨拶しあった。それで誤魔化せると思ったが、2組は残りの1組の説明をしろと静かに訴えてきた。


無言で手招きをしつつ階段を上がっていく。みんな首を傾げながらではあるが黙ってついてきてくれた。


昨日と同じ場所に立ち振り返った。聡美たちとサユリさんたちはよく分からないと言った表情で俺を見ている。


黒江たちは俺の意図が伝わっている様で隣に並んで立っている。


「はい、それじゃあ、ッほい!ッほい!…と言う訳でレッツゴー」


俺の掛け声に合わせて黒江たちが元の姿に戻って、またヒト型になった。それを見てから振り返り階段に向かった。


何か言われる前に立ち去る。黒江たちも一緒に振り返っていた。ホント仲がいいなぁ…俺達…


「ちょっと、待って!!」

「待ってください!!」


案の定引き留められたんだけどね。両腕を引かれたせいで両肩が痛い。振り返ると納得いってなさそうな顔が4つ並んでいた。


「ちゃんと説明して」


4人を代表してサユリさんが改めて要求してきた。さっき以上に分かり易い説明なんてないと思うけどな。


「黒江たちは実は私の使い魔たちでした、以上。あ、因みに名前がこちらから、黒江、黄虎、赤音です。覚えても覚えなくてもどっちでもいいですよ」


それだけ言い切りまた階段へと向かった。今度は止められることはなかった。


「どこに行くか決めてるんですか?」


「いや、特にないけど。まずは何か食べようかな。お腹空いたし」


回りを見ながら適当に歩く。どこかに入って食べる時間はないだろうから屋台で買う事になる。


「じゃあ、アレとかどうですか?リンゴ飴みたいですよ。300イェンって安くないですか!?」


「あれはデザートみたいなモノだろ。まずはメイン系が食べたい」


屋台でメイン系と言っても焼きそばぐらいしか思い浮かばない。異世界特有の料理がないかとさっきから探しているが見つからない。


見つかるのはたこ焼きや唐揚げと普通なモノばかりだ。探している時にふと後ろを見ると不思議な事が起こっていた。


黒江とサユリさん、黄虎と聡美、赤音と咳女子がそれぞれペアとなって話し合っていた。


道理でソフィーがいつも以上に絡んでくるわけだ。後ろに意識を向けると会話が少し聞こえてきた。


「あなた、ちょっとべたべたし過ぎじゃない?」

「私はマスターの使い魔です。近くに居るのは当然の事です」


「あ、あの、姉御と呼んでもよろしいでしょうか?」

「別に構わんが…」


「なんでも買ってあげるからね…ゴホゴホ」

「ほんと~?やった~!!」


ギスギスしていたり、概ね良好な関係だったり、怪しい匂いがしたり。そのどれもが予想外な状況だった。


一番予想外なのは咳女子だ。なんだよ、アレ。キャバ嬢に貢ぐオヤジかよ。コレはちょっと言っとかないと。


「あんまり食べさせないでくださいよ。夜、食べられなくなりますから」


「大丈夫…コホ…ちゃんと加減するから…ケホ」


全く大丈夫そうには見えなかったが、本人が言っているから取り敢えずは黙る。本当に目に余るようなら問答無用で止めるけど。


幾つか屋台を巡り小腹を満たしたところで、ソフィーが行ってみたいところがあると言って歩き出した。


休憩時間はまだあるので大人しくついて行った。廊下を進んでいき着いた場所は3年の教室前だった。


ここでしているのは『お化け屋敷』ド定番だ。怖いものは苦手ではないが得意でもない。


しかし、例のごとくここも普通のお化け屋敷ではない。必ず2人組で入らなければならなず、入る前にそれぞれに5枚の小さな紙が渡される。


紙を受け取ると独りでに胸の辺りに浮かび、所有者が恐怖を感じると徐々に赤くなっていくらしい。


紙が白いままで出てくると、白紙の枚数によって景品が貰える。日本で似たようなものを見た事があるが言うのは野暮ってやつだ。


今はちょうど人が少なくすぐに入れそうだ。



2人組はすぐに決まった。さっきまで一緒にいたのがちょうど2人組になっていたのでその組で行くことになった。


「どっちがこの紙が多く残るか勝負しようじゃない」

「受けて立ちましょう」


「あ、姉御、手を繋いでもいいですか?」

「う、うむ」


「お姉ちゃんが守ってあげるからね…ゴホゴホ」

「ありがと~」


