25章:学園武闘祭(文化祭一日目)
今日はみんな朝から慌ただしく動いていた。というのも、今朝早くに仕立て屋から衣装が完成したと連絡があったからだ。
数人で衣装を受け取りに行っている間に、俺たちは内装の仕上げと仕事の流れを確認していた。
お客が入ってきてから帰るまでを軽く通しでやった。その他には『紙』を相当数用意した。
この『紙』は契約魔法がかけられた特殊な紙だ。内容は簡単なもので、当店が不利となる情報を漏洩した場合損害賠償を請求する、というものだ。
『不利となる情報』とは『誰が性別反転者なのか』と言う事だ。もしも、契約に違反した場合、紙が赤色に変わるらしい。
色々な事を確認していると、衣装を持った人たちが帰ってきた。衣装を受け取り、今日働く人は早速着替える為に更衣室に行った。
俺は明日の予定なので衣装を即座にボックスの中に入れる。女ものの衣装を持っている事を知られると勘違いされかねない。
衣装に着替え終わった人が戻ってきて、暫くしてから担任が教室に入ってきた。
担任からパンフレットを渡され、学園武闘祭についての注意事項を聞かされた。
学園武闘祭には外部の人もたくさん訪れると言う事で、くれぐれも外部の人と問題を起こさないように注意された。
全ての話が終わるとチャイムが鳴った。やっと学園武闘祭が始まる。
さて、どうしようか。パンフレットを見てみても特に見に行きたいものはなかった。
となれば、今日は一日中どこかに隠れて過ごすのもいいかもしれない。最上階は何もやっていないみたいだし誰も来ないはずだ。
最上階に行くべく階段に足を向けて、階段を上がってくる2人と目が合った。ソフィーと聡美だった。
この時点で嫌な予感が犇々と迫ってきた。逃げる為に右足を引いたのとほぼ同時に2人に気づかれた。
「あっ!兄上!丁度いいところに。お伝えしたい事が」
「私たちのクラスは演劇をするんです。良かったら見に来てください。1-Bで『神獣を討伐せし英雄たち』っていうやつです」
これからリハーサルをするらしく2人はすぐに行ってしまった。聡美は名残惜しそうにしていたけれど。
パンフレット確認してみると2人の劇は午後からあるようだ。思わぬところで用事が出来てしまった。
ただ、逆に良かったのかもしれない。隠れていても時間を潰す手段は限られているから退屈する事になったはずだ。
それでも半日くらいは持つだろう、と言う事で階段に向けていた足をそのまま前に出した。
階段の一段目に足をのせた所で後ろから声をかけられた。
「五十嵐くん。どこ行くの?」
振り返らずともわかる。この声はサユリさんだ。いつまでも俺を追いかけるんじゃないよ、新しい恋に生きろ。
そう思ったがこれに関しては俺に非がない訳ではない。俺ははっきりと拒絶してこなかった。
今からでも遅くない。きっぱりと拒絶しよう。そうしよう。
「どこだっていいでしょう。では」
振り返りサユリさんの目を見て告げる。サユリさんが目を見開き驚いていたが構わず階段を上がった。
これでこれから関わってくる事はないだろう。
「待って!どうしたの突然…私、なにかしちゃったかな?」
サユリさんに腕を掴まれて引き留められた。サユリさんは不安そうに俺を見つめている。
「離してください」
捕まれている腕を一瞥してから努めて無表情で言い放つ。
「ご、ごめん…」
サユリさんは俺の態度に不穏なモノを感じたのかすぐに手を離した。俺は何も話さず体を戻して階段を上がった。
今度は止められることなく無事最上階に上がる事が出来た。すぐに人が来そうにない場所に移動する。
ちょうど死角となっている場所を見つけ、そこに腰を下ろし長く息を吐いた。
あぁ~緊張した。腕を掴まれた時はやばかったけど、何とか嫌なやつを演じ切れた。
何も今日じゃなくても良かったんじゃないかと思えてきた。楽しそうな声が階下から聞こえてくる。
今日みたいな楽しい日のそれも初日に冷たくする必要は本当にあったのだろうか。
今日が、というより、学園武闘祭が終わってからでも良かったはずだ。
思い立ったが吉日と言うし、俺は意思が弱い所があるから、即行動に移さないと後では踏ん切りがつかなかったかもしれない。
別に方法があったはずだという思いとあれしかなかったという思いが鬩ぎ合っている。
まぁ、今あれこれ考えたって冷たくしたと言う事実は変わらない。どうでもいいや。
トラに凭れかかり目を閉じた。気分が落ち着かないときは寝るに限る。
◇◇◇
腹に中々の衝撃を受けて目を覚ました。腹を見るとウサ子が乗っていた。ウサ子を何回か撫でてから腹から下ろす。
起き上がり適当に空き教室の扉を開けて壁掛け時計を確認した。12時ちょっと過ぎか。
伸びをして体の凝りを解しつつ昼ご飯をどうするか考える。食堂は当然ながらやっていない。
適当に屋台のものでも買うか。となれば下に行かないといけないか。めんどくさいな、誰だ最上階に行こうなんて思った馬鹿野郎は。
ぶつくさ自分に文句を言いつつ階段を下りていると、何回目かの廊下で突然首に腕を回されそのまま後ろに引っ張られた。
俺は前に進もうとしているのに、急に後ろに引っ張られた事で首がしまった。口から情けない声が出た。
俺の様子に頓着することなく腕の所有者は我が道を行く。てか、ほんと待ってほしい。首が、首が締まって苦しぃ…
腕を叩いて解くように伝えるが離してくれそうにない。腕を掴んで力いっぱい引っ張るがびくともしない。
身体強化をしてみても効果がなかった。意識を手放すまいと気張っていたが、長く続かず、為すがままに引きずられ続ける。
もう少しで気絶するという所でどこかの教室に引きずり込まれた。
「1名様ごあんな~い!!」
その言葉が真後ろから聞こえてきた。意味を理解するよりも早く席に座らされ、そこで漸く解放された。
思い切り咳き込みながら酸素をかき集める。机に突っ伏して何回も浅い呼吸を繰り返す事で頭がはっきりとしてきた。
体を起こし椅子の背もたれに全体重をかけて、若干仰け反り深呼吸を一度してから閉じていた瞼を押し上げる。
まず最初に目に入ってきたのは短めのスカートのメイド服を着たサユリさんだった。
サユリさんは穏やかな笑顔を浮かべていた。あぁ、ここは死後の世界か。サユリさんが俺にこんな良い笑顔を向ける訳がない。
着ているのは冥土服ってか。笑えるような笑えないような、何とも微妙な冗談だ。
さて、現実逃避もここまでにするか。今の状況を考えるに、俺の首を絞めながら引きずってきたのはサユリさんで、ここはSクラスの教室になるのかな。
Sクラスは俺たちと同じように喫茶店をしている様だ。至って普通の執事・メイド喫茶。
その全員が、客も含めての全員が俺の方を見ている。
「ご注文はいかがいたしましょうか」
サユリさんは特に気にした様子もなく、笑顔のままに注文を聞いてきた。
「えぇっと…取り敢えず…メニューを見させてもらおうかな…」
机の上にあったメニュー立てからメニューを取り、適当なページを開いた。
メニューも凝っておらず、シンプルなものばかりだ。普段ならすぐには決められないのだけど、サユリさんの無言の笑顔が恐ろく、目についたものを頼む。
「じゃ、じゃあ、オムライスを一つお願いします」
「ご一緒にサラダはいかがですか?」
「じゃあそれも…」
「はい、かしこまりました。オムライスとサラダですね。少々お待ちください」
そう言うとサユリさんは厨房らしき場所に入っていった。
サユリさんの姿が完全に見えなくなると同時に、俺に向けられた好奇な目は少なくなった気がする。
短く息を吐いた。なんだったんだ一体。あんな強引な勧誘がまかり通っていいものか。
「サユリに何したの君」
「いやぁ特に何もしていないんですけどねぇ…」
咳女子にそう答えつつも思い当たる節はある。十中八九朝の出来事が原因だ。
「それは嘘だね。サユリは朝出て行ったかと思えば、暫くしてから怒って帰ってきたし。小さな声で『五十嵐君』って呟いてるも聞いたしね」
咳女子は半眼で俺を見てきた。気まずくなり乾いた笑いをこぼしつつ視線を逸らした。
これ以上追及するつもりはない様で、まぁいいけどね、と言って離れて行った。