全体的に色々な意味で不穏な空気が漂っている。普通なのは俺達ぐらいなものだ。


「では、行きましょうか」


ソフィーが興味半分恐怖半分といった顔で進んでいく。本当にソフィーは癒しだ。


お化け屋敷は最初から本気を出していた。暫く暗闇を進むと墓地が見えてきた。


ここが教室の中だということを忘れるくらいに本格的な墓地だった。西洋風な墓地であることに一抹の不安を抱きつつ進む。


墓地の中央辺りに差し掛かると突如として墓石の下から何かが勢いよく飛び出してきた。


見るとそれは所々が腐り落ちている人だった。所謂ゾンビだ。そのゾンビたちは俺達目掛け襲い掛かってきた。


ソフィーが甲高い叫び声をあげ俺の手を引いて、入ってきた方向とは逆の出口へと一目散に走った。


墓地を出ても暫くはゾンビたちが追ってきたために走り続けた。漸くゾンビたちの姿が見えなくなった所で止まり一息ついた。


息を整え前を向くとそこには廃病院が建っていた。もう何でもありだな、ホント。


後ろは暗闇しかないので前に進むしかない。ソフィーが腕にしがみつきてきたけど心に余裕がなく素直に喜べなかった。


中に入ると見た目以上に崩れており1つの方向にしか進めないようになっている。露骨な誘導だが従うしかない。


受付の前を通り過ぎ病室前の廊下を進んでいく。時折病室のドアが激しい音をたてて震える事があったが、何かが出てくる事はなかった。


暫く進むと廊下の端に着き階段が目の前に見えている。次は上か。階段の横に隠れる様に扉があった。


扉には張り紙がしてあり『脱出口(本当に怖い人は無理しないでね)』と書かれていた。


「出られるみたいだけど、どうする?」


「だ、大丈夫です。さきに進みましょう」


声が震えていたが本人が大丈夫と言っているので先に進むことにした。階段も一部が崩れて下が見えるようなっていた。


ふとしたを見ると人が仰向けで倒れていた。頭には血の様なものがべったりとついていた。


その人と目が合った気がして急いで階段を上がった。2階に上がると瓦礫が積み重なって、3階には上がれないようになっていた。


廊下を進んでみるが少しするとまた瓦礫のせいで前に進めないようになっている。


その代わりに左側の病室の扉が半開きになっていた。扉を開け中に入ってみる。


中は酷い有り様だった。ベッドは倒れカーテンは破れて窓は全部が割れていた。


そして、右側の壁には大きな穴が開いていて、隣の病室と繋がっていた。あそこを通って先に進めと言う事だろう。


足元に注意しながら穴をくぐり隣へと足を踏み入れる。隣も先ほどと同じような光景が広がっていた。


あまり詳しく見ることなく扉に向かう。病室は何となく嫌な雰囲気があるためすぐにでも出たかった。


〔まってよ〕


扉に手を掛けると突然、後ろから少年の声が聞こえた。咄嗟にソフィーを後ろに隠し振り返った。


そこには空中に浮き青白い光を仄かに放つ少年がいた。見るからに生きている人間ではない。


「せ、先輩!!開きません!」


〔ねぇ、どうして帰ろうとするの?どうして?どうして?どうして?遊んでよ、遊んで遊んで遊んで遊んで遊んで〕


少年が壊れた人形の様に『遊んで遊んで』と繰り返し呟きながらゆっくりと近づいてくる。


ソフィーが必死に扉を揺らすが開く気配はない。とうとう少年が目の前までやってきた。



〔あ゛そ゛ほ゛う゛よ゛お゛お゛ぉ゛お゛ぉ゛ぉ゛〕


「あ、開きました!!」


少年が襲い掛かってきたのと同時に扉が開いた。飛び込むようにして廊下に出て、そのまま一目散に逃げ出した。


廊下を進み中央階段を駆け上がり踊り場に2人して座りこんだ。久しぶりに本当に怖かった。


最後、少年の顔が溶け目が虚ろ(比喩でなく実際に空洞)になっていた。アレを見た時は流石に悲鳴が出る所だった。


ソフィーは少年の顔を見ていないはずだが俺よりも呼吸が激しい。顔色もいつもに増して白い気がする。


扉を開けるのに必死になっていたが少年の声は聞こえていたはずだ。あの底冷えする様な声を聞けば、顔が見えなくても怖くなるだろう。


いや、むしろ見えていないからこそ想像が掻き立てられ一層怖いのかもしれない。


さて、落ち着いてきたことだし行くか。立ち上がり階段に足を掛ける。ソフィーも無言でついて来た。


3階は今までと打って変わって綺麗な状態だった。綺麗と言っても下の階に比べれば、だ。


埃は積もっているし、ガラスには罅が入っている。ただ、瓦礫はない。つまり、左右のどちらにも行ける状態だ。


ここに来て自由にさせるのか。今までの露骨な誘導に慣れてしまい、どっちに行こうか迷ってしまう。



なんとなく左に進んでみる。しばらく進んだが何も変化がない。廊下が崩れて先に進めなくなっているとかもない。


右が正解だったか。引き返そうかと悩んでいると奥の方から音が聞こえてきた。


その音は次第に大きくなっている。近づいてきている様だ。台車が勢いよく走っているような音。


遠目に音の正体も見えてきた。よくドラマで見るような急患を乗せる台車を数人で挟み押し走ってくる。


ただ、台車には誰も乗っていない。押している人たちも医者や看護師の様な服装をしているがボロボロだ。


突然、台車の速度が上がった。物凄い速さで俺たちの方に向かってくる。反射的に逃げ出した。


お化け屋敷で捕まって良い目に遭う訳がない。全力疾走しているのにも拘らず台車が徐々に距離を詰めてくる。


まず初めにソフィーが捕まった。足がもつれ倒れかけた所を狙われた。


そして次に俺が捕まった。ソフィーを助けようと立ち止まったのがダメだった。


気が付いた時には台車の上で横になっていた。体を幾つものベルトで固定されて動けないようにされている。


唯一動く首を動かし隣を見るとソフィーが同じ状態でいた。何とか脱出しようともがいている間に部屋の中に運び込まれた。



どうやらここは手術室のようだ。様々な機械や道具がある。薬品の臭いが混ざって気持ち悪い事になっていた。


周りの状況を確認しながらも脱出を試み続ける。俺たちを囲む連中はニタニタと薄気味悪い表情でこちらを眺めている。


耳元で爆音が鳴り響いた。腕を拘束されている為に耳を塞げない。音がする方を見るとチェンソーが唸りを上げていた。


およそ手術室にあるはずがないものだ。それで手術をするとでもいうのか。どこにも手術すべき場所はないというのに。


チェンソーを持った医師が静かに俺の方へと近づいて来た。今まで以上に激しく動き拘束から逃れようとする。


抵抗空しく医師は傍までやってきてチェンソーを振り上げた。その時、地震が起きた。


振動は激しく真っ直ぐ立っていられないようだ。医師はチェンソーを止め状況確認の為に首を左右に振っている。


周りの人間も同じ状態だった。チェンソーが襲ってこない事に安堵していると、後ろつまり床から、バキッ、と音がした。


その音は一度だけでなく何度も聞こえてきた。床は見えないがもしかして罅が入っているんじゃないか。


しかも、音が聞こえた場所から察するに、俺達が寝ている場所の真下に。


浮遊感が突然起こり、周りの風景が遠ざかっていく。落ちていると気づくのに若干の時間を要した。


何度か衝撃がありつつも止まることなく落ち続ける。2階と1階を過ぎても落ち、一際強い衝撃の後ようやく止まった。


最後の衝撃に耐えられなかった様でベッドが真ん中で折れ分かれた。やっと拘束から解放された。


上を見ると遠くの方で穴を覗く人影が見えた。結構落ちてきたようだ。ベッドに拘束されていて逆に良かったかもしれない。


先に進もうと周りを確認する。広い空間で一見普通の部屋に見えた。壁に幾つもの取っ手が等間隔で取り付けられていた。


霊安室とかいうやつだろうか。嫌な場所に落ちてきてしまったものだ。速やかに出口に向かう。


すると、壁の方からバンバンと激しく叩く音が聞こえてきた。何かが壊れる音も何かが落ちる音もした。


が、音がした方向を一切見ないで部屋の外に出る。この部屋は一番奥にあったらしく一方向にしか進めない。


などと悠長に眺めている暇はないようだ。部屋の中からズルズルと何かを引きずりながら近づいてくる音がする。


ソフィーの手を引いて走り出した。一秒でも早くこの場から離れる為に。脇目も振らず。


まるでそれを待っていたかのように、扉が音をたてて壊れた。振り返っていないけど恐らくゾンビ的な何かが追ってきている事だろう。


俺達はただ前だけを見て走り続けた。扉の前を通る度に一呼吸おいてから扉が壊され何かが廊下に雪崩れ込んでくる。