やっぱりサユリさんは怒っていたのか。となると、俺はこれから報復を受ける事になるのだろうか。
ぼったくりバーよろしく法外な料金を請求されるかもしれない。または、料理自体がゲテモノだったり食べられないほど辛かったりするかもしれない。
ああなんで俺はオムライスなんて頼んだんだ。卵で包んでいるのがライスだけとは誰も言ってないじゃないか。
ライス(芋虫入り)とかだったらどうしよう。俺としては出された料理は完食したいのだけど、さすがに芋虫は食べられない。
これから出てくる料理の心配をしていたが、別の問題もあった。クロ達だ。
曲がりなりにも飲食店なのだから、動物を連れて入ってはいけなかったのではないだろうか。
クロ達は毎日風呂で身体を洗ってあげているから汚くはないのだけど。抜け毛とかはどうしようもないからなぁ。
今更だがクロ達が入っても大丈夫か聞こうと、咳女子を呼ぶために上げた右手を途中で止めた。
なんて呼ぼう。咳女子は絶対ダメだし、かと言って本名はしらないし。
一緒に海に行ったときに聞いたはずなんだけど思い出せない。あの時なんで覚える必要がないなんて思ったんだろう。
散々迷って聞くのを諦めたその時、後ろから声をかけられた。
「いかがされましたか?」
驚きつつも振り返ると見知らぬ女子が立っていた。この際この人でもいいや。
「あの、使い魔を入れても良かったのかな、と」
クロ達を指差しつつ応える。目の前の女子はクロ達を一瞥してから笑顔で言った。
「あぁ、それなら大丈夫ですよ。この教室には浄化魔法陣が設置されていますので、常に清潔な状態を保っています」
「そうなんですね。良かったです」
「いえ、御用の際はいつでもお声をかけてくださいね」
そう言って女子は別のテーブルへと移動していった。浄化魔法陣か俺たちのクラスにも設置すればよかったな。
心配事が1つ解決されると残りの心配が浮上してくる。が、あえて心を無にして待つ。
今なら悟りでも開けそう。凪いだ気持ちでいたが、厨房からサユリさんが出てきたのを見ると一気に総毛立った。
「お待たせしました。オムライスとサラダでございます」
「あ、ありがとうございます」
口の端を引きつらせながら礼を言う。テーブルに置かれたものはデミグラスソースがかかった美味しそうなオムライスと彩り豊かなサラダ。
どちらも異物が混入したようには見えない。オムライスは玉子で隠す事が出来るからまだ断言できないけど。
サユリさんは何も言わず、移動する様子もなく、ただ静かに俺を見ていた。
恐る恐るスプーンを手に取る。スプーンを持つ手が震えるのを止められないまま、適当な量をスプーンで掬い取った。
削り取れた場所から中を見るに中にも芋虫などの異物は見当たらない。ガーリックライスなのだろうか。おいしそうな香りがする。
中の方に細工がされていないとすると、ソースの方にされていると考えた方が良さそうだな。
何かが見えないほどにすり潰されて混ざっているか、毒などの液体が混ざっているか。
サユリさんを見ると心なしか顔から不安な色が窺える。俺がすぐに食べないから企みがばれたんじゃないかと不安なのだろう。
強硬手段にでられても不味いので腹を括ってスプーンにのったものを口に入れる。えぇい、ままよ。
口に含んだ瞬間に口の中が幸せでいっぱいになった。予想外の美味しさに手が止まらず、オムライスを半分ほど食べてしまった。
箸休め的な意味でサラダを食べながら考えた。勢いのままに食べてしまったが、
今のところ体に異変はない。
遅効性の可能性は捨てきれないがその時はその時だ。
「どうかな?」
「美味しいですよ」
「そう…よかったぁ…」
サユリさんは安心したように息をついた。まだ居たんだと言う言葉をオムライスとともに飲み込んだ。
周りを見るとお昼時という事もあって結構人が入っていた。こんなところで油を売っている暇はない気がするのだが。
「ちょっと、前いいかな?」
俺に聞きながら返事を待つことなく対面の席に座った。
「いや、あの、結構混んできたようなんですけど、接客とかしなくていいんですか?」