何度目かの扉を見送り疲れを感じ始めた頃、廊下が終わり階段が上へと伸びていた。


一も二もなく階段を駆け上った。が、さすがに走り続けたせいか、ソフィーの足がもつれ何度も転びそうになる。


後ろを見ればゾンビたちがもう階段近くまで来ていた。仕方がない。


「すまん」


「…へっ!?…きゃ!!」


ソフィーを抱き上げ階段を上る。この際、身体強化を僅かに施すのは見逃してほしい。


ひたすら走り続け気づいた時には見上げると扉が見えるようになっていた。その扉は少し開いており、その隙間から外が見えている。


残りの力を振り絞り走る速度を上げた。扉には背中から当たりに行き、無理矢理開けて外に飛び出した。


そのまま真っ直ぐ走り出す。暫くは砂利道が続いていたが、いつしかその道はなくなり、ただ暗い空間が広がるだけになっていた。


それでも走り続ける。もうこれ以上はないと信じて、終わりだと願って。



行けども行けども暗闇は晴れない。それなのに追っては増えるばかり。もう地鳴りがする程に増えている。


一瞬だけ振り返ると視界一杯にゾンビが広がっていた。昨今の疾走できるタイプのゾンビの様で追いつかれずも離せない。


まだか。早く終わってくれ。疲れた。もう嫌だ。一刻も早くここを出たい、そう強く念じた。


念が通じたのか豆電球ほどの大きさの光が見えた。その光は徐々に大きくなり人が通れるくらいまでになった。


あれは出口だ。やっとこの苦痛から解放される。お化け屋敷なのに精神的苦痛よりも肉体的苦痛を与えられるとは予想外だった。


もう出口が目と鼻の先。あと少しでも走れば外に出られる。そう安心した時、出口の上空に大きな白い物体が突然現れた。


それは人の骨だった。餓者髑髏だったか。ゾンビが出てくるような所で妖怪が出てくるなよ。和洋折衷かよ。


俺のツッコミもなんのその。餓者髑髏が右手を振り上げた。そして、勢いよく振り下ろしてきた。


自然と止まりそうになる足を動かし更に加速する。間一髪、餓者髑髏の手をすり抜ける事が出来た。


そうなるともう障害はない。勢いをそのままに駆け、光の中へと飛び込んだ。


「お疲れさまでした」


光の先は想像通り廊下だった。入る時と同じ声に出迎えられ一安心だ。帰ってきた実感がわく。


いつまでも出口の前で突っ立っている訳にはいかないので、反対側の壁に寄りソフィーを下ろす。


「楽しかったですね」


「ん、まぁそれなりに」


口では強がってみたが、胸元の紙は1枚を残して真っ赤に染まっていた。ソフィーは全部染まっているし良しとしよう。


「それでは紙を回収します。あっ、そちらのお姉さんは1枚残ってますね。少々お待ちください」


白いままの紙を持って何かを呟いた。声が小さくて聞き取れなかった。残念。



紙が消えると代わりに何かが現れた。よく見ればお菓子が沢山詰まったものだ。


「こちら景品となっております。お菓子の詰め合わせです。どうぞ」


貰えるものは貰っておく。それが俺。ありがたくお菓子の詰め合わせを貰う。


これで暫くお菓子を買わなくて済みそうだ。ボックスにお菓子を入れた時、出口から次の組が出てきた。


黒江とサユリさんだ。2人は特に慌てた様子もなく、ただ散歩の帰りの様に出てきた。


2人の間には微妙な空間が開いているが、指摘しても良い事にならないのは目に見えている。


2人は勝負をしていたはずだけど結果は。2人の胸元を見るとどちらも全部真っ白のままだった。


アレを体験して染まらずに帰って来られるなんて、感情がないか、心臓に毛が生えているか、のどっちかだ。


心臓を見たら剛毛がびっしりと生えているんだ。見た目が可愛いのに心臓が不細工だなんて…コレがギャップ萌えというやつか。


「えぇ!?全部真っ白ですか!?……少々お待ちください」


さっきと同じ人が紙を回収して1枚1枚丁寧に調べていく。何か不正をしたと思っているのだろう。


俺だって思いたくなる。黒江はまぁ規格外だから仕方がないにしても、サユリさんはおかしい。


やがて調べ終わり、どちらの紙にも細工がされていない事が確認された。調べた人は見るからにショックを受けている。


そんな状態でも仕事はしっかりとするようだ。項垂れたまま紙を空中に並べ魔力線でそれぞれを繋いでいった。


空中に大きな魔法陣が完成した。何かを呟くと魔法陣が光り紙が1枚づつ燃えていく。


全てが燃え上がると魔法陣がより一層光り輝いた。あまりの眩しさに目を開けていられない。


光りが収まり目を開けると魔法陣が消え、その代わりにさっきまでいなかったアラブ風の格好をした女の子が立っていた。


手にはカレーが入ってそうなアレが握られていた。はっきり言ってしまうと、この女の子はランプの精霊とかなんとかだろう。


「おお、ワタシを呼ぶ奴が居ったのか。…コホン…ワタシは願いを叶える者。今回は次の3つのうち1つをそれぞれに与えよう」


1.秘宝の在処を記した地図(窃盗不可・譲渡可)

2.古代魔法を記した魔導書(窃盗不可・習得後消滅)

3.従順券・1日(人権を侵害する行為の請求不可・窃盗不可)


アレンジが加えられているが大本では変わっていない。『今回は』と言っていたから普段は想像通りのランプの精霊なのだろう。


それよりも1,2番と3番の落差がひどい。前者は売れば途方もない額が付きそうだが、後者はそうでもなさそうだ。


「では、1番を」


「じゃあ、私は3番で」


黒江が1番を選んだのは分かるが、サユリさんが3番を選んだのは分からない。と言うよりも分かりたくない。


アレは絶対俺に対して使ってくる。止めてほしいな。もしくは見当違いであってほしいな。


「別に被っても良いんだぞ。ちゃんと別の秘宝の地図を渡す」


「大丈夫です」


頑なに拒み3番から変えようとしない。女の子は再度2人に確認してからそれぞれに言われたものを渡した。


渡し終えると女の子は忽然と消えた。2人は受け取ったものをボックスに入れていた。


黒江はともかく、サユリさんがすぐに使わない事に驚いてしまう。対象となるのはどうせ俺だから早く使ってほしいのだが。


それとなく今使わないのか聞こうとしたが、出口から次の2人組が飛び出してきた。


それが誰かを確認するよりも先に出てきた2人に抱きつかれた。


「姉上ぇぇ…」


「主ぃぃ…」


飛び出してきた2人は黄虎と聡美だった。2人とも号泣している。胸を貸して背中を撫でて落ち着かせる。


ただ、いつもより背が低くなっているせいで若干背伸びをしているから格好はつけられていない。


暫くして落ち着きを取り戻すと抱き着くのは止めた。その代わりに両手をそれぞれに握られた。


離れた事で2人の紙が見えた。全部真っ赤に染まっている。本当に怖かったのだろう。


意外な弱点が判明したところで赤音と咳女子が出てきた。赤音は咳女子にしがみ付いていたが、俺を見つけるとすぐに離れて飛びついてきた。


両手が塞がっている為に支えられなかったが、器用に首にぶら下がっている。咳女子からは恨めしそうな目で見られたけど気にしていられない。


「ね~ね~、次どこ行く~?」


首にぶら下がりながら赤音が聞いてくる。パンフレットの内容を思い出しながら時計を見た。


そろそろ休憩時間が終わる時間だった。お化け屋敷が想像以上に長かったから、時間を使い過ぎてしまったようだ。


「あぁ、もう戻らないと…」


「えぇ~…」


よほどショックだったのか赤音は脱力した。赤音の全体重が俺の首にかかる。


いくら赤音が小さいと言っても人1人を首だけで支えられる訳がない。特別首を鍛えている人は別として。


赤音を下ろしていると不意に手を強く握られた。横を見ると聡美が捨てられた子猫の様な目をして俺を見ていた。


「もう行ってしまわれるのですか?」


「ん、まぁ…仕事だしなぁ…」


「……分かりました」


明らかに意気消沈してしまった。聡美が離そうとした手を握りしめてやる。


「これから行きたい場所がないなら、また店に来たらいいだろ?」


聡美は言われたことがすぐには理解できなかった様で、ぱちくりと目を瞬かせたが、理解できると満面の笑みに変わった。


「そう、そうですね。で、では行きましょう。すぐ行きましょう」


喜々として手を引っ張り先へと進んでいく。他のみんなも異論はない様でついてきていた。


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