「大丈夫。今日本当は私は入ってなかったんだけど、無理言って入れてもらったの。だから、私が抜けても回るだけの人数はいるってわけ」
サユリさんは俺の指摘に事もなげに答えた。そう言われてしまっては黙るしかない。
黙々とオムライスを食べ進める。サユリさんは正面に座ったまま何も話そうとしない。
結局、俺が食べ終わるまでサユリさんはずっと黙ったままだった。
水を飲み、伝票を取ろうとしたら遠ざけられてしまった。サユリさんを見ると今までに見た事がないほど真剣な表情をしていた。
「私はあなたの事が好き。前に言われた方法を試しても答えは変わらなかったし、月日が経っても想いは消えなかった。むしろ、前よりも強くあなたの事が好きになった」
いきなり特大サイズの爆弾が投下された。女子から告白されるなんて男冥利に尽きるけど、告白するにしても時と場所を選んでほしかった。
前に言われた方法というものには思い当たる事が何一つないが、俺の出まかせを素直に信じて実践したのだろう。
「あなたが人を遠ざける様にしているのは知ってる。朝のアレも私を遠ざけようとしてやったんでしょ。流石に一瞬腹が立ったけど、我慢できないほどじゃなかった」
サユリさんの言葉を聞き流し水を飲みながら考える。サユリさんを受け入れるのと受け入れないの、どちらがより面倒でないか。
そんな事を考えている屑野郎だと打ち明ければ幻滅してくれるんじゃないだろうかと考え、すぐに否定する。
恋は盲目とはよく言ったもので、サユリさんは俺に関して理性的な判断が出来ない状態だ。
「それで?それを私に言ってなんだというんですか?人を遠ざけようとしているのに気が付いているなら返事だって分かっているでしょう?」
「今はまだただの意思表示だけど、いつかは絶対私の事を惚れさせてみせるから。覚悟しておいてよね」
ズビシッと効果音が付きそうなほど勢いよく指をさされた。深い溜息をつき頭を抱える。
言いたい事はこれからは今まで以上に迷惑をかけるという事だ。今ここで俺とサユリさんの根競べの勝負が始まった。
開始早々に降参したいが、その場合はサユリさんと付き合わないといけない。そっちの方が面倒だ。
「と言う訳で、午後の予定はあるの?」
「それを聞いてどうするんですか?」
「ついて行くにきまってるじゃない」
決まっているのか。分かっていた事ではあるが俺に拒否権はないらしい。
せめてもの抵抗で黙ったまま伝票を持ち席を立った。しつこく聞いてくるが返事をせず会計を済ませる。
教室を出て少し歩くと静かになった。どこかに行ったかと思ったが、振り返るとサユリさんはまだ居た。
「で、どこに行くの?」
聞き飽きた質問がサユリさんの口から飛び出す。思わずため息をついてしまうと同時に、『ため息をつくと幸せが逃げる』という言葉を思い出した。
俺に逃げるほどの幸せが残っているのかは甚だ疑問だけど。
「どうせついてくるなら黙ったらどうです?」
サユリさんの方を見ずに語気を強めて言った。言ってしまってから遠回しに同行を認めている事に気づいた。
今更発言をなかった事にはできない。誤魔化すように早歩きで進んでいく。あわよくばサユリさんを撒きたい、という思いを込めて。
暫く進み角を曲がる時に横目で後ろを見た。想像していた通りサユリさんはついてきていた。
建物の外に出ると人の量が増し、固まって歩かないとすぐにはぐれてしまいそうだ。
俺にとってはこの状況はむしろ好都合だった。一瞬の人の隙間を通って前に進んでいった。
後ろを振り返っている余裕はなかった。いくつかの建物の前を通り過ぎてようやく目当ての建物についた。
ちょうど何かが終わったところなのか建物の中から大量の人が出てきた。人の波が落ち着くまで邪魔にならない場所で待つ。
他からは見つけにくい様にするのを忘れない。後ろにはサユリさんがいなかったから、サユリさんは俺を探しているに違いない。
俺が来た方向を睨みサユリさんを探す。一早くに見つけて隠れられるようにする為だ。
人が少なくなり見通しが良くなってもサユリさんは見つからなかった。これは完全に見当違いな場所を探しているのか?
「ふぅ…撒けたか…」
「残念、後ろだ」
俺の呟きに反応が返ってきた。それは今は聞きたくない声だった。振り返らず歩き出す。
俺は過去を振り返らない男な~のさ~。下手な歌を頭の中で歌いつつ建物の中に入った。
入ってすぐに見えたのは空中に書かれた文字だった。『次は3-G<スターライト・ダンシング>』とあった。
パンフレットを取り出して演目を探した。どうやら聡美達の劇は次の次の次らしい。
早くに来すぎたようだ。2つも興味のないものを見なくてはいけない。それでもここを出て時間を潰すのも面倒なので、諦めて近場の椅子に座った。
ちょうど真ん中あたりの席が空いていてよかった。サユリさんが当たり前の様に隣に座ったが無視してパンフレットを広げる。
題名から分かっていたが次は『ダンス』をするらしい。こっちに来てから音楽を全く聞いていない事にいま気が付いた。
日本にいた頃は音楽はネットでしか聞かなかったから、ネットのないこの世界ではそれも無理のない話だった。
そう考えると次の演目に少しの興味が湧いてくるというものだ。
クラシック音楽とか厳かなモノだったらどうしようかという不安が頭を過ったが、その時は無心で耐える事にして考えるのを止めた。
◇◇◇
2つの演目を見終わって深く息を吐いた。どちらも楽しかった、それと同時に疲れた。
ダンスは厳かな曲の他にアップテンポな曲もあり、魔法と組み合わさったダンスは見事なものだった。
最後の火力を極限まで弱めた火球が降り注ぐその様は、まさに星の光のようで圧巻だった。
俺が疲れた原因は次の演目にある。それは『サーカス』と『手品』が混ざったようなものだった。
最初は普通に楽しめていた。途中から観客の中から適当に選び参加させるという流れになった。
何回か観客が壇上に上がり、その誰もが楽しそうな顔をして自分の席に戻っていった。
時間が残り少なくなり、次が最後の参加となった。その時、最悪な事が起こってしまった。
まず最初にサユリさんが選ばれた。最後と言う事もあって派手な事をするらしく、それに興奮したサユリさんが俺に話しかけてきた。
俺は適当に返事をしただけだったが、そのやり取りをサユリさんを連れて行こうとした人に気づかれてしまった。
なぜか彼氏と勘違いされ、サユリさんと一緒に壇上に連れて行かれた。
マイクで『素敵な彼氏彼女さんが最後の参加者です。盛大な拍手でお迎えください』と紹介されてしまった。
俺はそれを否定できないまま進行していった。サユリさんは満面の笑みで否定する気はさらさらなさそうだった。
内容はすごく楽しかっただけに、怒るに怒れず今こうして椅子に全体重を預けているという訳だ。
終わった事はもういい。やっと、次が聡美たちの劇だ。聡美たちがする劇は実際にあった話なんだそうだ。
昔々、神々が実体を持っていた頃、唯一神の座を賭けて争っていた。神々はそれぞれ特別な獣を使役していた。
それは後に神獣と呼ばれた。何十年、何百年、何千年、とにかく長く争い続け、終に唯一神が決まった。
長きに亘った争いにより神々は眠りにつかなければならなくなった。しかし、神獣たちは違った。
神獣たちは主である神々が眠りについても戦い続けた。自らの主を唯一神の座に据えるべく。
一方で、唯一神が決まった事で大々的な戦がなくなり、人類は大いに発展していた。
そんな時ある山に一体の神獣が住み着いた。神獣は時折人里に下りてきては怒りをぶつける様に暴れ、壊滅させるとまた山に戻っていった。
そのことに怒りを覚えた勇士たちが立ち上がり、山を登り見事神獣を打ち破った。
簡単にまとめるとそんな話らしい。非常に楽しみだ。聡美やソフィーはどんな役をするのだろうか。
ソフィーはクラスの人気者らしいから、勇士の内の一人だろうな。見た目も可愛いし。
それに対して、聡美は端役だろう。転校してきたばかりだし、大役を任せられるほどクラスメイトと仲良くなれてないだろうしな。
時間になると会場全体の照明が消され幕が上がっていった。壇上の照明が点くとそこにいたのは農民の姿をした男女だった。
『神々による戦争が終わり、人々が安寧を享受していた頃』
ナレーションとともに劇は始まった。農民たちが農作業をしていると、一人の男が慌てた様子でかけてきた。
その様子が真に迫っていて、とても学生のソレとは違っていた。その男は神獣が近くの山に住み着き、近隣の村々を襲って回っている事を伝えた。
農民たちがその話に狼狽えていると、照明が消えてまた暗闇になった。
『その話はすぐに広まり、人々は不安で不安で仕方がありませんでした。そして、村人たちの不安の声は酒場で旅の疲れを癒していた人物の耳に入って来ました』
ナレーションが途切れ舞台に明かりが戻ってきた。セットがどこかのバーを模したものに変わっていた。
テーブル席にも人が座って話をしていたが、舞台の中央にはカウンターがありその席に座っている人物は俺たちの方に背を向けていた。
その背中を見た瞬間に驚きのあまり目を見開いた。
「む、騒がしいな」
決して芝居がかっておらず、ごく自然な動きでその人物は振り返った。観客のあちらこちらで小さな声が漏れていた。その人物とは聡美だった。
このタイミングで出てくると言う事は勇士の一人だろう。それも最初だからリーダー的な存在かも知れない。
聡美がここに転校して来たのが1か月ほど前。ひと月の間に主役に選ばれるほどの地位を築けたようだ。
いや、準備期間が1か月だから配役はその前に決めているはずだ。と、言う事はだ、数日でクラスメイトの信頼を勝ち得た事になる。
妹の出来は大変よろしい様だ。数日で出来るようなものではない。とんだコミュ力お化けだ。
それに、見た目もいいからなぁ。俺とは似ても似つかない。
俺が勝手に落ち込んでいる間にも劇は進んでいた。見れば聡美が大勢の前で演説をしていた。
真摯に訴えかけるその様は劇のセリフだと言う事を忘れ心に響いてきた。
聡美の演説が終わると、人混みの中から手が上がった。その人は手を上げたまま聡美の目の前に出てきた。
ソフィーだ。ソフィーはその村で魔法使いとして有名な人物、という設定だった。
その後男が2人出てきて、計4人でパーティーを組み神獣討伐に出発した。
劇もいよいよ佳境だ。暗転し再び照明が点いた時には、大きな獣と4人が対峙していた。
獣の体は舞台の半分ほどを埋めていた。舞台は40人が横に並んで立っても少し余裕があるぐらいなので、獣の大きさは推して知るべし、だ。
その獣を相手に聡美ら4人は切った張ったの大立ち回りを演じていた。
獣はその巨体からは考えられないほどに機敏に動いて4人を追い詰める。
勇士たちは一度も優勢になることなく泥臭く獣と戦い続けた。そして終わりの時は唐突に訪れた。
石礫を頭に受けた獣がよろめいた。その隙をつき男2人が足を斬りつけた。
獣は立っていられずその場に倒れ込んだ。その無防備な頭に目掛けて聡美が剣を振り下ろし、獣の体には雷が降り注いだ。
獣の叫びは大気を震わせたが、再び立ち上がり襲い掛かる事はなかった。
聡美が満身創痍でありながらも剣を天高く掲げると、舞台が暗転しナレーションが入った。
『こうして神獣を討伐した勇士たちは人々に讃えられ、後世に名を残す事になったのでした』
そう締め括られ劇は終わりを告げた。しばらくして会場全体が明るくなった。
早々に席を立ち会場を出る。学生の出来ではなかった。プロと比べてもそれほど見劣りしないのでは、というのが俺の率直な感想だ。
サユリさんも同じことを感じた様で興奮しながら感想を言ってくる。
その後は、俺に用事がなくなった事を知ったサユリさんに強制的に屋台巡りに連れ回された。




